第10話
散らかった部屋に、中性的な格好をしている星野君が足を踏み入れる。「物踏んでいいよ」と言っても、星野君は丁寧に物を除け事前に道を作る。ベッドに置いてある、比較的きれいめなクッションを出し、「これに座って」と言って、服の山の上に置く。「ありがとうございます」そう言って座る星野君のすぐ後ろには、今は使わなくなったワイシャツとネクタイが数本散らばっている。星野君は気にしていないかのように振る舞うが、やはり、黒目は左右に揺れ動く。そして、ゆっくりと瞬きをする。
伸びきったままの髪型に、髭面の自分が星野君にはどう映っているのだろう。
「すみません、急に来てしまって」
「全然。なんか、ごめんな。こんな上司……じゃなかった……、こんな奴の部屋に連れて来られるなんて、迷惑だろ?」
「いえ、迷惑じゃないです。むしろ、入れてもらえて嬉しい限りです」
星野君は微笑んだ。目では嫌っていても、決してそのことを口にはしない。躾をされた利口な犬みたいだった。
「それで、何か用事か?」散らかった雑誌の束の上で、胡座をかく。雑誌のサイズは様々で、素足だから余計に雑誌の角が突き刺さり、痛みを覚える。
「あっ、はい。あの、用事、というよりは、ご提案したいことが」
「提案? 自分に? ……まさか、宗教の勧誘とかじゃないよな?」
「それはないですから。安心してください」
首と手を同時に振って、そして微笑みながら否定する星野君。首と手を振る方向が、ずっと一緒だった。
「あっ、じゃあもしかして、異国に転生させてくれるとか?」
「そこまでファンタジーなこと、できませんから。ははは……」
「そうか。そんなわけないよな……。ハハハ」
最近ゲームばかりしているせいで、いつか自分は異国の地へ召喚されるのではないかと、馬鹿げた夢を見るようになった。けれど、ここでそれを露呈したことは間違いだった。星野君に苦笑いされる。耐えきれず、自分も苦笑いで誤魔化した。
「それで、聞いていただけます?」
「ああ、うん」
時刻はもうすぐ18時になるところ。日の入りの時刻が遅くなってきたとはいえ、段々と瞼が重たくなっていく。だらしない33男。一方、クッションの上で座り直した20代前半の星野君は、咳払いをし、前傾姿勢でこう尋ねてきた。「隼哉さんって、今までの人生、どんな感じでした?」と。
「どんなって言われても……、まあ灯ちゃんと別れるまでは、順風満帆だったな」
「それじゃあ、今の生活ってどう感じてます?」
「そうだな。親が料理作ってくれるし、仕事しなくても親父が稼いでくれるし、現実逃避できる最高の手段を見つけたし、まあある意味潤ってる……な」
話ながら思う。やはり自分は恵まれているのだな、と。
「そうですか。じゃあ、質問変えます」
「ん?」
星野君は、声を低くした。
「隼哉さん、第2の人生、送ってみたいと思いませんか?」