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恋傘

作者: 星永音

あるショッピングモールにあるお店に僕はいた。周りには人が沢山いる。どうやら僕たちを見ているようだ。あれがいいんじゃないか、いやこっちもいいな。そんなことを言い合っている。そこへある家族が近づいてくる。

「ママー、一目惚れ!私この子にするぅ!」

幼き少女は僕を指さしてそう言った。

「えー、ちょっと大きすぎない?」

と、20後半の女性が言う。おそらく母親だろう。

「良いじゃないか。さくらは大きくなっても大切にするさ。それにピンクだし可愛いじゃないか。」

ガタイのいい父親らしき人がそう言う。

「ママおねがぁーい」

「んーでもねぇ。」

「いいじゃないか、のり子。お代は僕が払うからさ。」

「はぁ、分かったわ。さくら、大事にするのよ。」

「やったぁー!パパとママだぁい好き。」

幼き少女は その場で謎の舞いをすると僕を優しく持ち上げた。

「よろしくね。あたしの雨の日のあいぼぉー。」

幼き・・・いや、さくらちゃんは僕に向かってそう言った。

そう、僕は傘なのである。


雨の日のボディガードの初任務は意外にも楽しかった。さくらちゃんをあの忌々しき雨から身を呈して守る。ただ、それだけのこと。しかし、彼女はそんな僕を退屈にはしてくれない。僕を空に刺しながら大きな声で歌を歌っている。ちゃっかりダンスまでしているのだ。その姿が僕は大好きだった。

「おい、なに惚れとんねん。」

不意に誰かが僕に話しかけてくる。上から降りてくる雫たちだ。

「あーあ、よろずのものは恋に触れてはいけないんだよ。」

「この世の理なのさ。」

僕の体にあたり、弾け飛ぶ瞬間に口々に僕に言ってくる。違う、恋なんかじゃない。

「交われないんだよ。物と人では。」

「諦めなきゃだね。」

「ふふふ、でも面白いとおも・・・ありゃ?」

ありゃ?僕も同じことを思った。なんと彼女はこの土砂降りのなか、ボディガードである僕を閉じてしまったのだ。

「おりゃっ、くらえニンゲーン!」

「うひょっ、これが9歳のからだぁ。」

「四月病にさせてやんよ。」

「これはママに怒られる濡れ具合ですな。」

「イデッ、ランドセルの金具に当たったんだけどぉ!」

好き勝手に一言を残して雫たちは散っていく。そして彼女もどんどんびしょびしょになっていく。僕は終始イライラしていた。だが、そんな僕とは裏腹に彼女はとてもご機嫌そうだった。

「うひょー、お空のシャワーはたまりませんなぁ〜。」

さくらちゃんは大きく叫ぶ。それを聞いた僕は少し、気持ちが晴れた気がした。

「さくらちゃん、相変わらず元気だねぇー。」

そう言ったのは雫たちでは無い。紺色の傘を差した、向かいに住んでいる中年のおじさんだ。

「ふふふ、あたし雨好きなんだぁー。気持ちいいもん。」

「雨いいよねぇ〜。でもあんまり濡れすぎたら風邪ひいちゃうから気をつけてねー。」

「はぁーい。」

そんなやり取りをし、彼女は家に帰って行く。おじさんはにこにこした顔で彼女の帰りを見守っていた。


「さくら!傘もっててなんでそんな濡れてるの!」

帰って早々、彼女は怒られてしまった。涙目になりながら僕を玄関に立てかけ、彼女は説教地獄に連れていかれてしまった。

「おいおい、オイラまでびちょびちょじゃねーかよ。」

玄関に並べられた、さくらちゃんのシューズが情けなく叫ぶ。仕方ないだろ?と僕は言う。

「ほほほっ、健気じゃのぉ。小学生らしいわい。」

穏やかな声でそう言ったのは玄関の棚にいる花瓶の爺さんだ。この家では最古参のよろずである。

「爺さん、笑い事じゃねーぜ?あのガキが雨の日もオイラを履いていくからもう体がボロボロになってんだ。」

あとどれぐらいもちそう?思わず僕は聞いてしまう。説教の声が少しだけ小さくなる。

「1ヶ月、持てば上等さ」

シューズは寂しそうにそう言った。

「わしらは所詮、消耗品じゃ。物としての役割を終えれば捨てられてしまう。そういう運命じゃよ。」

以前、花瓶の爺さんが言っていた言葉だ。物として──── そうだ、僕は物なんだ。彼女にとっても替えのきく、ただの傘。そう考えた瞬間、行き場のない気持ちに押しつぶされそうになった。嫌だ、ただのなんてものじゃなくて、たった一つの傘でありたい。彼女にとっての特別でありたい。不意に、雫の言葉を思い出す。そうか、この感情が。僕はどうやら彼女に恋をしてしまったようだ。


