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ジュード・リポート「夜を描き飾る者達」

作者: APURO



別界べっかい。自分達が住む世界とは違う世界の事。別界はそれぞれ独自の発展を遂げていて、法律も生態系も生活様式も何もかもが違う。



 ドラゴンが生息している世界、想像した物をそのまま具現化出来る世界、記憶を保存できる世界、他にもたくさんの世界が存在する。



 俺の仕事は別界に行き、その世界にしかない職業や生活などを取材する記者。ここ最近は自分が生まれた世界に居る時間より、別界に居る時間の方が長い気がする。職業的に仕方ないが。



 切符を買う為にモンドノット駅の切符売り場に居る。別界の切符だけは切符販売機では買えない事になっている。理由は簡単。別界に不法入界させない為。もし、不法入界ふほうにゅうかいすれば罰を受ける。それぞれの世界を守る為だ。


 俺の前に居る人が切符を購入し終え、俺の番になった。


「いらっしゃいませ。どうなされましたか?」

 透明な強化ガラスの向こう側で座っている駅員が笑顔で訊ねてきた。


「マーレンナハトのポラルン駅に行きたいんですが」

「マーレンナハトのポラルン駅ですね。一番早い時刻の便は10時50分になります」


 一時間半後か。どこかで時間を潰さないといけないな。まぁ、どうせあいつらの相手をしていたらすぐに時間は経つだろうが。


「じゃあ、それで」

「かしこまりました。それでは10時50分発ですね。何名様乗車なされますか?」


「えーっと、大人一人、子供一人、動物一匹で」

「はい。座席の指定はありますか?」


「いえ、特に」

「それでは三枚で3500ミレアです」


 俺はボストンバックから財布を取り出し、財布の中から1000ミレア札三枚と500ミレア硬貨を一枚手に取り、トレイの上に置いた。


「3500ミレア丁度お預かりします」

 駅員はトレイの上のお金を手に取った。そして、発券機で切符を発券した。


「それでは大人一枚、子供一枚、動物一枚とレシートになります」


 駅員は発券した切符三枚とレシートをトレイの上に置いた。


「ありがとうございます」


 俺は駅員に軽く会釈をした。その後、入り口に向かいながら、切符三枚とレシート一枚を手に取り、財布に入れ、その財布をボストンバックの中に入れた。


 自動ドアが開く。


 俺は切符売り場から出て、ベンチの方に視線を向けた。ベンチには緋色の短髪の少女が座っていた。どうやら、今回はちゃんと言う事を聞いてくれたみたいだ。


「おい、エマ」


 ベンチに座っている少女は俺の声に反応し、振り向いた。

 名前はエマ。年齢は5歳。実の子供のように育てているが俺の子供ではない。


 5年前、まだ俺が国際警察だった時にとある事件で赤ん坊のエマと出会った。エマの両親は今だ行方不明。いや、親が誰かも分かっていない。そのせいで身寄りが誰も居なかった。だから、俺が引き取った。可哀想だと思って引き取ったわけではない。この子と居たい。この子の成長する姿がみたいと思ったのだ。


「ジュード」


 エマはベンチから立ち上がり、横に置いていたリュックを背負い、テクテクと俺のもとへ駆け寄って来る。


「おーそーい」

 エマは頬を膨らませている。


「悪かった」

 俺はエマの頭を撫でた。

「キッキもおそいって言ってる」

 エマが巻いているマフラーが肩に乗るサイズの狐に姿を変え、エマの右肩に乗った。

「キーキー」

「キッキも悪かった」


 キッキはこの世に数十匹しか居ないと言われているメタモルフォックスの一匹。どんな姿にもどんな硬さにも変化する事が出来ると言う稀有の能力を持っている狐。


 普通なら保護の為に施設に連れていかれる。しかし、発見された時、赤ん坊のエマを守るように傍に居た。そして、エマから離れようとしなかった。


だから、エマとキッキを引き離すのは可哀想と思った国際警察の上層部が特例でキッキを保護しないでいる。



「ゆるしてあげなーい」

「じゃあ、どうしたら許してくれるんだ」


「いうこときいてくれたらゆるす」

「……分かったよ。何をしたらいいんだ?」


「あっちにつれてって」

 エマは街の方を指差した。


「街に連れて行けばいいんだな」

 エマは頷いた。


「じゃあ、行こう」

「やったー。キッキ、行くよ」

「キー」


 エマは走り出した。そして、キッキはロボットのストラップに形を変えてリュックに張り付いている。

「おい、ちょっと待て」


 俺はエマのあとを追う。




人混みでエマを見失いなわないように必死に走っている。エマとの距離が全然縮まらない。子供の体力は無尽蔵だ。自分も四十手前にしたら体力はある方だと思うがやはり子供には勝てない。


「……エマ、待ちなさい」


 エマに声が届いてないようだ。いつものやつだ。エマは走り出すと、止まるまで誰の声も届かない。どうにかしてほしい。


 エマは立ち止まった。そして、私の方を見て、満面の笑みを浮かべている。


「ここに入りたい」

 エマはストーンショップ・ルメルドを指差した。


「……はぁはぁ、ここに入ればいいんだな」


 ようやく追いついた。膝に手を置いて、必死に息を整えようとする。だが、整う気配がしない。信じたくないが年なのか。いや、そんなはずない。信じたくない。5年前までは国際警察だったんだ。


「うん」

「……ちょっと待ってくれ」

「大丈夫?」


 エマが心配そうに私の顔を下から覗き込んできた。この子のいい所だ。普段は突拍子ない行動を取る事の方が多いが、こうやって、人の事を心配できる事が出来る。


ちゃんと成長してくれているのが嬉しい。……だが、本当の状態を言うと大丈夫ではない。どこかに座って休憩したい。


「大丈夫だ」


 俺は思いっきり息を吸い込んで、店のドアを開けた。そして、エマ達と一緒に店に入った。


 宝石、パワーストーン、見た事のない変わった形の石などが陳列台や陳列ケースに並べられている。

 俺と同世代の夫婦や若者カップルや老人などが居る。そして、店員も数人に居る。エマと同い年ぐらいの子は居ないようだ。


 エマを見ると、目を光らせている。


「いらっしゃいませ」


 店の奥からスーツを着たふくよかな男が笑顔で現れた。


「どうも」


 俺は軽く頭を下げた。


「本日はどう言った用で?」

「この子がどうしても入りたいと言ったもんで」


「そうですか」

「おっちゃん、あの石はなに?」 


 エマは陳列台に陳列されたオーロラ模様の石を指差した。


「言葉遣いをちゃんとしなさい。おっちゃんじゃなくて、おじさんかおじ様」

「……はーい。ごめんなさい」


 エマはふくよかな男に頭を下げた。


「いいんですよ。子供ですから。それにしても、君はお目が高いね。この石は当店一押しの商品なんだよ」


 ふくよかな男は陳列台からオーロラ模様の石を手に取り、私達に見せてきた。とても綺麗だ。本物のオーロラのように見える。


「……きれい」


 エマは石に心奪われている。


「これはどんな石なんですか?」

「名前はメモリーストーン。この石に各世界の夜空や風景や街並みを記憶させているんです」


「夜空や街並みや風景を?」

「はい。この石を専用の機械にはめれば周りに石が記憶している光景を映し出す事が出来るんです」


「……へぇ」

「それに機械の設定次第で光景を映し出す範囲も変えられるんです」


「それは凄いですね」


 便利な時代になったものだ。わざわざ違う世界に行かなくても、行った気分になれる。それも自分だけではなく、他者と共有して。


 突然、荒々しくドアが開いた。そして、覆面を被った二人が店内に入って来た。二人とも拳銃と大きな袋を持っている。


「てめぇら、撃たれたくなかったらその場に跪け」

「そうだ。俺らに刃向かうなよ」


 覆面を被った二人が俺達に拳銃の銃口を向けてきた。声からして、二人とも男だ。


「助けて」

「……言う事聞くから撃たないでくれ」


 店員や客達が悲鳴を上げている。

 俺達は覆面の男二人の指示通りその場に跪いた。

 ……これはいわゆる、強盗事件に巻き込まれてしまったって事か。それなら面倒だ。


5年前なら現行犯逮捕出来たが、今は警察じゃないから出来ない。……どうする。


「……ジュード」

 エマの声は震えている。きっと、不安なんだろう。顔を見ると、目頭が赤くなっている。今にも泣きそうだ。早く、どうにかしないと。エマが泣いてしまうと男達に撃たれかねない。


「大丈夫だ」

 私は笑顔で言った。


「……うん」


 エマは頷いた。これでどうにか泣くのを阻止できた。次はどうやって、男達の動きを止めて、店内の人々を助けたらいいか。


 俺はふと、エマのリュックを見た。リュックの側面にはロボットのストラップに化けたキッキが居た。


「……キッキ、そのままの状態でちょっとこっちに来い」


 俺は小声で言った。


 キッキはロボットのストラップの姿で、エマのリュックから俺のもとへ来た。


「今から俺が言う事を実行してくれ。返事は声に出すなよ」


 キッキは頷いた。


「よし、いい子だ。まず、アリか何か小さいものに化けてあいつらの背後に周り込んでくれ。周りこんだら吠えろ。その後、俺が立ち上がって二人の注意を引く。そして、俺が「今だ」と言ったら鈍器に化けて二人を殴れ。いいか。分かったな」

 キッキは首を縦に振った。


「じゃあ、頼む」


 キッキはアリに化けて覆面の男達の元へ向かい始めた。

 覆面の男一人が袋の中からハンマーを取り出し、宝石の陳列ケースの強化ガラスを叩き始めた。


「くそ。割れねぇ」

「なにしてんだ。早くしろよ」


「このガラス硬いんだよ」

「ごたくはいいから割れってんだ」


「なんだ?その言い方は」

 覆面の男達は揉めている。これはいい流れがこちらに来ている。


「キー」

 キッキの鳴き声が店中に響き渡る。


「おい、この鳴き声はなんだ?」

「しるか。それより、ガラスを割れって」


「うるせぇな。分かってるよ」

 覆面を被った一人が慌ててガラスを割ろうと何度も試みる。しかし、強化ガラスはびくともしない。

 俺はその場に立ち上がろうとした。


「お客さん。何してるんですか?殺されますよ」

 ふくよかな男が俺の足を掴んで言った。


「大丈夫です。おきになさらず」

「でも」


 俺はふくよかな男にそれ以上の事を言わさない為に微笑んだ。


 ふくよかな男は小さく頷きながら、俺の足から掴んでいた手を離した。


「てめぇ、なに立ってるんだ」

「殺されたいのか。こらぁ」


 覆面を被った男二人が俺に言葉を吐き捨てる。


「……いやーもうこれで終わるんだと思うと可哀想で。二人ともドンマイ」


 二人とも運が悪い。今日、ここに俺達が居た事が運のつきだ。まぁ、あれだ。どうせ、悪事を働いた奴はいつかどこかで捕まる。それが世の摂理。この二人は捕まるタイミングが早かっただけだ。


