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代行サービス、運否天賦です  作者: 成城諄亮
第5生 東北翔
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第2話

 小学生時代、祖母の意思に沿わず、変わらず汚れ続けた。そんな僕は、クラスメイトたちから、魔法使い扱いとか、異質者扱いをされ、馬鹿にされていた。当時、魔法が使えたわけじゃないし、異質者と呼ばれる筋合いはなかったけれど、不幸な体質のせいで、それに落ち着きの無さも拍車をかける形で、そう馬鹿にされることが多かったように思える。でも、そんな僕にも、友達ができるかもしれない、と思える瞬間が訪れた。その日は、梅雨時で、大雨が降っているときだった。


「おい北翔! 俺らで大輔先生に悪戯しかけようぜ!」

「えっ、悪戯?」

「そう! お父さんから聞いたんだけど、黒板消しをドアの壁の隙間に挟んで、ドアを開けた瞬間に、チョークの粉塗れの黒板消しが降ってくる! ってやつ!」

「宗、それメッチャ面白そうじゃん!」

「だろ! お父さんが小学生のときにしてた悪戯なんだって!」

「いいな、俺もやりてぇ!」

「壱琉もやるんだよ!! な、北翔もやるだろ?」


悪戯を仕掛けることにウキウキしている宗治と壱琉に対し、僕は控えめな声で、「僕は、いいよ。先生に何かあったら、困るから」と言って断った。けれど、2人は僕の腕を強引に引っ張って、無理やり、黒板消しを握らせた。


「やろうぜ、楽しいそうだろ?」

「僕、魔法使いって言われてるし、関わらないほうが」

「大丈夫だって。俺が保障してやる! 北翔は魔法使いじゃないってこと」

「俺も、俺も! な、だから、やろうぜ、北翔!」


 宗治と壱琉に気圧された僕は、「うん。分かった」と言って、黒板消しを握り返した。


このとき、僕には嬉しいという感情が伴った。今まで、不幸な体質を蔑まれたり、変なレッテルを貼られて揶揄われたりしていたのに、初めて、その張られたレッテルを剥がしてやろうと言ってくれる人が現れたから。


 僕は、そこまで信頼関係にあるわけではない宗治と壱琉と共に、担任の大輔先生に悪戯を仕掛けることになった。3人の中で一番背の高かった僕が宗治と壱琉に支えられて、黒板消しをセット。慎重にドアを閉めて、僕たちは大輔先生が教室に来るのを楽しみにしていた。


「みんな、このこと、大輔先生に言っちゃダメだからな!」

「宗の言う通り! 誰がやったか聞かれても、答えたら駄目だよ!」


 授業開始を告げるチャイムが鳴る。僕以外の児童は席に着いて、宗治と壱琉はルンルンな気分で待っていた。一方の僕はというと、落ち着いて座っていられず、教室の中を歩き回ったりしていた。その理由としては、まだ僕が落ち着きのない子供だったということもあったけれど、そわそわした感じが身体全体を覆って、動いていないと衝動が押さえきれなかったということもある。多分、無理やり縛られていたら、僕は邪悪な人間になっていたことだろうと思う。


近づいてくる足音。大輔先生が来る! 僕は浮足立つ気持ちだった。でも、その刹那、僕の身体の中でうごめくものが、何か悪さをしようと企んでいるのを、身震いと同時に感じ取った。ヤバい! そう言って立ち上がった僕。でも、その声が先生に届く頃には、大輔先生は髪の毛に大量のチョークの粉を付けていて、そしてその粉で咽てしまっていた。


僕の方を見てきた宗治と壱琉と目が合う。僕は首を振って、口パクで「謝ろう」と言ったのだけれど、その瞬間、2人はスッと僕から視線を逸らした。そして、大輔先生のもとに駆け寄った。僕は思わず立ち止まり、えっ、と声を出す。


