第7話
占い師は、声を出しながら大きな欠伸をした。興味もなかった占いの館へ勝手に案内されて、話をするように言われたから、こうして僕は見ず知らずの占い師に自分の過去を話したのに。この人、勝手すぎ。
「ざっと、こんな感じです」
「ざっと、っていう割には、結構話すわね。さては、何事も一から十まで話さないと気が済まない性格でしょ?」
「まあ、っすね」
「だろうと思ったよ」占い師は得意げに笑う。曖昧な返事をしたというのに。自分の中では、まだ7割ぐらいだったのだから。
「やっぱ、納得できるわ」
「何がっすか」
「あなたは一生涯苦労をし続ける人生だ、という話よ」
「え、何、勝手に僕の人生決めちゃってんの?」
僕の口調は荒くなった。それに対して、占い師は一貫として口調を変えない。最初から一本調子で、感情が伴うはずの発言でも抑揚がなく、それなのに人の心をズケズケに傷つけることを平気で言う。だからより苛立つのだろうが、両親に向かっては常に穏やかさを意識するようにしていたからか、その反動が今になって現れてもいた。
「納得いかないよね。分かる。うん、分かるよ」
「馬鹿にしてんすか。いい加減いしてください」
「まあそう声を荒らげないで。いいプラン紹介してあげるから」
占い師は耳元のピアスを揺らし、微笑む。
「占いとはまた別のプランなんだけどね、私の知り合いに、成り変わった人の人生を、代わりに臨終までおくるっていう能力を持つ人がいるの。どう?」
「いや、どう、って言われても」
「これ以上、不幸な体質が続く人生を送りたくないのなら、成り変わりという方法を採ってもいいんじゃない?」
「あんた、占い師だろ? なんで営業職してんだよ」
「そうよ。私は占い師。でもね、私が占った人全員を対象に声かけてんの。なに自分だけ特別扱い受けてると思ってんの? ばっかじゃない?」
占い師の態度に、堪忍袋の緒が切れる。どこまでいっても失礼で、いとも簡単に人を貶していく。
「そんなこと思ってねえから。で、成り変わった人、いるんすか?」
「何、興味あるの? これまでざっと30人は、いるわよ」
「へー、30人、か」
「興味、あるんでしょ。可愛い」
「ば、馬鹿か!」僕は、自分の頬が紅潮していることが分かった。生理反応を占い師はまたも馬鹿にする。
「上ずった声で言っちゃって。まだまだ可愛いとこあるじゃない。悪くないわね」
「……チッ」
「ふふふ。まあ話だけでも聞いてみたらどう? いま、呼んであげるから。ね?」
占い師は徐に椅子から立ち上がり、すぐ裏手にある扉を開けて、僕の前から姿を消した。無音の空間には、扉の奥から、ジャラジャラと装飾品が揺れ、擦れる音が聞こえ始める。そして、誰かと話していると思われる声もしてきた。が、話の内容は聞き取れるわけもなく、僕はただ、占い師と、その能力を持つ人が扉の向こうから出て来るのを、ただひたすら待つことになった。
指を絡ませたり、爪同士を擦り合わせたり、退屈な空間を凌いだ先、僕が待っていた人が、扉の奥より現れた。きっちり目なスーツを身に纏い、立ち上がれば僕のほうが身長も高い、と思われる男の人が、さっきまで占い師が座っていた椅子に腰かける。右手小指には、絆創膏が巻いてあった。
「初めまして」
「はじめまして……」
僕の挨拶はたどたどしいものだった。瞬きをゆっくりして、試しに目を擦ってみる。その様子を男性は微笑ましい様子で見ていた。でも、瞬きをしても、目を擦ってみても、男性の姿は何ら変わらない。驚いて、声が出なかった。
「ふふっ、気付くの早いね」
座った人は、ついさっきまで僕の前に座って、偉そうな態度と口調で僕を貶していた、あの占い師だった。布で隠れていた顔は思っていたよりも童顔だし、女性というよりは男性の顔付きだけれど、骨格は小さいし、肌も艶々でそこらへんの女性よりも綺麗だった。
「あ、自己紹介、か。えっと、僕は、星野昇多って言います。スーツ着てるけど、営業マンでもないし、組の人間でもないよ。まあ会社は経営してるけどね」
占い師とは打って変わって、可愛らしい声を発する。二面性があるとしか思えず、恐怖で鳥肌が立つ。
「もしかして、怖がってる?」
「ま、はい」
「だよね。ごめんね、あんな態度取って」
「意識はあったんすね」
「あるよ。ありまくり。ハハハ。あ、もしかして僕のこと、二重人格とかって思ってる? ないない。ちゃんとさっきも、今も、星野昇多だから。占い師は、ただああいう演技をしてるだけであって、素の僕は、今のほうだから。安心して」
よくしゃべるな、と思った。
「それで、成り変わりの話に、興味あるんだよね? あ、ないって言ったっけ? ん、どっちだっけ……、へへへ、ごめん、着替えてる途中で忘れちゃった」
「興味、あります」
「おっと、嬉しいね」
「何が嬉しいんすか」
「仕事の依頼を受けられるから、だよ」
「依頼? どういうことすか?」
「あー、それはね、えっと」
星野さんは自分の後ろにある、小さなラックの中から、ファイリングされた資料を手に取り、僕の前にすっと差し出した。そこには、代々的に『あなたの人生、代行サービス運否天賦が代行させていただきます!』と書いてあった。子供だましみたいな感じがした。
