第3話
親父の揺れ動く視線は、数多くいる社員の中から、自分のことを捉えた。肉食獣が捕食相手を見つけた、みたいに。
「そうだな、うん、隼哉に任せよう」
「は……、ええっ!」あまりのことに、声が裏返る。社員、特に女性社員の視線が痛いぐらいに注がれる。星野さんと目が合う。そして、微笑み掛ける。
「一度くらい、経験しておいたほうがいい。来年の子会社設立に向けてもな」
「はい」
親父は自分を見てにこやかに笑う。少ない男性社員は喜びの表情で拍手を、女性社員たちは、否応なしに拍手をするしかなさそうだった。僕が社長の息子だから小言を言えないのだろうが、中には不満に思っている人もいるだろう。なにせ、星野昇多は元子役として活躍していたし、現在でも変わらず、女性人気抜群な顔付きをしているのだから。
「よろしくお願いします」
「よ、よろしく」
眩い笑顔を向けられ戸惑う。親父は黄ばんだ歯を覗かせながら、星野さんの肩に手を乗せる。
「隼哉は私の息子だけど、気を遣うことはないからね」
「えっ、社長の息子さんですか! すみませんでした、気付かなくて」
「ああ、謝ることはない。だからといって、構える必要もないからね」
「は、はい。分かりました」
「改めて、よろしくお願いします」隣の席に腰かけた星野さんは、自分のほうを向いて、きっちり頭を下げる。誰かの教育係になるなんて初めてのことで、どう接するべきなのか、分からないことが多すぎて困る。
社長の息子が能無しだと思われたりすれば、吸収力の凄い星野君は会社から早々にいなくなるだろう。ともすれば、他社員の結託により、軽々しく追い出される可能性も高い。なら、ため口で接して、しかし馴れ馴れしくし過ぎると敵視されかねない。なら、敬語で接して……、すると距離間がずっと縮まらない可能性も高いし……。
「あ、あの……」
「……」
「高瀬、さん……?」
星野さんが顔を覗き込んだタイミングで、我に返る。
「あっ、ごめん、ごめん」
「あ、いえ。改めて、よろしくお願いします」
「よろしくね。僕のこと、何て呼んでもいいから。役職あるわけでもないし」
とりあえずは、上司だけれど、女性から敵視を向けられないような態度で接しよう。
「そうですか。では、逆に何て呼ばれたいですか?」
「そ、そうだな……、高瀬だと親父が振り向く可能性もあるし、だったら下の名前か」
「なら、隼哉さんってお呼びしてもいいですか?」
「いいよ。星野君は、何て呼ばれたい?」
「僕は何でも構いません。年下ですし、後輩ですから、呼び捨てでも」
星野君は明るく答える。けど、呼び捨てにしてしまえば、女性から何て思われるか……。
「呼び捨てにするぐらいなら、星野君のままにするよ。多分、女性方はみんな昇多君って呼ぶだろうから」
「それでも嬉しいです。ありがとうございます」
「うん。それじゃあ、まずは、基本的なことから教えるから、重要だと思うことがあればメモを取るように」
「はい!」