表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

アンチやってたバグまみれ乙女ゲーの世界に転生して親知らず生える

短編、コメディです。

当たり判定クソデカ悪役令嬢は入れる所がありませんでした。

「ここってまさか、『世界を救うラブ聖女』の世界っ!?」

普通の大学生、サトミは特に死んだりしていない。

しかし何故か、自分がアンチをやっているクソゲー、世界を救うラブ聖女の世界に転生してしまった。


着ている服はかわいいワンピース。

部屋をぐるりと見まわすと、中世ヨーロッパ…もといナーロッパを想像させる様式。

テーブルの上にはリアル中世には存在しなかったであろうティッシュボックスが置いてある。

サトミは慌てて鏡を探した。

鏡に映る自分の肌色を見て愕然とする。

「やっぱり…1677万色の中からランダムな1色に変化し続けてる!」


世界を救うラブ聖女はゲーム開始時にプレイヤーが操作するキャラをキャラメイクできる。

が。

キャラメイクで設定した肌色はゲーム開始時にバグり、コンピューターで再現できる1677万色の中からランダムな色が反映され続けるのだ。

通常「ゲーミング肌色」と呼ばれるバグで、「宇宙人配慮スキン」「王子の眼を潰すブルーライト」「虹の橋が死んだ時に渡られる聖女」など様々な蔑称べっしょうで呼ばれている。

ただ、肌はあるだけ良いほうで、髪に至ってはキャラメイクの時にしか存在しない。

通常「毛髪消失」と呼ばれるバグで、「プレイヤーわからせ」「洗髪キャンセル勢 (物理)」「聖女の輝き」など様々な蔑称で呼ばれている。


「間違いない。ここって3Dオープンワールド恋愛シミュレーションゲーム、世界を救うラブ聖女の中なんだ…そしてゲーミング肌色&毛髪消失に見舞われてるってことは…」


聖女で間違いない。

何を血迷ったか恋愛ゲームを3Dオープンワールドにしたバグまみれの伝説のクソゲーの主人公だ。


――――――――――


「AAAA!今日から上流階級学園に通うことになるけど、心の準備は大丈夫?」

母親が話しかけてくる。

全然大丈夫ではない。

ちなみにAAAAとは聖女の名前だ。

ゲーム開始時に30文字以内で名前を決められるのだが、実際にゲーム中ではAAAAとしか表示されない。

通常「名前固定」と呼ばれるバグで、「トリプルエーを越えたいというスタジオの願い」「聖女ああああ」「デジタル湯婆婆」など様々な蔑称で呼ばれている。


「うん…いってきます」

サトミは控えめに返事をして家を出た。

学園まで徒歩で向かう。

「(それにしても、YouTubeにチャンネルを開設してまでアンチ活動を頑張ってきた私が、よりにもよって聖女だなんて…)」

サトミは今までに5000本以上のアンチ動画を上げてきた生粋のアンチであり、ゲームの発売前から粘着妄想アンチをしていたので界隈でも知名度があった。

チャンネル登録、高評価、X、インスタグラム、スレッズ、ブルースカイのフォロー、ラブ聖女運営破滅の日までよろしくお願いします!の挨拶で登録者数5万人を獲得し、バグまとめwikiでも抜群の存在感を発揮するなど縦横無尽の活躍だったのだが…。

「(今日はバッシング生配信の予定だったのに~!アンチとアンチアンチ、どうしてるかな…?)」

世界を救うラブ聖女は乙女ゲーの中でも人気のタイトルであり、それなりにファンもいたため、アンチをしているサトミへのアンチもかなりいた。

そのため自分と同じ立ち位置のリスナーをアンチ、ゲームのファンをアンチアンチと呼称している。


上流階級学園の門に着いた。

「(近いなぁ…だって学園の真横に住んでるもんね?)」

ここもサトミにとってのアンチポイントだった。

オープンワールドを名乗っておきながらMAPが極小すぎるのだ。

さらに、街と学園の移動時には最大3時間のロードが入る。

サトミは以前作った動画で、エリア移動でローディングが入るのはオープンワールドと言えるのか?という問題提起をしたことがあるが、アンチアンチが「GTA5でもミッション開始時にロードが入る。オープンワールドはロードがないというのは他ゲームを知らなさすぎる」などと要点ずらしの意味不明な擁護をしてコメント欄が荒れに荒れた事を思い出した。