「大輔先生、大丈夫?」

「頭、チョーク、すごい付いてる」

「アハハハハ……、誰がこんな悪戯したのかな?」


大輔先生は笑いながらも、語尾に怒りを交ぜた口調で児童たちに問いかけた。宗治や壱琉に言われた通りで、えっと、と口籠る児童が多い中、答えたら駄目だと言っていた当の本人らが、息を合わせて、同じ動きで僕のことを指した。


「ん? 北翔がやったのか?」

「ち、違う! 僕は宗治と壱琉に誘われて、それで」

「ん、宗治、壱琉、そうなのか?」

「違うよ! 俺らがやるわけないじゃん!」

「そうだよ! 俺も宗治も大輔先生のこと大好きだもん! 先生のことが嫌いな北翔と違って、こんな悪戯しないよ!」


宗治も、壱琉も、小学2年生とは思えないほどの駄々をこね、地団太を踏んだ。クラスメイトたちは、主犯格である2人のことを責められないでいる。理由は、この頃の宗治と壱琉はクラス全体の支配者で、ルールに背いたら即座に仲間外れにされて、いじめられたりするから。僕はこんな奴らとずっと仲のいい関係性を続けるつもりはなかった。今すぐにでも離れてやりたいと思っていたけれど、クラスメイトたちから色眼鏡で見られる存在で、気弱な僕には、そこまでの力がなかった。


「まぁ、先生のことが嫌いか好きかは関係ないけど……、北翔、そう言ってるけど、どうなんだ?」

「だから、僕は誘われて――」

「北翔、サイテー。俺ら友達だと思ってたのに」

「宗の言う通りだ!」

「え、えっ」


想像していた状況と違う現状に、取り乱し始める僕。ただ、宗治も壱琉も悪気はないといった表情で、僕のことを見たのち、ニヤッと笑った。このとき、酷く後悔したことを覚えている。どうして、どうして僕は早く宗治と壱琉から離れていなかったのだろうか、と。


「北翔、授業終わり、先生とちょっと話そう。いいな?」

「……はい」


 この日の授業終わり、大輔先生に呼び出された僕は、こっ酷く、とまではいかないものの、僕が悪いみたいな感じで、一方的に叱られた。正直、大輔先生は僕の意見を聞いて、それを踏まえた上で叱ってくれると思っていただけに、裏切られたというか、疑心暗鬼になってしまうというか、そういう気持ちが強くなって、僕はその日以来、大輔先生のことを信用しなくなった。そしてまた、僕はクラスメイトたちへの信頼も失くしたのだった。


小学2年生の時は、大輔先生を含め、宗治や壱琉たちと絡まないように、平穏に学校生活を送っていたけれど、変わらず落ち着きがない児童ということで、学校からも、同級生からも変な目で見られて、いたたまれない気持ちだった。けれど、小学3年生のときに、異動によりやってきて、僕たちの担任になった窪田美智という女の先生が、僕のことを変えようと尽力してくれた。


 小学3年生になっても、僕の衝動的な行動というのは落ち着かず、授業中だろうとも突然教室を出て、そのまま廊下を走り回ったり、体育の時には人と違う動きをして転んで怪我をしたり、あとは、変わらず小さなものだけれど不幸なことが起きたり……、と一向に変わろうとしなかった。先生たちは何を言っても聞かないと言って早々に僕への干渉を諦めて、他の子たちと仲良くしていた。それなのに、美智先生は、僕のことを見かねたのか、授業中にも拘わらず、手を取って、突然、「北翔君、私とお友達にならない?」と言ってきたのだ。


「先生と、友達?」

「うん。それでね、先生とゲームをして欲しいの。駄目かな?」


 先生は純粋な瞳で僕のことを見た。口籠る。そんな折、周りの児童たちは、「北翔だけズルい!」とか、「先生、俺ともゲームして!」とか、「私も、先生とお遊びしたいよ!」とかと声を上げ始める。僕はどうすればいいか分からず、狼狽えてしまう。すると先生は徐に立ち上がって、皆に視線を合わせる。


