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代行サービス、運否天賦です  作者: 成城諄亮
第2生 小笠原悠月
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第5話

 小笠原は思っていた。緊張で口から飛び出しそうな勢いで拍動する心臓が、飛び出してしまえばいいのに、と。しかし、そんなことはあり得ないし、というよりも、飛び出したら生きられないから、転生もできないじゃないか、とも。


小笠原の口元は少し緩んでいる。椅子に腰かけた星野は、彼はきっと何か楽しいことを想像しているのだろうと思いつつ、口を開いた。


「じゃあ、早速質問していこうと思うけど、準備はいいかな?」

「うん、いいよ」


星野は小笠原の眼をみて頷いてから、パソコンを立ち上げ、手短に文字を入力する。


「はじめに。どうして、運否天賦のサイトにメッセージをくれたのか、もう一度話してもらってもいいかな?」

「はい。えっと、オレ、いま病気のせいで、学校に全然行けてなくて。オレ、こう見えても比較的友達も多いほうだし、先生とも仲よかったんだ。それで、転生して元気になったら、また学校行けるかなって。友達と遊んだり、野球したりできるかなって」

「なるほどね。学校が好きなんだね」

「うん。勉強は苦手だけど。みんな面白くて、いい人ばっかりだから」

「そっか。いいお友達と先生に囲まれてるんだね」


 小笠原は自信満々に大きく頷いたが、少し不安でもあった。今言ったことは自分が思っているだけであって、もしかしたら、友達と言っている中には、実際に自分のことを友達だと思っていない人も多いかもしれないとも考えている。それには色々と理由があって・・・。


「あと、2回目に送ってくれたメッセージに書いてたけど、野球チームに所属してるんだってね?」

「はい。まぁ、チームにオレが居てもいなくても変わらないけど、ただ、オレはプロ野球選手になりたいから、それで所属してるだけだけど、それがどうかしたの?」

「そっか。小笠原君はプロ野球選手になりたいのか。なるほどね」


小笠原の眼を見て相槌を打ちながらも、早いスピードでタイピングする星野。一応ブラインドタッチができる小笠原でも、どの単語を打ち込んでいるのかまでは把握できないほどだった。


「タイピング、早すぎ」

「そうかな? これ遅いほうだよ」

「そうなの?」

「僕の代わりにメッセージ打ち込んでくれた副社長なんて、もう俊敏過ぎて、誰も勝てないぐらい」

「すごっ」

「でも、最初からできる人なんていないから。みんな努力してるんだよ」

「そっか」


 確かに、最初から何でもできる天才なんてそう多く存在しているわけではない。もしかしたら、これは星野なりの応援だったのかもしれないと、そう小笠原は考える。そんな小笠原に星野は目を細めて微笑みかける。


「ほかにも、転生後にしてみたいことはあるかな? 」


年下の小笠原に対して低姿勢を続けつつも、ひとつひとつの話に耳を傾け、頷く星野。砕けた感じの語尾で色々と質問しているからか、表情が強張り、どういう感じで話をすればいいのか迷っていた小笠原だったが、星野が醸し出す穏やかな雰囲気に自然と飲み込まれていた。そして、星野もまた、小笠原のことをナチュラルに悠月と呼ぶようにしていた。これは、少しでも距離を縮めるための作戦のひとつであった。


「次の質問は、悠月のご家族について教えて欲しいんだけど、いい?」

「うん。いいよ。えっとね、オレの家族は――」


小笠原の家族構成を聞いた星野は、無意識のうちに唇をぎゅっと噛んでいた。


「そうなんだ。でも、ご家族は、と言うよりも、医療関係者さん以外は、ここには暫く来ていないみたいだね」

「どうして分かったの?」

「ご家族の話をしているとき、どこか寂しそうな目をしてたからだよ。悠月は家族に会いたいって言ってるけど、ご両親やお兄さん、お姉さんが会いに来てくれないのかなって思ってさ」

「うっそ、すげぇ」

「それに、悠月が学校の話してるときは楽しそうだったのに、ご家族の話となると急につまらなそうに言うから、お友達とか先生とかも来てないんだろうなって」

「探偵みたい」

「僕は探偵じゃないよ。ただの転生好きの社長さ」

「何それ、おもろ」


小笠原は知らず知らずのうちに、星野に心を許し、そして自然な笑顔を浮かべるぐらいになっていた。あれだけ緊張していたのがまるで嘘みたいに。


「本当は、会いに来て欲しいんでしょ?」

「だって、オレ、小3の2学期から今日まで、ずっと学校行ってないから、会えてないんだもん。連絡とってるけど、みんな返信遅いし。まぁだから多分、向こうはオレのこと何とも思ってないんだろうなって」