「はぁ?」

「こいつ何言ってるんだ?」


「……今だ。キッキ」

 俺はキッキに指示を出した。キッキは覆面を被った二人の背後で、大型のハンマーに変化している。


「……キッキ?」

「なんだ、それ?」


 覆面を被った男二人が訊ねてきた。その瞬間、大型のハンマーに変化したキッキが二人の頭を叩いた。


 覆面を被った男二人は気絶して、その場に崩れ落ちた。


 ちょっと、キッキに手加減するように言うべきだったかもしれない。だって、覆面を被った男二人が口から泡を吹いている。


「もう、大丈夫ですよ。みなさん」

 俺は店中に居る人達に向かって言った。


「……助かったのかい」

 ふくよかな男が恐る恐る訊ねてくる。


「はい。助かりましたよ」

 俺は安心させる為に優しく言った。


「……そうかい、そうかい!やったー」

 ふくよかな男は立ち上がって、その場で嬉しさを表現するかのように跳ねている。


「よかった」

「死ぬかと思った」


 他の人達も助かった事を確認して、立ち上がり出した。緊張から解き放たれたからだろう。泣いている人や、抱き締め合ったりしている人達が居る。


「ジュード…」


 エマは俺の足にしがみついて泣き出した。

 怖かったのだろう。こんな経験は無い方がいいに決まっている。

 俺はエマの頭を撫でた。





ストーンショップ・ルメルドの前にパトカー数台が停まっている。


 パトカーから警察達が降り、店のドアを開けて、店内に入って来た。


「失礼します。通報があってきました。皆さん、ご無事ですか?」


 警察の一人が店内に居る人達に訊ねた。


 店内に居た人達は無言で頷く。


「犯人はこいつらです」


 俺は紐で縛った覆面を被った男二人を指差した。男達はまだ気絶している。


「……ありがとうございます」


 警察達は覆面を被った二人のもとへ歩み寄り、男達の覆面を剥がした。露わになった男達は強面だがどこか抜けている顔をしていた。


「今日は本当にありがとうございました」

 ふくよかな男が頭を下げてきた。


「いえいえ、こいつのお手柄ですよ」


 俺はエマが被っている赤色のベレー帽を撫でた。

このベレー帽の正体はキッキ。


「この狐さんのおかげもありますが、貴方が身体を張ってくれたおかげでもあります。本当に感謝しきれないほどです。もし、よろしければお礼をしたいのですが」 


「お礼なんていいですよ」

「いえ、させてください」


 ふくよかな男はスーツのチケットポケットから名刺入れを取り出した。そして、名刺入れを開けて、中から名刺を一枚手に取り、渡してきた。


 俺は咄嗟に名刺を受け取った。ここで受け取らないのは相手に悪い。


 名刺の表側にはボイド・ムーアと言う名前が書かれていた。


「……ボイドさん」


「はい。後ろには電話番号とメールアドレスが書いてあるので何でも連絡ください」


「……はぁ」

「お名前をお聞きしてもよろしいですか?」


「……ジュード・ドレイクです」

「ジュード様ですね」


「様はやめてください。そんな大層な人間じゃないんで」


「命の恩人ですから」

 どうしよう。こう言うのは苦手だ。どうすれば話を終わらせることが出来るんだ。


「ねぇねぇ、ジュード」

 エマが俺の服の袖を掴んできた。ナイスタイミングだ。わが娘よ。何か後で奢ってあげよう。


「どうした?」

「……じかん、だいじょうぶ?」

「……じかん?」


 俺は時間を確認する為に腕時計を見た。腕時計の時刻は10時30分を示している。


 ……ちょっと待てよ。電車の発車時刻は10時50分。あと、発車まで20分しかない。

急がないと電車に乗り遅れてしまう。


「行くぞ。エマ、キッキ」

「……うん」


 俺はエマの手を掴んだ。


「すいません。あとでご連絡させていただきますので」

「どうしたんですか?」

「行かないといけない場所があるんです。それでは」


 俺はボイドさんに頭を下げ、ドアを開けて、外に出ようとした。


「ちょっと、君、まだ事情聴取が残ってるから外に出ないでくれ」


 警察の一人が呼び止めてきた。


「なんだと?」


 こっちは急いでいるんだ。止めるなよ、このやろー。こんな事、元警察が思ったら駄目なのは分かっている。でも、昔は昔。今は今。俺は今、記者をしている。そして、発車時刻が刻一刻と迫ってるんだよ。


「はぁ?」

「仕事から帰って来たら何時間でも事情聴取受けてやるから」


「何を言ってるんだ」

「急いでいるんだ。こうしてる間にも発車時刻が迫ってるんだよ」


「そんなわがまま聞けるわけないだろ」

「……あぁ、埒が明かない」


「……ジュードさん?あ、やっぱり、ジュードさんじゃないっすか」

 言い争っている警察ではない警察が近づいて来た。


「……もしかして、ダレスか?」

「はい。ダレスです。懐かしいっすね」


 近づいてきた警察は俺が国際警察になる前の警察時の後輩だった。15年ぶりの再会だった。


「懐かしいな……てっか、それどころじゃなかった。今すぐ、駅に向かわないと電車に乗り過ごしてしまうんだ。頼む。行かせてくれ。あとで、事情聴取は何時間でも受けるからよ」


「いいっすよ。行ってください」

「……本当にいいのか?」


「はい。大丈夫です」

 ダレスは軽く頷いた。


「ダレスさん。困りますよ。勝手な事されちゃ」

 俺を呼び止めようとした警察がダレスに言った。


「うるさい。俺がいいって言えばいいの」

「そんなのありですか?」


「ありなの。ありなんです」

「えーそんな無茶苦茶な。おかしいですよ」


「だまらっしゃい。ジュードさん行ってください。後の事は俺がどうにしとくんで」


「そうか。悪いな。じゃあ」

「仕事頑張ってください」


 ダレスはニコッと微笑み、サムズアップしてきた。

「ありがとう」


 俺達はドアを開けて、駅に向かう。

 全速力で行けば発車時間にはギリギリ間に合うはずだ。頼む、もってくれ。俺の足腰、そして、体力。






改札に慌てて切符を通して、モンドノット駅構内に入る。


 通勤時間ではないからか人の流れは少ない。


 周りを見渡して、マーレンナハト駅行きのホームがどこにあるかを探す。


 時間がない。あと、3分で電車が発車する。足が痛い。いや、節々が痛い。それにここまで走ってきて、息が荒い。


「ジュード、あっち」


 エマが指差した先にはマーレンナハト行きのホームに上がるエスカレーターと階段があった。微妙に遠い。けど、全力で走ればなんとか間に合う。いや、間に合わせなければならない。


「でかした。あとで、ジュース買ってやる」

「いぇーい」


「走るぞ」

 俺達はマーレンナハト行きのホームに向かって走り出した。


 人の流れが少ない為に走りやすい。もし、通勤時間だったら確実に乗るのを諦めていただろう。

 エスカレーターと階段の前に辿り着いた。


「どっちで行くの?」

 エマが訊ねてくる。


「階段」

 俺は即答した。普段ならエスカレーターを使う。けど、この状況でエスカレーターを使えばまず間に合わない。足腰にダメージがくるのは確実だが仕方が無い。時間との勝負だ。


「わかった」

 俺とエマは階段を上った。


 ホームに着くと同時に出発音が鳴った。


「の、のります」

 俺は右手を上げて、大声で言いながら、電車に乗った。


 エマとキッキも電車に乗った。

 俺達が乗ってすぐ後に電車のドアが閉まった。そして、電車は発車し始めた。


「……あぶなかった」


 酸素が足りない。口の中が鉄の味がする。早く、息を整えなければ。40歳手前の身体には辛いものがある。


5年前まではこれぐらいで疲れなかったはずだ。老化か。いや、最近トレーニングをしていないからだ。また、トレーニングを始めないと。


「すりりんぐだったね」

 エマは嬉しそうに言った。


 そんな言葉どこで覚えたんだ。それにさすが5歳児。恐るべし5歳児。全然疲れていない。むしろ、走り足りなさそうにしている。少しでいい。体力と元気を分けてくれ。


「そ、そうだな」

「……キウ」


 キッキの弱弱しい鳴き声が聞こえた。キッキはロボットのストラップから元の狐の姿に戻り、エマの頭の上に乗った。


「どうしたんだ?」

「酔ったんだって」


 エマは頭の上に居るキッキを優しく撫でた。キッキが酔った理由はストラップの姿で揺れていたからだろう。


「そうか。あっちに着くまでゆっくり休んどけよ」

「キウ」


 キッキは頷いた。


「わかった。そうさせてもらうって言ってるよ」


 エマは動物の言葉が理解できると言う特別な能力がある。別界にもエマと同じように先天的にこの能力を持つ人間の事例は何件か存在する。


後天的であればとある別界に行けば身に着ける事は出来る。だが、それには少なくても50年と言う鍛錬が必要で殆どの者は耐え切れず諦めてしまう。


だから、この能力を持っている人間は極めて少ない。


「おう。じゃあ、座ろうか」


 俺とエマとキッキは切符に記された車両に入り、座席を探し始めた。


 別界に行く電車は基本座席指定のクロスシート。

 同じ車両に乗っている人の数は両手で数えるぐらいしかいない。


「ここだな」

 切符に記されている座席の前に辿り着いた。


「おくに行っていい?」


 エマが目を光らせて訊ねてきた。きっと、外の景色を見たいのだろう。いつも電車に乗ればこんな感じだ。


「いいよ」

「やったー」


「大きいな声は出すなよ」

「うん。わかってる」


 エマは窓側の席に座り、背負っていたリュックを床に置いた。その後、窓を両手で触って、景色を眺めている。


 別界行きの電車は窓が開かないようになっている。理由は大きく二つある。一つ目は別界に行く時に通るワームホール内で出ないようする為。


ワームホール内に間違って外に出てしまうと知らない世界に飛ばされ一生自分の居た世界に帰られなくなってしまう可能性がある。


現在でもまだ発見されていない世界が多く存在するから仕方が無い。


 二つ目は行く先の別界での危険を防ぐ為。別界はそれぞれ独自の環境や生態系を持っていて、どんな危険が降りかかってくるか分からない。


だから、窓を開かないようにして、なるべく危険を最小限に抑えている。 


 俺は通路側の席に座った。座った瞬間、足の疲れが少し和らぐ感じがした。だいぶ、息も整ってきた。


「ねぇねぇ、きょうはどんなせかいにいくの?」

「夜がない世界に行くんだ」


「よるがないせかい? ずっと、おきとかないといけないの?」

 エマは深刻そうな顔で訊ねて来た。


「ハハハ、そんな事ないよ。ちゃんとみんな寝てるよ」

 俺は笑いながら答えた。


「そうなんだ。ちゃんとねれてるならあんしんだね」


「そうだな」

「たのしみ、たのしみ」


 エマは期待を膨らませている。エマの姿を見ていると、ふと感じる。自分自身が年を取りものの捉え方が変わったと。


 子供は何か新しいものに触れる時、恐怖や不安と言ったマイナスの感情より先に好奇心や高揚感と言ったプラスの感情が先に来る。


だから、どんな事でもすぐに始められ、様々な事をスポンジのように吸収して成長する。


 逆に大人はマイナスの感情が先に来る。そのせいで、何を始めるのにも躊躇してしまい、新しい事を取り入れるのに時間がかかってしまう。


その点においては子供達を見習わなければいきない気がする。まぁ、大人のマイナスの感情が先に来るのは悪いわけではない。


それは今までの経験からどんな失敗をするか予測してリスクをどれだけ最小限に抑えられるかなどを考える事が出来るからだ。 



 ――10分程経った。あと数分もすれば別界に行く為に通るワームトンネルだ。


 前側のドアが開き、女性の乗務員が現れた。


「本日もご乗車ありがとうございます。これからワームトンネルに突入する事とマーレンナハトに着いてからの事を先立って説明させていただきます。まず、ワームトンネルを通る時間は約10秒となります。窓は強化ガラスで出来ていますが安全の為、ワームトンネルに居る間のみ窓から手を離してください」


 エマはそっと窓から手を離した。


「ワームトンネルを通過し、マーレンナハトに到着後、ポラルン駅に着くまでに500mlの水が入ったペットボトルと太陽光を遮断出来る遮光サングラスを配布します。そして、まだ一度も言語豆を食べていない方には言語豆を配布するのでお申し下さい」


