第16話
星野君は成り変わり当日になっても、自分の前に姿を現すことはなかった。自分の元にも、親父の元にも連絡が入ることはなかった。親父に至っては、星野君に電話をかけても、女性の音声が流れるだけで、連絡が取れない状態。自分は辛うじてメッセージのやり取りだけ生きていたから、そこに何度もメッセージを送信。しかし、一向に既読は付かないままで、どこにいったのか、誰一人として知らない状況に陥っていた。
成り変わりがなくなったために、自分の生活は昼夜逆転ゲーマーのまま。おふくろが作る料理を毎日食べて、間食にスナック菓子をつまみ、太っていくばかり。会社で働く自分の姿が想像できない領域にまで達し、このまま死んでいくのだと悟った。それでも良かった。自分が幸せなら、結局はそれでいいのだから、と。
新年度になり、親父の会社には新卒者を含め、過去最大の10名が就職してきた。退職した人が多かったのもあるが、星野君の埋め合わせという要因が一番のようだった。それほど星野君は大事な存在で、親父からしても、何があっても手を離したくない社員だったのだろう。自分の埋め合わせなんて大量にいるのに。そう思うと余計虚しくなって、布団に潜り込む。全てがシャットアウトされる世界。目に刺激的な光を届けるスマホ。星野君とのトーク画面。見ると、今まで毎日のように送っていたメッセージに、既読が付いていた。
階段を駆け下りる。おふくろはフライパンで炒め物を作っている最中で、自分の顔を見るなり、目を大きく見開く。
「どうしたの、そんなに慌てて」
「親父、まだ会社?」
「そりゃそうでしょ。何時だと思ってるのよ」
「そんなこと、今どうでもいいから!」
IHのスイッチを切る。ソースの香ばしい、美味そうな匂いが鼻を掠める。
「星野君に送ったメッセージに、既読が付いたんだよ」
「あらま。それは大変」
「報告したほうがいいよね?」
「何かメッセージは送ったの?」
「いや、まだだけど」
おふくろは食器棚から白い器を取り出す。いつも夕食(自分からすれば朝食)を盛り付けてくれる、お馴染みの皿だった。
「試しに何か送ってみなさいよ。それで既読が付いたら、教えてあげなさい。あの人なんて、電話にも出てもらえないんだから」
不憫そうに言って、控えめに笑ったおふくろ。自分は「分かった」とだけ返事して、文字を乳慮₀くしながら階段を上った。キッチンから「ご飯、リビングで食べないの?」という、おふくろの穏やかな声が聞こえてきたが、自分は返事せず、そのまま真っ暗な部屋の扉を閉めた。