第2話
恰幅の良い親父の隣に立つ男性は、透き通った目をしている。けれども、表情は硬く、緊張で引き攣っているようにも思えた。
「今日から社員となった、星野昇多君だ。挨拶してもらえる?」
「は、はい! 今日からお世話になります、星野昇多です。何卒よろしくお願いします!」
明瞭な声質。爽やかさ。自分とは異なる好青年イケメンは、やはり一味も二味も違う。
社員たちが拍手で出迎えるそんな中、日比野朱莉さん(36)がヒソヒソとした声で、隣に立つ名倉日葵に話しかける。
「星野昇多って、もしかして、子役してた子かな?」
「朱莉さん、誰っすか?」
「日葵ちゃん、知らない? 元天才子役よ」
「ヘエェー」
全くもって興味を示していない返事をする日葵さん。対して、朱莉さんは星野さんにキラキラとした眼差しを向けて、「で、合ってますよね、星野さん?」と尋ねる。すると星野さんは気恥ずかしそうにしながら、「あ、は、はい。即身バレですね。ふふっ」と微笑む。
「キャー!!」女性社員数名が悲鳴を上げる。中でも最も黄色い歓声を上げたのは、紛れもなく朱莉さんと、ベテランの香川芳美さん(40)だった。僕はしばらく思い出せなかったが、時間が経ってから、確かに、星野昇多っていう子役がいたな、となっていた。幼少期、テレビを全く見なかったわけではないが、勉強やら遊びやら習い事やらで、それなりに忙しくも充実した毎日を過ごしていた。だから、それぐらいの記憶しか残っていなかったのだ。
「朱莉さんも、芳美さんも、興奮し過ぎっスよ」一歩引いたところの視点に立つ日葵さん。そんな日葵さんは、高校を卒業してすぐ、この会社に入社してきた。私服勤務OKという、その1点にのみ惹かれたといっているが、3年間ちゃんと勤務している。何なら、その他大勢の社員より真面目だ。
「ごめん、ごめん。つい……」
「ごめんなさーい」
「いえ、お気遣いなく。朱莉さん、でしたっけ? 今日からよろしくお願いします」
「ヒャー! 名前呼ばれちゃったよ! どうしよ、日葵ちゃん!!」
朱莉さんはビシバシ、日葵さんの肩やら背中を叩く。それをものともせず、爪先ばかりを見ていた。そこには、ピンク色のネイルが施されていて、若いな、と思うと同時に、自分の整えられていない爪先を見て、うっと息を呑む。
「朱莉さん、乙女っすね」
「ははーん、私はまだ恋する乙女だから。うふふっ」
「チョー分かる! やっぱアタシら、マインド合いますね」
女性2人による会話が繰り広げられる中、星野さんは、掌全体で芳美さんをさし、「芳美さんも、よろしくお願いします」と声を掛ける。すると芳美さんは急に頬を紅潮させて、「こちらこそー。お願いしまーす。えへへっ」と完全に照れていた。
「日葵さんも、お願いします」
「シャース。てか私、たぶん星野さんより年下なんで、ため口でいいっすよ」
「いえ、年下であったとしても、先輩ですから。敬語を使わせてもらいます。日葵さんが嫌じゃなければ、の話なんですが」
「アタシは全然それでいいっすよ。そういう感じ、会社って感じがして好きなんで」
よく分からない理由を言うな、なんてことを思いながら、自分はもう一度星野さんに視線を向ける。横から見ても分かるイケメン具合。眩いくらいに光る目、通っている鼻筋、艶々の唇。身の丈に合うスーツ。そのどれもが完璧を物語る。
「はいはい、余談はそこまで」親父は皺だらけの手をパチパチ叩いて、社員に注目させる。
「それでだね、今日から星野君の教育係を、どなたかに担当してもらいたいんだけどね……」
女性型は熱烈な視線を親父に注ぐ。けれど、絶対にここでは女性を選ばない。いくら女性が多い会社だからと言って、34年親父のことを見てきたから分かる。ここは敢えて、同性の社員を選ぶ、と。
「じゃあ、私の独断で……。ゴホンッ、ええぇ星野君の教育係は――」