 言語豆げんごまめとはどんな言語でも理解する事が出来るようになる魔法の豆だ。


この豆のおかげで別界だけではなく自分達の居る世界の他地域の言語も理解出切る。しかし、動物などの言語は理解出来ない。効果は死ぬまで一生涯続く。


「では間もなく突入します。皆様は座席から立たないようお願いします」

 女性乗務員は乗務員専用の座席に座った。


 エマが突然手を握ってきた。なんだか、手が少し震えている気がする。


「どうした?」

「なんでもない」


 エマは強がっている。そんな事はすぐに分かる。表情が怯えているからだ。やはり、子供だ。どれだけ言葉で取り繕うとしても感情は素直だ。


「怖いのか?」

「うるさい。ジェードきらい」

「ごめん、ごめん」


 普段から言われているが言われる度にちょっと傷つく。今回は俺が茶化してしまったから仕方がないけど。


 俺は優しく手を握り返した。

「……ありがとう」


 エマは俺から顔を逸らして言った。こう言うところは素直に感情表現しない。照れ屋なのだ。普段は照れる事なんてないのに。


「突入します」


 電車のアナウンスが聞こえる。

 電車はワームトンネルに突入した。窓の外は真っ暗。光など存在しない。


「10・9・8・7・6」


 エマは目を閉じて、俺の手を握り締めながら呟いている。手を握り締める力が数字が小さくなるにつれて強くなっている気がする。子供の力だかちょっと痛い。


「5・4・3・2・1・0」


 突然、窓から光が差し込んできた。ワームトンネルから出たのだろう。


 車窓から見える景色はどこまでも続きそうな砂漠。なんだか、物寂しい感じがする。


「ついたの?」

 エマは目を閉じたまま訊ねて来た。


「着いたよ。自分の目で確認してごらん」

「……うん」


 エマは恐る恐る目を開けて、窓の外を見た。

「すな、すな、すな。すなばっかり」


 今先までの怯えていた様子はどこかに行き、テンションが上がっている。感情の振り切り方が激しい。


「この砂ばっかり事を砂漠って言うだよ」

「さばく。さばくはすないっぱい。すないっぱいはさばく」


 エマの声のボリュームが大きくなってきている。

「声のボリュームちょっと下げなさい」


「はぁーい」

 エマは素直に受け入れた。


「ジュード、ジュード。こんだけすながあればすなのお家いっぱい作れるね」


 外の景色を目を離さずに言った。初めての景色に心躍らせている。


「そうだな」

 女性乗務員が席から立った。


「皆様、マーレンナハトに着きました。まず、水とサングラスを配布します」


 前方のドアが開き、冷蔵庫の形をしたロボットが現れた。頭の部分には大量のサングラスが入ったケースが置かれている。


 女性乗務員はロボットの冷蔵庫部分の取っ手を引き、開けた。中には大量のペットボトルが入っている。


 女性乗務員は乗客にペットボトルとサングラスを渡していく。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 女性乗務員から俺とエマの分のペットボトルとサングラスを受け取った。ペットボトルはキンキンに冷えている。


「すいません」

「ほれ」


 エマにペットボトルとサングラスを手渡した。


「ありがとう。あ、ちゅめたい」

「ちゃんとキッキにもあげろよ」


「うん。ほら、キッキちゅめたいよ」

 エマは冷えたペットボトルでキッキの頬に触れた。


「キウー」


 キッキは鳴いた。きっと、冷たいと言っているのだろう。

 女性乗務員が元居た場所に戻る。


「それではマーレンナハトについて説明させていただきます。マーレンナハトは太陽が三個存在し、夜がありません。さらに太陽が三つあるので、外気温は常に70度を超えます」


「外にいるだけでゆでたまごできるね」

「お、おう」


 どこでそんな事覚えてきたんだ。俺は教えてないぞ。


「マーレンナハトに住む人々はその熱さをしのぐ為に街をドーム状の三層の透明な断熱板で街を覆っています。さらに午後7時になれば、断熱板の1層目と2層目の間に黒色の遮光板が敷き詰められ人工的な夜を作ります。それによって、体内時計を狂わせないようにされています。街は常に22度になるように気温調節がされています。ちなみにこの電車は他の別界行きの電車とは違い熱を中に通さない特殊な加工がされています。外側は熱いですが。質問がある方はいらっしゃいますか」



 女性乗務員が乗客達に訊ねる。

 乗客達は無言。質問はなしと言う事だ。


「ないです」

 エマが右手を上げて言った。


「お返事ありがとうございます」

 女性乗務員が優しく微笑んだ。


「それでは都市シューテルートワールのポラルン駅に着くまでしばしお待ち下さい」

 女性乗務員は乗客に向かって一礼した。







車窓から見える景色は砂漠ばかり。たまにサボテンが生えていたりするだけで殺風景だ。早く、街に着いてくれと思う。


 エマは俺と違って、砂漠を見て楽しんでいる。30分程を同じ景色を見ているはずなのに。


「エマ、ちょっといいか?」

「うん? なに?」

「砂漠見てて楽しいか?」


「うん!たのしいよ。だって、このすなでどんなことができるかってかんがえてたらおもしろいもん」

 エマは目を光らせて言った。


「そ、そうか。それならいいよ」

 子供は大人と違って自分で楽しみ方を見出すのだと考えさせられた。もしかしたら、幼い頃の俺がこの景色を見ていたらエマのように自分で楽しみ方を見出していたのかもしれない。


けれど、今の俺にはそれはできない。悲しいが。いつからだろう。こう言う楽しむ為の想像力や発想力がなくなったのは。


「あ、ジュード。まち!」

 エマが窓の外を指差している。

 俺はエマが指差している方を目を凝らして見た。


「ほ、本当だな。街」


 まだ街との距離があるためぼんやりとしか見えないがたしかに街だ。あと10分もすれば街に着くだろう。


「まち、まち」

「キウ、キウ」


「まち、まち、タウン!」

「キウ、キウ、キッキキ!」


「まち、タウン、まち、タウン!」

「キウ、キッキキ、キウ、キッキキ!」


 エマとキッキは突然奇妙な遊びを始めた。とっても、楽しいそうだ。本当に訳が分からないが。


「なんだ、それ」

「うん? わかんない。たのしいからやってるの」

「……お、おう」


 始めた本人が分からないなら俺には一生分かる事はない。飽きるのを待とう。


それにしても、この訳の分からない遊びに付き合っているキッキは尊敬する。凄いよ、お前は。

 





 街の全貌が見えてきた。女性乗務員が言っていた通り、街をドーム状の透明な板が覆っている。まるで、ドーム球場だ。街の入り口には門が見える。そして、その門が開き始めている。


「まもなく到着します」

 女性乗務員は言った。


 電車はカーブを曲がり、街の入り口に向かっている。


「エマ、いつでも電車降りられる準備しなさい」

「はーい」


 エマは床に置いていたリュックを手に取り、身体の前で抱えた。


 電車はスピードを下げて、門をくぐった。後方からは門が閉まる音がする。そして、電車が一時停止した。まだ、駅には着いていないはずだが。


「冷却準備」

 アナウンスが聞こえる。


 窓の外を見ると、大型ロボットが上から現れた。

 大型ロボットは噴射口をこちらに向けている。きっと、この噴射口から冷却スプレーが噴射され、電車の外側を冷却するのだろう。


「かっこいい。ねぇ、ジュード」

「お、おう」


 エマのかっこいい基準がよくわからない。けど、分かっていかないといけない。エマがどんな事に対して感情を動かすかを。


そうしなければいずれエマを傷つけてしまうだろうし。エマの精神的な成長を妨げるかもしれない。頑張らないと。頑張れ、俺。可愛い愛娘の為に。


「冷却開始」


 アナウンスと同時に大型ロボットの噴射口からスプレーが噴射された。


「すーごい」

 エマは大型ロボットに心奪われている。


「冷却終了しました」

 冷却はものの数秒で終わり、大型ロボットは上に戻っていく。


 電車は再び、動き始めた。そして、3分も経たないうちにポラルン駅に着いた。


「お客様、忘れ物がないかどうか御確かめのうえ下車お願い致します」


 女性乗務員は注意を促す。同じ車両に乗っていた乗客達は座席から立ち上がり、降りていく。


 俺とエマは座席から立ち上がる。

「わすれものなし。だいじょうぶだよ」


 エマは座席の方を見て言った。

「そうだな。行こう」


 俺はエマに手を差し出した。

「うん」


 エマは頷き、俺の手を掴んだ。その後、俺達は電車から降りた。


 ホームの並んでいる自販機は飲み物の自販機以外に日焼け止めなどの日焼け対策グッズの自販機もある。やはり、別界。自分達の世界にはないものがある。


 改札を通り、街に出た。

 女性乗務員が言っていた通り、遮光板が街を覆っている。温度を調節してくれているおかげで暑さは思った以上に感じない。


「ねぇねぇ、ジュード。たいようがみっつ」

 エマは遮光サングラスで太陽を見ている。俺もボストンバックからサングラスを取り出して、かけて、太陽を見た。


 太陽は本当に三つ存在している。


 太陽が二つ横に並んでいて、その上に太陽がもう一つある。もし、何かの拍子で街から追い出されたら、一瞬で干からびてしまうだろう。考えるだけでぞっとする。


「本当だな」


 街の建物はタイル張りの高床式の建物が多い。きっと、屋内の風通しをよくするためだろう。


高床式作りではない背の高いビルなどの建物の屋根は傘のようになっている。それは少しでも影の面積を増やすための工夫だろう。


 街行く人々を見ると、誰もが長袖。日焼けしないようにしているに違いない。だって、半袖で半日もいれば日焼けをしてしまいそうだからだ。


「あ、電話しないと」

「わすれんぼさん」


「うるさい。ちょっと、電話かけるから静かにしなさい」

「はーい。キッキとしずかにするー」

「キウ」


 エマは両手で口を抑えた。エマの頭の上に居るキッキもエマと同じように両前足で口を抑えた。


 俺はズボンのポケットから携帯を取り出し、電話帳に夜飾士やこうし・リゲルと登録した電話番号に電話をかけた。


 呼び出し音が一回、二回と鳴る。


「もしもし、リゲルです」

 リゲルさんが電話に出た。


「本日から数日間、お世話になります。記者のジュード・ドレイクです」

「あージュードさんですね。電話されたって事は街に着いたって事ですね」


「はい。そうです」

「でしたら、16時に街中央の時計台の下で集合にしましょう。ホテルのチェックインとか色々とされる事があるでしょう」


「まぁ、そうですね。それでは16時に街中央の時計台の下で。では、失礼します」

「はい。よろしくお願いします」


 俺は電話を切った。エマを見ると、まだ口を抑えている。キッキも同様に。


「もう電話終わったぞ」

「ぶはぁー」

「キウー」


 エマは両手を口から離した。キッキも両前足を口から離した。


「なにしてたんだ」

「ジュードの電話がおわるまでいきどめゲーム」


 何を意味の分からないゲームを勝手に始めてるんだ。もし、俺の電話が長かったらどうしてたんだ。


「危ないからそんなゲーム今度からするなよ」

「へぇーい」


「へぇーい。じゃなくて、はいだろ」

「はい」


「よろしい」

「いまからどこいくの? ごはん? ごはん? おしょくじ? らんち? ひるごはん?」


 エマは今にも口からよだれが垂れそうになっている。どれだけお腹が空いているんだ。朝ごはんもいっぱい食べたはずなのに。子供の食欲は底が無いのか。


「ごはんにも行くけど、先にホテルに行くぞ」

「えーなんで。はらぺこー」


「荷物とかを先にホテルに置きに行くの。その方が動きやすいだろ。わかったな」


「……うん。わかった。そのかわり、いっぱいたのんでいい?」

「いいよ」


「やったー。じゃあ、ホテルいこう」


 エマは走り出した。

 ちょっと待て。ホテルの場所を知っているのか?絶対知らないだろう。


「おい、エマ」

 エマは立ち止まり、振り向いた。


「なに?」

「ホテルの場所知ってるのか?」


「……しらない」

「……やっぱりな」


 溜息が出た。エマは自分がしたいと思った事は何も考えずに行動する。だから、目を離した瞬間にどこかに行ってしまうこともたたある。親としてはそれが怖くて怖くて仕方がない。