5月になり、いよいよ梅雨本番に差し掛かってきた。僕はもはや毎日出勤状態である。今日も彼女は僕を頭上に広げながら学校へ向かう。好奇心旺盛の天真爛漫な子だ。おまけに可愛い。友達がいないはずもなく、登校時はたくさんのクラスメイトと一緒にわいわい歩いている。おかげで、僕も色んな傘たちとおしゃべりできている。やっぱりよろず同士、会話が尽きることは無かった。さくらちゃんが授業をしている間、傘立てでみんな昼寝をする。そして下校時刻になると背伸びをしながらボディガードの職に就く。そんな生活だ。今日も変わらずさくらちゃんと下校していると、急に彼女の体が思いっきり前に倒れる。どうやら後ろから押されたらしい。幸い、今日は曇りなので濡れることは無かった。

「やーい、ちょっと押しただけで倒れるとか弱すぎぃー。」

そんな生意気なことを言うガキは一人に決まってる。クラスメイトのやんちゃ男子、伊良田ゆうきだ。どうも彼は最近彼女にちょっかいをかけるようになった。

「はぁー?あんたが全力で押したんでしょぉー。」

「はぁ?小指で押したしー!」

「嘘つきー。嘘つきは泥棒の始まりなんだよーだ。」

二人は睨み合う。そして、お互い傘を閉じクルクル丸める。なるほど、また僕は剣になるらしかった。少しの間、沈黙が訪れる。紺色の傘が通り過ぎる。瞬間、赤とピンクの剣がぶつかる。実際のところかなり痛い。彼女らは頂上戦争並の戦いっぷりだ。

「ギャオっ、痛いねん。あんたんとこのガキんちょどんなパワーしとんねん!」

相手の剣が悲鳴をあげる。いや、僕も痛いです。

「ゴリラにでも育てられとんのか!」

否定はできない。しかし、あまりの白熱っぷりに剣組も文句など言ってられなくなった。十分の死闘の末、向こうのゆうきくんがズッコケてしまった。と、同時にさくらちゃんのシューズにも親指ぽっかりはみ出すほどの穴ができてしまう。よろずの役目がひとつずつ、終わっていく。

「俺、隣街に転校するんだぜ。」

小さき戦士もまた、思わぬ発言をした。


「オイラ、今度はニンゲンに生まれ変われるよう頼んでみるよ。」

彼の最後の言葉はちょうど五年前のこの頃だっただろうか。いつの間にかさくらちゃんは中学二年生になっていた。僕は相変わらずのボディガードを勤めている。

「さっくー!おはよー。」

登校中、彼女を呼び止めたのは同じバレー部のほのかちゃんだ。

「あ、ほのかちゃんおはよぉー。今日は天気悪いですな。」

明るい口調で彼女は答える。やっぱり、いつになっても彼女は可愛い。紺色の傘が通り過ぎるのを横目で見ながら彼女たちの話に耳を傾ける。

「さっくー最近いい感じの人とかいないの?」

「んー、今はいないかなー。」

「まぁ、さっくーはゆうきくんがいるもんねぇー。」

「うっさいなぁー。」

そう言いながらも顔は思いっきりにやけている。あの日以来、彼女たちは会っていない。しかし、さくらちゃんにとってゆうきという存在は何か特別なものに違いなかった。

「離れていても想いあっている、熱いねぇ〜。」

「もう君が入る隙はないねぇ〜。」

「アオハルかよ。」

雫たちの一言が今日はなんだかやけに鼻につく。彼女を夢中にさせるもの。ふざけんなよ。今までになかった乱暴な言葉がぐるぐる回る。それが後に嫉妬というものだと花瓶の爺さんに教わった。


