表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
代行サービス、運否天賦です  作者: 成規しゅん
第1生 星野昇多
7/69

第6話

 中学校へ入学して早々に、ドラマへの出演が決まり、初めての中間試験を終えた6月から本格的に撮影に入った星野。初めての期末試験期間と撮影スケジュールが重なったときは、勉強ができるほうの星野でさえもかなりの苦戦を強いられたが、それでも1年生の間は、学業よりも芸能活動に力を注いでいた。日本を代表する俳優との共演(連ドラ)やら、映画では主人公の子供時代を演じたり、お菓子メーカーのテレビCMに出演したりするなど、忙しくも充実した日々を送っていた。


そんな星野には、学校内外を問わずたくさんのファンがいて、そのちょっとした迷惑行為には頭を抱えていた。発端になったのは、誰かが自分のSNSで呟いたコメントと、集合写真に載っている星野の制服(体操服)姿が流出してしまったこと。その一件が原因で、他校の生徒たちまでもが、学校周辺に集まってくるようになってしまったのだ。


ただ、こういう事態がおきてもなお、星野は転校を選択することもなかった。いつかこうなるはずだと、分かりきっていたことだったから。そして、そうなった場合の対策マニュアルについても、以前から母と相談してあったから。小学生時代には、母親から行事への参加が認められていなかったり、母親の、指示に従うのが正しいと思っていた星野は、仕事とか会社に行くから、などと適当な嘘を言い続けて、集合写真などを撮影するタイミングではサッとその場から抜けて、常に自分の身を護り続けていた。


しかし、中学となれば話は違う。当たり前のように生徒たちはSNSを駆使して情報を検索し、得て、交流して、と実に様々なことを行うようになる。それに、中学生だから、という理由で試験期間になると仕事の依頼が減り、小学生時代ほど忙しくなかったために、嘘を言って抜けることもできなければ、行事が開かれるたびに休むということができなくなっていた。このことも、さらに流出を促す一因となっていた。


SNSに投稿された写真は、体育祭で撮られた全体の集合写真だった。星野の顔なんて米粒並みに小さなものなのに、第三者がわざわざ拡大をして、画像を解析し、そして特定してSNSに載せたられたのだ。星野は痛恨のミスをしたと思い、母からの指示もあり、集まった人たちの対応に追われるなど、業務外の仕事を増やし、迷惑をかけてしまった学校側に、母親と共に謝罪しに行ったが、学校側も配慮が足りなかったと言って、この一件は揉み消されることになった。


 この2日後、星野は芸能事務所の社長に呼び出され、社長室に足を運んだ。ドアをノックして入ると、そこに立っていたのは、真っ赤なスーツに身を包んだ社長で、メイクは濃く、星野のことを蔑んでいるような目をしていた。そして開口一番、社長は星野に向かってこう言う。「あなたは、俳優として失格ね」と。想像していた通り、流出に関することで注意を受けることになった星野。自分の不注意だ、浮かれてしまい、SNSのことに気が回らなかった、そう言って頭を下げ続けた。ただ、噂通り、何を言っても頭ごなしに叱ってきた社長。太刀打ちできないでいると、15分ほどで社長室から出て行くように命じられた星野。最後まで反省の態度を貫いたものの、やはり星野の心には、自分のせいじゃないのに、という気持ちがまだ残ったままだった。


 この一件に関して、学校に謝りに行ったから、とか、社長に叱られたから終わりとか、そういうことではなく、問題はまだ残されていた。この一件を機に、星野に対して以前ほど仕事が舞い込まなくなってきていたのだ。ただ、それでも細々と俳優としての仕事はもらっていた。例えば、主人公のクラスメイトとしてその場にいて、台詞も一言二言しか発さない役だったり、集団の中でワイワイと楽しそうにしているだけの役など、単なるエキストラやチョイ役にしか過ぎないものばかりで、撮影も数日あれば終わってしまうぐらいの、言ってしまえばレベルが下がった仕事しか来なくなっていた。


それでも星野は真摯に仕事と向き合い、主演を支える大事な役だろうが、台詞がない役だろうが、色を自在に変えるカメレオンのように、星野という人物から離れ、役の人物になりきっていた。世間からは「天才俳優」とか「類を見ない俳優」とかと囃し立てられ、多くの女性たちからは人気を博していたのだが、同じ世代の役者たちや、人気が今一つ出ないドラマ制作の関係者などから、度々妬まれる対象となっていた。


 そんな感じで俳優 星野昇多として歩んできた人生について、ある瞬間からは、自身の俳優活動に対して気持ちが憂鬱になることが多くなっていた。思春期なども多かれ少なかれ影響しているのだろうが、その主な理由としては、口が悪いことで有名なとある大御所俳優から「星野昇多は両親の七光りでしかない」と、動画配信サイトにて、名指しで批判されたこと。


この王御所俳優には子供が2人おり、2人ともが幼少期から子役として活動していたのだが、上の子供が星野と同学年ということもあり、やはり星野の存在が邪魔に思えていたようだった。そして、あの写真の一件をキッカケに、ここぞとばかりに悪口を言い始めた、その大御所俳優。自分の容姿に関することを言われるのならまだ我慢できた星野だったが、子役時代からの経歴や、親のことを馬鹿にしている発言に関しては、温厚な星野でも許せなかった。


自分は芸能人なのだから、誰かから嫌われたり、妬まれたりしても仕方ないとは思える。確かに、オーディションを受けていた頃を思い返すと、やはり親の権力などによって受かっていた部分も多いにあるし、父親と親交のある監督とは、仕事の現場で一緒になることも多かった。やはり、自分の力で得た地位ではなく、親の力によって勝手に登らされて、乗せられた地位。そのことを改めて思い返し、考えるだけで頭が痛くなっていた星野。当面の間は学業のせいにして、仕事の依頼を断り続けることにしたのだった。


ただ、ずっとそういった嘘をつき続けるわけにもいかず、そうかといって、俳優の仕事に飽きた、などと柄にもない格好をつけた嘘を言って辞めるのは、俳優 星野昇多という存在から逃げている気がして、どうしようもなくなった星野。気が付けば、連鎖する負のループに陥ってしまっていたのだ。


そして、なぜ仕事を断っているのか、その本当の理由も言えなければ、星野家に関して色々と言われていることに対しても、きちんと相談できない毎日を過ごし続けた星野。いつからか、親や兄とも、身体的にも精神的にも少しずつ、距離を置くようになってしまう。


 一時は誰に何を言われたとしても必ず自分の力で得た地位に立ってやるんだ、という強い意志を持っていた星野だったが、思っていたよりも、はるかにハートは脆弱で、自分の気持ちに打ち勝てなかった。そして結局、 ”親の七光りで活躍している” とか ”親の捏ねでしか出演していない人間” とネチネチと悪口を言われ続けるのも、本当のことを知らない世間から、そう悪く思われるのも嫌だ、という結末に着地した星野。両親には相談、社長には直談判したうえで、中学を卒業するタイミングで、俳優業からも、芸能界からも身を引くことにしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