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代行サービス、運否天賦です  作者: 成城諄亮
第2生 小笠原悠月
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第9話

 朝の会が終わると、みんな一斉に1時間目の授業の準備に取り掛かる。小笠原は誰からも何も教えてもらえず、とりあえずきょろきょろと黒目を動かして、周りを観察して、それっぽい教科書を取り出していた。どこまで授業が進んでいるのかも、どんな内容を学んでいるのかも、全く知らない状態。ここでも勝手に、迷っていたり困っていたりしたら、誰か(特に海都とか毅彦とか)が声をかけてきてくれると思っていた。それなのに、2人とも別の男子と絡んでいて、小笠原のことなど見向きもしなかった。左隣に座る女子は読書に集中しているし、右隣に座る男子は熱心に勉強している。結局小笠原は一切話しかけることはなく、1時間目の開始を告げるチャイムが鳴り響いた。


担任がやってきて、日直が声をかけて・・・。そこから、授業の内容に関する記憶は薄れていくばかり。授業内容に関する知識がゼロ過ぎて、全くと言っていいほど授業についていけなかったから。担任は、授業が始まってすぐの頃は、小笠原のことを気にかけて話しかけていたが、周りが積極的に質問するせいで、終盤になると他の児童ばかりに話しかけていた。小笠原は、やっぱり自分は捨てられたんだと思い、悲しくなっていた。


 2時間目は国語の授業だった。授業の最初は漢字ドリルをやる流れになっているらしく、周りの状況に合わせながら、読書していて見慣れた漢字を鉛筆で書いた。そこまでは良かった。ただ、そのあとの授業に関しては、1時間目の社会と同じ感じで、どこをどう学べばいいのか分からない状態で、ただ担任の言う言葉を耳に入れるだけの授業。誰も助けてくれない。小笠原は、このまま自分は誰にも構われずに今日という1日を過ごすのだろうと思っていた。


何となく想像はできていた。だって、10カ月間も学校に行っていなかったのだから。自分自身が、友人を始めクラスメイトたちや先生に、どんなテンションで話しかけていたかを忘れているように、きっと相手も、先生も、どんな感じで話しかけていいか迷っているのだろうと思う。だから、仕方ない。今日は、仕方ない。誰にも知られないことだけど、今日から、小笠原悠月の第2の人生を歩み始めたのだから。だから、だから・・・。


「悠月、大丈夫か?」


男児の声でハッとした小笠原。顔を上げると、新品同然の教科書が濡れているのに気づく。どうやら知らない間に涙を溢していたようで、気付かぬ間に授業も終わっていて、担任もいなければ、クラスメイトの大半が教室から出ている状態だった。


誰が声をかけてきたのか分からない小笠原は、とりあえず頭を下げて、「ごめんなさい」と言う。すると、声をかけた男児が、再び口を開く。


「なんで謝るの? 悠月は悪くないだろ」

「でも・・・」

「ごめん。悪いのは俺たちのほうだよ」


小笠原はゆっくりと顔を上げる。涙で滲む視界。ただ、その中でも瞳がハッキリと捉えた。少しだけ大人な顔付きになった海都と毅彦の姿を。


「海都、毅彦」

「久しぶりだな」

「うん。久しぶり」

「よかった、戻って来てくれて」

「ごめん。心配かけたよね」

「心配しない奴がいるか?」

「そうだよ、悠月。でも、本当に良かった。退院おめでとう」

「ありがとう」

「ごめんな、見舞い行ってやれなくて」

「ううん。忙しかったんでしょ? 野球の試合とかで」

「まあな」


 小笠原はつくづく思った。見舞いに来られたら来られたで、多分困っていたであろうと。そんな小笠原を見つめる毅彦は頭を掻き、戸惑いを見せる。


「ねぇ、悠月。クラブチーム戻って来られるの?」

「今はまだ難しいけど、徐々に」

「そっか。なら良かった」

「2人はまだ野球続けてる?」

「俺はやってるよ。でも、毅ちゃんは辞めてる」

「え、毅ちゃん辞めたの?」

「俺、中学受験することになったから」

「そうなんだ」


誰よりも野球少年だった毅彦が野球を辞めた。この事実に驚きが隠せない小笠原だったが、海都がさらっと言うところが、多分辞めて日付が経っているのだろうと思い、これ以上言及することはしなかった。


「まぁ、10カ月の間の大きな変化と言えばこれぐらいかな」

「他にもあるけどね」

「今はいいだろ」

「じゃあさ、お昼休み、話の続きしようよ。俺、悠月の入院生活についての話訊きたいし」

「うん。いいよ。つまらない話しかできないけど」

「それでもいいよ。俺たちしか知らない10カ月間と、悠月しか知らない10カ月間をつなげよう」

「それいいな。俺も混ぜてくれよな」

「もちろん。あとさ、2人聞いてもらいたい話があるんだ。しかも、1つだけ持ってる面白い話」

「え、めっちゃ気になる!」

「でも、今は言わない。もうちょっと先に話したい」

「えー、ずりぃ!」

「まあまあ、待ってようぜ」


 中休みの終了を告げるチャイムが虚しく鳴り始めた。急いで教室に戻ってくるクラスメイトたち。楽しそうにしているクラスメイトを見ながら、自然と笑みを浮かべる小笠原。彼の気持ちは曇天から快晴に近い状態までに清々しくなっていた。やっぱり、海都と毅彦は友達のままでいてくれた。捨てられていなかった。そのことが知れただけで、だいぶ心は軽くなるもんだと改めて感じていた。


昼休み。給食を食べている小笠原に海都と毅彦は、10カ月前と変わらないテンションで話を聞いた。その中で入院生活の話にはなったが、小笠原は転生したという話はこの時はしなかった。まだ、星野から何の連絡も来ていないから、という理由で。ちゃんと転生ができたという連絡を受けてから、それから海都と毅彦に話そうと思っている。きっと2人なら、このちょっと面白おかしい話を信じてくれるだろうから。


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