表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
代行サービス、運否天賦です  作者: 成城諄亮
第2生 小笠原悠月
18/69

第7話

 鳥のさえずりが聞こえる中、怒号のごとく響いた母の声。目をぎゅっとさせたあと、ゆっくりと目を開いた小笠原。ぼやけた視界に広がる景色は病室ではなく、自分の部屋。目を擦りながら小笠原は思う。何かの間違いじゃないのか、と。しかし、病室には持ち込んだことのないランドセルが置かれてあったり、机の上の散らかり具合を見たりして、ここが自分の部屋であることに確証を得る。


そのまま視線を自分の身体に向ける。胸に何も貼られていないこと、そして横に機械も置かれていないことを確認し、ホッとしたのも束の間、治療をしたときの痕跡を見つけた小笠原。身体はそのままか、と少しがっかりしていた。


 ベッドから降り、スマホを探しているとき、部屋のドアが勢いよく開けられた。姿を現したのは、エプロン姿の母親。鬼の形相で小笠原のことを見つめる。


「お母さん・・・」

「何やってるのよ、早く準備しないと学校に遅刻するわよ」

「ごめん。今準備す――」

「送ってくから、早くしなさいよ」

「え」

「昨日まで入院してたんだし、荷物も多いから」


 ここで、自分はちゃんと転生できたのだと知った小笠原。ただ、母親からの確証も欲しくなり、変なテンションで、「オレの病気ってさ、治ったんだっけ?」と尋ねる。すると「そう言われたでしょ。だから退院したんでしょ」と軽く馬鹿にするような言い方をした。


「そ……、だよね」

「とにかく、早く準備しなさいよ。ご飯も準備してるんだから」

「はーい」


母親がドアを閉めて部屋から出て行ったことを確認した小笠原は、部屋の真ん中に立ち、スッと右腕を突き上げ、「よっしゃ!」と力いっぱい叫ぶ。


 ランドセルを背負った小笠原は、軽い足取りで階段を下りる。リビングにいたのは、既に朝食を済まし、制服のネクタイを結ぶ兄と、荷物の確認をしている姉、そして、キッチンで作業をしている母。父はもう仕事に行ってしまったのだろう。食器も片付けられていた。


「兄ちゃん、姉ちゃん、おはよう」

「うん」

「おはよう」


テレビからは、訊き馴染みのあるアナウンサーの声が聞こえてきていた。その番組は、病室でいつも見ていた情報番組。時刻からすれば、もうすぐ唯一楽しみにしている占いが放送される。そんなことを知らない母は、呑気に突っ立っている小笠原に「悠月、早く食べな」と言う。それに対し、「うん」と口に出しただけで動かなかった小笠原。動いた一太は、わざとらしくぶつかる。


「悠月、ちょっと邪魔」

「あ、ごめん」


占いの結果を伝えているアナウンサー。「今日の運勢第一位は、ふたご座のあなたです!」快活な声だった。拳を突き上げ、喜びを露にした小笠原。その姿を見た母は軽く鼻で笑う。そんな母親のことを、小笠原は特に気にしなかった。とにかく、第二の人生の初日が1位でスタートできることに意味があると思っていたから。そして、唐突に、兄と姉に対して今までの感謝を伝えたくなり、口を開く。


「兄ちゃん」

「何」

「姉ちゃん」

「どうしたの?」

「今まで心配とか迷惑とかかけてごめん。今日からオレ、第二の人生を生きるから」

「は? 今さら何言ってんの? っていうか、もうこれ以上余計な心配かけさせないでよね。こっちの寿命が縮まるから」


文句を言うような口調で言ってきた姉。ただ、その口元は緩んだままで、言葉と表情が一致しておらず、小笠原も思わず笑ってしまう。


「俺、もう行く」そう母に告げた兄。すると母は「ちょっと待って」と言い、鞄の中から財布を取り出す。チャックを開け、中から五千円札を取り、そして一太に手渡す。


「3人とも、夕ご飯これで適当に食べて」

「え~、また?」

「比奈、文句言わないで」

「文句じゃないよ。私はお母さんの手料理が食べれないのが嫌なだけ」

「ふふっ、そっか。じゃあ、今度美味しい料理作ってあげるから。だから今日はごめんね」

「じゃあ、俺は大盛りの唐揚げで!」

「えっ、お兄ちゃんずるい! お母さん、私はオムライスがいい!」

「はいはい。早く学校行きなさいよ」

「はあい」


 兄姉母の会話の流れに乗ることができずに、ひとり寂しく椅子に腰かける。羨ましい、オレも入れて。この言葉さえも言えない。この先、こういったことが続くのだろうと思うと、正直嫌だと思っていた小笠原。


お札を受け取り、それをリュックに入れ込んだ兄は、「じゃあ、行ってくる」と言う。

「はいはい」

「ちょっと、お兄ちゃん待って! 靴下履くから」

「えー、早くしろよ」


俯いたままの小笠原に、背後から近づく兄。そのまま小笠原の髪の毛を触り始める。


「えっ、何?」

「元気になってよかったな」

「うん……、あ、ありがとう」


小笠原が微笑む。すると兄は照れ笑いを浮かべる。母は空になった食器を手に、キッチンへ歩いて行く。


「お待たせ! 行こう!」

「うん」

「行ってらっしゃい」

「行ってきます」


 7時ちょっと前に出た兄と姉。そこから遅れること17分、小笠原は母と一緒に家を出た。駐車場に停まっている軽自動車の鍵を開ける母。自分の鞄を後部座席に置く。


「早く乗って」

「うん」


親に車で学校に送ってもらうことが初めてだった小笠原。向かう車内、変に胸がドキドキとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