第4話
深夜2時。家に帰った私は、勉強に使っていた参考書をゴミ箱に投げ捨て、学校からもらっていた練習問題の束をちぎってはぐっしゃぐしゃに丸めて、壁や机に向かって投げた。散らばりゆく紙。憂さ晴らしできた気分で爽快だった。そして、最後、机の上に残ったのは、受験のために必要な書類ばかり。それもぐしゃぐしゃにして、踏みつけて、ちぎり、ゴミ箱に捨てた。もう、受験をすることはできない。ざまあみろ。
「志織、どうした? 紙なんてちぎって。勉強がうまくいかないのか?」
「アタシ、あの学校受験しない。茶羅高校にする」
「そこは、馬鹿が行く学校だぞ。志織が行くようなところじゃない。志織は、もっと上の、大学進学も見越した学校に行ける」
「どうしてそうやってアタシの先の未来まで勝手に決めるの? お父さんが迷惑ばっかかけるから、アタシ壊れたんだよ?」
「それは……」
反省しているようには到底思えない表情を見せる父に、私の怒りは更に募っていく。
「もういや。アタシ、お父さんの言いなりにはならない。絶対痛い目みるもん。自分の将来ぐらい、自分で決めたっていいでしょ。アタシ、お父さんに未来決められたくない!」
「ちょっと、志織! 待ちなさい!」
「嫌だ。アタシは何が何でもギャルになる。お父さんが思い描くような、真面目な人間にはならないから!」
翌日、目の下にクマができた状態で、中学校の先生たちに散々頭を下げて、何度も説得して、何とか受験に関する書類を提出日までに仕上げ、学校に提出したが、先生たちは誰一人として私の決断を認めてはくれなかった。やはり、期待が厚い分、裏切られたという気持ちが大いにあったのだろう。それでも私は一度決めた信念を折ることはなかった。
高校には母が貯めてくれていた貯金を切り崩して通うことができた。が、このときから、自分の人生は狂い始めたのかもしれないと、私自身思っている。離婚した時は絶望したし、未来が不安で仕方なかった。それでも何とか、自分で生活スキルを磨きながら人生を歩んできた。周りから真面目だとか、付き合いが悪いとか、散々言われ続けていたけれど、それすらも気にならないぐらいだった。それなのに、高校に入学してから、同じようなギャルと繋がり、群れるようになってから、だんだんと真面目な自分が嫌いになり、真面目とは程遠い人物像を形成し始めていた。
今まで一度もメイクを施すという人生を送ってこなかった。それなのに、初心者ということを忘れ、髪型にも顔にも合わないメイクをしていた私。同じような系統のギャル友数人(美知留、アイラ)からは、見ていられない顔と笑われ、その日から仲間内で1番の子に、朝一番、学校でメイクをしてもらうようになった。彼女の名前は、佐久間澪莉。志織よりもはるかに身長も高く、そしてスタイルも抜群。既に、モデル事務所から声をかけられているという話も聞いている。ただ、勉強は本当にできないようで、いつもギリギリの世界線で生きているような子だった。将来の夢は、モデルを経たのち、ギャルのメイクを担当する仕事に就くことという、志織とは違って明確な夢までも持っていた。
「志織はさ、将来何になりたいの?」
「私はね、可愛いギャルになること、かな」
「いいね。志織っぽい」
「私っぽい?」
「うん。志織って、いい感じに馬鹿っていうか、賢さならではの馬鹿が露呈されてていいっていうか。ほんと、志織って、私とか美知留とかアイラよりもね、ハハハ」
教室中に響き渡る、澪莉の笑い声。肩に手を置き、そっと耳元で「澪莉、ちょっと言い過ぎじゃ……」と囁く美知留。「えっ、そうかなぁ?」と首を傾げる澪莉に、「ねぇ、澪莉、アンタまた気付いてないの?」と言って、少し呆れた表情を浮かべた美知留。同情したいけれど、どうすれば誰も傷つけずに済むのか分からなかった私は、下手な笑顔を浮かべた。
「あー、私ってそんなに馬鹿に思われてるんだ。へえ」
「志織」
「アイラ、私、馬鹿って初めて言われた」
「実際馬鹿じゃないじゃん。赤点常連の澪莉に言われる筋合いはないでしょ」
「私もそう思う。ねえ澪莉、志織に謝ろう?」
優しいトーンで澪莉に問いかけた美知留だった。でも、澪莉は首を横に振って、いかにも私は悪くありません、みたいな雰囲気を出して、表情を作って、その場から逃げて行った。その日以来、澪莉とはずっと仲たがいを続けた。
私は澪莉と仲直りしたいと思っていた。あんな形で友達と別れるのは、寂しかったから。転校してから、友達と呼べるほどの交友関係を築いて来なかった私。それなのに、高校でできた、美知留、アイラ、澪莉という友達は、今までに感じたことのない絆で結ばれていると思っていた。卒業しても一生バカをやっていると思っていた。だからこそ、早い段階で仲直りをしておきたかったのだ。
しかし、ダメダメな父に育てられたからか、それとも、一度も友達と喧嘩してこなかったからか、仲直りの仕方をよく知らないまま、育ってきてしまっていた。たとえ父と喧嘩しても、一週間もすれば自然と仲直りみたいなことができていたし、私もまただ、という諦めがあったから、放っておいた。だから、どうよりを戻せばいいのか、ずっと悩んでいた。父とは違って、1週間過ぎても、放っておいても仲良しだった頃に戻ることはなく、気付けば1年生が終わってしまっていた。
春休み明け、2年では澪莉だけが別のクラスになり、私、美知留、アイラは更に仲を深めていった。澪莉を置いてきぼりにしている感覚、罪悪感はあった。でも、それを忘れるように、私は遊び惚けた。そして、どんどん馬鹿になっていく一方だった。
3年では、逆に私だけが別のクラスとなった。1年のときにできていた、澪莉との距離は遠くなっていく一方で、美知留とアイラが仲直りをさせようと計画を立て、実行するも、ことごとく失敗に終わっていた。そうかと言って、澪莉がこちら側にアプローチすることはなく、自然と仲直りみたいなことが叶うことなく、卒業式当日を迎えた。仲たがいを始めてから一度も、出会った当初の頃の仲に戻ることはなかった。そして、私たちはそれぞれの進路を歩み始めたために、そのまま別れることになった。そして40代になった今も、澪莉とは勿論、美知留ともアイラとも、疎遠だ。
私は一体どこからおかしくなったのだろう。もう一度、人生を歩めるのなら、私は一体どこからやり直せばいいのだろう。だれか、教えてくれませんか。