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代行サービス、運否天賦です  作者: 成城諄亮
第2生 小笠原悠月
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第6話

 星野と小笠原が最初に会った4月26日以降、小笠原は星野とメールでやり取りを交わしていた。次に会うのは転生のときだ、と言われていたが、星野が小笠原に訊きたいことがあるから、という理由で、転生前にもう1回会うことになった。2回目の面会日は、小笠原には特に関係がない連休が終わる前の、5月5日。この日は、またまた小笠原にとって絶好のチャンスだった。なぜなら、楓真の一時帰宅が許されている期間中であるため。どうやら、楓真が帰りたいと願ったのではなく、死ぬ前に家に連れて帰ってあげようという親の願いから実現したようだったようだが、それでも、この病院にいないということだけで、だいぶ心持が違うように思えていた小笠原。


 そして当日。自分の病室で、小笠原は星野とみっちり話をした。そして、話の最後に未成年だが親の許可なしでいける契約書にサインをして、転生の日が来るのを、誰にも言いふらさず、ただただ静かに、でも内心ウキウキの状態で待つことになった小笠原。


「それでは、Let’s meet again on a full moon night」

「え、い、今なんて?」

「へへっ、内緒」

「ちょっと~」

「また会おう、満月の夜に」


軽く手を振って病室を出て行った星野。小笠原は全力で手を振って見送った。


 特に病態が悪化することなく、迎えた5月16日。待ち侘びていたこの日がやって来たということもあり、小笠原は朝から興奮冷めやらぬ状態だった。寝たいと思っても、ワクワクから夜中何度も目が覚め、今も胸は常にドキドキと激しく鼓動を響かせている。時刻は午前8時を過ぎたところだが、まだまだドキドキは続きそうだ、と思って笑みが零れてしまう。


だが、今日を迎えたということは、つまり、この小児科病棟に入院している連中と過ごす最後の日ということ。そのため、小笠原は今日を過ごすうえで決めたことがある。それは、楓真とだけ、最高の思い出を作っておくこと。楓真のことは可愛い弟という感じがして好きだが、それ以上に、一番に慕ってくれていたのに、楓真の気持ちをよく知りもせずに、平気な顔して裏切ったことに、やはり拭いきれない心残りをもっていたから。時間が許す限り、夜まで楓真と一緒に、元気に過ごせればそれだけでいい。そう思っていた。


 自分の病室を出て、すぐ隣にある楓真の病室の前に立つ小笠原。独特なリズムでノックする。


小笠原「開けるよ」

楓真「いいよー!」


楓真の元気な声が聞こえたことを合図に、小笠原はいつものようにドアを開ける。そこには、キャラクターがデザインされたTシャツを着て、ベッドの近くに立つ楓真の姿があった。いつもより少し顔色が悪いように思えた小笠原だったが、何も触れず、いつものように手を挙げて、「楓真、おはよう」と挨拶をする。


「ゆづ! おはよ!」

「今日も元気そうだね」

「元気だよ! ねえゆづ、今日は何して遊ぶ?」

「楓真がオレとやりたいことなら、何でもいいよ」

「じゃあ、神経衰弱!」

「また~? ハハハ、楓真、最近お気に入りだろ、神経衰弱」

「だって、簡単だもん!」

「そっか。よーし、じゃあ、他の子も誘っておいで」

「わかった!」


 小笠原は楓真の病室を出て、すぐのところにある、いわば患者のたまり場となっている休憩スペースに足を運ぶ。既に3人の女子が、中央付近で、着せ替え人形を持って遊んでいた。小笠原は軽く挨拶をして、女子たちから離れた、隅に座り、神経衰弱がすぐにできるよう、準備を進めていた。


それからしばらくして、「ゆづ! 呼んできたよ!」と楓真の声が聞こえてきた。顔を上げると、楓真の他に、藤岡と戸田という、結局はいつものメンバーが立っていた。小笠原は全員と挨拶を交わし、代わり映えしない集団の完成させる。


みんな、病気を抱えている箇所も違えば、入院している期間も違う。小笠原は、藤岡や戸田のことを、自分が病気になっていなかったら出会うことのなかった人たちだけど、正直同じクラスにいたとしても、仲良くなるかどうかも不明な人と位置付けている。それに、ただ特にやることがなく、遊ぶ相手もいないから、一緒に居るだけ、という感じでしかない集まりに過ぎないとも思っている。