毎日楽しかったボディガードの仕事が最近は少し憂鬱になってしまった。というのも僕がどれだけ彼女を守ろうと、どれだけ彼女の傍にいようと彼女は僕の気持ちに気づくことはない。今はそろそろ本格的に夏になろうとしている季節、当然僕の出番も減る。はぁー、と深いため息を吐いた。いったいこの気持ちに何の意味があるんだ。このままずっとこんな気持ちなのだろうか。僕は一生この気持ちで生きていくんだ、と覚悟を決める。しかし、大きな転機となる出来事が起こることとなった。

それは、夏休みのある夜、いつも通り僕は花瓶の爺さんとシューズ三世と話をしていると、さくらちゃんがものすごい勢いでトイレに入っていった。なんだろう、と僕は見ていると彼女が走り去ったあとの廊下に血液らしきものがポタッとついていた。

「ついに来たか。」

と爺さんは一言。僕は何が来たのかよく分からなかったがこれ以上は模索しないことにした。

「おかあさぁーーん!ちょっと来てぇーー」

涙声になりながら彼女は母親ののり子を呼ぶ。光の速さで駆けつけるのり子。慌てふためく本人を置いてのり子は冷静に対応する。

「大丈夫、これも大人への一歩なの。明日は学校お休みしましょ。ね?」

と優しく言う。彼女はそんな優しい言葉に安心したのか、声を上げてわんわん泣いた。のり子は優しくなだめながら誰かに電話している。

「英太さん、あれ買ってきて。」

それだけ言うと電話を切ってしまった。ニンゲンにとって大人に近づくということはとても大変なことらしかった。そしてまもなく、父親の英太が駆けつける。

次の日、家族三人でテーブルを囲み(玄関からは見えないので憶測になるが)何やら大事な話をしているらしかった。今日は久しぶりの土砂降りの日、彼女の歌声を聴きながら一緒に登校したかった。しかし、そんな僕を置いておき彼女らは話をしている。ものは所詮ものなのだ。

ピーンポーン

ふと、この家のインターホンが鳴った。誰だろう、などと首を傾げながら英太が少し小走り気味に玄関へ向かってくる。

「「ドアチェーンをつけろ!」」

花瓶の爺さんが大声でそう唱えた。父親はドアチェーンをかける。花瓶の爺さんは唱えたことを無意識にニンゲンに実行させる能力を持っていた。父親は少しドアを開けた。

「どちら様でしょ…っ」

英太は怪物でも見たかのような顔で相手を見つめる。僕はドアの隙間から相手の顔を見る。そこには、紺色の傘を差した、向かいの家のおじさんが立っていた。左手には美味しそうなお赤飯を詰めたタッパーを持っている。

「いや、その〜、おめでたいなと思って。」

「結構です!今すぐお帰りください。」

バタンッ、と英太は勢いよくドアを閉めた。顔は死人のように青ざめている。気持ち悪い…気持ち悪い…、と呟きながらリビングへと戻っていく。その後、のり子の悲鳴とさくらちゃんの泣き声が部屋いっぱいに響いた。

「もうこの家も終わりかもしれんのぉ。」

花瓶の爺さんが怒りに震えた、そしてどこか物寂しくそう呟いた。その数時間後警察がさくらちゃん宅にどんどん入っていく。そしてさくらちゃん一家の隣町への引越しが決まった。まもなくおじさんはストーカー容疑で逮捕された。

春の涼しい風が湿った地面と共に僕らを優しく吹き付ける。さくらちゃんは今年で高校一年生になる。あの事件以降、さくらちゃんは少し男性に抵抗を持つようになってしまった。すれ違う時ですら避けて歩いてしまうほどだ。ほのかちゃんとは今も連絡を取りあっているらしい。唯一の心の拠り所なのだろう。今日の天気は降ったりやんだりの悪天候だ。おそらく僕は保険として持って行ったのだろう。彼女は見慣れない街並みを力なく歩いている。最近はずっとこんな感じだ。彼女を元気づける方法を僕は知らない。いや、正確には知ってはいるけどできない、だ。所詮モノなのだから。よろずにできることはただそばにいること。それだけだ。ふと前を見ると男が歩いてくる。彼女はいつも通り避けて通ろうとする、が、いつの間にか足が止まっていた。彼女は信じられないという顔で男を見ている。僕はだれだろう、とそいつの顔を見る。

