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代行サービス、運否天賦です  作者: 成城諄亮
第3生 高坂由紀乃
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第10話

 高坂由紀乃になりかわってから1日。生活は思っていたよりも質素なもので、お金も限られていれば、転生が中止になった理由である病気のせいで、体力もほとんどない。そんな中での、限られた3日間。今回は特別に転生の期間を設けているからこそ、死に目がはっきりと見えていていいが、体力がない分、やれることが少なくて暇を持て余しそうだと思っていた。


12時のチャイムが鳴る。庭先で、何かしらの小鳥の声がする。それを聞きながら星野は冷蔵庫を漁る。中には、星野のために、と高坂が手作りした作り置きの総菜が入ったタッパーが数個置かれていた。どのタッパーにも付箋が貼られ、律儀に料理名が書かれていた。炊飯器がメロディを奏でる。昼食タイム楽しもう。そんな折、星野のスマホに着信が入る。田辺からだった。


「もしもし?」

「おぉ、元気そうだな」

「そうだね。まだ1日目だから」

「あぁ、そうか」

「それで、何か用事があって電話してきたんでしょ? 何かあった?」

「ついさっき、約束の時間通りに娘の富子さんがやって来て、2人で食事する予定だと思ってたんだけどさ」


田辺の声色に星野は少し心配そうな表情を浮かべる。


「え、何かあったの?」

「それが、ほら前に高坂さんに2人の孫がいるって話しただろ? で、そのお孫さんまで来たんだよ」

「もしかして、富子さんが呼んだのかな」

「どうだろうな。それでな、いま個室で食事してる。だからまあ一応報告しておこうかなって」

「そっか。無事に会えたのなら一先ず安心だね」

「そうだな」

「田辺、高坂さんのこと、よろしく頼んだよ」

「了解。また連絡入れるから」

「うん。待ってる」

「じゃあな」


 電話が切れる。画面には、クレーターがくっきりと映るほどの大きさの満月が写る。鮮明に蘇る記憶。星野の胸が痛む。その時だった。スマホに一件のメールが送られてきた。画面を開く。そこには、少し引き攣った笑みを浮かべる高坂の姿が、そして、高坂の周りを囲う3人。皆が右の口角を上げて、同じような笑い方をしていた。


 なりかわり2日目は、正直言ってつまらなかった。昨日で高坂の目標、富子さんに会う、ということを達成してしまったために、ただただ死期を迎えるだけの準備しかできない。だからと言って、田辺を頼ることはできない。まだ高坂と行動を共にしていて、こちらには帰ってきていないから。本当ならその日の夜に戻ってくる予定になっていたのだが、富子や孫の希望で、高坂が娘宅で二泊することとなり、予定が変わったのだ。時折、高坂からは写真つきでメールが送られてきていた。毎回いい笑顔で、幸せそうな表情を浮かべていた。それを眺めるのは、高坂の身体をそっくりそのまま受け取った星野。転生が終わると同時に星野が死ぬなんて知らない高坂は、今という瞬間を懸命に楽しんでいるようにしか思えなかった。それでよかったのだと、星野は自分に言い聞かせる。あちこちが痛み出し、家の中でさえも歩くことが怖いほどの眩暈に襲われ始めている身体に。


「もう少しの辛抱だ。あと1日。あと1日だけ・・・・・・」


夕食後の洗い物もせず、そのまま眠りについた星野。翌日まで、一切目が覚めることはなかった。


 なりかわり3日目。今までで一番悪い寝起きだった。三途の川を渡る手前でギリギリ目を覚ましたが、それからも脳はずっと夢をみているような感覚であり、生と死を彷徨っているようだった。時刻は午前11時を過ぎた頃。太陽の光はさすものの、部屋の温度は低いまま。食事する気にもならず、とりあえずで白湯を飲もうとしていたとき、スマホに着信があった。


「もしもし?」

「おぉ、だいぶ疲れてんな」

「なんだよ、その言い方」

「心配してあげてんだよ、副社長として」

「こっちも死に際が見えて大変なんだから、用がないなら切るんだけど」

「用事あるから電話してるんだよ」

「だよね、何の用事?」

「無事に全肯定を終えて、新幹線乗ってそっち向かってる」

「そうか。よかった」


足の関節に響く痛み。悶えるために、その声が電話越しに田辺へ伝わってしまう。


「なんだ、死にかけみたいな声して」

「仕方ないよ。僕、死ぬからさ、身体のあちこち痛くて」

「あ、そうだよな」

「このこと、高坂さんには言ってないよね?」

「言わないよ。そこまで俺は口が軽い男じゃないし、星野との約束は絶対に守るから」


やけに自信満々そうに言う田辺に、星野は痛みに耐えながら笑う。


「高坂さんに代金のこと伝えた?」

「伝えたよ。そしたら、一括で支払うって。老後用にためておいたお金があるからって」

「そっか。色々とありがとな、田辺。高坂さんのサポートもしてくれて、ホント助かったよ」

「やめろよ、恥ずかしい」

「いいじゃん、最後ぐらい。次会う時は、生まれ変わった僕なんだから」

「ははは、それもそうか。あ、それで、何時ごろ死んで戻ってくるんだっけ?」

「死ぬのは21時。帰るのは今日の深夜かな。っていうか、田辺のその言い方気になるんだけど」

「ははは、まあいいじゃねぇか。星野の帰り、待ってるから」

「ありがと。またあとでね」

「おう。気を付けてな」

「うん。田辺もね。じゃあ」


 電話を切る。その刹那、唐突なる眩暈に襲われた星野。慌てて筆を手に取り、便箋に高坂に向けての手紙を書いていく。想いのままに。この手紙が、高坂に届くことを願って。


  *


「拝啓、高坂由紀乃様。転生後の生活、いかがお過ごしでしょうか。僕は変わらず、過ごしておりますので、ご安心ください。以前お話ししましたように、このお手紙をもって、高坂様の転生が成功したことを証明させていただきます。直接お会いに行けなくて申し訳ありませんが、どうかお許しくださいませ。結びに、これからのご生活が、幸せなお時間でありますように。どうか、お身体を大事にされてくださいね。追伸。ハンバーグとても美味しかったです。また、作ってくださいね。僕、いつでも食べに行きますから。 敬具  星野昇多」



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