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代行サービス、運否天賦です  作者: 成規しゅん
第1生 星野昇多
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第3話

 星野がオーディションで勝ち取った役柄は、あの眼鏡の男性から聞いていた通り、何事にもやる気を見せず、誰とも干渉しようとしない問題児、郡司涼太。この郡司は、怒らせると学年の中で右に出る者はいないという、そういう一面をもち併せている、普段の星野とはまるで違う性格の持ち主。郡司は小学2年生ということもあって、学年は1つ上にあたるのだが、星野は同級生の中では身長も高いほうだったために、台詞の言い回しなどを練習すればどうにかなると思っていた。


しかし、中々そう簡単にはいかなかった。星野が頭を悩ませたのは、怒らせると怖いという点。演じる星野自身、とても穏やかな性格で、誰かに対して怒ることは滅多になく、しかも烈火のごとく怒ったことは、人生で一度もなかった。そのために、どう怒れば怖いと思わせることができるのか、星野には謎だった。


その悩みを、一番に相談した相手が母親だった。星野からすれば、母は常日頃から何かに対して怒っていて、郡司と重なる部分が多いと感じたことが、相談相手に選んだ理由だった。求めていた答えが帰って来るのには時間がかかり、なおかつ、母が紡ぐ言葉はだいぶ寄り道しているようにしか思えなかった星野。結局は、どこまで郡司になりきれるかが問題だ、という終着点に至った。ただ、寄り道の話の内容は、ほとんど理解できていない星野。その理由は、小学1年生には難しい言葉を連発されたことによって、脳内がパンクしていたから。それでも、星野は分かったといって頷いて、悩み相談を終えたのだった。


 相談してから数日が経過。この日は、郡司にスポットを当てた話の撮影が行われる予定になっていて、星野は一段と気合を入れていた。


予定時間よりも早めに始まった撮影のテスト。星野は自分を捨て、郡司になりきる。


相手児童を演じる先輩子役の胸ぐらを掴み、こう言い放つ。「お前、今度先生にチクったら、許さねぇからな」と。そして、パッと手を離し、軽い蹴りを腹に一発くらわす。


普段なら絶対にやらないような行為や言葉遣いに、やはり申し訳ないというか、胸が締め付けられるような感じがしたが、なぜか清々しいとも思えてしまった。日常生活では、殴ったり蹴ったりするのは暴力にあたるから絶対にやらないが、演技では軽くでもそういうことができる。星野は何となく、幼いながらに演技の楽しさや奥深さについて、知れたような気がしたのだった。


 丸一日を費やして行われた撮影。母のアドバイスのお陰なのか、それとも、何度も台本を読み直し、分からない・知らない言葉の意味をタブレット端末で調べ、自分なりに解釈していった成果なのか、監督は星野が全面に出す、郡司の怒りや気怠い感じの演技をべた褒め。その日の撮影終わりには、次回作へのオファーまでもされるほどだった。


「今日の演技良かったじゃない。昇多も、やればできるのね」


初めて母に自分の演技を褒められた星野。この日を境に、一から演技に、子役という仕事に向き合おうと決めたのだった。


 撮影に行く日はもちろんのこと、撮影が休みの日でも、星野はできる限り郡司になりきっていた。学校ではなく、家のみで。例えば、普段なら怒らないような些細なことでもケチを付けてみたり、両親や兄に向ってわざと刃向かってみたり、星野を捨てて郡司として生きるように努めていた。そんな星野に対し、いつもと変わらない様子で接していた家族。星野としては、普段なら取らないような、怒りの態度を示したら、それなりの反応が返ってくるものだと思い込んでいたために、少し残念に思えていたが、これもまた、家族からの愛だと考えるようにしていた。


 どこまで郡司という役を落とし込めるか。このことにちゃんと向き合った約4か月は、あっという間だった。撮影最終日、何があっても絶対に泣かないと決めてあったのだが、やり切れたという感情からか、撮影が終わることへの寂しさからか、コメントを求められたタイミングで泣いてしまった星野。車で迎えに来ていた母に泣き顔を見られ、「泣くなんて恥ずかしい。みっともない」と叱られたものの、「頑張ったね」と最終的には頭を撫でて褒められたのだった。

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