「みんな、先生の話を聞いて。みんなにもゲームには参加してもらうよ」


 え。言っている意味が分からないよ。皆がそう言っているような気がしてならなかった。


「あのね、北翔君は、みんなと少し違って、落ち着いて授業を受けられないの。でもね、その違うってことを、みんなにも知ってもらいたいの。それでね、先生が考えたゲームは、北翔君が授業中、1分でも座っていられたら、みんなで褒めてあげる、ってことなんだけど、どうかな?」


 先生が言った1分という時間は、みんなにすれば短いのだろうけれど、落ち着きがなく、終始動いていたいタイプの僕にとっては、試練そのものだった。それでも、僕のことを良く知らないクラスメイトたちは、案の定、僕に対する非難の声明を出す。


「たったの1分かよ」

「短すぎ!」

「先生、北翔君に甘すぎだよ!」


 僕は責められて、非難されて、ということに慣れているはずなのに、動きは止められず、ずっと意味もなく歩いている感じだった。ただ、内情によって足を動かしている、みたいな感じ。一方の先生は、クラスメイトみんなに向かって、穏やかに喋りはじめる。


「そうだよね。みんなにとって1分座っていることって、短く感じられるよね。でもね、北翔君にとっては、その1分がとても長く感じられるんだよ。だからね、最初は1分から始めて、次第に5分、10分って長く座っていられるように、最終的には授業中、ずっと座っていられるように、先生とみんなで協力しようよ」


「先生、私たちは、北翔君を褒めるだけでいいの?」

「ちょっと、蕾未、何言ってんだよ!」

「そうだよ。蕾未ちゃんまで北翔君を甘やかすの?」

「そうじゃないよ。実はね、私のお兄ちゃんも、北翔君みたいに、授業中落ち着いて座っていられないんだ」


蕾未ちゃんは黒目を震わせる。


「でもね、色んな先生たちのお陰で、今はだいぶマシになってきてるの。お兄ちゃんの苦労を知ってるからこそ、私は北翔君を助けてあげたいだけなの。だから、ゲームやりたい。先生、いいでしょ?」


 いつも、言ってしまえばぶりっ子というか、可愛い子ぶる感じの蕾未ちゃんだけれど、蕾未茶ん自身が抱く気持ちを理解した女子たちは、頷いたり、目を見て言葉を書けたりする。


「そうだったんだ。知らなかったな」

「蕾未ちゃんがそういうなら、私もゲームに参加する」

「美智先生、私もゲーム参加したい!」


うんうん、と頷くクラスメイトが多くなっていく。それなのに、頷こうとしないクラスメイトが2人いた。彼らは、僕のことを嫌っている人物だった。


「宗治君、壱琉君、みんなで協力して、ゲームクリア目指して頑張ろうよ」


 蕾未ちゃんを始めとして、クラスメイトの女子何人かが訴える。でも、妙に照れているのか上ずった声で、「お、俺は、絶対に参加しない!」と言い張る。


「そんなこと言わずに、一緒にクリアしようよ」

「別に、こんなクソゲー、クリアしなくても俺の人生には関係ねーし」

「宗の言う通りだな。俺も参加しない。皆が好き勝手に参加しろよ!」


 宗治に絶対的忠誠心を誓う壱琉。それに気を良くして、腕を組み、誰とも目を合わせようとしない宗治。そんな2人に対し、蕾未は握った拳を胸元で揺らして、「どうして2人とも協力してくれないの!?」と懸命な口調で言う。


「だから、俺らには関係ないって言ってんだろ。北翔が座ってられるわけない」

「そうだ、そうだ!」

「宗治君も、壱琉君も、そこまで言わなくてもいいじゃん!」

「そうだよ。蕾未ちゃんが可哀想だよ」

「んなこと、知らねーよ」


 意地を張る宗治。そんな宗治の気持ちに食らいついていく壱琉。蕾未ちゃんは何も言えなくなったのか、俯いた。長く伸ばしている黒髪をカーテンのようにして、自らの顔を隠す。