「じゃあ、先に行くな。はぐれると危ないだろ」

「たしかに」


「本当にそう思ってるのか」

「うん。じゃあ、手繋ぐ」


「はいはい」

 俺はエマと手を繋ぎ、ホテルに向かって歩き出した。


 エマは手を思いっきり振ろうとする。これは付き合ってあげないと機嫌が悪くなるやつだ。付き合ってあげなくて散々な目に何度かあった。もう、あんな思いはしたくない。


 俺はエマと同じぐらいに手を振った。


「いぇーい。ホッテル、ホーテル」


 エマの機嫌は良いみたいだ。俺の手。いや、腕はホテルに着くまでもってくれるだろうか。心配だ。実に心配だ。






ホテル・セレーネーに着き、チェックインを済ませた。


 ホテル内は冷房が効いていて快適だ。自分達が住む世界のホテルと内部構造はあまり変わらない。


 自分達が泊まる部屋の前に着いた。

 俺は受付で受け取ったカードキーをドアの機械にかざそうとした。


「エマがする」


 エマは必死に跳ねて、俺が手に持っているカードキーを取ろうする。


「はいはい。機械にかざせよ」


 俺はエマにカードキーを手渡した。

 エマは機嫌よくカードキーを機械にかざした。

 カチッと、施錠が解除された音が聞こえた。


 俺はドアノブを回して、部屋の中に入った。エマとキッキも部屋に入る。


 部屋の中は値段の割りに豪華だった。ベットもちゃんとしたものだし、テレビもある。


それに小型の冷蔵庫もある。冷蔵庫の表側には「中に入っている飲み物は自由にお飲みください」と書かれたシールが貼られている。


 冷蔵庫を開けた。中にはジュースや水などのペットボトルや缶が大量に入っている。これが無料はありがたい。


 俺はボストンバックを床に置いた。


「だいぶー」

 エマとキッキはベットに飛び込んだ。


「きもちいーねちゃいそう」

「キッキウー」


 エマもキッキも今にも寝そうな勢いだ。これはまずい。このまま寝られるとちょっとの間起きない。


「寝るのか? 美味しいご飯はいいんだな?」

「だめーごはんたべる。はやく、いこう。キッキいくよ」


「キウ」


 エマはベットから降りて、背負っていたリュックを床に置いた。

 キッキはエマの頭の上に飛び乗った。






 16時前。

 昼食を食べ終えて、時計台の下のベンチでリゲルさんが来るのを待っている。


 隣で座っているエマはうとうとしていて今にも寝てしまいそうだ。エマの頭の上に乗っているキッキはもう数分前から寝てしまっているが。


 それにしても、あれほどの量を食べてしまうとは思わなかった。確実に俺の倍以上を食べていた。そんな小さい身体のどこにあの量が入るんだ。不思議でしょうがない。


「ジュードさんですか?」

 作業服を着た男性が訊ねて来た。髪の毛は黒く短髪。体格は中肉中背。とても優しそうな顔をしている。


「はい、そうです」

「よかった。夜飾士のリゲルです」


「あ、リゲルさんですか。失礼致しました。記者のジュード・ドレイクです」


 俺はベンチから立ち上がって言った。


「こちらこそよろしくお願い致します」


 リゲルさんは握手を求めてきた。俺はそれに答えた。


 リゲルさんの手はペンだこが何個があって、凸凹していた。美しい手だ。


必死に仕事に取り組んでいる証拠。適当に仕事をしていたら絶対に出来ないもの。リゲルさんは本物に違いない。そして、この街の人々はリゲルさんの仕事に心打たれているだろう。


「その子はお子さんですか?」

「はい。娘のエマです」


「エマだよ」

「こら、失礼な言い方止めなさい」


「ごめんなさい」


 エマはベンチから立ち上がって、頭を下げた。頭の上のキッキは絶妙なバランス感覚を発揮して落ちないでいる。


「いいですよ」

 リゲルさんは微笑んだ。


「本当に子供も同伴してよかったんですか?」

「大丈夫ですよ。みんな子供が好きですし。それに子供にこそ私達の仕事を見てほしいんです」


「そうですか。ありがとうございます」

「では夜飾士の仕事場に行きましょうか」


「はい」

 俺達はリゲルさんの仕事に向かい始めた。





 リゲルさんの仕事場は時計台からさほど距離は遠くない場所にあった。


 仕事場の建物は三階立てのビル。ビルの表面には芸術的な絵が描かれている。入り口の標札には「夜飾士・スタジオ」と書かれている。


「ここが仕事場です。ちょっと派手ですよね」

「……いや、なんと言うか。幻想的ですね」


「幻想的ですか。嬉しい感想です。それじゃあ、中に入りましょう」

「は、はい」


 自動ドアが開く。俺達は中に入った。

 キッキはビルに入ってすぐにネックレスに姿を変えて、エマの胸元で揺れている。


「げんそうてきってどういういみ?」

「……絵本とかの世界みたいって事だよ」 


「ふぁんたじーっていうこと?」

「そう言う事」


「へぇーげんそうてきか。エマ、かしこくなった」

「そうだな」

 俺はエマの頭を軽く撫でた。


「えへへ」

 エマは嬉しそうに照れた。可愛いやつだ。このまま素直に育ってくれればいい。エマの一番いい所は素直さだから。まぁ、他の部分も最高だが。


世界一の娘だ。ちょっと待て。これは親ばかか。親ばかなのか。冷静になれ。冷静になれ、俺。


 ビル内は外壁と違ってシンプル。受付と応接スペース。そして、上階に行くための階段。


「おはようございます」

 受付嬢二人が挨拶してきた。


「どうも」

「おはようございます」


 エマは元気よく挨拶を返した。


「エマ、上の階で皆さん仕事してるから声は小さくな」

「あ、ごめんなさい」


 エマは受付嬢二人とリゲルさんに頭を下げた。

 受付嬢二人はエマに向かって微笑んでいる。


「いいんだよ。元気な事は」

「……うん。じゃない、はい」


「礼儀正しい子だ。それじゃ、上の階に行きましょうか」

 リゲルさんはエマの頭を撫でた。


 俺達は階段を上り、2階に着いた。1階はすぐに受付があったから気づかなかったが奥行きを感じる。部屋数は10以上はあるだろう。


壁面には来月行うであろうイベントのポスターや「あの夜空を再び」と書かれたポスターが所狭しに貼られている。一階とは全く雰囲気が違う。ここは仕事場だ。


「こっちです」

 リゲルさんの後に着いて行く。


 夜飾師。夜空を飾るように星などを描く仕事。このマーレンナハトにしか存在しない仕事。


その貴重な仕事の仕事風景を取材出来る。これほど嬉しい事はあまりないだろう。顔には出していないが興奮している。


「ここです」

 リゲルさんは突き当たりの部屋の前で止まった。


「は、はい」

「では入りましょうか」


「よろしくお願いします」

「おねがいします」


 リゲルさんはドアを開けて、部屋の中に入った。俺達も後に続く。


 部屋の中には10人程の作業着を着た男女が椅子に座って、パネルに絵を描いている。年齢は俺と同じぐらいかちょっと下ぐらいの人々ばかり。


 部屋の奥の壁には大型のモニターが設置されている。モニターには夜空のようなものが映し出されている。


「みなさん、ちょっと作業をストップ」

 リゲルさんは作業中の人々に言った。


 作業着の人々の手が止まった。そして、全員がこちらに視線を向ける。


「こちらが本日から数日間、我々の仕事を取材してくれる記者の方と小さき助手さんです」


「記者のジュード・ドレイクです。本日から数日の間よろしくお願いします」


「えーっと、小さきじょしゅのエマ・ドレイクです。よろしくおねがいします。って、ちいさきじょしゅってなに?」


 エマは訊ねて来た。


「あとで教えるから。頭下げて」


 俺とエマは頭を下げた。


「この人達が記者さんね。よろしく」

「エマちゃん可愛い」


「うちの子と同じぐらいなのにしっかりしてるな」


 夜飾師の人達は椅子から立ち上がって、拍手して迎え入れてくれた。


どうやら歓迎されているみたいだ。いい人ばっかりのようだ。本当によかった。もし、雰囲気の悪い所だったらどうしようかと不安だった。けれど、この人達なら大丈夫。安心して取材出来る。


「では、夜飾師の仕事内容を軽く説明していきますね」

「お、リゲルが熱弁するぞ」


「よぉ、リーダーだ」

 夜飾師の人達がリゲルさんに茶々を入れている。この人達はよほど仲がいいのだろう。


「うるさい。仕事量増やすぞ」

「すんませんでした」


「怖い怖い」

 夜飾師の人達は作業に戻った。


「すいません。こんな奴らで」

「いいえ、素敵な人たちばかりで」


「……ありがとうございます。それでは説明させていただきますね」

「はい。よろしくお願いします」


「仕事内容はここで星などを描き、投影機に星などを読み込ませて、遮光板で出来た人工の夜空に映し出りする事です」


「そうなんですか」

「あそこのモニターに映し出されているものが本日の夜空です。どうです、描いてみます?」


「えぇ?あの絵は苦手なので遠慮します」

 絵を描く事ほど苦手なものはない。国際警察だった時あまりの絵の下手さから犯人の似顔絵を描く事を禁止されていた。エマから絵を描いてと言われ描く事があるがほとんど何を描いているか分からないと言われる。


「そうですか」

「じゃあ、エマがかく」


 エマは手を上げた。


「そうかい。じゃあ、ここに座って」

「はーい」

 エマはリゲルさんの指示通りに近くにあった机の前の椅子に座った。


「このペンで好きな絵を描いてごらん」

「はい」


 エマはパネルの絵を描き始めた。

「大丈夫なんですか? 子供の絵ですよ」


「大丈夫です。絵はそのまま使わないんで。描いてもらったあとにこちらで処理して、星座にしますから。それに子供の発想力には我々が気づかされる事もあるので」


「そうですか」

「そうですよ。心配なさらずに」


 リゲルさんは微笑んだ。


「はい。ポスターに書かれていたあの夜空を再びとは?」

「あれはですね。今まで描いてきた夜空を博物館で展示するんです。他にも描いた夜空をプリントしたグッズなどを販売したりする予定です」


「へぇー有効活用って事ですね」

「そうです。一回だけって言うのは勿体無いですからね」


「たしかに。記念日や誕生日の夜空とか人気ありそうですもんね」

「ハハハ、よくお分かりで」


「あ、夜飾師が出来たきっかけはご存知ですか?」

 


マーレンナハトに来る前に資料などを調べたりしたが、しっかりとした事が書かれていなかった。


だから、この仕事を生業にしている人だったら教えてもらう事が出来るのではないかと思って訊ねた。


「はい。もちろん知っていますよ。この仕事は先代の社長が他の世界に行った時に夜空を見て、感動して、この世界でも夜空を作る事はできないかと考えたのきっかけです」


「そうですか。先代の社長は素敵な方だったんですね」


「そうだと思います。我々もこの仕事があってよかったと思います。この世界にはあまり娯楽がないのでストレスが溜まりやすいんです。人って楽しい事がないと俯いてしまったりして暗くなるじゃないですか。だけど、美しい夜空があれば自然と上を向くと思うんです。上を向けば、少しずつ気持ちが明るくなるかもしれない。夜空を見ることが生きていく為の楽しみになるかもしれない」


 この世界では太陽だけが人々を照らしているのではない。夜飾師が作った夜空の星達も人々を照らしている。それも心を。


「この仕事が大好きなんですね」


「はい。でも、辛い事もありますよ。いい夜空を書かないと怒られますから。毎日試行錯誤ですよ」


「それは辛いですね」

「できたー」

 エマは両手を挙げて言った。


 描くの速くないか。それほど長話してないぞ。本当にちゃんと絵を描いたのか?


