第4話
撮影期間中に変わったのは、星野の仕事に対する情熱や態度だけではなかった。学校にほとんど通えなかった期間中、身の回りでは様々な変化が起きていた。
まず、星野が子役をしていると知ったクラスメイトたちが、星野に対して、急に接近してきたり、馴れ馴れしい感じで話しかけてきたり、芸能人だと言って崇め始めたり、中には好きだと告白してくる子が現れたりするなど、注目の的になってしまっていたこと。
その掛けられる言葉一言一言に対し、星野は、「ありがとう」とか「頑張るね」とか、その程度の返事しかすることができなかった。その最大の理由としては、母親から「今のうちから人付き合いのこと、ちゃんと考えなさい」と、こっぴどく言われ続けているから。そのせいで、星野は同級生や仕事の関係者と、浅くて広い関係性しか築くことができなかった。本当は、友達も増やしたければ、友達と遊ぶ休日も過ごしてみたかった星野。それだけでなく、同じ業界で働く人たち、特に子役たちとも仲良くしてみたいという気持ちもあった。ただ、厳しい母親の管理下にある星野は、絶対にその掟を破ることはできず、結果として高校に入学するまで、まともに友達と呼べるほどの関係性を、他人と築くことはできない学校生活、仕事生活を送ることに。
2つ目としては、上級生や先生たちから声を掛けられる機会が増えたこと。担任だろうが、よく名前も知らない先生だろうが、「星野君って、演技上手だね」とか、「次の作品も期待しているね」とか、星野のことを褒める内容で話しかけてくる。そのことに対して、星野は律儀に頭を下げて礼を伝えるのみだった。
ただ一方で、上級生たちからは「意外とカッコいい」とか、「饗宴してるあの子、生で見てもやっぱ可愛い?」とか、訊かれても困るような内容で質問してきたり話しかけてきたりと、中身のないことばかりだったために、星野は返答に困っていた。ただ、それでも自分が赤の他人から注目されていることが、恥ずかしくも嬉しくて、今後も演技を通して色んな人を笑顔にできるような人でありたい、そう心から思えていたのだった。
また、家族からの対応にもちょっとした変化があった。今まで、星野の芸能活動について、そこまで良く思っていなかった父親が、「お前も、やればできたんだな。次も頑張りなさい」と認めてくれたり、兄も、「弟が注目されるのも嬉しいから」と、少し恥ずかしそうにしつつも、どおか嬉しそうに言ってくれたりするなど、家族も捨てたもんじゃない、なんてことを思っていた星野。この当時、星野は自分が芸能一家に生まれたことを、心の底から良かったと感じてはいたものの、大きくなるにつれ、避けようのない問題とぶつかることになるのだった。
年が明けると、星野の元へ、ドラマや映画問わず、作品へのオファーが絶えず舞い込んだ。その中で、星野が一番に興奮したのが、夏に公開を予定している映画に、憧れている俳優演じる主人公の息子役として出演して欲しいというものだったから。役柄も、虐待を受けている子供で、学校にも通っていないという設定だったために、さらに星野のやる気を高めていた。
その映画の撮影が始まったのは、2月になってから。まだ寒さが残る中での、外で、しかも上半身裸で虐待を受けるシーンの撮影は、正直言えば過酷そのものだったが、星野は自分の演技を見て、虐待について考えるキッカケになったり、誰かを笑顔にできるのならそれでいい、という思いだけで頑張っていた。
映画の撮影が終わってからすぐに始まったドラマの撮影。そして、そのドラマの放送前に行われた会見。そこで星野は共演者たちをメロメロにさせていた。その会見のあと、とある情報番組のインタビューを受けた星野。アナウンサーからこう質問された。
「”今を時めく話題の子役” と言われているけど、どんな気持ち?」
と。それに対して、星野は素直な気持ちを答えた。しかも、母親に3歳ごろから厳しく教え込まれた敬語で。アナウンサーの顔は若干引き攣っていたが、それでも星野はありのままの自分を見せていた。
そのインタビューの様子が後日放送されると、それもまた反響をよんだ。そこには、星野のこと、そして両親のことを批判する内容も含まれていたが、両親は一切気にしておらず、むしろ母に至っては、自分がレギュラーで出演する番組にて、寄せられた意見に対して、厳しいけれどごもっともな意見を言い返してしまうほどだった。
そして、どんな役でも当たり役と言わせるほどの高い演技力で、多くの人々を魅了していた星野。 ”カメレオン星野” などというキャッチコピーを監督に付けられてしまったりするほど、星野の人気と実力は、共にうなぎ上りを続けていくのだった。