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代行サービス、運否天賦です  作者: 成城諄亮
第1生 星野昇多
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第9話

 軒先で風に揺れる赤提灯が、仕上がった大人たちを誘う居酒屋の前を歩く2人。田辺は、星野が15歳のときに気付いたという能力についての興味が尽きず、呼吸するように、次々に質問を投げかけていた。


「初めての転生先は、裏返ってた蝉。すっげぇ短い命だった」

「なーんで蝉と通じ合ってんだよ」

「分からないよ。でも、感じちゃったんだよね、テレパシー的な?」

「それを言うなら、シンパシーじゃねぇの?」

「あ、それだ。ッアハハハ」

「よく笑ってられるよ」


あっけらかんとした様子で言う星野。田辺はまじめな性分から、間違いを突っ込まずにはいられなかった。


「あのさ、さっきから虫だの動物だのに転生した話ばっかしてるけどさ、人間に転生したことはないわけ?」

「あるよ。能力を唯一信じてくれた、僕のおばあちゃんに。一度だけね」

「じゃあ、もしかして死――」

「え、死んでないよ?」


「え、は? 死んでない?」田辺は口を丸々と開けて、目をぱちぱちとさせる。


「うん。90歳になった今でもピンピンしてる」

「あ、へぇー、そーなんだ、うん、あ、へえ」


明らかに動揺を隠しきれていない田辺。そんな田辺のことを、星野は純粋なままに笑い、そしてこう呟く。「田辺、真剣な話、してもいい?」


「何だよ、急に」

「僕の能力は、人の役に立つと思ってるんだ」


田辺は問う、どういうことだ、と。すると星野は、饒舌な語りを繰り広げ、言葉を紡いでいく。そして最後に、格好よくクールな口調で言う。


「僕、何度死んでも、その度に星野昇多として戻って来られるからさ」


と。そして瞬間、表情をふわぁっとさせて、アハハと呑気に笑う星野。田辺は頭を抱えることしかできなかった。


「でもさ、結構人の役に立つと思わない? まぁ需要は少ないかもしれないけど」

「星野はさ、例えば、どういう場面で役立つと思ってる?」

「そうだなぁ、うーん、うまく言葉にはできないかもだけど、なんで自分がこんな病気になって、こんな辛い思いをしなきゃいけないの? って思ってる子の元に僕が行って、その子に転生すれば、その子供は自分が願いう幸せな生活が送れるんじゃないかなって。まあ僕は、場合によっては死ぬかもしれないけど、さっきも言った通りで、何度でも生き返ることができるからさ。だから、役にたつのかなって」

「なるほどな」

「うん・・・、まあ、そういう感じ」

「っていうことは、そういう能力を活かして、その、人助けも含めた企業を立ち上げる・・・ってこと?」

「つまりは、そういうことっ!」


天真爛漫な様子で答える星野。そのまま横を歩く田辺の顔を覗き込む。


「なるほどな」

「そういうことだから、ねぇ田辺、僕と一緒に起業しない?」


 翌日から、帰宅後、2人で会社設立に向けての話し合いを始めた。夢はでっかく、をモットーに、今の社会では到底実現が難しいであろうことにも、ノンアルビール片手(田辺は頑なにノンアルチューハイを片手)に、熱く語り合った。絶対に単位を落とせないという中で、経済学部で学ぶ星野が会社全体の問題について考えを練り、情報学部で学ぶ田辺がシステム関連の問題について頭を捻り続けた。そして、一切の妥協を許さない2人は、時にはいくつもの意見を真っ向から対立させ、理想に近い会社を起業させるべく、コツコツと勉強に励む毎日を送る。


ちょうど2人は大学3年ということもあり、ちらほらと周りの学生らが就活生として動きを強め始めていたが、星野と田辺は、全くそういう動きに飲み込まれず、自分たちのペースを貫き通しながら、夢の実現に向けての動きを強めるばかりだった。もちろん、将来に不安がないわけではなかったが、今は走り続けるしかないと、自分たちを鼓舞していたのだ。


 4年になってから早5か月。完全に周囲の学生らに置いて行かれ、孤立していた星野と田辺。もし上手くいかなければ、確実に追い込まれ、親からもきっと叱られる、そんな危機的状況の中で、迎えた運命の一日。この日は、近年稀にみる大雨が降り続け、時折台風並みの強風が吹き荒れるという悪天候だったが、入学式以来のスーツを着用し、無造作に伸びた髪をワックスでガチガチに固め、身だしなみを清潔に整え、ダイヤが乱れている電車とバスを乗り継いで、目的地へと向かった。


「田辺、今日まで、とりあえず、ありがと」

「何だよ、急に」

「いや、ちゃんとお礼言わなきゃって思って」

「お礼なら、全部が終わってからにしろよ」

「だよね、うん、わかったよ」


 それから時間をかけて、すべての手続きを終えた星野と田辺。代表を務めることになる星野のチェックと、しっかり者の田辺による最終確認をしておいたこともあり、手続きの不備はどこにもなく、スムーズに、とんとん拍子で進められた。


 その日の晩、一度アパートに戻り、重要な書類を置き、シャワーでワックスと汗を流し、スーツからラフな格好に着替え、午前よりも強い雨が打ち付ける中、2人は久しぶりに近所にある居酒屋へと足を運んだ。


「星野、飲みすぎんなよ。酔った星野連れて帰るの、結構大変なんだからな」

「大丈夫。飲んでも2杯までって決めてるから」

「なら良いけど」

「そう言う田辺のほうこそ飲みすぎちゃだめだよ。どっちも潰れたら元も子もないからね」

「分かってるって。俺も飲んでも3杯までだから」


星野は田辺の横顔を見て、悪戯に笑う。田辺もまた、星野の横顔を見て、少し恥ずかしそうに笑う。


「お待たせ、注文の――」5分もしないうちに運ばれてきた酒と料理。出来立てを告げる湯気、氷同士がぶつかる音、近々に冷えている証拠の結露、そのすべてが究極を物語る。そして、星野の眼には、ビールが並々と注がれたジョッキが輝いて見えていた。


「美味しそうだね」

「だな」

「よーしっ、乾杯しよっか」

「ぬるくならないうちにな」


 ジョッキを持つ手。久しぶりの重さを感じて、星野は口を緩ませる。


「ではでは、えー、夢にまで見ていた会社なるものを、無事に設立でき――」

「今はまだそういうんじゃねぇだろ」

「アハハ、まだ早かったかな?」

「もう、こういうのはパァーッと軽くでいいんだよ」

「あ、そっかそっか。じゃあ、仕切り直して・・・」


軽く咳払いをして、星野は少しだけ大きな声を出す。


「とりあえず、おつかれ~!」

「おつかれ!!」


―――ガラガランッ


 こうして、2人は大学を卒業する前に、”代行サービス運否天賦” を立ち上げ、星野が代表取締役社長兼サービスの提供者を、田辺が副社長兼システムエンジニアとして、それぞれ就任したのだった。

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