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代行サービス、運否天賦です  作者: 成城諄亮
第5生 東北翔
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第8話

星野さんは僕のお願いに対し、優しくもあり、そしてまた力強くもある

頷きをした。


「もちろん。この僕が責任をもって代行させてもらうよ」

「ありがとうございます!」

「君の役に立てるのなら、僕は嬉しいよ」


僕の心はじんわりと温かくなる。


 机の上に広げられる1冊のノート。罫線が引かれてあって、上部にはタイトルらしきことが書かれてあった。けれど、何て書いてあるかは分からなかった。最近視力が悪くなってきた僕には、ピンボケ状態にしか映らないから。


「それじゃあ早速だけど――」そう星野さんが言いかけたとき、僕のスマホが、肩から掛けているカバンの中で、ピロンピロンとしつこく通知音を鳴らす。犯人、というか送り主は分かっていた。僕は溜め息交じりに、「すみません」と星野さんに会釈して、スマホを取り出す。


「どなたから?」

「母です。僕がこの身体になってから、心配が尽きないみたいで。結構しつこいんすよ」


そう言っている最中にも、手の中でスマホは振動しながら通知音を鳴らしていく。あっという間に、アプリの通知数を知らせるところに、10と表示された。それでも、まだ鳴りやまない。ずっと鳴り止まないコール音みたいだった。


「連絡しないの?」

「します。でも――」

「でも?」


 僕はスマホを両手で握りしめる。マナーモードにしたから、通知音は鳴らなくなったが、逆に手の中で振動し続け、掌がだんだん痒くなっていく。


「母さんが僕のこと心配してくれる気持ちは分かるんすよ。でも、僕、一応高校生の年齢だし、そこまで心配されなくても大丈夫っていうか。つい反抗したくなって」

「なるほどね」

「でも、僕、今まで両親にこれといって反抗したことがなくて、イマイチよく反抗期の波に乗れなかったっていうか」


自分で言っておきながら、どこか言った内容がむず痒くなって、へらへらしながら頭を掻く。その様子を見た星野さんは何か言いたげだったが、僕はようやく母とのトーク画面を開いて、「あと5分で行くから、待ってて」と送る。


「あと5分で行くって言っちゃったし、母さんに心配かけたくないんで、今日はもう帰ります。お金、いくらですか?」

「お代は構わないよ」


僕は鞄に忍ばせた手を、ゆっくりと一旦取り出す。さっきまで握られていた財布は、まだ鞄の中に入っている。


「でも、占ってもらった……し」

「あれはただの“お話し”だよ。僕からすれば、貴重な体質への成り変わりが果たせること自体が、すごく価値あるものだから。お代は、成り変わりが成功してから支払ってよ。しっかり請求するから」


歯を見せて笑う星野さん。僕は頭を下げた。そのとき、鞄の中から落ちた財布が、そのまま太腿の上に落ちる。が、感覚がなく、目に映るまで分からなかった。


「今度また来てよ……って言いたいとこだけど、ここまで来るの大変だよね。住んでる地域、ここら辺じゃないでしょ?」

「あー、そうっすね。電車で高校に通ってたんで。退学したんすけど」

「なら通うの面倒だよね」


そう言われ瞬間、何となくだけど、自分が障害者だと認識されたのだ、と思った。こんな姿になっていなかったら、きっと自由にこの占いの館に遊びに来て、星野さんに話をしていたのだろうに。ふとした瞬間に、自分の身体が憎くなる。


「それなら、メールでのやり取りはどう? 電話番号でできるやつで」

「交換、してくれるんすか」

「もちろん。スマホ出して」

「あ、はい」


 僕のスマホの画面に表示された電話番号を入力し、星野さんは電話をかける。マナーモードにしてあるスマホは、机の上で振動していく。その後の星野さんの操作によって、僕のスマホ画面には星野昇多の文字が表示された。けれど、星野さんは自分のスマホの画面を見ながら、耳を頻りに触り始めた。


