表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
代行サービス、運否天賦です  作者: 成城諄亮
第5生 東北翔
45/69

第4話

 僕が入学した高校はどっちかって言えば、勉強ができる人よりも、できない人っていうか、クラスで浮くような存在の人たちが集まったような感じで構成されていて、特に僕が在籍していた1年C組は、いわゆる問題児が多いクラスだった。A組とB組は、浮くような存在であっても、余裕で高校入試をパスしてきたような人が集まっていて、逆にC組は、ギリギリのラインで合格できたというような人が集まっている感じもあった。


最初、なんで僕がこのC組に組み込まれたのかよく分からずにいたけれど、小・中学生時代を含めて考えると、小学生時代は落ち着きがなく、授業中でも歩き回っていたし、転校する前の中学では、同級生の男子生徒に、選手生命を絶たなければならないという、大怪我を負わせた張本人に仕立て上げられ、転校後の中学校でも、クラスメイトたちから浮く存在として認識されていたのだから、自分みたいな生徒たちが集まるクラスに入れられても、仕方ないことなのかもしれない。


 そんなC組での生活は、似たような人たちの集まりの割には、終始落ち着けない環境だった。授業開始のチャイムが鳴ると、ちゃんと教科担当の教員が来て、一応教科書を開くよう言って、他のクラスと同様、黒板に要点をまとめて書いたりしていた。それなのに、勉強が苦手だったり、一定間隔でシャーペンをカリカリ触り続けたり、貧乏揺すりで音を鳴らしたり、隣の席に座る生徒同士で喋ったり、立ったり座ったり、時には歩き出したりする、といった、まあひと言で言えば多種多様な生徒の集まりである為に、僕は全くといっていいほど、授業に集中できないでいた。そのことは、初めての中間試験で露になった。


 数学・生物のテストに関しては赤点、世界史や現代文、英語に関しては50点台だった。でも、僕のこの情けない点数は、クラスの中では、上位ぐらいの点数だった。勿論、A組やB組と比較すると下位層なのだけれど。それでもクラスメイトからは、北翔って勉強できるんだ、とか、今度勉強教えて、とかと言われた。そのことが嬉しくて、でも、それと同時に、僕に拘わったらその人を不幸なことに巻き込んでしまう、という罪悪感が襲ってきた。そして、僕が採った選択肢は、こうだった。


「僕と交流を持ちたいのなら、今後起きるかもしれない不幸な出来事の原因全てを、僕に擦り付けないこと。正直、僕に拘わったら面倒だから、安易に近づかないほうがいい」


 こうして先に、しかも面倒ごとが嫌いな、頭が切れるキャラな感じで言っておけば、不幸になりたくなければ僕に拘わらないだろうし、そんな迷信は信じないと言って僕に拘わるのなら、それでいいのだから。


と、そうは言ったものの、誰かしら絶対に僕に近づいてくるだろうと思った。触るな、という文字を見たら触りたくなる、押すなと言われたら押したくなるような、そんな感じで、拘わったら面倒と言われつつも、拘わりたくなるような人が、最低でもクラスに1人ぐらいいるだろうと思っていた。そして実際、僕の仕掛けた罠に堂々と引っ掛かる奴が現れた。


「ねえねえ、北翔君って、もしかして、何かの能力者だったりするん?」


丈が短いスカート。白のルーズソックス。足首に巻かれたミサンガ。皺のないシャツ。ミルクティ色のボブヘア。アヒルみたいな唇。メイクされたパッチリ二重。そんな特徴だらけの彼女の名前は、金下沙耶。Cクラスの中でも、ドベな成績を取るにも拘わらず、常に笑顔を絶やさないという印象が強い。


「僕が能力者に見えるのか?」

「うん。見える」

「どうして、そう見える」

「ん~、なんとなくっ!」


 馬鹿だ、こいつメッチャ馬鹿だ。これが話してみての抱いた印象。こういうイケイケ~! なタイプは嫌いだし、根っからのバカも嫌いだった。こう話しかけてきたのはいいが、この先ずっとコイツに拘わりたくもない。そう心の底から思っていたのに、なぜかこの後、僕はなぜか金下と親しくなっていく。