「よォ、少しはマシな顔になったんじゃねーか?」

そこに立っていたのは赤い傘を持った、やんちゃ男子のゆうきだった。途端、さくらちゃんは目をキラキラと輝かせた。

「あんた、そんなおっきくなったのぉ?あたしは感激よォ〜。」

「おばさんみたいなノリしてくんなよ。もう十六だぞ、身長ぐらい伸びるよ。」

「にしても髪セットなんかしちゃって、彼女いんのかぁー?それともカッコつけか?お?」

「彼女いねーしカッコつけでもねーよ。てか、そーゆーお前はどーなんだよ。」

「いるわけないじゃーん。あたしに見合う人なんてそうそういないもん。」

すごい、こんなにハキハキ喋る彼女を僕は久しぶりにみた。今は嫉妬なんて気持ちは湧かずただ彼に感謝していた。

「ゴリラガールみんの、久々やなぁー。」

この声は昔一戦交えた仲の赤い剣、ゆうきの傘だ。ズッコケボーイも久しぶりだよ、と僕は言う。

「ハハッ、言うやないの戦友くん。これもよろずの縁ってやつかなぁ〜。これ、わしが作った言葉やで。」

相変わらず口達者なやつだな、と思いながら僕は彼女を見る。さくらちゃんは以前と遜色ないぐらいに元気を取り戻している。良かった、これで彼女は無事に楽しい高校生活を送れそうだ。別にゆうきが彼氏ならなんの問題もない。僕はこれから起こることを想像しながらそんなことを思った。幼なじみ二人はこの後、喫茶店へと足を運んだ。空はさっきまでは考えられないくらい快晴だった。


「そうか、そうか。あの少年がこの街におったのか。良かったのぅ、本当に。」

花瓶の爺さんは嬉しそうにそう呟いた。

「ふふふ、古き幼なじみとの再開で、過去のトラウマを克服なんて!映画化行けるわよっこれっ!」

大袈裟にそういうのはシューズ四世だ。彼女はロマンチックなことが大好きである。僕は適当に相槌を交わしながら改めて新居を見回す。さすがに最初の家には劣るがなかなか悪くない家だと思う。玄関に関しては旧居より広くなっている。よろずの僕たちにとってとても快適だった。新しい環境というものも意外と悪くない。

「恋に、勉強に、部活に、色々大変な時期になるのぉー。高校生というのは。」

爺さんは懐かしそうに言った。おそらくのり子の学生時代(あったかは知らないが)を思い出しているのだろう。

「ふふんっ、夕焼けの中告白とか絶対あるわよォー。キャー!考えるだけでドキドキするわァ〜。」

シューズ四世は一人で盛り上がっている。

「そろそろ寝ようかのぉー。」

おっと、もうこんな時間か、僕たちはおやすみと軽く会釈し眠りにつく。

ピチャッ…ピチャッ…微かに家の前に響く足音に気づくものはいなかった。


ピンポーン

あれから一週間後の朝、僕らはチャイムの音で飛び起きた。お父さんが小走りでやってくる。扉から見えたのはやんちゃ男子、ゆうきだった。この頃毎日一緒に登校している。さくらちゃんは今行くからぁーと大声でいい、髪を結んでいる。なんと美しい仕草だろう。僕が見とれている隙に彼女は準備を済ます。僕を掴み、外に出る。天気は相変わらず雨らしい。だが、ボディガードの僕にとっては好都合だ。

「はぁー?傘忘れたァー?」

「あぁ悪かったな、お前が七時に来いとか言うから途中で雨降ってきても引き返せなかったんだよ!」

「まったく、責任転嫁しないでよぉ〜。相合傘してあげるからぁ〜。」

「お、お願い、します。」

「え?え、あ、あぁうん。」

「なんだよその返し。」

「い、いやホントにすると思わんくて。」

どちらも顔が赤くなっている。お互い不器用なのがまた甘酸っぱさを出している。二人は体を近づけ、ひとつの傘にすっぽりと入った。僕は優しく二人を護る。この恋は濡れてはいけない。

「なぁ、さくら。」

ゆうきがさくらちゃんにつぶやく。

「今度の週末さ、映画でもっ…さくら?」

さくらちゃんが急に立ち止まった。前方を見て、動かない。ゆうきはさくらちゃんの顔を覗き込む。その顔は明らかに何かに怯えている。ゆうきはその何かを探るべくさくらの視線の先を見る。そこには、二年前に逮捕されたはずの紺色の傘を指した、中年のおじさんが立っていた。