「どうしたんすか?」


スマホを、手を伸ばして取りながら尋ねる。すると星野さんは苦笑いの状態で、「君の名前、なんだっけ?」と、ばつが悪そうに口を開いた。会社名のところには、代行サービス運否天賦と入力されている画面を見て、僕は「伝えてなかったっすね」と笑う。


「東北翔です」


そう名乗ると、星野さんはくすっと笑って、「ほくてぃ」と呟いた。


「ほ、ほくてぃ?」

「今考えた君のあだ名。どう?」


子犬みたいな、きゅるきゅるな眼差しを僕に向けてきた星野さん。誰かにあだ名で呼ばれるなんて小学生ぶり、いやもっと前の話かもしれない。だからか、ちょっと嬉しくて、恥ずかしくて、頬が赤くなるのが分かった。


「もしかして嫌だった?」

「ぜひ、そう呼んでください」

「気に入ってもらえたなら、よかったよ。この後から僕はそう呼ぶからね。ふふっ。あ、ほくてぃは僕のこと、何て呼んでもいいからね。うん。あ、ごめん無駄話しちゃった。とにかく、今日は来てくれてありがとね。強引に中入れたみたいな感じだったけど」

「大丈夫っす。楽しかったんで。またお願いします」

「うん。それじゃあ、またね」

「はい」


 占いの館を出ると、商店街を歩く人の年齢層に変化があった。会社帰りの人、制服を着ている中学生や高校生、そして主婦……と、その中に、車椅子にのった僕は紛れ込む。


母との待ち合わせ場所に行く道中、僕の心臓は常にバクバク動いていた。一方は母に心配をかけているから早く行かなければ、という焦りの気持ちもあったし、またその一方で、他人からどう見られているのか分からない不安や恐怖から逃げたい、というダークな気持ちもあったから。


そこに到着した僕は、「北翔、どこ行ってたの!?」そう、いきなり母に叱責された。多分、心配からそう強く当たってきたのだろうが、どうして僕の心情を、不便さを理解してくれないのだ、というのが一番の思いだった。「ごめん、母さん。ちょっと寄り道してたら、道間違えたみたいで」母の心配度合は予想以上で、咄嗟の判断で嘘を吐くしかなかった。


「もう心配かけないでよ」

「ごめん、つい昔の感覚で見回ってたから」

「車椅子なんだし、歩くのとはまた違うんだから、気を付けてよ」

「うん。ごめんね。次から気を付ける」


ここでも母から、昔の僕とはもう違うという現実を突き付けられる。誰も僕の本当の気持ちに気付いてくれないし、心の痛みに寄り添ってもくれない。でも、そのこと以上に、僕よりも傷付いているのは、母なのかもしれない。


「母さん、早く行こうよ。父さんが仕事から帰ってくる前に、家に帰っておきたいでしょ?」

「そうね。車椅子押すから、お母さんの荷物持っててくれる?」

「分かった」僕は感覚のない足元に母の鞄を置いて、感覚のある両手でしっかりと支える。鞄のチャック部分には、その昔僕が母にプレゼントした、猫型のチャームが付いていた。


 家へと変える道中、運転中の母が唐突に、明日の昼以降の肉や魚がないと言い出して、急遽だったが、家から一番近いスーパーに立ち寄ることに。ただ買い物に行ったのは母だけで、僕は車の中で留守番をしていた。


新しく乗った車の座席の乗り心地は、思いのほか快適だった。僕のために、購入1年目の新車を手放して、中古で改造車を購入した両親。比較的綺麗な状態で新車を売ったために、その分のお金を中古車購入に充てることができたらしいが、それでも、車検等の費用で一部は後払いの形式を取った。僕がこういう状態になってから、一体今日までにいくら費やしてもらったのだろうか。そう考えるだけで虚しくなる。その中には、きっと老後のために貯めていたお金もあっただろう。高校も辞めたし、どうせ大学になんて行かないのだから、僕の学費を使えばよかったのに、とつくづく思うけれど、僕は本心をまだ両親に言えないでいた。