「おー上手いじゃないか。絵の才能あるよ」

 リゲルさんはエマの頭を撫でた。

 エマは頭を撫でられて嬉しそうだ。


「ジュード見て」

「お、おう」


 俺はエマの絵を見る。


「どう? じょうずでしょう」

 エマは笑顔で訊ねてきた。


「……上手いな。本当に」

「ほんとうに?」

「おう。本当だよ」


 エマの描いた絵はキッキだった。目を疑うほどに上手い。キッキをそのまま紙に写したかのようにリアルだ。


プロの絵描きが描いたと言っても疑わないだろう。お金を取ってもいいぐらいのレベルだ。エマがこんな才能を持っているなんて。


「いぇーい。ほめられた、ほめられた。ジュードにほめられた」

「皆さん作業してるんだから静かにしなさい」

「はーい」


 エマは少し頬を膨らませた。


 ちょっと言い過ぎたか。ここでこのままにしてしまったら、エマは絵を描かなくなるかもしれない。


それは駄目だ。人を驚かせる事が出来るものを親が奪ってしまってはいけない。子供の可能性は無限大なのだから。


「エマ、今度お父さんの絵を描いてくれないか?」

「え? ジュードの?」


「そうだ。お父さんな、エマが描いた絵がほしいんだよ。駄目か?」

「……いいよ。でも、ひとつおねがいきいて」


「なんだ。言ってごらん」

「かみとペンとえのぐをいっしょにかいに行って」

「おう。買いに行こう。だから、ここで居る間はちょっと声小さくしろよ」


 俺はエマの頭を優しく撫でた。


「うん。こえちいさくする」

 エマは声のボリュームを下げて言った。とても嬉しいそうだ。機嫌が戻ってよかった。


「……良い親子の関係性ですね」

 リゲルさんは言った。


「はい?」

「いえ、私にも子供が居るんです。男の子なんですけどね。全然言う事聞いてくれなくて。私が仕事のせいにして遊んであげられてないのが原因だと思うんですけどね。お二人の姿を見て羨ましく思ってしまって。すいません」


 リゲルさんの表情はどこか寂しげに見えた。


「……謝らないでください。私も手探りですから。私が言うのもおこがましいとは思いますが子供との仲を良くするにはやっぱりコミュニケーションが大事だと思います」


 子供は親に相手をされていないと言う事には敏感で傷つきやすい。だから、子供は親に相手をしてもらう為にわざと怒られることや不機嫌な態度を取ったりする。自分を見てもらう為に。


きっと、リゲルさんの息子はリゲルさんとコミュニケーションを取りたいのだろう。


でも、素直に言えないのかもしれない。父親のあの手を見ているから。


誰かの為に必死に頑張っている姿を傍で見ているから。


俺はリゲルさんの手に触れてそんな風に子供さんが感じているのかもしれないと思った。


「……そうですよね。いきなりすいません」

「全然いいですよ。この子はこの子で直さないといけないところいっぱいあるんでね」


「ジュードもね」

「こら、お父さんにそんな事言ったらだめだろ」


「だってほんとうだもん」

「おやつ買ってあげないぞ」


「……うーん、それはいや。ごめんなさい」

「よろしい」


「ありがとうございます。子供とコミュニケーションとってみます」

 リゲルさんの寂しげな表情はどこかに消えていた。


「はい」

「それじゃ、エマちゃん。ちょっとおじさんがその絵を夜空に映し出す為に加工するから席変わってくれないかな?」


「うん。わかった。じゃない。わかりました。どうぞ」


 エマは椅子から立ち上がり、リゲルさんに椅子を譲った。

 リゲルさんは椅子に座り、作業を始めた。


 これが父の背中と言うやつのなのか。リゲルさんの作業をしている背中を見て思った。


俺自身、父がどういうものなのかよく分からない。だって、父親が居ないから。


俺の父親は物心着く前に母と俺を捨ててどこかに行ったらしい。あまりにも身勝手な男だ。


恨んでも恨みきれない。だから、俺は存在しなかった人と思っている。それが不必要な負の感情を生み出さないようにするための最善の手段だから。


 俺はエマからどんな風に見えているのだろう。誇れる父なのだろうか。


それとも、情けない父なのだろうか。それともどちらでもないのだろうか。きっと、その答えが分かるのはエマが大人になってからに違いない。







18時55分。真昼のように明るい。時間感覚が狂いそうだ。


 俺とエマとリゲルさんは街の中央に聳え立つ時計台の屋上に居た。


 街の景色が見える。そして、この街の外の風景。どこまでも続くと思えてしまう砂漠も見える。


 屋上の中央には大型の投影機が設置されている。投影機のレンズは上を向いている。


 リゲルさんは投影機の電源スイッチを押した。投影機は起動音を鳴らして、起動した。


 リゲルさんはズボンのポケットから小型タブレットを取り出し、画面をタッチする。すると、遮光板が自動で街を覆っている断熱板の一層目と二層目の間に敷き詰められる。


 1分も経たないうちに明るかった空が夜空に姿を変えた。真っ黒な闇の世界。


「……凄い」


 言葉を失ってしまった。外界の光が街に差しこんでいない。それは一寸の狂いもなく遮光板が敷き詰められていると言う事。恐るべき技術。この技術は真似するのは難しいだろう。


「すんご……すんごいよ」

 エマは飛び跳ねている。


「……キウ」


 キッキは驚いたのだろう。ネックレスの姿のまま鳴いてしまった。


「そうだな」

 街の建物に明かりが点き始め、眼下には夜景が広がっている。これだけでも充分に綺麗だ。


「じゃあ、投影しますね」


 リゲルさんは作業着の胸ポケットからメモリーカードを取り出して、投影機の差込口に差した。その後、投影機に付いているキーボードを操作した。


 投影機の光が夜空に向かって放たれる。


 真っ黒だった夜空に次々と様々な色の星が写し出されて、瞬く間に美しい夜空になった。


 自分が住む世界で見る夜空とは違った美しさがある。なんだか、夜空が温かく感じる。


実際は温かくないはずなのに。けど、温もりがある。それは夜飾師が描いた星達に込めた思いを感じているのかもしれない。


「どうです?」

 リゲルさんが訊ねて来た。


「……美しいです。本当に……すいません。素敵なものを見ると言葉が出ないですね」


「ハハハ、最高のお言葉ですね。ありがとうございます」

「……はい。本当に美しいです」


 ずっと、この夜空を見てられる気がする。そして、こんな素晴らしい夜空を見ているこの街の人々が羨ましく思った。


「エマちゃん、君が描いた絵が星座になってるよ」

「え、どこ?」

「あそこだよ」


 リゲルさんは夜空を指差した。指差した場所の星と星を線で繋げるように見ると、エマが描いたキッキの絵だった。


「本当だ。キッキだ。すごいー」

 エマはとても嬉しそうだ。この想い出は一生心に残るだろう。


「キウ」

 キッキはもう自分がどんな姿で居るかを忘れて鳴いている。とにかく嬉しいに違いない。自分が夜空で星として煌いているのだから。


 眼下に目を向ける。


 街の人々は建物から出て、夜空を眺めている。


 星座を指差している人、その星座を探している人、夜空を寄り添い合って見ているカップル、親に肩車してもらって夜空を見ている子供、大勢の人達が夜飾師の作った夜空に心奪われているのだ。その光景は夜空に匹敵する程に美しい。