 最初は、金下のほうが一方的に(しつこく)僕に絡んできた。「今日の朝ごはん何食べた?」「明日の小テスト、勝負しよ」「北翔君~、私に勉強教えて~」といった感じで。そんな絡みに対し、僕は雑な返事しかしなかった。それでも金下はしつこく絡み続けた。その間、一度も不幸なことが起きなかったわけではない。毎日のように、小出しの不幸が続いた。例えば、校外学習の際に大雨が降って予定が変わったり、外での体育の授業中いきなり雨が降ってきたり、立て掛けてある自転車がドミノみたく倒れたり、掃除し終えたばかりの廊下で生徒が転んだり……、といった感じ。そのどれもこれも、僕のいるところで巻き起こっていた。


 そのせいもあって、東北翔は雨男だ、とか、変わり者だ、とか、将又、能力者だ、とか、そう言って色々決めつけられ、怪しまれながら、夏休みに突入し、自分の周りでのみ不幸が起こるようになってから1か月。すぐに夏休みも終わり、中間試験への勉強を始めるようにと教師がしつこく言い始めた9月末。僕はなぜかクラスメイトの1人に、お祓いに連れて行かれることになった。


そいつは、突発的なことが苦手らしかった。急に雨が降って予定が変わったり、大きな音がしたりすると、いつでも、どこでも、耳を塞ぎながらしゃがみ込み、ブツブツと独り言を唱えるぐらいだ。そんな彼からすれば、僕は突発的なことばかり起こす奴でしかない。そんな感じで、身勝手な理由を押し付けられた僕は、否応なしにお祓いに連れて行かれた。ただ、それが学校帰りだったこともあり、同行(というより、付いてきた)金下に引き留められ、目的地に着く前に、僕は金下と共にその場を離れることができたのだ。



「ありがとうな」帰り道、隣を歩く金下に向かって、そう呟いた。


「何が?」

「行かなくて済んだから」

「あー」

「いや、あー、って」

「だって、北翔君が不幸体質じゃなくなるん、私、嫌だから」


金下は明瞭な声で言い放った。僕の心臓がドクンと跳ねあがる。


「そうなんでしょ。一緒にいた……、見てたら分かる。皆が楽しみにしてるときに限って雨降るし、急いでるときに限って自転車倒れるし、それもこれも、ぜーんぶ北翔君がいるときに起きてるんだもん。そう思うしかないでしょ」

「あぁ、そうか。確かにな」


 金下の言う通りでしかなかった。実際、不運や不幸と思われる出来事が起きているとき、僕は必ずその場にいる。そして、僕にかかわった(かかわろうとした)人間に限って、不幸が襲ってきている。勘の鋭い人など、分かる人には分かるのだろうと思った。


「ね~え~、もうそろそろ、ちゃんと話してよ~。北翔君って、不幸なことが起きやすい体質なんでしょ?」

「答えるのも面倒だな。それより、前から何回も言ってるだろ? 僕と拘わって、不幸に巻き込まれたいのか?」

「うん。巻き込まれたい!」


眩い目をして言ってきた金下に、僕は諦めのため息を吐く。


「お前、馬鹿かよ」

「うーん、多分?」

「なんで疑問形なんだよ」

「だって、私、中学時代、めっちゃ勉強できたから」


金下は切り揃えたばかりのミルクティ色のボブヘアを、小さな耳にひっかける。


「いやいや、嘘だろ。お前が賢いわけ――」


 僕の目の前に差し出された、金下のスマホ。ひび割れた画面の向こう。たくさんのトロフィーや表彰状に囲まれて座る、ひとまとめにした漆黒ヘアにメガネ姿の金下の姿があった。両膝を抱え、不格好な笑みを浮かべながら、胸元で小さくピースしている。


