第13話
時間も時間だったから、喫茶店からは15分ほどで退店しようと思っていたが、星野君の説明が上手だからこそ、余計に会話が盛り上がってしまって、また、成り変わりへの興味が湧いてしまって、気付けば自分はカフェモカを飲み切り、星野君も食器類を空にしていた。
「そろそろ帰るか。店も閉まるし」
「ですね」
「マスター、お会計お願いします」
入店から40分後、閉店時間ギリギリで店を後にした。
「隼哉さん、ご馳走様でした」
星野君は律儀に頭を下げる。自分は軽く手を振る。
「気にしないでくれ。安価だし、それに、気に入ってもらえたみたいだから」
「はい! メッチャ気に入りました! でも、安価だと言える隼哉さんが羨ましいです。今の僕には、毎月通えないです」
「ハハハ。また来たかったら言ってよ。いつでも奢るから」星野君の肩に手を置く。それに応えるように、星野君は満面の笑みで、「ありがとうございます。またお願いします」と言った。
それから、自分が星野君とこの喫茶店を訪れることは一度もなかった。星野君が気に入ったと嘘を言っているわけではない。何度か予定を合わせて行こうとしていたものの、毎度、前日か当日になって、会社員である星野君に予定ができていた為に、行くタイミングを逃し続けていたのだ。まるで、親父の力が働いているみたいに。
「星野君は、天才だよ。絶対に手を離しちゃいけない子だ」これは親父がおふくろに向かって言っていた言葉。事実、星野君は優秀だった。誰もが認めるぐらいに。元々星野君の存在を知っていた人だけでなく、全く知らなかった人たちまで、男女や年齢関係なく、星野君の対応力の高さを賞賛し、そして、弟みたいだとみんなが可愛がっていた。そのことを星野君は素直に受け入れ、無邪気な子供みたく喜んでいた。
引きこもりになった自分は、褒められたからと言って、素直に喜べるほどの気力を持ち合わせていない。喫茶店で話を聞いたときもネガティブな感情だったし、多分暗い表情を浮かべていただろう。けれど、自分に対し星野君がかけてくれた数々の言葉は、もし仮に嘘だったとしても、心を浄化させてくれるものだった。
そんな星野君が、最後、ボソッとした声で呟いた。「隼哉さんが34歳を迎えたら、成り変わりを実行しましょう」と。
「なんで34歳になってからなんだ?」
「高瀬社長に言われたんです。隼哉を、35歳の誕生日までに社会復帰させてくれ、って」
「どうして……」
「ここだけの秘密ですけど、高瀬社長にも、何か考えがあるみたいですよ」
「考え? 親父に?」
首を傾げた自分に、星野君は顔を近づけて、耳元で囁いた。それを聞いたと同時に、目は丸く開いた。