「やあ、おはよう。もしかしてAAAAさんかな?」

爽やかな声に振り向くと、上半身が地面から生えている男性がいた。

このゲームのメイン攻略キャラクター、オスカーだ。

オスカーはこの国の第一王子。

文武両道で誰にでも平等に接し、真面目で思いやりがある。

飼っているペットはチョコレートケーキで、好きな食べ物はゴールデンレトリバー。

もちろんペットと食べ物の誤表記もサトミをイラつかせるポイントである。


「…おはようございます、オスカー王子」

サトミは地面に埋まっているオスカー王子を見下しながら挨拶を返した。

3Dゲームではよく見かける「地面のめり込み」バグだが、「プレイヤーに対しての舐めプ」「聖女を落とすには上半身で十分」「特徴が無さ過ぎるデフォルメ没個性王子に与えられたユニークスキル」「空間座標に見放された男」などの蔑称で呼ばれている。

サトミも考察動画で「魔女に16歳までに死ぬ呪いをかけられ、それを回避する唯一の方法が地面のめり込みだった可能性がある」と考察したことがある。

ちなみに動画を出した5時間後、激怒したオスカー王子のファンにXのアカウントをハッキングされ、今現在も乗っ取られたままだ。


サトミはオスカー王子の好感度を下げないよう、選択肢を慎重に選びながら会話してく。

乙女ゲーなので一応ジャンルとしてはアドベンチャーゲームなのだ。

ちなみにサトミは「アンチこそプレイすべき!」をモットーにめちゃくちゃ周回していた。

ただし、周回ごとに新しいバグを発見してしまうためゲームクリア速度は遅かった。

世界を救うラブ聖女は各方面からバカにされ「AIに奪われる心配がない、人間だけに可能な仕事」「世界を壊すバグ聖女」「プレイヤー?いいえ課金デバッカーです 助けて」など様々な蔑称で呼ばれている。


「ありがとうAAAA。また授業で会おう!」

「こちらこそありがとうございますオスカー王子」

出会いパートの会話を無難に終え、ホッと一安心だ。

「(なんでゲームの世界に転生しちゃったのかわからないけど、攻略キャラの好感度は上げておくべきだよね。現金も貰えるようになるし)」

オスカー王子と仲良くなると、現金をくれるようになるのだ。

そこも人によってはアンチポイントだったりするのだが、サトミはこのシステムに感心していたので問題はない。

さらにラスボスを倒すためにはパートナーの力が必要になるため、ゲームをクリアして元の世界に戻りたいサトミの選択肢はただひとつだ。

「(誰でもいいから攻略キャラを落として、絶対にゲームをクリアする!)」


――――――――――


教室へ行くとメガネをかけた黒髪の男子がいた。

現宰相の孫で攻略キャラクターのネイサンだ。

ネイサンはこの国の第一王子。

文武両道で誰にでも平等に接し、真面目で思いやりがある。

飼っているペットはチョコレートケーキで、好きな食べ物はゴールデンレトリバー。

そう、プロフィールが間違ってコピペされているので、オスカー王子と同じなのだ。

しかし公式サイトや公式ガイドブックには正しいプロフィールが載っているのでファン的には問題ないらしい。


さっそく出会いパートが始まる。

「私はネイサンと言います。あなたの名前は…?」

サトミは内心歓喜した。

ネイサンは黒髪メガネというキャラデザからもわかるように、ゲーム内随一の真人間キャラだ。

他の攻略対象キャラが「途中でシナリオライター100人ぐらい交代したん?」というレベルで多重人格にされている中、ネイサンだけが性格にある程度の統一性があるのだ。

とはいえメインストーリーの中で殺人、窃盗、暴行、誘拐、監禁など様々な犯罪に手を染めるため「一人でゲームをCERO”Z”に引き上げた男」「法律のライバル」「悪役と思ったでしょう?攻略キャラです」「ネイサンが断罪されないのが一番のバグ」など不名誉な呼ばれ方をすることが多い。

