第9話
あとで届いたQアンドAの資料。両親が仕事に行って家にいない間、僕はスマホ片手に読み進める。そこには、多分色んな人が寄せたであろう質問に対し、事細かな回答が掲載されてあって、中には僕が気になっていた内容のこともあった。
1. どんな身体状態でも代行してくれますか? 答えは、はい、です。就学中の方から、就職している方、ご勇退された方まで、年齢性別問わず、また、ご病気を患っていらっしゃる場合でも、代表星野が代行させていただきます。
2. 成り変わりにかかる時間は、どれぐらいですか? 成り変わり自体にかかる時間は、凡そ2分です。ですが、成り変わりの前に、ご承諾いただく最終確認事項がございますので、待ち合わせ時間から10分程度のお時間をいただきます。
5. 代行にかかる料金はどうなっていますか。また、支払い方法も教えてください。 お支払いしていただく額は、ご依頼者様の状況によって様々ですので、その方に見合った額をご請求させていただきます。ですが、決して無理な請求はいたしません。そのことは、成り変わりの際に交わす契約書にも書いてありますが、この場においても、ご約束させていただきます。お支払い方法は、一括でも分割でも構いません。ただし、お支払いは現金のみとなっております。ご了承ください。
8. 成り変わった後、星野さんはどのような生活を送られるのですか? 前提といたしまして、成り変わると、僕の人生は5年が1日で過ぎ去ります。しかし、成り変わりをしていただいたご依頼者様へは、そういった影響は一切ありません。その為、変わらない生活を送っていただけたらと思います。
13. 成り変わったかどうかの確認方法って、何かありますか? はい、ございます。星野自身がご依頼者様へ直筆の手紙を送らせていただきます。その手紙をもって、成り変わりが成功したとお思いになってください。ただし、場合によっては手紙の送付が遅れる場合もございます。成り変わり後1か月以内に手紙が届かないようでしたら、お手数ですが下記の番号へご連絡いただくか、メッセージをお送りいただけると幸いです。その際は、ご依頼者様のお名前をお教えいただきますよう、お願いします。
30. 以上で解決しなかったこと、他にご質問等がございましたら、下記よりアクセスしていただき、ご記入ください。
QアンドAの結びにはそう書かれてあった。けれど、僕が質問したいと思っていたことは、全て載ってあったから、わざわざ質問する必要はなかった。逆に網羅され過ぎていて、考えもみなかったことまで記載されてあったことには驚いた。
送ってもらったお礼を伝えようと思い、改めてトーク画面を開く。すると、QアンドAとは別の資料が送られてきてあった。小さく送信時間が書かれてあって、それを見ると、つい1時間前になっていた。
何だろうと思いながら、スクロールしていった先、行き着いたのは、星野さんに自分の命を代行してもらった方から寄せられたメッセージの数々だった。メッセージの最初には、代行してもらった方のイニシャルと年代が書いてあって、それぞれ思い思いにメッセージを寄せているようだった。
最初は、なんでこんなものまで送信されてきているのか、間違って送信したのではないかと思っていた。けれど、メッセージを読んでいると、何となくだが星野さんの意図を汲めて、腑に落ちた。言葉ではうまく言い表せない複雑な感情が、すっと浄化されていったみたいな感覚だった。
Y.O.(10代) 僕は星野さんに成り変わってもらう前まで、心臓の病気があって、ずっと入院していました。けれど、星野さんたちのお陰で、とても楽しい学校生活を過ごしています。勉強も頑張っているし、クラブチームで野球もしているし、家族の仲も昔より良くなりました。そんな僕の今があるのは、星野さんが話を聴いてくれて、成り変わりを提案してくれたからです。けれど、僕が幸せなのは、犠牲になった友達の命があるからでもあります。なので、その子のためにも、僕はプロ野球選手になるという夢を叶えて、立派な大人になりたいと思います。星野さん、ありがとうございました!
