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代行サービス、運否天賦です  作者: 成城諄亮
第3生 高坂由紀乃
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第4話

 星野が家に尋ねてきて、はや一時間が経過している。それなのに、星野は一切丁寧な口調や姿勢を崩さず、常に低姿勢でいる。本来なら、この時間は掃除をしている時間だが、今日は掃除をサボろう。掃除よりも、星野と会話している時間のほうが、よっぽど有意義なのだから。


「高坂さん、次は、お生まれになってからのお話し、聞かせてもらえませんか?」

「これもまた話が長くなるけど、いいのかね? 時間あるの?」

「今日はほんと暇なんで、ははは。というよりも、何より高坂さんとお話ししてるのが楽しいんですよ」


たとえ、これがお世辞だったとしても、嬉しいことに変わりはない。お世辞なんて、言われて嫌な思いをすることはないのだし。そう思っている高坂は、星野に微笑みかけながら伝える。「こうしてわしのどうでもいい話を熱心に聞いてくれて、ありがとうね。嬉しいよ」と。すると星野は目を線にして、「いえいえ。まだまだ時間あるので、お話ししてください」と言う。


「そうかい。ふふっ、それじゃあ、私が生まれたときの話からしようかね」


 高坂はひとかけらだけ残してあったバームクーヘンを口に入れ、紅茶を口に含ませて、そして再び語り出す。


「私は1942年生まれでね、星野君も知っとると思うけど、戦争の時代だった。30歳だった父の寛三さんは戦地に行ったまま帰ってこなかった。私がまだ3歳の頃だった。しばらくは母の鶴子と妹の二三乃と3人で暮らしていたんだけどねぇ、終戦から7年後、今度は鶴子が死んだんだよ。娘二人を残して。わしもまだ10歳そこらだったから、二三乃とともに孤児院に連れていかれてね、そこでしばらく、同じような境遇の子たちと暮らしていたんだよ」

「そうだったんですか」

「孤児院での暮らしは、大変だった。戦争前の生活がどんなだったか、ほとんど覚えてはないんだけどね、1枚だけ残った写真を見るとね、私も、母も、父も、とっても幸せそうに笑っていたの。願ったって、戦争前の時代に戻れたりするわけじゃないけど、やっぱり昔の生活に戻りたいってずっと思ってた。まだこのとき二三乃は生まれていなかったから、家族3人だったんだけどね、家族4人で幸せな状態のままいたかったとは思うのよ」


高坂は、深い皺がたくさん刻まれた手を揉み合い、小さく頷き、そして紅茶をひと口飲む。


「高坂さんのお気持ちを察するだけで、辛くなります」

「星野君は、本当に心がピュアなのね。良い意味で成長してなくて、嬉しくなるわ」

「ちょっと~、確かに、心はあの頃のまま成長してないですけど」

「これからも、ピュアな心を持ったままでいてね」

「はい。あっ、すいません。話逸らしちゃいましたね。続きのお話しも聞かせてください」

「うん。それで、学校を卒業してから孤児院を出てね、地元から少し離れた地で、町工場の事務員として働き始めたの。ただ、私が20歳のとき、地元に台風が上陸してのう、大変な被害を出したんだ。老人だろうが子供だろうが関係なく、戦争を生き残った建物もごっそり持って行かれた。私は遠い地から二三乃の無事を祈っておったが、ダメだった。近所に住む小さい子たちを助けている間に、倒れてきた家屋の下敷きになってしまったようでな、即死だったよ。両親を亡くしたときも相当悲しい思いをしていたんだが、やっぱり唯一の家族だった妹が亡くなるというのは、また各段と悲しくてね、やるせない気持ちでいっぱいだった」


 星野は、高坂の前で綺麗な一筋の涙を流す。これは、演技でもなんでもない。高坂の思いに心を痛め、それで自然と流れていった涙だ。星野は袖で涙を拭う。


「あら、泣いてるの?」

「すみません、つい・・・」

「泣いてくれるなんて、ふふ、やっぱり星野君は心が優しいのね」

「いえ。すみません、お話しを遮ってしまいましたね」

「いいのよ。ありがとうね」

「いえ」

「お話し、続けさせていただいてもいいかしら?」

「はい」


星野は再び服の袖で涙をぬぐう。高坂は、今すぐにでもハンカチを手渡してあげたいと思うほどだったが、今ハンカチを持ち合わせていないことと、使っていないものがどこにあるのか分からないことから、高坂はそのまま、星野のことを優しく見守りながら、ゆっくりと口を開く。