20時。

 本日分の取材を終え、時計台の入り口に居た。

 未だに高揚感が抜きない。早く、ホテルに帰ってこの感情を文章にしたい。


「本当に素晴らしい夜空でした」

「ありがとうございます。その言葉仲間にも伝えておきます」


「はい。明日もよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」


 俺はリゲルさんに握手を求めた。リゲルさんは握手に応じてくれた。


「それでは失礼します」

「しつれいします」

「はい」


 俺達はホテルに向かい歩き始めた。


「あ!一つ言う事忘れてました」

 俺達はリゲルさんの言葉で立ち止まり、振り返った。


「なんですか?」

「お休みなさい」


 リゲルさんは笑顔で言った。


「……そうでしたね。お休みなさい」

「おやちゅみなさい」


 俺達はリゲルさんに一礼してその場を後にした。






 ホテルに戻り、夜飾師の事やこの世界の事や今日感じた事をノートパソコンで文章にしている。普段よりすらすらと文章を書けている。


きっと、今さっき見た光景で心が満たされているからに違いない。


 エマとキッキはベットの上ではしゃいでいる。無尽蔵の体力だ。疲れを知らないのか。少し静かにしてほしい。

「ジュード、まだー。ききたいことがあるの」

「ちょっと待って。もう終わるから」


「はーい。しずかにまつー」


 エマははしゃぐのを止めて、無言になった。キッキも同じように静かになった。


 今までの事が嘘みたいだ。それほどに聞いてほしい事なのだろう。早く終わらせて聞いてあげなければ。


――文章を書き終えて、ノートパソコンの画面上に表示されている保存のマークをクリックした。その後、ノートパソコンの電源を落としてから閉じた。


「終わったぞ」

「長い」


「数分だろ。で、聞いてほしい事ってなんだ?」

「あのね、あのね。あの空ってオーロラとか流れ星とかは見れるの?」


「それは分からないな。明日、リゲルさんに聞こう」


 エマの着眼点はいつも面白い。自分では思いつかない事ばかり。俺の視野を拡げてくれる。


「うん。あとね、あとね……うーん、あれ?」

 エマは首を傾げた。


「どうした?」

「わすれちゃった」


「なんだよ、それ」

「しかたないじゃん。……あーねむたくなってきた」


 エマはうとうとし始めた。マイペースだ。まぁ、子供だから仕方がないか。


「寝るのはお風呂入ってからな」

「えーおふろはいるの? あしたのあさはいる」

「だめ。今入るぞ」


「……えー」

「はいは?」


「……はーい」


 エマは不機嫌そうに答えた。


「いい子だ。じゃあ、お風呂入る準備しなさい」

「うん。わかった」


 エマはベットから降りて、リュックを開け、中から着替えを取り出した。





翌日の昼。

 俺達は昼食を食べ終えて、夜飾師・スタジオに向かっていた。


 太陽達の光が眩しい。朝からずっとこの明るさ。いや、昨日からそれよりも前から明るさは変わらないのだろう。雨などが降っていないかぎり。考えるだけでぞっとする。


 人工的に夜を作るのは人間の感覚を狂わせないためにも正しい行いだと思う。そうしないと確実に数日で神経がおかしくなり体調を崩す。


 マーレンナハトで住む人々は他の世界で住む人達よりも命の危険と隣り合わせの生活をしていると思う。 


 夜飾師・スタジオが見えてきた。入り口に作業着を着た男性が立っている。


 あれはリゲルさんだ。

「おはようございます」


 リゲルさんが手を振っている。

「どうも。おはようございます」


「おはようございます」


 俺とエマは手を振り返した。そして、歩く速度を上げて、リゲルさんのもとへ向かう。


「どうも、よく眠れましたか?」

「まぁ、それなりに」

「ばくすいだよ。すごいでしょ。えらいでしょ」


 エマは自慢げに言った。

 それは自慢することなのか。子供の褒めてもらいたい点はいつも不思議だ。


まぁ、寝る子はよく育つと言うからその点で評価してくれて言うなら自慢すべきことなのかもしれない。


 ……何を考えているんだ。俺は。そんな事で悩む必要はないだろ。


「そうだな。偉いな。エマちゃんは」


 リゲルさんはエマの頭を撫でた。エマは嬉しいそうににやけている。


「すいません。出迎えてもらって」


「いいえ。お二人をお連れしたい場所があるのでここで待っていただけですから」

「……そうですか」


「おつれしたいばしょって? あと、ふたりといっぴきだよ」

「キウ」


 ネックレスの姿をしたキッキが鳴いた。きっと、俺も居るよと言ったのだろう。


「そうだったね。ごめんね」

「キウー」


「それでどこへ行くんですか?」

「博物館です。まだオープン前の」


「いいんですか?」

「はい。その代わりにお願いが一つあるんですがいいですか?」


「自分に出来るものならいいですよ」

「博物館の事を記事にしてもらいたいんです。別界からも来てもらいたいので」


「大丈夫ですよ。お受けします」

「本当ですか。ありがとうございます」


 リゲルさんは握手を求めてきた。俺はそれに応じた。夜空を描く以外にも色々と仕事をしないといけないのだろう。 


ちゃんと家族の時間とかはとれているのだろうか。……失礼だ。他人の家庭の事に土足で踏み込んでいけない。


「では案内しますね」

 リゲルさんは歩き出した。


「たのしみ、たのしみ」

 エマはとても嬉しそうだ。今にもスキップしそうだ。

 俺達はリゲルさんの後に着いて行く。






 夜飾師・スタジオから5分程歩いた場所に博物館は建っていた。ドーム型のレンガ造りで大きさは近くに建っている建物より少し大きいぐらい。


特別変わった雰囲気は感じない。失礼になるが想像していた博物館より迫力はない。


「ここが博物館です」

「はくぶつかん」


「迫力ないですよね」

「いえ、そんな事ないですよ」


 心を読めるのか。いや、そんなはずない。一瞬、焦ってしまった。


「優しいですね。でも、大丈夫です。中に入ればきっと楽しんでもらえますから」

「……はい」

「入りましょう」


 俺達は博物館の中に入った。壁には博物館の地図が貼られている。


「……地下18階まである。これって本当ですか?」

「はい。それに現在拡張中です。最終的には地下30階にして博物館兼アミューズメント施設になる予定です。まだ、18階までしか出来てないでのでオープンから当分の間は18階より下は利用できませんが。出来次第都度解放していく予定です」


「……凄い技術力ですね」

「ありがとうございます。この技術力は限られた土地を最大限に利用する為なんです。この技術を使って、地下に農園や牧場などを造って、食料を生産してるんです。だって、街から出たら灼熱地獄ですからね」  


「……たしかに。それにしても凄いです」


 人間は逆境に立たされると真価を発揮する生き物だと感じた。人間はものが溢れている場所よりも物が少ない方が素晴らしいアイデアを生み出すかもしれない。

「なにがすごいの?」


 エマが訊ねて来た。

「えっとな、簡単に言えばこの下に18階立ての建物が埋まっているんだ」


「え!ほんとうに!それじゃ、このかいがいちばん上のかい?」

 理解が早い。さすがわが娘。


「そう言うことだ」

「あんびりーばぶ」


 エマは両手を挙げて言った。驚いた時にこの動作をする事がある。本当にたまにだが。


「あ、安心してください。ちゃんと、地下全ての階は温度調節されて過ごしやすくなっていますから」


「そうですか」

「じゃあ、進みましょうか」

「はい」


 エレベータに向かって歩き出した。


 この階は売店やフードコートなどがある。まだ、オープンしてないから利用は出来ないが。


 エマは売店に置かれているおもちゃや夜空柄のネクタイをしたテディベアを見て、ものほしげな表情をしている。


 駄目だぞ。この前、うさぎのぬいぐるみ買ってあげたんだから。それにそのおもちゃやテディベアは販売前のものだ。


「……ジュード」

「駄目だ」


「なにもいってないよ」

「どうせ、おもちゃほしいだろ」


「……うん。あのくまさんがほしいの」

「駄目だって言っただろ」


「くまさんがほしい」

「駄目。仕事中なんだぞ。今」


「くまさんがいっしょにいたいっていってる」

 動物の言葉が分かるのは知っている。けれど、テディベアは熊の形をしたぬいぐるみだ。決して、動物ではない。だから、それは嘘だ。


「言ってない。絶対に言ってない」

「いってる。ぜったいにいってるもん」


「あとで記念に一つ差し上げますよ」

 リゲルさんは言った。


「やったー」

「え、リゲルさん。ちょっと、それは」

 リゲルさんは俺を手で制した。


「まぁ、条件付きだよ」

「じょうけん?」


「それならいいですよね」

 リゲルさんは言った。


「……はぁ」


 一度条件を聞こう。条件次第で断るかを決める。リゲルさんには子供が居る。だから、簡単な条件にはならないはずだ。


「この博物館を楽しむ事とお父さんの言う事をちゃんと聞くこと。その二つが守れるならあげるよ」


「まもる。ぜったいにまもる」

「じゃあ、おじさんとゆびきりげんまんしよう」


「うん。わかった」

 リゲルさんとエマは小指と小指を引っ掛けあった。

「ゆびきりげんまん嘘ついたら針千本飲ます。指切った。よし、これでOKだ」


「ジェード、いいこにするからおねがい」


「……はぁ。分かったよ。けど、ちょっとの間おもちゃはなしだからな。だから、今日貰うおもちゃと今まで買ったおもちゃを大切にするんだぞ」


「うん。たいせつにする」

「じゃあ、リゲルさん。すいません。あとで、ぬいぐるみを一つください」


「はい。必ず。では、エレベーターに乗りましょうか」

「はい」


 リゲルさんはエレベーターのボタンを押した。エレベータのドアが開く。

 俺達はエレベーターに乗った。


 エマはドア前に立ち、何度もつま先を上げたり下げたりしている。きっと、ワクワクしているに違いない。


 リゲルさんはエレベーター内の壁に付けられている階数ボタンの10階を押した。すると、エレベーターのドアが閉まり、下降し始めた。


「大変ですか? 女の子は」

 リゲルさんが耳元で囁いた。


「……はい。色々と」

「先ほどは勝手な事してすいません。あれしか方法がないと思いまして。ぬいぐるみやおもちゃを置いていたのはこちらの責任ですし」


「いえ、こちらこそすいません。それとありがとうございます。ぬいぐるみ」

「いえいえ」


 気を遣わせてしまった。そして、こんなに気を遣える人でも子供とは上手くいかないものなんだと思った。


「なにおはなししてるの?」

 エマは振り向いて、訊ねて来た。


「なんでもないよ」

「ほんとうに?」


「本当だよ。あ、もう着くからドアから少し離れて」

「わかった……ちがう……わかりました」


 エマはリゲルさんの指示通り、ドアから少し距離をとった。

 エレベーターの下降が止まり、到着音が鳴る。そして、ドアが開いた。


「じゃあ、行きましょうか」

「はい」


 リゲルさんがエレベーターから降りた。俺達も降りる。

「うわーまっくら。お、みちがある」

 エマは興奮気味に言った。


 フロア全体が暗い。床には道になるように蓄光パネルが敷き詰められている。怪我防止や迷子にならない為にだろう。


「この階は何のフロアなんですか?」

「この階はですね。歴代の夜飾師が描いた夜空を自由に見れる階になっています」


「そうなんですか。でも、なぜこんなに暗いんですか?」

「ちょっと進めば分かります」

 リゲルさんは言った。暗いせいで表情が見えない。


「そうですか」

「はい。では行きましょう」


 リゲルさんは進み始めた。俺達はリゲルさんに着いて行く。

 奥の方に進んでいるがこれっと言って変化が見えない。リゲルさんの言葉の真意が分からない。


「もうすぐです」

「何がです?」


 次の瞬間、両側の壁が星達が煌く夜空を映し出した。まるで、今まで荒地だった場所に突然綺麗な花々が無数に咲いたみたいだ。


 温かい。決して、体温が上がっている訳ではない。なんだが、夜空に優しく抱き締められているかのような感覚がした。


「どうです?」

 リゲルさんは得意げな顔で言った。


「……凄いです」

 ただただ、感動している。言語化しようとしても感情がその行為を止める。この光景を目に焼き付けろと言わんばかりに。


 人間と言う生き物は心揺さぶられる体験をした瞬間はその事を言語化できないのだと感じた。


「きれい」

「キーウ」


 エマとキッキも両側の壁の夜空に心奪われている。

「……よかった。そんな風に言ってもらえて。結構、演出には凝ったので。じゃあ、進みましょうか」


 リゲルさんの表情はホッとしていた。きっと、俺達の反応がとても嬉しかったのだろう。


こう言うものは自分達がいいと思っていも、客が良くないと思ったら意味がないだろうから。


 俺達は奥に進んだ。すると、ドアが見えてきた。

「あ、ドアだ。ドアのむこうにはなにがあるの?」

 エマがリゲルさんに訊ねた。


「……それはねぇ、開くまで秘密だよ」

「えーリゲルさんのいじわる。きになる、きになる」


 エマはだいぶリゲルさんに心を開いたみたいだ。まぁ、元々人見知りする子ではないから心配はしていないが。


「じゃあ、開けるよ」

 リゲルさんはドアのドアノブを掴んで言った。


「ワクワク、ワクワク」

 エマの感情は言葉になって漏れている。本当にこの子は感受性豊かの子だ。


 リゲルさんはドアを開けた。ドアの向こう側には無数のドアが見えた。ドアの上部分には年代が書かれたプレートがある。


「ドア、ドア、ドア。ドアばっかり」

 エマは見たことをそのまま口にしている。


「エマちゃんは、どの時代のどの日の夜空を見たい?」

「うーんとねぇ。エマのたんじょうび」


「誕生日ね。いつかな」

「2820年11月11日だよ」

 正式にはエマと出会った日だ。本当の誕生日は誰も知らない。


「……えーっと、アルモネシス暦で言うと?」

「アルモネシスれき?」

「295年11月11日です。すみません」


 俺はエマの代わりに答えた。まだ、エマにはアルモネシス暦の事を教えていなかった。


 アルモネシス暦。それは別界共通の紀元。それぞれの世界には独自の紀元がある為混乱を防ぐ為に作られたものだ。だから、自分達の世界の西暦とアルモネシス暦で答えられるようにならないといけない。