N.N.(秘密) 猫にも成り変われるなんて驚いた。でも、楽しかった。いい思い出を、ありがと。
S.M.(40代) 星野さん、そして代行サービス運否天賦をご運営されている方々。この度は貴重な体験をさせていただき、ありがとうございました。成り変わり後、仲たがいしていた父と穏やかで充実した暮らしをしております。一時はどうなることかと心配していましたが、その心配がなくなるぐらい、今を楽しんでいます。成り変わりという道を選択して良かった。言葉は雑ですが、正直な感想です。星野さんとの出会いに感謝しつつ、新たな自分に素直な心で向き合いながら、今後の生活を送っていきます。本当にありがとうございました。お世話になりました。
人に混ざって、動物、しかも猫が書いたという、信じがたいメッセージも寄せられてあったけれど、多分本当のことなんだろうと思った。あの僕を呼び止めて、無理やり占いの館に連れ込んだ星野さんだ。人懐っこいタイプで、いい意味で執着心があるからこそ、動物にも懐いてもらいやすい、ということか。メッセージを読んだら、ますます星野さんに興味が湧いてしまった。
そのことも含めて、僕は星野さんにお礼のメールを送信した。すると星野さんは動揺した状態で文字を入力したのか、誤字だらけの解読不可能なメッセージを送信してきた。僕は感覚のない足をわざと叩いて、笑い声を出した。こんなに大笑いをしたのは、本当に久しぶりのことだった。
29日当日は晴れていて、でもちゃんと秋らしい感じの気温で、表現が正しいのか知らないが、成り変わり日和だと思った。事故が起きてからもうすぐ1か月。つまり、この足に感覚がなくなってから1か月、ということなのだが、この期間は長かったようであっという間だった。最初は自分の状況が受け止められず、お先真っ暗だとしか思えなかったし、自分の不幸体質はここまで酷いのかとも思った。けれど、この体質が変わらない限り、何らかの力によって変えてもらわない限り、僕はこんな身体なのに、色んな不幸事に揉みくちゃにされ続けて、ボロボロの状態で人生を終えるのだ、と自分の将来を考えたくもなくなった。
けれど、そんな状況のときに、救世主のごとく現れてくれた星野さん。最初は毛嫌いしていた僕だけれど、本当はすがりたかったのかもしれない。苦しい胸の内を明かして、少しでも楽になりたかったのかもしれない。当時の感情は複雑で、深いところまでよく思い出せないが、今思えば、共感、と言う言葉に憧れていたのだろう。
これまで、僕は自分の不幸体質を憎み続けてきた。でも、今日でこの体質とお別れなのだと思うと、なぜかちょっぴり寂しいと思えた。目頭が熱くなって、油断すれば涙が流れそうにもなった。ただ、よく考えるとあり得ない。忌み嫌っていたし、もし友人が僕と同じ体質だったとしたら、一生涯縁を持ち続けることはないし、近づきたいとも思わない。それなのに、どうして寂しいという感情が僕の脳から生成されるのか。
以前、「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだ」みたいな、誰かさんの提唱があると聞いたが、それが今僕の身体でも起きていて、ようやく実感できているのだろうか。いや、そんなはずはない。きっと、ようやく不幸という言葉に縛られない生活を過ごせるのだ、と嬉しく思っているに違いない。そうだよ、絶対に、そうだ。
星野さんが成り変わりの場所として提案してくれたのは、家からすぐ近くのところにある小さな公園。夜になると、敷地内に設置されている2基の街灯だけが光を降り注いでくれるぐらいで、周辺には住宅もなく、言ってしまえば物騒な場所だ。
待ち合わせ時間の19時ぴったりに星野さんは現れた。
「こんばんは」
「こんばんは」
「待った?」
「いえ。つい1分前に到着したばっかっす。父には『散歩行ってくる』って言って来てるんで」
「そうか。ならなる早でしよう」
星野さんはリュックの中から1台のタブレット端末を取り出して、流れるような指の動きで画面を操作。「はい、これ読んで、承諾するを押して」と僕にタブレット端末を見せる。
短い文で構成された、最終確認事項。手短に言えば、成り変わり後の生活は、代表の星野さんが保証します、みたいな感じだ。僕は迷いなく承諾するボタンをタップする。
「ありがとう。それじゃあ、いよいよ、成り変わりだよ。どう? ワクワクする?」
「します。でも、緊張も」
「そうだよね。僕もドキドキワクワクだよ。ふふふっ」
リュックのチャックを閉める。揺れる満月のキーホルダー。空に浮かんでいる月。雲の隙間から、地球へと明かりを届ける。街頭に群がる虫。どこかで鳴いている虫。秋らしい、涼しさと風情を感じさせる。
「それじゃあ、今から僕が指示することを、順番に、しっかりアクションしてよ」僕の座高に合わせるように、星野さんは中腰になる。申し訳ないと思いながら、僕は頷く。
「まずは目を閉じる」
「閉じました」
「次は、僕と手を繋ぐ」
「繋ぎました」
「これが最後。僕がせーのって言ったら、力強く手を握ること」
「はい」
「準備はいいかい?」
「勿論っす」
「それじゃあいくよ。せーのっ!」