「なん…で、」

彼女は震える声でそう言った。

「驚いたかナ?どうしてもねぇ、忘れられなくて会いに来ちゃったんだぁ。」

気色悪いほどねっとりした声でストーカー男は言う。

「知り合い…なのか?」

ゆうきは相手に警戒しつつさくらちゃんに尋ねる。彼女は首を横に振りこう答えた。

「違う、あの人はあたしを付きまとっていたストーカーだわ。逮捕されたって聞いたのに…」

彼女は恐怖で全身がガタガタ震えている。ゆうきは大体を理解した後、彼女を守るという義務が自分にあることを自覚した。

「さくらちゃん、そんな、ヒドイよぉ?だって小さい頃よく僕とおしゃべりしてたじゃんっ、あ、そうだ、二年前の七月二十七日に初潮が来たよね?あれ、嬉しかったなぁ〜。柄にもなく、赤飯なんて炊いちゃってね。ぐふっ」

目の前の化け物は気味の悪い内容をベラベラ喋っている。やはり、普通のニンゲンでは無い。

「それでね、さくらちゃん、僕はあの後ねぇ…」

「気持ち悪いっ!」

化け物の言葉を遮るようにさくらちゃんは叫んだ。

「あなたみたいな人は存じ上げません。これ以上何か言うなら警察に通報します。」

怒りのせいか、彼女は顔を真っ赤にしながらそう言った。

「あぁぁぁぁぁっ、わかったよさくらちゃん、もういいよ。」

すると男は懐から先のとがった包丁を取り出した。僕らの間に戦慄が走る。まずい、僕でも分かる。これは、下手なことしたら死ぬ。だが僕にはどうすることも出来ない。自分が傘であることを悔やむ。どうにかできるとしたら、ゆうき、お前しかいない。

「さくらちゃん、もうずっと僕のそばに居てね。逃がさないよ。」

ストーカーはどんどん迫ってくる。ゆうきっ、動けっ、僕で相手を殴るんだ!しかしゆうきは恐怖のあまり動けない。奴はどんどん近づいてくる。

「「ゆうき!さくらちゃんを守れ!」」

僕は大きく叫ぶ。瞬間、ゆうきは僕を思いっきり振り上げる。ゆうきの攻撃は相手の頭に命中した。うろたえる相手。構わず何度も僕を振り下ろす。力いっぱい振り下ろす。僕は自分の骨がバキバキ折れるのを実感しながら彼の剣となっていた。

「あぁぁぁぁぁっ」

相手は雄叫びを上げゆうきに突撃する。ゆうきは僕でぶん殴る。が、

「ぐぅっ」

ゆうきからそんな声が聞こえた。なんと奴の包丁がゆうきの腹を貫いている。傷口から赤い液体が垂れてくる。

「負けるかァァァァァっ!」

ゆうきは最後の力を振り絞り、僕を奴の頭に叩きつけた。僕の体と手元の部分が真っ二つに割れた。相手は脳震盪を起こし、うめきながらその場に倒れた。僕の体もバラバラになる。

「ゆうきっ、大丈夫っ?」

さくらちゃんは真っ先にゆうきの元に走る。

「救急車呼んだからぁっ、もう少し辛抱してぇ!」

さくらちゃんは涙声になっている。

「さくら、ごめんな。傘…壊しちまった。」

ゆうきは弱々しい声でそう呟く。

「そんなもの、どうでもいいよっ」

どうでもいい、か。意識が薄れていくなか、サイレンの音が遠くから聞こえる。僕の傘としての役割は終えることとなった。


「ママー、一目惚れ!おいらこいつにする!」

幼き少年は僕を指さしてそう言った。

「これはちょっと派手すぎないか?」

と、大柄な男性が言う。おそらく父親だろう。

「素敵な色よ。亮介は大きくなってもきっと大切にするわ。それにピンクだし可愛いじゃない。」

おそらく二十代後半ぐらいの、母親らしき人がそう言う。

「パパおねがぁーい」

「んーでもなぁ。」

「いいじゃない。ゆうきくん、亮介のお願いなのよぉ〜。」

「おいさくら…はぁ、分かったよ。うらら、大事にするんだぞ。」

「やったぁー!パパとママだぁい好き。」

幼き少女は その場で喜びの舞いをすると僕を優しく持ち上げた。

「よろしくね。おいらの六年間ののあいぼぉー。」

幼き・・・いや、亮介くんは僕に向かってそう言った。

そう、僕はランドセルなのである。

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