 母が帰ってくるまでの間、僕はスマホを取り出して、早速星野さんに今日のお礼のメッセージを送信した。既読は、トーク画面を閉じる前についた。


「こちらこそ、強引に連れ込んだのに、貴重な話を聞かせてくれてありがとね。僕は、ほくてぃの人生を代行できること、心底楽しみだし、嬉しいよ。ふふふ」


まるで喋るような感じで送られてくるメッセージ。堅苦しさが全くなくて、かといって軽すぎるわけでもなく、程よいラフさがちょうどよかった。


「あ、そうだ、そうだ。よかったらさ、先に成り変わりの日程だけ決めておかない? ほら、ほくてぃにも色々予定あるでしょ? もちろん僕も予定あるからさ」

「いいですよ」

「おぉ、いい返事してくれるじゃん。ふふっ、えーっとね、うん、一番早くて、今月の29日なんだけど、どう? あ、因みに、成り変わるのは夜ね。場所はほくてぃに合わせるから」

「分かりました。確認するので、ちょっと待っててください」

「はーい」


家族で共有しているスケジュールアプリにて、予定を確認する。もちろん僕に病院以外の予定が入るわけもなく、確認していたのは母の仕事の時間帯だ。その日は、遅番と入力されてあって、ちょうど成り変わりの時間中、仕事の予定が入っていた。好都合でしかない。


「29日、大丈夫っす」

「そう。よかった。じゃあ、29日の19時に予約入れておくね。そうそう、それで、成り変わりの前にもう一度会わなきゃなんだよ。成り変わりに関して、今日ちゃんと説明できなかったこともあるし、契約内容を読んでもらって、サインもらわないといけないから」

「僕、まだ未成年なんすけど、親の承諾っているんすか?」

「真面目だね。いらないよ。親にばれたらマズイだろ?」

「確かに、そうっすね」


 そう返信をした瞬間に、レジの列に並んでいる母の姿が、ガラス越しに見えた。できるだけ母が帰ってくる前に返信を済ましておきたかった僕は、暇を持て余す左手で、スマホの背面を爪でカチカチ、音を立てながら触っていた。


「再々来てもらうわけにもいかないし、かといって長時間拘束するのも悪いから、一応会社で用意してある、成り変わりに関するQアンドAの画像添付するから、時間あるときに読んでもらえる? 大体の疑問はそこで解消するようになってるから」

「分かりました」

「それで分からないことがあったら、個別に質問してくれていいから。なる早で返信するようにはするけど、遅くなったらごめんね」

「大丈夫です。お気遣いいただいてありがとうございます」


すっと顔を上げると、母は有人レジにて会計を待っているところだった。画面には、星野さんが何かしらメッセージを送ろうとしていることを知らせるマークが表示されている。早く、早くして、と焦る。そのときだった。先ほどまでの、身近に話されているみたいな感じとは打って変わって、真面目な長文が送られてきた。


「そこまで、自分の現状を悪く思うなよ。きっと成り変わった先で、視点が変わる瞬間が訪れるし、自分が負った障害のことを理解して、ほくてぃは乗り越えられるから。今はまだ受傷したばっかで苦しいだろうけど、成り変わった先の将来は僕が保証するから」


星野さんの熱いメッセージに、僕の涙腺は思わず緩みかけた。けれど、しっかり強く締め直して、「ありがとうございます。それより、よく僕の心情が分かりますね」と、あの言葉が返ってくることを期待して、そう送り返す。すると、返信して5秒後には、こう返事がきた。


「なんてったって、僕は占い師なんだから」


どこからともなく、キラッ、という効果音が聞こえてきた。気のせいなのだろうが、星野さんが送るメッセージには、魂がこもっているのだと思えた瞬間だった。


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