第5話
1か月、半年、1年と時は瞬く間に流れ、星野は小学5年生になっていた。あの郡司涼太を演じて以来、毎年ドラマや映画に出演し続けていた星野。撮影が夏休みや冬休みと被ることもあれば、行事ごとと重なることもあり、学業と仕事との両立に忙しくしていた星野だったが、文句ひとつ言わず、仕事が、演技ができることに喜びを感じていた。
ただ、やはり子役として活動している以上、参加できない学校行事もいくつかあった。例えば、運動会や文化祭。撮影時期が重なり、練習が間に合わずに出られないから、とかという理由ではなく、ただ単に、人目や怪我をしないかなどと変な心配をして、母親が行事への参加を控えさせたりしていたから。
本当は、周りの子達と同じようにグラウンドを駆け回ってみたい気持ちもあったし、クラスごとに披露する劇や楽器演奏など、子役として活躍できる場でみんなを盛り上げたいという気持ちもあった。でも、星野はその気持ちを公にすることはなく、ずっと隠し持っていた。その理由は様々あるが、一番は、母親を悲しませてはいけないという思いが強くあったため。
そんな星野にも、楽しみにしている行事があった。それは、小学5年生の1月に行く修学旅行。今まで一度も家族以外の人と夜を過ごしたことが無かった星野にとっては、親から離れるということは、少し大人になれるチャンスだと考えていたから。しかし、そんなチャンスはいとも簡単に奪われる。
そのチャンスを奪ったのは、もちろん母親。修学旅行に参加できるか、という校長からの確認に対し、母親が星野に無断で「撮影が入ったから行けなくなった」という勝手な理由を伝えたことにあった。むろん、その年の撮影スケジュールは既に終わっていたし、次回作へのオファーなど来ていなかった。一応、校長から話を訊いた担任が、その日の放課後に星野に尋ねた。不参加ということをもちろん星野は知らずに、家に帰って母親とちょっとした口論に。ただ、母親にこれ以上反抗できないと踏んだ星野は、仕方なく、不参加を申し出たのだった。
大人になった今では、この当時のことを星野は「当時は友達のいなかったから、どうせ行っても面白くなかっただろうから、行かなくて正解だった」などと都合よく笑って誤魔化しているが、行けていたら友人関係などに少しは変化があったかもしれない、未来が少し違って見えたかもしれない、とも思えてしまい、どうしても悔しい気持ちはまだ根底に残されたままになっている。
修学旅行には行けなかったものの、そのお詫びとして、小学生最後の運動会と文化祭には何とか参加が許された星野。運動会では懸命に走ろうが、少し不格好に踊ろうが、その一挙手一投足に注目を浴び続けた星野。翌日には全身筋肉痛となったが、それだけ全力を注げた自分に嬉しさを感じていた。一方の文化祭、星野のクラスは劇ではなく楽器の演奏と合唱の発表だったが、それでも星野は人前に立つ時間を楽しんでいた。そして、一観客として他のクラスの発表もちゃんと見ているつもりだったが、いつの間にか、下級生を相手に、演技の勉強をしていた星野。自分でも笑ってしまうほど、身体は前のめりになっていた。そんな感じで、最初で最後の小学生の行事を過ごした星野。ここから、また仕事と学業の両立を図ろうと意気込んでいた。
ただ、その意気込みとは反対に、2大行事が終わってからの学校生活は、あまり楽しいと思えるものではなかった。仕事が入ってくるわけでもなく、そうかといって勉強に集中することもない生活。ただただ平日は学校に行って授業を受けて、給食を食べて、掃除をして帰宅し、土日は配信サイトでドラマや映画を観て、演技の勉強をするぐらいしか、特にやることがなかった星野。それでも時間は無残にの過ぎ去っていった。
そしてついに小学校の卒業時期当日を迎えた星野。周りの同級生たちは友人たちとの別れを悲しんだり、数々の思い出に浸っていたりする中、星野は特に涙を流すようなことはなく、淡々とした表情のまま卒業証書を受け取り、そして何食わぬ顔で小学校の敷地を後にした。しかし、一応星野の心の中では色んな感情が入り乱れていた。
中学生になるという希望と、役の幅が広がるかもしれないという期待。部活に入部してみたいが、演技の仕事も続けることで、学業に影響がでるかもしれないという不安や心配など。とにかく色んな気持ちを抱えたまま、新たな門出を迎えるのだった。