「それでね、家族を失った私は、変わらず町工場で働き続けたの。でもね、やっぱり悲しみのどん底から上に這い上がるまでには時間がかかってね。仕事でもミスを頻発してしまったの。社長や先輩たちからは怒られるし、まあ中には、ただ同情してあげてるだけっていう慰めをしてくれる方もいたけどね。でも、そういう言葉がけは心がこもってないから、プラスにはならなかった。這い上がることができなかった。でもね、そんなわしに長いロープを手渡してくれた人がいたの」

「もしかして」

「ふふ。そう、夫の勲男(いさお)さんよ」

「お優しい方だったんですね」


高坂はテーブルに手を付きながら、椅子から腰を上げ、そのまま仏壇へと近づいていく。その様子を穏やかな瞳で見続ける星野。仏壇の前に腰を下ろす高坂は、写真立てを撫で始める。それぞれの写真立てに入る勲男、健蔵、祐子の写真。笑顔というよりは、真剣な眼差しを向けている。


「勲男さんはね、周りの職員たちから悪く言われようが、わしのことをずっと傍で守ってくれた。その優しさに心を奪われたわしは、いつしか勲男さんとずっと一緒にいたいと思うようになってね。その思いが互いに結び付いたとき、結婚に至ったのよ。まあ時間はかかったんだけどね」

「あの、再び失礼なことを承知でお聞きしたいのですが」

「何かしら?」

「勲男さんのお隣に置かれている写真に写られているのは、もしかしてお子さん、ですか?」

「そうよ。小さな女の子が次女の裕子で、青年が長男の健蔵。祐子は2歳の時に病死して、健蔵は29歳のときに殉死してね。だから、唯一の家族が、長女の富子なの。さっきも言った通りで、本当に何も知らないのだけどね。会ってくれるかどうか分からないけれど、いつ死ぬか分からないからね、会える間に会って、しっかりと話をしたいという気持ちが強いの」

「高坂さんのお気持ち、強いほど分かります。僕たちに任せて下さい。必ず、富子さんと再会できるようにします」

「ありがとう」


 椅子から腰を上げた星野は、軽く頭を下げた状態で、由紀乃に伝える。「あの、帰る前に一度皆さんに手を合わせてもよろしいですか?」と。


「いいの? ありがとう」

「いえ。急に押しかけたのに、すみません」

「いいのよ。ちょっと待ってね」


星野は着ている服の埃を払う。高坂は散らかる荷物を軽くどかしていく。


「ごめんね、物が散乱したままで」

「大丈夫ですよ。失礼します」


3畳のみの和室の上に置かれている仏壇。その前に正座し、手を合わせ、目を閉じる星野。高坂は心で静かに呟く。「あなたたちの過去をお話ししたこと、どうか、お許しください」と。


 手を合わせ終えた星野は、正座したまま高坂のほうを向き、頭を下げる。


「ありがとう。きっと喜んでくれていると思うわ」

「いえ。こちらこそ、ありがとうございます」

「さぁ、そろそろお時間かしらね」

「そうですね」

「星野君、この後の予定はどうなるのかしら?」

「そうですね。まずはこちらで一度、高坂さんのお話しをまとめさせていただきます。もし、不明な点等があれば、お電話でお問い合わせいただければ、と思います」

「そうなのね。じゃあ、電話番号を伝えないとね」

「そうですね。あ、あと、すいません。一番大事なことを決めるのを忘れてました」

「何かしら」

「転生の日付です」

「あら、本当。ふふっ、もしかして星野君っておっちょこちょい?」

「あはは、そうですね。その一面はあるかもです」


照れ笑いを浮かべる星野。釣られた高坂は頬を緩める。


「それで、いつにする?」

「来月の満月の日、8日はいかがでしょうか?」

「いいわね。そうしましょう」

「ありがとうございます。あ、お電話番号教えていただいてもいいですか?」

「はいはい。ちょっと待ってね」


 高坂は高揚した気分のまま、チラシの裏に固定電話の番号を書いていく。星野はメモ帳とボールペンをポケットに入れ、服の形を整え直す。


「はい。これが番号ね」

「ありがとうございます。僕の会社の番号は、先ほどお渡しした名刺に書いてあるので」

「はいはい」

「富子さんの居場所が分かり次第、こちらからご連絡差し上げます」

「ありがとう。ごめんね」

「それと転生前日に、最終確認のお電話も差し上げますので」

「ありがとう。あ、確認したいのだけど、私のほうから連絡してもいいのかしら?」

「はい。もちろんです。いつでも呼んでください。駆け付けます」

「ふふっ、頼もしい。よろしくね」

「はい。任せて下さい。じゃあ、今日のところは失礼します」

「それじゃあね」

「Let’s meet again on a full moon night」


 高坂は星野が呟いた言葉がよく聞き取れなかった。それでも、訊き返すことなく、にこやかに笑って、星野を見送った。なぜなら、アゲイン、再び会うことができるのだから。


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