「そっか。そうだよね、難しいよね、相手が自分のことどう思っているかなんて」


 小笠原の話の途中で、時折暗い表情を見せる星野。このときの星野は、自分の家族について考えているのではなく、小笠原の気持ちを考えているだけだった。


「まだ質問ある?」

「あるよ。たくさん」

「じゃあ次の質問もしてよ」

「いいよ」


 それからも、制限時間いっぱいまで、小笠原は星野に投げかけられる質問に、誠心誠意、嘘偽りなく答えた。小笠原の話にちゃんと耳を傾け、頷きながらも、スピーディーに文字を打ち込んでいく星野。かっこよすぎて、男として惚れそうになっていた小笠原。そんな星野が最後に尋ねた質問は、これだった。


「悠月は、転生するの怖くない?」


そう聞かれた瞬間、小笠原は、「え、それ今ごろ聞く?」と、そう呟いてしまっていた。すると星野はニカッと白い歯を見せながら笑って、「いや、訊き忘れてたから」と、可愛く惚ける。


「オレ、転生したい。早く元気になりたい」

「そっか。分かった。じゃあ、今日は時間だから、あとはサイトのメッセージ機能でやり取りしよう。僕もまだ悠月に訊いておきたいことあるし、悠月も転生に関する質問とか、訊き足りてないことあるだろうからね」

「え、あのさ、今ここで訊きたいことあるんだけど、駄目?」

「1つだけなら、いいよ」

「星野さんは、オレに転生したら、死んじゃうの?」


小笠原の親権な質問に対し、星野は吹き出すように笑う。まるで猫のように。目をクシャっとさせて。


「ははは、心配してくれてるのか?」

「べ、別にそんなんじゃないから!」

「大丈夫。確かに僕は君の病状をそのまま受け継ぐ形になるけど、死にはしないから安心してくれ。それに、転生が完了していることは僕が出す手紙でしか証明できないから、詳しくは突っ込まないでくれよ」

「その辺の仕組みはよく分からないから、そのまま放っとく。でも、死なないなら良かった」

「おう。じゃあ、残りはサイトの――」

「ごめん、最後にこれだけ、ほんと最後だから!」

「特別。何が聞きたい?」

「あのさ、転生がお仕事なんでしょ? お金ってどれぐらい払えばいいの?」


今度は腹を抱えて、声を押し殺しながら笑い始めた星野。小笠原は自分の質問が馬鹿げていたのかと思い、恥ずかしくなっていく。そして、耳が真っ赤に染まっていく。


「ちょっと、笑わないでよ」

「ごめんごめん。転生が完了したって手紙と振込先の詳細を書いた紙を一緒に送るから、自分で通帳を持って、お金にも余裕が出てきてから支払ってくれたら、それでいい」

「え、だいぶ先になるけど、いいの?」

「じゃあ、転生したこと、親御さんに話して、先にお金払ってもらう?」

「それは・・・、できない」

「そうだろ? だから、今はお金のことは心配しなくていいから。それに、仕事の依頼をくれたのは、悠月が初めてなんだ。だから、特別サービスでお安くしておくから。ふふ」

「なにそれ、めっちゃ怪しい」

「怪しくないよ。それに詐欺じゃないから。僕が欲しいのはお金でも仕事でもない。僕が転生した人たちが幸せに暮らせる状況だけだからさ」

「カッコいい」

「ははは。って、こんな時間。行かなきゃ」

「いっぱい質問するから!」

「うん。待ってる」


 星野は背負っていた鞄にパソコンを入れて、椅子から軽々と腰を上げる。小笠原はまた、星野の存在の大きさに、目を奪われた小笠原。それは、高身長なのに、顔のサイズが小さくて、しかも色白で、まるで目の前に大きなもやしが立っているように思えたからだった。


「今日は来てくれてありがと。楽しかった」

「楽しかったなら何より。急に押しかけてごめんな」

「全然。また来てよ」

「もちろん。次会うとしたら、転生のときだろうけど」

「いいよ。それまでオレ、治療頑張るし、楽しみに待ってるから」

「うん。じゃあ、またね悠月」

「バイバーイ!」


 星野は小笠原に軽く手を振って、最後は会釈をして病室を出て行った。急に静かになる病室内。小笠原は寂しさを紛らわすために、早速スマホの電源を入れて、そしてあのサイトを開いた。そこには、もうすでに、小笠原宛にメッセージが送られてきていた。アイコンは、満月が浮かぶ夜空を切り取ったものだった。

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