「これで分かったでしょ?」

「馬鹿は、演技なわけ?」

「まあね」


賢かったと言われ、更に写真を見せられたものの、馬鹿な演技をしているようには到底思えなかった。今まで、どうせ馬鹿だから相手にしても、と貶していた。それなのに、唐突に私は賢いと言われても、理解しきれない。金下が賢い。金下が賢い。金下が……、脳内がバグって、次第にオーバーヒートしていく。


「え、何?」

「分からん。なんで演技なんかを」

「そりゃぁ、家業継ぎたくないから、だよ」

「は、そんな理由かよ」

「そんな理由で何か悪いの?」

「別に、そういうわけじゃないが」


 金下は元々出っ張っている唇をさらに尖らせて、「ふーん」とだけ呟いて、納得がいかないといった表情になる。


「まあ私にも色々あるの。だから、お願い。私を不幸に巻き込んで」


 このとき、金下がどういった理由で家業を継ぎたくないのか、教えようとしなかった。何となく察しはつくが、言及するほどのことでもないと思った僕は、「そっか」とだけ言って、金下の依頼は聞いていないフリをした。


 それから数日、金下が僕に絡んできたからといって、金下に不幸なことが起きることもなければ、僕自身にも不幸なことが起きるといった様子は、全くといっていいほどに見られなかった。お祓いに行ってもいないのに、どうしてこうなってしまったのか。それはそれで嬉しいことなのだが、逆に、ここまで連続して不幸なことが起きないのは、どこか気持ちが悪くて、次第に落ち着いていられなくなった。


 友達と喋ったり、教科書ではなく漫画を読んだり、授業に真摯に向き合おうとする生徒が誰一人としていないという、クラスの風潮は変わらず荒れているのに、そんな中でも落ち着いて授業を受けられていた。それにも拘わらず、僕はまたこうして、教室の中を歩き回ったり、廊下へと飛び出して行ったり、高校生になってもなお、瞬間にして、あの頃の僕に戻ってしまった。


 授業中という制限がある程度存在する中で、気持ちの赴くままに、僕は風を浴びながら廊下を歩いていた。僕の通う高校は、創立が既に80年を過ぎていて、校舎の外も中もボロボロだった。外壁は雨や風にさらされたせいで酷く汚れ、階段の木の手すりは雨が降ると湿気を纏うせいで、全体的に柔らかくなり、教室や廊下の窓も開ける際に変な音がしたり、窓枠自体にひびが入っていたり、とするにも拘わらず、全体として特に改修の痕も見られないでいる。


 いつか修繕が入るのだろうが、多分、学校は何か問題が起きてからでないと動かない。誰かが怪我してからじゃないと、何人もの訴えがないと、変わらないし、変わろうともしない。それだから事故というものが起きるのに……。


 授業が終わるチャイムが鳴る。僕は賑わい始める廊下をそそくさと通り抜け、C組の教室へと戻る。その途中、教室から出てきたばかりの金下とすれ違った。手には、メイク道具が入っているという、小さなポーチを抱えていた。


「授業サボってどこ行ってたん?」

「どこだっていいだろ」

「えー」

「それより、今からメイク直しか?」

「うん。寝てる間につけま取れちゃって」そう言って、金下は左目でウインクをした。カールされた睫毛と違って、だいぶ寂しい印象だった。


「次、移動教室だろ。遅れるなよ」

「え、何、優しいこと言ってくれるじゃん」

「何か問題でも?」

「ううん。分かってる。何なら、待ってくれててもいいんだけど」


 風が吹く。ガラスが音を立てて揺れる。天井がバキバキ音を立てる。その下を、生徒たちは普段と変わらない様子で歩き去っていく。


「待つ必要あるか?」

「言ってみただけ!」

「ふーん」


 金下は、僕に向かって再びウインクをした。僕は教室に戻ろうと、足を一歩前に出す。その刹那、上から無数に舞い落ちてきた、白く、小さなカケラ。僕は立ち止まり、ふっと見上げる。


「え」


瞬間、バリバリと地面が揺れるような音とともに、大きな塊が視界に映る。


「危ない!」


金下は反射的に叫んだ。が、その声は、塊が落ちる音によって掻き消され、僕の耳に届くことはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