しかし主人公である聖女を愛するがゆえの犯罪が多く、真面目キャラらしい犯行の動機には愛嬌がある。


「共に勉学に励みましょうね」

「はい、よろしくお願いいたします」

無事に好感度も上げられたようだ。

サトミは内心ガッツポーズを取った。


――――――――――


「(好きなキャラとだけツルむわけにはいかないよね…)」

クリアの可能性を最大限にするため、苦手な攻略キャラにも声をかけなければいけない。

学園の中庭に出ると、さっそく出会いパートが始まった。

短髪で体格が良い彼はジェームズ。

「おっと、こんなところに来るのはオレぐらいだと思ってたんだが。君の名前は?」


ジェームズはこの国の第一王子。

文武両道で誰にでも平等に接し、真面目で思いやりがある。

飼っているペットはチョコレートケーキで、好きな食べ物はゴールデンレトリバー。


案の定、プロフィールは間違ってオスカー王子のものになっている。

というか、ヘルプから見られる登場キャラクター全員のプロフィールはオスカー王子のものが誤ってコピペされた状態になっており、主人公ですら


聖女はこの国の第一王子。

文武両道で誰にでも平等に接し、真面目で思いやりがある。

飼っているペットはチョコレートケーキで、好きな食べ物はゴールデンレトリバー。


となっている。

そのため実際の王子はオスカーひとりであるにも関わらず、どんな端役でも王子と呼ぶことがファン&アンチの間で定着しており、主人公ですら「AAAA王子」「聖女王子」「プレイヤー王子」「自分王子」などとおちょくった自称で呼ばれることがある。

この表記ミスに関して運営は「Excelの管理に問題があった」と意味不明な声明を出しており、「上書き保存王子」「元データ行方不明王子」「パッチ当てようと思えばその投稿をXにするより早く終わりそう」等と暴言を吐かれていた。


サトミは心の中でクソデカため息を吐いた。

「(私、ジェームズの事キライなんだよね~!!!)」

ストーリーが嫌いとか、性格が嫌いという意味ではない。

単純に攻略が難しいのだ。

このゲームは会話で好感度が上下する仕様になっており、例えば


会いたかったです○○さん なら好感度+2

おはようございます    なら好感度+1

ちーっす!        なら好感度+-0

視界に入らないでください なら好感度-1


というように、選択肢ごとに数値が決まっているのだ。

しかしジェームズはバグにより選択肢と好感度の数値がランダムになってしまっている。

例えば


会いたかったです○○さん なら好感度-460

おはようございます    なら好感度-61

ちーっす!        なら好感度+577

視界に入らないでください なら好感度+1


このように、完全に運任せの攻略になるのだ。

当然攻略のハードルが高く、「ダイスが無いけどサイコロを振りたいときコイツと会話する」「攻略にMODの導入前提王子」「テーブルトークADV」「このバグはオレにまかせて、お前らは先に行け!」「さいは勝手に投げられた」など様々な蔑称で呼ばれている。


ただ会話の好感度がランダムなのはまだかわいいバグで、後半になると選択肢さえバグってくる。

急に他言語に変換される、他の攻略キャラのセリフに置き換わる、文字化けする、テキスト部分が完全に空白になるなど散々だ。

ファンは一生懸命周回して細切れになったジェームズのセリフを集め、そこから本来のストーリーを推測、考察するしかない。

「シナリオがシュレッダーにかけられた男」「前世がパズルのピース」「ひとりバベルの塔」「余白」など様々な蔑称で呼ばれている。

サトミは以前、真夏のイベントにも関わらず「ハッピーウィンターホリデー!」という会話の選択肢が4つ並んで出たときにブチギレてしまい、ゲームを本体ごと破壊した経験がある。