「五年前ですね。じゃあ、こっちです」


 俺達は290~299年と書かれたプレートが上部にあるドアに向かった。


 リゲルさんはドアを開けて、部屋の中に入った。

 俺達も部屋の中に入る。


 リゲルさんが部屋の中の電源を点けた。部屋の中は明るくなった。


 部屋の中は映画館にある背もたれが付いている椅子が並んでいた。


「お二人共、どこでもいいので座席に座ってください」


 リゲルさんが俺達に指示を出す。


「ジュード、まんなかにいこう」

「あぁ」


 エマは俺の手を掴んで、部屋中央にある椅子に向かって走り出した。


 俺はエマの走る速度に合わせて走る。


「エマ、別に走らなくてもいいんだぞ。座席は逃げないから」

「なにーかな、なにーかな」


 聞いちゃいない。エマは一秒でも早く座席に着く為に走っている。


 エマは楽しみの対象を見つけるとその対象にしか集中しない事がよくある。家に居る時などはいいが人が大勢居るところでこの状態になるとやや面倒。



まぁ、集中出来る事自体は悪くない。だから、使い分けできるように教えてやらないと。


 部屋中央に位置する座席の前に辿り着いた。


「すわろう」

「わかった。一つだけいいか?」


「なに?」

「こう言う所では走ったら駄目だぞ」


「なんで?」

「もし、大事な機械とかに当たって壊してしまったら弁償しなくちゃいけないんだ。それにこけたら痛いだろ」

「いたいのはいやだ。べんしょう、ジュードがこまる」

「そうだ。美味しいもの食べられなくなるぞ」


「おいしいものがたべらなくなるのはいやだ。はんせい。つぎからはちゃんとする」


「エマ、お前は偉い子だ」

 俺はエマの頭を撫でた。


「エマ、えらいこ。うれしい」

 エマは嬉しそうだ。


 この子にも反抗期が来るのだろうか。もし来たらどんな子になるのだろう。ジュードの服と一緒に洗わないで、加齢臭が移るとか言われるのかもしれない。


そんな事言われたら数週間は落ち込むだろう。そして、その落ち込んでいる姿を見て、キモいとか言われるのだ。で、また傷つく。頼むから反抗期は来るな。


 俺は溜息を吐いた。

「どうしたの?」


 エマが不思議そうに顔をのぞいて来る。

「なんでもないよ。座ろうか」


「うん。すわる。キッキ、楽しみだね」

「キウー」


 俺達は座席に座った。背もたれの部分が自然と沈んでいき、天井が良く見える角度で止まった。


「電気消します」


 リゲルさんは部屋の電気を消した。


「じゃあ、エマちゃんが生まれた日の夜空を映し出しますね。ちゃんと、天井見ててください」 

「はーい」


 エマは返事をした。

 天井の夜空が写し出されていく。自分達の世界で言うプラネタリウムみたいだ。


「きれー。これがエマがうまれた日のよるのおそらなんだ」

 エマは言った。


「そうだな」


 本当の事は言えなかった。


 俺はあの日からエマにどれだけの嘘を吐いてきたのだろう。


それぞれの嘘はエマを傷つけない為に吐いてきたつもりだ。でも、もしかしたら自分を守る為だったのかもしれない。いや、違う。


俺はそれが正しいと思って?を吐いてきたのだ。真実と正論だけが人を守るのではないんだ。


「いいなー。ジュードはこんなきれいなよるのおそらをみたんでしょ」

「自分達の世界の夜空だけどな。あの夜空も綺麗だったと思うよ」


「ぜったいそうだよ。エマのうまれた日のよるのおそらだもん」

「……そうだな。絶対にそうだ」


 涙がこぼれた。悲しくて泣いているんではない。辛くて泣いているんでもない。


涙の理由が分からず泣いているのだ。普段なら記者として感情を言語化する。


だけど、今、胸の中にある感情を言語化したら駄目だと思う。もし、言語化したら軽薄な言葉になってしまうはず。だから、言葉にしてもいいと思うまで、この感情は胸にしまっておこう。




16時。

 博物館を出て、夜飾師・スタジオに向かっていた。

 エマはテディベアが入った紙袋を嬉しそうに抱えている。


「どうでしたか?」

 リゲルさんが訊ねて来た。


「素晴らしかったです」

「それはよかったです」


「あの選んだ日の夜空を見れるサービスは予約制ですか?」

「予約制と時間帯で区切って数日分をダイジェストで流す形の二つでいこうと思ってます」


「そうなんですか。もし良かったら博物館の資料をいただけませんか? 記事に書きたいので」


「はい。お渡しします。書いてもらいたいので」

「ありがとうございます」


 そうこうしている内に夜飾師・スタジオに着いた。建物の入り口には何かが包まれている風呂敷袋を持った少年が立っていた。どことなくリゲルさんに雰囲気が似ている気がする。


「アルデ、どうした?」

 リゲルさんは少年に向かって言った。

 少年はこちらに向かって来る。 


「父ちゃん、弁当」

 少年は弁当が入っている風呂敷袋をリゲルさんに突き出した。


「……ありがとう」

 リゲルさんは風呂敷袋を受け取った。

 どうやら、この少年はリゲルさんの息子さんのようだ。


「あ、息子のアルデです。ほら、挨拶しなさい」

「どうも」

 アルデは軽く会釈した。


「よろしくお願いします、だろ」

 リゲルさんはアルデに言った。


「……よろしくお願いします」


 アルデは嫌そうに頭を下げた。見た感じ、10歳ぐらいだ。こう言う挨拶は恥ずかしいのだろう。


「よろしく。ジュードです。この子は娘のエマです」

「エマだよ」

「エマです、だろ」


「エマです」

 エマは深々と頭を下げた。


「あのさ、父ちゃん」

 アルデはモジモジしている。


「どうした?」

「……別界には、別界の夜空はいつ見に行くの?」

「……それは……また近いうちにな。ごめんな」


 リゲルさんはアルデの頭を撫でながら言った。

「いつも、そればっかだ。父ちゃんなんて大っきらいだ」


 アルデはリゲルの手を振りほどいた。

「……アルデ」

「いつになったら流れ星とかオーロラとか見れるんだよ。仕事、仕事ばっかり。俺の事なんて嫌いなんだろ。もういいよ」


 アルデは感情に身を任せて言葉を吐いている。瞳からは涙がこぼれている。ずっと、ずっと、楽しみにしていた約束なのだろう。


「アルデ、聞いてくれ」

「いいよ。父ちゃんの話なんて聞きたくない」


 この状況はよくない。親子の間に亀裂が出来てしまう。もし、亀裂が出来てしまったら当分は治らないだろう。


 どうにかしないと。でも、他人の家族の問題に首を突っ込んでいいのか。

「……ジュード」

 エマはどうにかしてと言わんばかりの表情で俺を見つめてきた。


 俺はエマの表情を見て、決心した。どうにかすると。でも、どうすればこの状況を上手く治める事が出来る。……別界の夜空、流れ星、オーロラ。


……メモリストーンだ。メモリストーンがあればこの世界、この街でも別界の夜空や流れ星やオーロラが見れる。


「……アルデ君」

「なんだよ。おじさん」

「おじさんが流れ星やオーロラを見せてあげるよ」

「……え? 別界に連れて行ってくれるの?」


 アルデ君の怒りが止まった。

「ジュードさん?」

 リゲルさんは困惑した顔で俺を見ている。


「違うよ。この街で、他の世界の夜空とか見せてあげるよ」


「出来ないよ。だって、まだこの世界の技術じゃ、流れ星とかオーロラは再現出来ないって父ちゃん言ってたもん」


 アルデは言った。よくお父さんの仕事の事を知っている。きっと、この仕事に興味があるに違いない。


「……他の世界の技術だったら」

「他の世界の技術」


「リゲルさん。全ての責任は俺が受けます。だから、明日の夜空、俺に預けてくれませんか」


 俺はリゲルさんに頭を下げた。これしか方法がないのだ。


「……でも、それは」

「お願いします」


「おねがいします」

「キーキウ」


 エマとキッキも頭を下げてくれている。

「……10分だけなら」

「ありがとうございます」


「本当に見せてくれるの? 嘘じゃないよね」

 アルデは訊ねて来た。


「嘘じゃないよ。でも、条件がある」

「……なに?」


「夜空や流れ星やオーロラが見れたら、お父さんの言う事を聞いてあげて。そして、自分の本音をお父さんに伝えるんだ。出来るかい?」


「……うん。絶対にする」

 アルデは力強く言った。


「よし、それじゃ、おじさんとゆびきりげんまんだ」

「うん」

 俺とアルデは小指と小指を絡ませた。


「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲まーす。指切った。男と男の約束だ」


「うん。約束」

 俺とアルデは絡ませていた小指を離した。


「アルデ君、お父さんにしないといけない事があるよね」

「……父ちゃん、ごめんなさい」


 アルデはリゲルに頭を下げた。


「……いいんだ。俺も言わないといけない事がある。ごめんな」


 リゲルはアルデの頭を撫でた。


「……父ちゃん」

「アルデ」


「……仕事、頑張って。俺、帰るから」

「おう。母さんに弁当ありがとうって言っててくれ」


「わかった。おじさんありがとう。エマちゃんもネックレスも」

「どういたしまして」


「キウ」

「じゃあ」


 アルデは帰っていった。彼の表情はとても明るくなっていた。

「すみません。勝手な事をして」


 俺はリゲルさんに頭を下げた。


「……いいえ、ありがとうございます。顔上げてください」

「……はい」


「あのままだったら、また子供と仲が悪くなっていたと思いますから。なんていうか、お互いおせっかいやきですね」


「……そうですね」

 リゲルさんとは似ている部分が多いと思う。それはお互い父親だからと言う訳ではない。きっと、思考の根っこの部分が似ているのだ。





午後20時。

 取材を終えて、ホテルに戻っていた。

 俺はエマとキッキを泊まっている部屋に置いて、


エントランスにある国際電話で、ボイドさんに電話を掛けていた。


 呼び出し音が何度も鳴る。頼む、出てくれ。

「はい、もしもし」


 電話が繋がった。ボイドさんの声だ。


「ジュード・ドレイクと申します」

「……ジュード・ドレイク……あ! 先日はありがとうございました」


「はい」

「それでどうなされましたか」


「……えーっとですね。不躾なんですけど、お願いがありまして」


 恐る恐る言った。


「不躾なんてございません。命の恩人、わが社の恩人の願いは何でも聞きますよ」


「あ、ありがとうございます。では、流れ星やオーロラなどを記憶したメモリーストーンとメモリーストーンの専用の機械を譲ってもらえませんか。お金は支払いますので」


「メモリーストーンと専用の機械ですね。分かりました。いつ、必要ですか?」


「明日、お願いしたいんですけど」

「明日ですね。それじゃ、魔法陣速達でお送りしますね」

「はい。それでお願いします」


 魔法陣速達。魔法が自由に使える別界・ルフェルクの宅配業者ロジュラが行っているサービス。専用の魔法陣を紙にプリントすれば指定の時間にその紙の上に物が宅配される。だから、最速で発送から5分以内に受け取る事も出来る。


「どこにお送りすればいいですか?」


「マーレンナハトのシューテルートワールにあるホテル・セレーネーに14時に届くようにお願いします」

「かしこまりました」


「あと、料金は合計でいくらぐらいですかね?」

「全て、こちらで持ちます。ジュードさんは一銭も払わなくて大丈夫です」


「いえ、払いますよ」

「駄目です。これは助けてもらったお礼です。だから、受け取っていただければ嬉しいです」


「……いいんですか?」

「はい。では、準備もあるので電話を切らせてもらいますね」


「……はい」

「失礼します」


「ありがとうございました」


 電話が切れた。とても申し訳ないと言う気持ちと感謝の気持ちが交錯して、何とも言えない感情が胸を覆い尽くしている。


……これは申し訳ないと思ったらいけないのではないか。それはボイドさんがやっている事を否定している事になるのではないのか。そうだ。ご厚意をしっかり受け取ればいいのだ。それを受けてもいい資格があるのだ。





翌日。

 俺達は昼食を終えて、ホテルの受付前に居た。

 受付嬢が受付カウンターの上に魔法陣がプリントされた紙を置いてくれている。


 現時刻13時59分55秒。

 ……56、57、58、59、14時になった。

 紙にプリントされた魔法陣が発光した。そして、次の瞬間。紙の上にはあて先や中身が書かれた小包が現れた。


 俺は小包を手に取った。


「……すーごいねぇ」


 エマは驚いている。仕方が無い。俺もこのサービスを初めて利用した時は衝撃を受けた。魔法はこんな使い方もあるのだと。


「そうだな。ありがとうございます」

「はい。それではこの紙は破棄しておけばいいでしょうか?」


 受付嬢が訊ねてくる。


「はい。お願いします」

「かしこまりました」


「じゃあ、失礼します」


 俺達は泊まっている部屋に向かう為にエレベーターに乗った。


 俺は自分達が泊まっている部屋がある5階の階数ボタンを押す。エレベーターは上昇し始めた。


「ねぇねぇ、ジュード」

「どうした?」


「へやについたらそれあけてもいい?」

「いいけど、壊すなよ」


「……こわさないよ。だって、エマだよ」 


 エマは自信満々に言った。

 どう言う理屈だ。そして、その自信はどこから出てくるのだろう。訊ねても時間がかかるだけだから訊ねないが。


「そ、そうだな」

「でしょ」


 エレベーターが止まり、ドアが開いた。


「はやくもどろう」 


 エマは飛び出そうとした。

 俺はエマの手を掴んだ。きっと、エマは泊まっている部屋まで走るに違いないと思ったからだ。 


「走るな」

「……はーい。ごめんなさい」


 エマは反省しているようだ。

 俺達は泊まっている部屋に戻った。


「ジュード、はやく」

「はいはい」


 俺はエマに小包を渡した。


 エマは小包の包装紙を破り、中に入っていた箱を開けた。中にはメモリーストーンと専用の機械と説明書と二つ折りの紙が入っていた。


「このまえ、おみせでみたやつだ」

「そうだな」


 俺は二つ折の紙を手に取って開いた。


 紙には「先日は助けていただきありがとうございます。これはささやかなお礼の気持ちです。また、お店に来てください。サービスさせていただきます。ボイドより」と書かれていた。


