第9話
ちゃんとした別れも告げられず、強制的に灯ちゃんと別れさせられた自分は、今まで、愚痴を言おうが、笑い合おうが、傍で優しく支えてくれていた”彼女”という存在に甘えていたことを実感したことで、何気ないときでも悲しみが襲ってきて、好きだったことにも興味が無くなったこともあって、仕事どころではなくなり、いつしか自宅に引きこもるようになっていた。
つい1か月前までは会社で、しかも社長として働いていたはずなのに、気付けば太陽が出る頃に寝て、太陽が沈むころに起きるという、昼夜逆転の生活を送るようになり、そして見る影もなくなった自分は、ゲーマーになった。ゲームは自分を知らない世界に連れて行ってくれる、嫌な現実を忘れさせてくれる、最高の術だった。
自分が輝けるのは、家族が寝静まった一軒家、その二階にある真っ暗な自室。ピカピカと光るPC画面。ヘッドホンから流れる大音量のBGM。目の奥への刺激が強い。耳の奥がじんわり痛む。けれど、目は、耳は、限りなく冴える。
「逝けよ! 早く死ねよ! 馬鹿ッ、テメエ何してんだよ!!」
心にいなかったはずの悪魔が、どこからともなくやって来て、度々顔を出す。そして、何度も何度も脳裏に浮かんだはしたない言葉を叫ぶ。ただ、まだ気持ちが足りなかったのか、自分の叫びは虚しく、自分が所属しているチームは敗北に終わった。いとも簡単に負けたことに対しての苛立ちがすごい。でも、チャットでは反省やら、次へのバトルに向けてのやり取りがされていく。
のめり込んでいく。その感覚が新鮮で、自分の心は満たされる。
そんなダメ息子な自分のことを、両親は過激に甘やかした。料理ができなくても、「私が作るから大丈夫よ。1人になったら、飲食店なりコンビニなりスーパーなりで、買って食べたらいいんだから」とおふくろはいう。仕事しなければな、と思いを吐露すると、「金に困ってないだろう?」と親父は言う。そして自分は、両親の背中に隠れて、楽をし続けていた。
そんなある日のこと、自室のドアが親父の手によってノックされた。夕刻の雨の音に微睡んでいる最中のことだった。
「何?」反抗的に尋ねる。すると親父は「隼哉にお客さんだ」とだけ言い残し、誰が来たかも告げず、階段を下りていく。閉められたドアの向こう。誰がいるのかも分からない中、そっとドアノブに手を掛ける。そのとき、ドアの向こうから微かに聞こえた、聞き覚えのある声。「星野です」明瞭な声で、確かにそう名乗った。
「星野君……なのか?」
「はい。お久しぶりです、隼哉さん」
久しぶりにその呼び方をされた。胸がキュンとした。