グーパンした右手は全治半年の粉砕骨折を負ってしまった。


「(嫌いなキャラでも声だけはかけよう…RTA走者もジェームズ頼みなところがあるしね)」

そう、好感度が+90以上ならどんなにストーリーが序盤でもラスボス討伐イベントに進むことができるのだ。

特別なテクニックが無くても運次第では開始10分でゲームをクリアすることが出来るので、会話をしておいて損はない。

また、好感度がマイナス側に振り切れるとバグで好感度がプラス側にカンストするため、そちらの線も狙う。


「それじゃ、オレは教室に戻るよ」

「私もご一緒します」

どうやら好感度はプラマイゼロだったようだ。


――――――――――


「ふっ、おもしれー女」

アダムはティーポーズでサトミの前に浮いていた。

3Dオープンワールドというだけあってキャラクターも3Dモデルなのだが、なぜか攻略キャラのひとり、アダムは常時Tポーズなのだ。

Tポーズバグ自体は様々なゲームでそれなりに見かけるが、アダムはプログラマが用意した一切の入力を受け付けない、完全体のTポーズバグに見舞われていた。

歩くモーションすらなく、スーーーッと地面から浮いて移動するその姿は「生きた十字架」「セルフはりつけ」「吸引力が弱いキャトルミューティレーションしてる不可視UFOが頭上にいる」「コルコバードのキリスト像にあやまれ」など様々な蔑称で呼ばれている。


「(アダムはツンツン女子が好きだから、ある意味わかりやすいな~)」

他キャラとは違い、そっけない返事や失礼な言動を選ぶと好感度が上がる。

「ちょっと待てよ!オレの事が気にならねーの?」

「(自意識過剰な俺様キャラ。でファンには一番人気、っと…)」

俺様Tポーズと、地面のめり込み王子が人気を二分している。

どっちも異常なバグに見舞われているが、このゲームでは彼らが普通だ。

「AAAAか…名前、覚えておくぜ!」

アダムとの出会いパートを難なく終わらせる。


――――――――――


「あっ!生徒会長は最上階だ~!登るのめんどくさいな~」

攻略キャラで唯一2年生のローガンは学園の最上階の生徒会室にいる。

世界を救うラブ聖女はオープンワールドを売りにしているにも関わらず、階段の昇り降りをするとゲームが進行不能になるという致命的なバグを抱えているたため、階段がない。

何を言っているんだという気持ちになるが、地上で生活しているNPCは地上に、2階で生活しているNPCは2階に、3階で生活しているNPCは3階に閉じ込められているのだ。

プレイヤーが階を移動する方法はただ一つ、自分で階段を建築して窓から窓へ出入りしなければならない。

いついかなる時でも階移動ができるように、インベントリにも無限の木材が収納されている。

サトミはさっそく階段を建築し、最上階の3階の窓から生徒会室へお邪魔した。


「やあ、君は新入生かな?僕はローガン。この上流階級学園で生徒会長をしている。君の名前は?」

ローガンは落ち着いた低いトーンの声で主人公に話しかける。

が、服がチラついている。

1秒に30回ほど点滅しているので素体そたいの肌色が見えて、実質的に全裸だ。

サトミは脳内で叫んだ。

「(オープンワールドとかやる前に、ポリゴンやテクスチャ同士の干渉?でビカビカしないようなモデルを作ってよね~!)」

ローガンは生徒会長キャラにも関わらず、運営の技術不足により服が砂嵐のようにチラつくバグに見舞われている。

「まさかの公式全裸MOD」「き職人の敗北」「よりにもよって生徒会長に起こるバグではない」「シュレディンガーの服」「0と1が重なり合っているので実質量子コンピューター」「羅生門の下人が唯一着物をはぎ取れなかった男」など様々な蔑称で呼ばれている。