「……ボイドさん」

 お礼をする為に絶対にまたあの店に行かないといけない。


「どうつかうのかな」

 エマはメモリーストーンと専用の機械を眺めている。


「ちょっと待ってよ」

 俺は説明書を読む。説明書には「メモリーストーンを専用の機械にセットし、映し出す範囲を設定し、その後、投影のボタンを押してください」と書かれている。


 俺はメモリーストーンを専用の機械にセットして、投影する範囲を設定した。


「エマ、カーテン閉めて、電気を消してくれ」

「うん。わかった」


 エマはカーテンを閉め、電気を消して、俺に駆け寄って来た。


「じゃあ、押すぞ」

「エマにおさせて、おさせて」


 エマが頼んでくる。


「仕方ないな。ほら、このボタンを押すんだぞ」

「うん。キッキ、みててね。エマがおすからね」

「キーウ」


 ネックレスの姿になっているキッキが鳴いた。

「ぽっちとな」


 エマはメモリーストーンの専用の機械のボタンを押した。すると、専用の機械から夜空の映像が部屋全体に映し出された。まるで、翼を得て、空中で星を眺めているかのような感覚だ。


「すーごい」

「キーウ」


 エマとキッキは部屋中を楽しそうに見ている。

「あ、ながれぼしいっぱい」


 エマは壁を指差した。エマが指差した壁には流星群が映し出されている。


「本当だな……エマ、カーテンを見てみろ」

「カーテン……わぁーオーロラだ」


 カーテンにはオーロラが映し出されている。このメモリーストーンは傍にある物を最大限に利用するみたいだ。


「綺麗だな」

「うん」


「キウー」

 俺達は少しの間、部屋の中の夜空を楽しんだ。






17時。

 俺達は夜飾師・スタジオに着き、リゲルさんの居る部屋に向かっていた。


 エマはメモリーストーンと専用の機械が入った箱を落とさないように大事そうに持っている。


「落とすなよ。落としたら、エマのせいだからな」

「ジュードのいじわる。きらい」


「冗談だよ。ありがとうな」

「……うん」

 俺はエマの頭を撫でた。


 俺達はリゲルさんが居る部屋の前に着いた。

 俺はドアを三回ノックした。


「はーい」

 部屋の中からリゲルさんの声が聞こえる。


「ジュードです」

「開けますね。ちょっと待ってください」


 足音が近づいてくる。きっと、リゲルさんだろう。

 足音が止まり、ドアが開いた。


 ドアを開けたのはリゲルさんだった。


「どうも。おはようございます」

 リゲルさんは言った。


「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」


「あのーお願いがあるんですがいいですか?」

「何ですか?」


「流れ星やオーロラが夜空に映る事と夜空を見た感想が欲しいのと街の人々に伝えてもらいたいんです」


 決して、このメモリーストーンの凄さを知ってもらう為ではない。


日々、夜空を描いている夜飾師の人々の為にだ。結果は全て明日になったら分かるはずだ。


他の世界の夜空を見て、自分達の世界の夜空の素晴らしさに気づくかどうかは。


「……はい、分かりました」

 リゲルさんは俺のお願いを受け入れてくれた。


 18時58分。

 俺達は時計台の屋上に居た。


 街の人々は夜飾師・スタジオからのアナウンスを聞き、建物から外に出て、空を見ている。


「ジュードさん。用意お願いします」

「はい。エマ、貸して」


「うん」

 俺はエマからメモリーストーンをセットされた専用の機械を受け取る。その後、投影される範囲を設定する。


「設定完了しました」

「了解です。じゃあ、夜にしますね」 


「お願いします」

 リゲルさんは小型タブレットの画面をタッチした。すると、遮光板が自動で街を覆っている断熱板の一層目と二層目の間に敷き詰められ、あっという間に夜になった。


「それではジュードさん。お願いします」

「はい」

 俺はメモリーストーンをセットした専用の機械の投影ボタンを押した。


 専用の機械から夜空に向かって、映像が映し出された。


「おーすげぇ。流れ星だ」

「お願いしようぜ」


 街の人々は夜空に映し出される流星群に向かって、祈っている。


「あっち見て。オーロラよ」

「本当だ。夜空にカーテンが掛かっているみたいだ」


 街の人々はメモリーストーンが映し出す夜空を見て楽しんでいる。

 俺はふと、リゲルさんの方を見た。

 リゲルさんは寂しそうな顔をしていた。






 翌日。時刻は16時。

 俺達はホテルをチェックアウトして、夜飾師・スタジオに向かっていた。


 この後、リゲルさん達に挨拶をしたら、自分達の世界に戻る。

 マーレンナハトに来て、自分達の世界では体験できない体験をした。この経験は一生心に残るだろう。俺もエマも。


 夜飾師・スタジオに着いた。

 入り口にはリゲルさんが立っていた。


「こんにーちは」

 エマは元気よく挨拶をした。


「こんにちは」

「こんにちは」


 俺は挨拶を返した。昨夜からリゲルさんの表情は暗い。


「今日で帰られるんですよね」

「はい。だから、挨拶に来ました」


「……あのー一つお願いいいですか」

「何ですか?」


「メモリーストーンを譲ってくれませんか」

「……メモリーストーンですか?」


「はい。その方が街の人々に楽しんでもらえると思うので」

「……それは」 

「お願いします」


 リゲルさんは俺に頭を下げた。


「それは違うと思いますよ」

「……え?」


 リゲルさんは頭を上げて、不思議そうな表情で俺を見た。


「……感想見ましたか?」

「まだ見てません。けど、昨夜の街の人々の姿を見たらそれが正解だと」


「……感想見てから決めてください」

「……はい」


 俺達は夜飾師・スタジオに入り、受付に向かった。


「昨日の感想届いてますか?」

 俺は受付嬢達に訊ねた。


「はい。何通も」

「びっくりするぐらいの量ですよ」

 受付嬢は受付カウンターの上に感想が書かれた大量の紙を置いた。


「……読んでください」

 俺はリゲルさんに言った。


「……それは」

 リゲルさんは読むのを躊躇している。


「じゃあ、俺が読むので聞いてください」

 俺は感想が書かれた紙を数枚手に取った。


「昨日の流れ星やオーロラ素敵でした。けど、私が好きなのは夜飾師の人達が描いた夜空です。今日も、明日も、ずっと楽しみに夜空を見ます」


「…………」

「流れ星にいっぱいお願いしました。でも、なんだが物足りない気がしました。それがどんな理由か分かりません。だけど、一つだけ分かる事があります。それは僕が夜飾師の人達が描いた夜が大好きだって事です」


「……本当なんですか?」


 リゲルさんは震えた声で訊ねて来た。

「はい。どの感想にも夜飾師の人達が描いた夜空が好きですと書いてますよ」


「……そうですか」


 リゲルさんは今にも泣きそうになっている。

 入り口の自動ドアが開き、アルデが風呂敷袋で包まれた何かを持って、中に入って来た。


「どうも。あ、おじさん。昨日はありがとうございました。流れ星にお願いしちゃいました」


「それはよかった。どんなお願いをしたんだい?」

「……言ってごらん。無くなるものじゃないだろ」

「……えっーと。それはね」 


 アルデはモジモジしながらリゲルさんを見ている。きっと、リゲルさんに関係する事なんだろう。


「それは?」

「父ちゃんみたいな夜飾師になりたいって」


「……本当か?」

 リゲルさんは呆気にとられた表情をしながら訊ねた。


「うん。他の世界の夜空を見て思ったんだ。俺が好きな夜空は父ちゃん達が描く夜空なんだって。今までわがまま言ってごめんなさい」


 アルデはリゲルに頭を下げた。


 アルデは俺との約束を守ってくれた。ちゃんと本音を言ったんだ。これで、少しずつ親子の間にあった溝は埋まっていくだろう。


「いいんだよ。子供はわがまま言って。俺こそ、ごめんな。家族の時間を取れなかったり、お前との約束を守れなかったりして」


 リゲルさんは涙を流しながらアルデを抱き締めた。

 アルデは抱き締められた瞬間涙を流した。お互い溜め込んでいたものが溢れ出してきたのだろう。


「……いいよ。父ちゃん忙しいもん。でも、わがまま一つ聞いてほしいんだ」

「おう。言ってみろ」


「夜空の描き方を教えて。分からない事があるんだ」

「教えてやるよ。この後、時間は大丈夫か?」


「うん。母ちゃんに連絡したら」

「じゃあ、OKだな。父ちゃんが母ちゃんに連絡するから」


「ありがとう。あと、これ」

 アルデは何かが入った風呂敷袋をリゲルさんに見せた。


「……弁当。また、忘れてたか」

「父ちゃん、母ちゃんに怒られるね」


「……そうだな。アルデ、弁当を俺がいつも仕事している部屋に持って行ってくれないか。ジュードさんに別れの挨拶をしないといけないんだ」


 リゲルさんはアルデから手を離した。


「うん。わかった。おじさん、ありがとうございました。エマちゃんもキッキもありがとうな」

 アルデは涙を手で拭いて、笑顔で言った。


「どういたしまして」

「うん」


「キウ」

「じゃあ、先に上がっとくね」


「おう。頼む」

「じゃあ、バイバイ」

 アルデは俺達に向かって手を振ってきた。


「元気でな」

「バイバイ」

「キウキウ」

 俺達は手を振り返した。


 アルデは階段を上り、上階に行った。

 リゲルさんは作業着の袖で涙を拭った。そして、俺に歩み寄ってきた。


「本当にありがとうございました」

 リゲルさんは握手を求めてきた。


 俺は握手に応じた。


「こちらこそありがとうございました。必ず素晴らしい記事を書きますので」

「楽しみにしてます」


「……リゲルさん。自分達の仕事に誇りを持ってくださいね。貴方がたの仕事は人を感動させる事ができる仕事なんですから」


「……はい」


 リゲルさんの表情から不安や寂しそうだと言ったマイナスの感情は消え去っていた。そして、その代わりにとても温かく明るい表情をしている。とても幸せそうだ。


「ではこれで」

「はい」

 俺とリゲルさんは握手していた手を互いに離した。


「……ありがとうございました。さようなら」

 俺はリゲルさんと受付嬢達に頭を下げた。


「バイバイ」

「キウキウ」

 エマは手を振った。


 ネックレスの姿になっているキッキは大きく横に揺れた。きっと、これは尻尾を振っているのと同じだと思う。

 俺達は夜飾師・スタジオを出て、駅に向かった。





電車に乗り、自分達の世界に戻っている。

 俺の隣で座っているエマは寝ている。疲れが溜まっていたのだろう。


 自宅に着いてから記事を書こう。この数日の間に体験した出来事を。

「……ジュード、おなかいっぱい」


 エマは寝言を言った。どれだけ食い意地があるんだ。

「……こいつは」


 エマの頭を優しく撫でた。

 俺は後何回この子の寝顔を見れるのだろう。後何回、ご飯を一緒に食べられるのだろう。後何回、この何でもない時間を共有できるのだろう。



「……何を考えているんだ。俺は」

 そんな事は誰にも分かるはずないのに。

 俺のすべき事はエマの親である事だ。それ以外何もない。それだけをずっと続ければいいんだ。たった、それだけを……








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