「みんな、落ち着いて聞いて。このゲームに参加する、しない、は、みんなの自由。参加しないからって喧嘩するのは駄目。そうかと言って、参加する人が、無理やり参加したくない人を誘うのも駄目」

「でも、先生、クラスの目標に、一人はみんなのために、みんなは一人のために、って書いてあるじゃん!」

「うん、そうだね。でもね、蕾未さん、思い通りにならないことはあるんだよ。だから、思い通りにならなくても、その人のことを受け入れてあげて欲しい。北翔君のことを助けたいって思っている蕾未さんなら、できると思うな」

「……」


 僕らには分からない、溜め込んでいた思いでもあったのだろう。蕾未ちゃんは涙を流し始めた。原石ぐらいに光り輝くその涙を拭う素振りを見て、僕は初めて、自分が悪いことをしたのかもしれないと思い始めた。それまで他人が自分のせいで泣いてようが、気にも留めなかった、というか、なんで泣いているのか、よく分かっていなかった。それなのに……。


「先生がいきなりゲームをしようなんて言っちゃったから、戸惑っちゃったよね。ごめんね、蕾未さん」

「違う、違うよ、先生」

「えっ」

 顔を上げた蕾未は、もう一度涙を拭ってから、頭を下げた。


「イライラして、つい言い過ぎちゃいました。ごめんなさい。宗治君も、壱琉君も、ごめんね」

「チッ」

「まぁ、あ、ん……」

「北翔君も、ごめんね。お兄ちゃんと北翔君の状態を一緒にしたこと、良くなかった。北翔君は、北翔君だもんね」

「……い、いいよ」


 僕は蕾未ちゃんの目の前に立ち止まって、流れる涙を指で拭った。擽ったそうにして、少し驚きも混ざった表情を浮かべた蕾未ちゃん。周りの児童たちは、皆、僕に視線を注いだ。どうやら、僕の行動が可笑しい、といった様子で。


「僕も、ごめん」

「えっ。謝って、くれるの?」

「うん、そーだよ」


 みんながみんな、僕の行動を不思議がった。今まで素直に謝るといった行動をしてこなかった弊害だ。蕾未ちゃんの気持ちは、嬉しかった。けれど、僕のせいで蕾未ちゃんやクラスメイト、美智先生に何か不幸があったら、と思うばかり、僕はゲームへの参加意欲をすっかり失っていた。


「先生、僕、一人で頑張る。まずは、1分頑張る。だから、見てて」

「そっか。うん、分かったよ」


 先生は、案外さっくりと頷いた。そして、立ち上がっている僕、宗治や壱琉、そして蕾未と視線を合わせた後、手をパンパンッと叩いて、注視するよう促す。


「はいはい、みんな、一旦席に座ろう。授業始めるからね。それじゃあ、教科書の――」


 僕は、まず1分だけ、座り続けることから始めた。そして、僕は少しずつだけれど、変わり始めた。1か月後には、10分までなら座り続けられるようになって、夏休み明けには25分、冬休み開けには授業時間ほぼ丸々座って授業を受けられるようになっていた。成長を続ける僕に、先生も、クラスメイトたちも喜んでくれたし、褒めてもくれた。でも、宗治と壱琉とはまだ距離ができたままだった。


それはともかく、僕の変化を一番喜んでくれたのは、言わずもがな、両親だった。ただ、僕が落ち着いて授業を受けられるようになったからと言って、不幸体質が変わることはなかった。母はおろか、父までも、僕の不幸な体質に気付いていて、今後どうしてあげるのか、夜な夜な話し合ったりしていたらしかった。でも、結局は解決法を見つけることはできていない。僕は、もう治りようがない不幸体質を受け入れるしかないのだと悟ったとともに、この両親のもとに産まれてくることができて、幸せだと思えた。

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