服が光速で点滅するバグはまだ言い逃れができるが、服のオブジェクトが置いていかれる通称「武術大会全裸事件」では危うくプラットフォームでの配信が停止しかけたりした。

かなり危険なバグが多いキャラクターだ。


「はじめまして、ローガン生徒会長。AAAAと申します…」


――――――――――


「よしっ!オスカー王子、未来の宰相ネイサン、好感度ガチャのジェームズ、Tポーズのアダム、脱ぎたがりのローガン、攻略キャラ5人全員に声をかけられたぞ~!」


ラスボスの成層圏突破クソデカドラゴンの討伐のために、目指すは好感度+90だ。

背の高さが10km以上ある成層圏突破クソデカドラゴンの唯一の弱点は頭上のヒビで、ここに剣を刺すことでしかクソデカドラゴンは退治できないのだ。

聖女の祈りの力により練り上げたミラクル耐熱ウォール&ホーリー酸素ボンベのパワーを恋愛相手に付与し、愛の無限エネルギーで地上11kmまで上昇すれば準備OK。

成層圏突破クソデカドラゴンの頭上のヒビにエイムを定めて落下し、見事剣が刺さってドラゴンは退治され、世界は救われる。

めでたしめでたし、というわけだ。


「誰でもいいから好感度を上げよう…んっ?」

2階の天井にオスカー王子の下半身がぶら下がっている。

イベントが発生して、オスカーの体が3階の生徒会室にあるのだろう。

MAPに階段はないが、イベントなどで階移動が必要な場合、攻略キャラはパッと瞬間移動するのだ。


「そういえば、私は自由に体を動かせるんだよね。へへっ、下から王子にぶつかったらどうなるのかなぁ~?」

すでにバグまみれの世界で怖いものなどない。

サトミはオスカーの下半身の下で右こぶしを上げ、思い切りぴょ~ん!とジャンプした。

地中のめり込みバグが起きているとはいえ当たり判定はあるので、聖女の体はオスカー王子にぶつかる。

すると、当たったはずのオスカー王子の体が3階に消えた。

「えっ!?!?だ、大丈夫かな…?」

急に心配になって窓から飛び出し、建築で3階へ登ると、そこには体育座りのようにヒザを抱えて泣いているオスカー王子の姿があった。

「うっ…うっうっうっ…こ、これは足だ!私の足だ!!!!もう何年も見ていなかったのに!」

どうやら、聖女がぶつかったことで地中のめり込みバグが解消されたらしい。

感動のあまり大声でわんわんと泣きながら、自分の足を愛おしそうにさわっている。


「私、何かやっちゃいました?」

その後も聖女の快進撃が続いた。

「ローガン生徒会長、私にアイディアがあります。服の中の素体というかスキンというか、ポリゴンメッシュを透明化してはいかがでしょうか?ボーンは入ったままなので3Dモデルとして動くことが出来ますし、服のポリゴンと干渉しても肌色を晒さずに済むかもしれません」

「おおっ!他の生徒から”服が細かく点滅して目に悪い”と苦情が来ていたのだが、これならスキンのチラつきが抑えられていい感じだ!ありがとうAAAA」

「こちらこそありがとうございますローガンさん♡」


「アダムさん、保健室の先生と3Dモデルを交換してみませんか?モーションの入力が通るかもしれませんよ!」

「なるほどな。そろそろオレもこの姿勢から卒業したいって思ってたんだ。でもさ、オレの外見が保健室の先生になるのはちょっとな…」

「保健室の先生とアダムさんは髪型が一緒なので、アダムさんとの会話・イベント時だけカメラの一番手前をすりガラスレイヤーにしてしまえば、ほぼほぼアダムさんに見えますよ♪」


「ネイサン、あなたが私を愛してくれるのはとても嬉しいんだけど、少し過激すぎると思うの」

「自分でもどうかしてると思うんだ。でも、君への愛が鎖のように僕の心を捕えて…ああ、今度君を鎖で捕えようと計画しているんだけど…」

「殺人などの過激な犯罪行為への悪印象は、飲酒、喫煙、違法薬物の取引、摂取、ギャンブル、セクシャル表現、差別用語の乱用、特定の国家・人種への差別、実在宗教の揶揄などの要素を取り入れることにより希釈されると思うんだけど、どうかな?」

「なるほど、”木を隠すなら森の中”と言うが、法に抵触する行為を散々行っていれば、殺人、誘拐、監禁への悪印象は薄れるかもしれないね!さっそく実行してみよう」

「お供致します♡」


「ジェームズさんは諦めてください」

「ऐसा मत कहो, कृपया मुझे कुछ अच्छे विचार दीजिये।」


こうして八面六臂の活躍を続ける聖女を、口内の異変が襲った。

デートイベント中だというのに、モニターの中央に

「歯茎が圧迫されている」

と表示されたのだ。

「き、来た!親知らず生えるイベント~~~!!!!」

親知らずが生えるイベントは『世界を救うラブ聖女』一番のクソイベントである。

シナリオライター曰く、成長期で揺れ動く心と体の不安定さを描写するために追加したイベントらしい。

しかしプレイヤーからはガチの不評で、この親知らずが生えるイベントのせいでファンからアンチになった人も少なくないようだ。

このイベントがきっかけで何のステータスが変化するわけでもなく、誰との好感度が高まるわけでもなく、ただただ親知らずが生えてくる理解不能なイベントなのである。

「ゴミイベすぎる…早く終わって~!」

幸運にも聖女は手足を縛られネイサン私用の馬車のトランクルームに閉じ込められているデートイベントの最中なので、ゲームプレイに支障はなかった。

「会話の選択肢が出てるタイミングならブチギレてたなぁ…画面いっぱいに親知らず生える実況が出て、目隠し状態でゲームを進行しなきゃならないし。本当に今のタイミングで助かった~」