「ここに書いてあるんだけど、例えば君の例で話すと、まず、君に成り変わるにあたっての契約を結ぶんだよね。それで、契約が結ばれたら、次は僕が君に成り変わる日と時間を決めて、そのときまでは君は君の人生を送る。それで成り変わりの当日、僕とともにあることをして、成り変わりは完了。それ以降は、君は新しい自分として生き始める。で、君の人生を代行する僕は、本来君がおくるはずだった人生を、死ぬまで代わりに過ごすんだ」
星野さんに、日本語でしゃべられているのに、話の内容は現実からかけ離れすぎていて、どこかSFというか、次元が違う話をされているような感じがした。そんな僕の感情を読み取った星野さんは、にこっと笑って、「複雑だよね」と言う。
「僕が代わりに君の人生を最期まで過ごします! って言われても、戸惑うでしょ」
「まあ、っすね」
「でもさ、君は、不幸な体質を変えたいって思ってるんだよね?」
「変えたいっていうか、もう嫌っすね。自分の不幸な体質で、こんな身体になるなんて思ってなかったし」
「そりゃそうだよ」
「それに、事故が起きる前は自由に動けてたのに、今は慣れてないから不自由なことばっかだし、高校を卒業してからの夢もそれなりにあったのに、こんな身体じゃ無理だからさ。成り変わって、新しい自分の人生を送れるなら、そっちのほうがいいって」
「あのさ、1つ訊きたいんすけど」
「何かな?」
「仮に星野さんが僕に成り変わっても、僕は車椅子での生活にはなるんすよね」
「うん。でも、不幸な体質、っていう、その根本は変わるから、この先のことを心配する必要はなくなる」
「なるほど」
悩ましいな、というのが第一印象だった。まあ、言われてみれば、考えてみれば当然のことなのだ。新しい人生をイチからおくれると言っているのではなく、この先の人生が変わるという話なのだから。僕は俯き、ハンカチをニギニギとしながら、自分の心に問い続けていた。そのとき、星野さんは「それと、利点になるか分からないけど」と言う。
「多分、今よりもずっと身体が軽くなると思う。気持ち的に、の話だけど」
「え」
「今の君の心は、この先の不安で埋め尽くされてる。成り変われば、それが軽減されて、もうちょっと今を楽しむ余裕が出てくるはずだよ」
「余裕、っすか」
今まで考えたことがなかった。確かに、自分はどんな些細なことでも悩みを抱えやすい。ただ、落ち着きがない人物でもあり、異質者扱いをされてきた人物でもあるからか、よく「悩みなんてないんだろ」と言って、馬鹿にされてきた。それなのに、自分の過去の話を聴いただけの星野さんは、僕の心情までをも読み取った。やはり、それ相応の能力を持ち合わせているのか。羨まし。
「うん。悩み事って多いと結構厄介だし面倒だよね。でもまあ、それは成り変われば、次第に落ち着くと思うよ。悩みに対して納得というか、腑に落ちる瞬間が訪れるから」
「そうなんすね。でも、よく分かりますね。悩み事が多いって」
「まあ、占い師だからね」
「占い師って、ホントなんすね」
「まあね」
ニヤッと笑って、口角を上げる。布で隠されていた部分が全て露になっているからか、喋り口調のせいか分からないが、星野さんは柔らかい人柄の持ち主だと思った。
「それでどうする? 成り変わり、してみる?」
星野さんの問いに、僕は唸った。ただ、自分ひとりで悩んだとしても、答えが出ないと踏んだ。だから僕は、今の気持ちを素直に喋ることにした。星野さんなら、僕の悩みを一緒に悩んで、そして良い方向に導いてくれると思ったから。
「成り変わって、新しい自分の人生を生きてみたい。そういう気持ちはあるんすよ。でも、僕の人生を星野さんが代行するってことが、怖いっていうか、何かあったらどうしよう、って思うと……」
「君は、本当に優しい子だね」
「えっ……」
「心配をしてくれてありがとう。でも、大丈夫。それに、僕って、今まで何人もの人や動物たちに成り変わって、その分ちゃんと星野昇多として生き返ってきたし、経験も積んでる」
星野さんは腕を組んで、ドヤ顔をする。僕は笑うべきなのか、突っ込むべきなのか、迷った挙句、結局は苦笑いを浮かべた。その表情を見てか、星野さんは笑顔から、真剣な表情へと瞬間切り替える。
「だから、今回も大丈夫。僕さ、こう見えて結構好奇心旺盛な性格でさ、君みたいな不幸な体質の人の人生、代行でもいいから過ごしてみたかったんだよね。あ、こういうと失礼か。ごめんね」
「あっ、謝らないでください。そう言ってもらえて嬉しいっす」
「そうなの?」
「僕、5歳のときにこの体質になったんすけど、小学生時代から、異質者扱いされたりしてきて、近寄る人がいなかったんで。孤独って楽しいって思ってたんすけど、この身体になってからは、人って誰かに支えられて、支えるから生きられるんだって、気付いて」
「そっか。そうだよね」
自分の素直な気持ちに共感されるということは、初めてに近い経験で、嬉しさと恥ずかしさと、しょっとの気持ちよさが複雑に絡み合って、そして僕は笑みと同時に、真剣な眼差しを星野さんに注いだ。
「星野さん。よろしくお願いします。僕の人生を、代行してください」