第4話
問い合わせへの返事が来たのは、送ってからわずか8分後のことだった。その内容はこうだった。
「お問い合わせありがとうございます。ご質問の内容も含めて、星野が直接、小笠原様にお会いして話を聞きたいと言っているのですが、本日そちらにお邪魔してもよろしいでしょうか。お返事お待ちしております。 代筆 副社長」
このメールに対して、小笠原はすぐに返信のメールを送る。もう、文章の綺麗さなんて関係ない。会いに来てくれるのなら、それだけで嬉しい。その感情のままに、文字を打っては消し手を繰り返す。
「早速の返信、ありがとうございます。ぜひ会いに来てください。病院の住所と面会の詳細について送ります。病院の住所は――」
返信への返信が届いたのは、1回目よりも早く3分後。そこには、ひと言だけ添えられてあった。「ぜひ、お会いさせてください」と。この言葉を見た瞬間に、小笠原はベッドの上で軽く飛び跳ねた。転生してもらえれば、思うような人生が描ける。もしかしたら、プロ野球選手になるという夢を諦めなくて済むかもしれないとも思った。楓真には悪いが、これは運命なんだから仕方ないんだ。
お昼まではいつも通りの表情で、いつもの仲間たちとカードゲームを楽しんだ。塩崎は、もちろん小笠原が午後から星野っていう人会うことを知らないでいる。そして、多分楓真がこの出来事を知ることはないだろうと思っている。だって、楓真は午後から3時間程度、検査室に行く予定になっているし、その後も色々と予定があるらしいから。そして、小笠原はこのまま面会した事実を隠し続けるつもりでいる。看護師とか、先生とかにもめっちゃ頼み込まないが。『悪いことをしているのは分かっていて、でも、楓真が傷つく姿は見たくないから、こうするしかないんだ。これこそが、オレの素の顔なんだ』そう言い聞かせ続けた小笠原。このチャンス、絶対に逃さない。
お昼を食べてから30分。小笠原は、星野がいつ来ても大丈夫なように、椅子の埃を払ったり、掛布団の皺を直したりした。そして、ベッドの上で大人しく、3週目の冒険ファンタジーの小説を読みながら時間を潰していた。小笠原の気分は、遠足に行く前日みたいな感じ。ちょっと特別な感じが、堪らない。
母親からは、知らない人を病室に入れちゃだめだよ、と言われている。入院した頃は小学3年生だったから、低学年だから仕方ないのかと思っていた。しかし、4年生になった今でも、メールで口煩く言われていて、その時は適当に返事しているが、やっぱり反抗してみた気持ちが強くて、だから母に、家族に無断で星野という見ず知らずの人と会うのだ。もうここまできたら、何としてでも転生してやるという気持ちに駆り立てられていた。
小説を読んで待っている間、すぐ隣の部屋から、楓真と楓真の母親、そして看護師が話す声が聞こえてきていた。聞く感じでは、行きたくないなどと泣いているわけではなく、おもちゃを買ってもらう約束をしているようだった。その楽しそうな会話を耳にすると、いつもなら口元が緩むが、今日は違っていた。罪悪感からか、胸が締め付けられる感覚がして、小笠原は思わず胸に手を当てて深呼吸をする。
「ごめんな、楓真」
小説を読み終え、一息ついていると、病室のドアがノックされる音が聞こえた。間違いなく、小笠原の病室のドアをノックしていた。小笠原は慌てて「はい」と言うと、ドアが開く前に、こう名乗ってきた。
「代行サービス運否天賦から参りました、星野です」
そう聞いた瞬間、胸が高鳴って、少し痛んだ気もしたが、これは病気の痛みではなく、嬉しいという気持ちからくる痛みなのだと何度も言い聞かせ、胸に手を当てて落ち着かせながら「どうぞ」と、ちょっとだけカッコつけて呟く。
ドアがゆっくりと開けられる。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
小笠原の口から出る言葉は、少し震えていた。、手も足も震えていないのに。
「初めまして。代行サービス運否天賦の代表、星野昇多です」
姿勢を正しつつも、柔らかな表情で頭を下げた星野。グレーのチェック柄のスーツに、背中には、お洒落な青色の鞄を背負っていて、気品が全身から満ち溢れていた。
小笠原はそれっぽく「初めまして」と挨拶をする。その挨拶に、星野は目を細める。
「君が、僕らに依頼をくれた小笠原悠月くんだね?」
「そう、だけど」
「緊張するよね、初対面だから」
「べ、べつに、オレ、緊張とか、し、してないし!」
「ははっ、大丈夫だよ。徐々にでいいから。あと、ちゃんと面会の許可は下りているから、安心して。まぁ1時間だけって制限されちゃったけどね」
「あの、何て言ってここに来た?」
「ん? ちゃんと説明したよ。代行サービス運否天賦を運営している、代表の星野昇多です、って」
「何か、受付の人に聞かれたり、言われたりしなかった?」
「案外するっと許可もらえたよ」
ニコニコと笑いかける星野につられて、小笠原も自然と笑顔になっていく。物腰がとても柔らかそうな印象を抱いた小笠原。あとは、イケメンで高身長な星野であるために、まるで芸能人と会っているかのような錯覚に陥ってしまうほどだった。
「なんかね、受付の偉い人が僕のこと知っててくれてさ。会社の方針も理解してもらえたみたいだから、1時間だけなら許可しますって」
「うわっ、まじか。あの人が面会の許可出すなんて。え、星野さんってそんな有名人なの?」
「僕が返ったあとにネットで検索してみな。星野昇多って入れたらわかるから」
少し照れた表情を浮かべる星野。もう、小笠原はこの瞬間から星野に釘付けだった。そんな中で、小笠原は食い気味に、星野に尋ねる。「ねぇ、いつ転生してくれる?」と。すると星野はフフフと口元を緩ませながら笑って、「準備が整えば、ね」と言う。ミステリアスな感じが、小笠原の興味と好奇心を掻き立てた。