 小笠原たちはずっと、飽きることなく神経衰弱だけを、計5回も繰り返した。いつもなら、一番年上である小笠原が勝つ率が高いけれど、今日はそれぞれに勝利を譲った小笠原。みんなは勝てたことに対して純粋に喜びを見せた。だから、これでいいんだと思えた。小笠原はただ最後にみんなの喜ぶ顔が見たかっただけだから、と言い聞かせ、特に思い残すことなく転生できるはずだと信じた。この世に生まれてから3637日。深夜0時から”新生 小笠原悠月”として、第2の人生を歩み始めることに、緊張と不安と喜びを感じていた小笠原。しかし、このあと、思わぬ展開を迎える。


その瞬間は、5回目の神経衰弱を終え、トランプを数えている間に訪れた。負けたことを悔しがる楓真が、突然、苦しみだしたのだ。藤岡は楓真を抱え、戸田は担当医を呼びに走る。しかし、小笠原は何もできなくて、おろおろしたまま、訳も分からず涙を流していた。


そして、小笠原は声すらもかけられないまま、楓真はお昼ご飯を食べる前に、死んでしまった。


 澄んだ空に浮かぶ月。「大きなウサギがお餅をついている!」、そう楓真が言っていたのを唐突に思い出した小笠原。それに、「将来、お月様に住むウサギさんと一緒にお餅が食べたい」と笑顔で言っていたことも。その当時の小笠原は楓真に対して尖った態度を見せていたために、楓真を傷つける発言をしてしまったが、今考えれば、楓真は自分の命がもう長くないことに気付いて、それで言ったのだろうと思えて仕方ない。


きっと今頃、楓真は月に住むウサギたちと楽しくお餅でも食べているんだろう。ごめんな、楓真。いつか、そっちに行くから。もうしばらく、待っていてくれ。


 消灯時間を過ぎると、一気に静かになる病棟内。普段なら寝る時間だが、今日は特別。小笠原はイヤホンを耳に装着して、わざと大音量で音楽を流し、眠らないようにしていた。眠ってしまうことなど、許されないのだから、となぜか変な思い違いをしていたから。


しばらく呑気に音楽を聴いていたが、ふとスマホを見たとき、1回目の巡回に来る時間だと気付いた小笠原。慌ててイヤホンを外し、枕の下に入れる。そして目を閉じ、寝たふりをする。完璧だ。そう思って一息つこうとした刹那、静かにドアを開けて、中に入ってきた看護師。特に怪しいと思う点がなかったのだろう。しばらくして、出て行った。それを確認して、小笠原はゆっくりと瞼を開ける。


「もう大丈夫だよ」

「はーい。出るからね。よいしょ」

「出られる?」

「うん。身長あるけど、細いから」


笑いながらベッドの下から出てきた星野。立ち上がるなり、伸びをして、囁く。


「あー、流石に身体バッキバキだ」

「それで転生できるの? 大丈夫?」

「できるよ。心配しなくて大丈夫」


 消灯時間ギリギリに、看護師たちの目を掻い潜ってやって来て、1度目の巡回が終わる時間まで、ずっと同じ姿勢でベッドの下に潜り込んで待っていた星野。自分なら絶対に待てない時間を、ずっと待ち続けた星野さんの忍耐力のすごさに、小笠原は驚きが隠せなかった。

   

「お待たせ」

「全然。こんなの待ったうちに入らないから」


 薄明りの部屋に置かれた椅子に腰かける星野。小笠原の表情を見ながら、しっかりと忠告内容を語りかけていく。


「悠月、これが最後の忠告だから、よく聞いて」

「うん」


話が終わり、星野がスマホで時間を確認する。その画面を覗き込む小笠原。スマホの画面には、23時59分と表示されてあった。星野はスマホをポケットに入れながら、笑顔を見せる。


「さぁ、時間だ。準備はいい?」

「うん」

「よし、それじゃあ、僕の言う通りに動いて」

「うん」

「まずは目を閉じる」

「閉じた」

「次は、僕と手を繋いで」

「繋いだよ」

「うん。じゃあ、僕がせーのって言ったら、今よりも力強く手を握るんだ」

「分かった」

「準備はいい? いくよ」

「うん!」


軽く咳払いをして、自分も瞼を閉じる星野。深呼吸をして、言葉を告げる。


「せーのっ」

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