ラブ聖女はクソゲーなので、なぜか会話テキストはオートで進行する。

(絶対に変なところで改行されて読みづらい&ボイスの速度と合っていなくてシンプルにイライラする)

その上選択肢決定に制限時間があるので、画面が妨害アイテム…もとい、親知らず生える描写で埋まると攻略に支障が出るのだ。

全員から嫌われているイベだが、運営曰くこのイベントを削除すると進行不能になるらしいので、みな時限爆弾を抱えながらプレイしている。

聖女は運にも助けられながら、ゲーム攻略を進めていく。


――――――――――


部屋へ戻った聖女はイスにぐったりと腰掛けた。

バグまみれのクソゲーとは言え、真面目にプレイすると体力を使う。

アンチゆえにバグを知り尽くしているので、壁抜けやグリッジなどを多用しているのも疲労の原因だろう。

「ふぅっ…!会話の選択肢を間違えないようにするのってかなり緊張感あるなぁ…でも今のところは気を抜かずに、いい調子で進められてるよね」

目に入った机の上のティッシュボックスを手に取る。

サトミは『ローポリティッシュ事件』を思い出していた。

前述の通り、このゲームの開発陣は技術力が非常に低い。

本来なら売りのはずのイケメン男子の3Dモデルが、めちゃくちゃローポリなのだ。

当然ファンからは「もっとグラフィックをリッチにしてください!」という要望が出る。

運営はすぐに「皆様のご意見を受け、グラフィックの向上に着手します」と反応したのだが…。

まずおこなったのが”ティッシュボックスのグラフィック改善”だったのだ。

プレイヤーからは非難が続出し、「現実でもティッシュボックスは6面しかないが????」「現実世界でもローポリな物をハイポリにしようとすな」「意味不明なメッシュ分割でデータ量だけ増やしてて親知らず生える」「勝手に長方形の角を増やすなと思ったけどトポロジー的には最後に球になるから許した」など散々な言われようだった。


ちなみに、肝心の攻略キャラ男子のポリゴンはカックカクのままだ。

運営がblenderを扱えることを条件に求人を出した事件を、昨日のことのように思い出す。

「あの日から1日1回求人のポストしてるけど、未だに人が来てないんだなぁ… … …ラブ聖女運営破滅の日までにこのゲームをクリアして、現実世界に戻って批判動画を上げなくちゃ!」


――――――――――


そして1年の時が経った。

いよいよラスボスの成層圏突破クソデカドラゴン討伐のイベントが始まる。

が。

聖女が頑張って5人全員との好感度を上げまくったことが裏目に出た。

算術オーバーフローにより、好感度がマイナスになってしまったのだ。

簡単に説明すると、好感度の桁数を3桁までしか用意していなかったので、999を超えると000、になり、そこから再び頑張って好感度を上げても001、002、と振り出しからのスタートになる。


「いやクソゲーすぎて親知らず生える!オープンワールドとかキャラの3Dモデルとかやる前にさぁ…基礎的な部分を… … …クソっ!!!!もういい!!!時間がないんだから!!!」


聖女は周りを見回した。

NPC達は成層圏突破クソデカドラゴンに怯え、走り回っている。

攻略キャラの5人はうろたえるばかりで何もしていない。


「誰の好感度も+90にできなかった今、私がひとりでラスボスを倒すしかない!」

希望はあった。

実際のゲームでは視点がサードパーソンなのに対し、聖女として転生したためファーストパーソンになったのだ。

ファンですらゴミカメラと呼ぶカメラワークから解放され、今のサトミは普通の人間の目線で縦横無尽に動ける。

「好感度を上げて恋愛関係になった男性に頼まなくても、自分でドラゴンの弱点に剣をブッ刺してみせる!」


サトミは両手をグッと握り、足を肩幅より広く開いてヒザを曲げた。

集中する。

「はああああぁあっっっ… … …!!!」

聖女パワーを丹田で練り、自分自身にミラクル耐熱ウォール&ホーリー酸素ボンベを装着した。


「本来なら愛の無限エネルギーで地上11kmまで上昇しなきゃいけないけど、今の私と愛し合ってくれる攻略キャラはいない…だから!」

インベントリを確認すると、無限の木材が収納されている。

「自力で”登る”しかないっ!」

建築で階段をバラバラバラバラと作って、ダッシュで登っていく。

NPC達も思わずおおっ!と歓声をあげた。

背中にでっかい剣 (アセットなので雰囲気が浮いている)をくっつけた聖女はみごと成層圏突破クソデカドラゴンの頭上に到達し、エイムを合わせて剣を構え、そこから飛び降りた。

自由落下に体を任せる。

背景に、今までのゲームプレイの思い出が、スクリーンショットとして映った。

スタッフの名前も一緒に流れる。

一見すると普通のスタッフロールだが、それまで散々な目にあわされてきたプレイヤー達からは「走馬灯」「隠し撮り」「終わり良ければ総て良しという格言に頼りすぎ」「誠意を見せてプロデューサーが落下してほしいシーンNo.1」など様々な蔑称で呼ばれている。

ちなみに思い出のスクリーンショットの画像もカメラの位置が変で、足元ばかり、顔がこちらを向いておらず頭部が映っている、剣や本などのオブジェクトが消えていたり増えていたりする、などとにかくイマイチなのだ。


重力で十分に加速した聖女は、剣をクソデカドラゴンの弱点の頭のヒビ割れに刺し…無事ゲームをクリアした。


――――――――――


ふと目の前が眩しくなる。

「んっ…?ここは…?ハッ!!!!」

サトミは全て思い出した。

ラブ聖女へのアンチ動画を作り過ぎて侮辱罪、名誉棄損罪で訴えられていたのだ。

「そうだ…運営との和解の条件が”世界を救うラブ聖女~フルダイブVRバージョンのテストプレイをすること”だったっけ…!」

プレイを見守っていたスタッフ達が拍手をする。

「サトミさん、さすがです!まさかプレイ中にバグを修正してしまうなんて!」

「えっ…あ、ああ、確かに…」

オスカー王子の地中のめり込みバグ解消をはじめ、100以上のバグをプレイ中に修正したのだ。

「本当にありがとうございます。我々は素晴らしい気付きを得ました」

スタッフ達がサトミに駆け寄る。

「バグを1つ直したら逆にバグが10増えるので困っていたんです。ですからVRバージョンでは”プレイヤーがバグを修正することもゲームの内容”だという事にしてしまおうかと」

「バグも仕様の一部という事にしておけばこれ以上炎上もしないでしょう!」

サトミは慌てた。

「で、でもちょっと待ってください!聖女のゲーミング肌色バグや、毛髪消失バグは修正できていませんよ?99%のプレイヤーがあのバグで離脱するのに…!」

「それは大丈夫です!プレイ中、ファーストパーソン視点になるので自分の肌色は気にならなかったでしょう?髪の毛も自分じゃ見えませんからね」

「えっ…いや、腕とか手とかは視界に入るので気になりましたけど…」

困惑するサトミを置いてきぼりにして、スタッフ達は盛り上がっている。

「これでやっと開発費を取り戻せるぞ!」

「ジェームズは放置でいいよな?不人気キャラだし」


その言葉を聞いたサトミは怒りで血圧が上昇した。

「不人気キャラ!?!?!? 不 人 気 キ ャ ラ ! ? ! ? ! ? どの攻略キャラにもファンがいて、ジェームズのファンはシナリオもわからず今も泣いているっていうのに、放置!?!?!? ほ う ち ! ? ! ? ! ? 」

激昂する彼女を見て開発スタッフもたじたじだ。

「え…えっと…」

「いや、あの、その…」

サトミは一度外したVRゴーグルを再び装着した。

「クソなのはゲームじゃなくて開発陣だったってわけ!?いいよもう、私がジェームズを救ってみせる!」


こうして、2度目のテストプレイでジェームズのバグを修正する方法を発見したサトミは、デバッカーとしてスタッフロールの一番最後に載ることになった。

世界は救われ、YouTubeチャンネルの登録者数は10万人を突破し…

めでたしめでたし、というわけだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