第7話 奥の手はクールに
「それでは登録試験──始め!」
とりあえずローリエントさんの行動を見てから動こうかな、どこに毒を仕込んでくるか分からない。
受付のお姉さん、シシリー・アスケルの試合開始の合図と共に両者飛び上がり、浮遊する相手を観察。
「来ないならこっちから行くよ!」
「いや試験開始してからまだ一分も経ってない!」
ルルはミーシャとの距離を一気に詰めながら魔法を唱える。
「『水の斬撃』」
威力は弱いけどスピードがある魔法、これぐらいなら避けれるけど防いどいて損は無い。
「『魔力障壁』! ──ちょっ、魔法使いの戦い方じゃ!」
至近距離の背後から狙われた一撃。『魔力障壁』を張った時、まるで瞬間移動のような速さでミーシャを横切り狙う。
「『水爆発』!」
「──障壁! 」
咄嗟に立てた魔力障壁は柔く、魔法が衝突した直後に割れ、支えていた手が痺れる。
不完全すぎたか⋯⋯あの距離で魔法受けるとなると魔力で軽く固めただけじゃ直ぐに割れちゃう。⋯⋯考えるより先に一定の距離を保とう、それがこの勝負の鍵。
「よく防いだな」
「まだ若いんでね」
「私も反射神経には自信があるよ」
おっ? 距離をとるため上昇したか、これじゃあ撃ち落とされるな。一応魔法準備。
「ならこれを避けてから言ってみて!」
収縮した魔力を一面に広げて、空気と混ぜ合わせる。そこに風魔法を加えて放つ!
「『風の斬撃連』」
空が一面風の刃に覆われ、避ける空間すらも与えないほど連続で降り注ぐこの魔法はルルを苦しめる。
「避けれる魔法を選んで! 反射神経の問題じゃないっての!」
魔法障壁で何とか耐えてるけど、これ以上固めるのは魔力消費が多すぎて悪手──ならこっちの方がまだマシ!
「『水幕』! これで上からの攻撃は防げる」
水の天井⋯⋯確か学校で使ってた人がいたはず。水を蒸発させて『水幕』を崩すか、質量で破壊するか⋯⋯いや──
「どっちもでしょ!『火炎弾』三連発でどう!?」
馬鹿でしょあの威力! 相殺するしか──。
「さらに『水幕』からの『布壁声』!」
ルルの口元に集まる少量の水が丸みを帯びた時、『布壁声』の準備が整った。
「わあああああああああああ!!!」
大声を上げ膨張させた水の天井は丸みを帯びて大きくなり、ミーシャの魔法を喰らっていく。
何あれ見たことない! 『水幕』を膨らませて私の魔法を相殺してる! でもこれで──
「ひとまずこれで⋯⋯あいつはどこに!?」
「横だよ! 『砂の槍』!」
砂ならギリいける! 体の力を抜いて杖から手を離せば──。
「『水爆発』!」
ルルは自分に『水爆発』を放って直撃を避けた。『砂の槍』はルルの頬を掠り、水で濡れた地面に落下した。
「アングレーさん強いですねー」
「あれはほぼ感覚でやってるな、知識をつけたらもっと強くなるぞ」
「残り三分です──」
「いくら魔力で固めてるとはいえ痛い」
杖は見た限り折れてなさそう、なら手加減はここまで。本気でいかせてもらう。
「私も下に降りよ」
『水幕』と『布壁声』のコンボがかなり厄介だから上にいるのはかなり危険。多分だけど『水幕』以外にも応用が利くと思うから、天井に追い詰められると為す術なくやられる。
「降りなくても良かったのに」
「それは私の勝手です」
「じゃあ勝手に終わらせる!」
杖を大きく振り出したルルは雨雲を空一面に生み出し、闘技場内に異質な雨を降らせた。そして雨で濡れた地面に手をつけて雷魔法をミーシャに向けて放つ。
「『雷路』! 」
そこからは一瞬だった。地面を伝ってくる雷路は水で威力が増し、かなりの速度で私に襲いかかってきた。もちろん私はそれに反応し、避けようと足を前に出した瞬間──まさかの失態、水で地面が滑り転んでしまった。
「はっ──『魔力晶壁』!」
咄嗟に張った『魔力晶壁』は魔力の密度が低く、威力の増した『雷路』の前では意味をなさず──直撃した。
「ぐが⋯⋯ごぉ⋯⋯あ゛⋯⋯」
地面に倒れ込むミーシャ、その隙にゆっくりと距離を詰めるルル。ヒタヒタとなる足音をただ聞くことしか出来ない屈辱、意識はあるのに体が言うことを聞かない情けなさ、その全てをミーシャの心と体に刻み込まれ──
「そこまで! アングレーさんを戦闘不能と判断し、登録試験を終了いたします! ルルさんは回復魔法をお願い!」
為す術なく敗北した。
闘技場内で回復魔法をかけてもらった後、私たちは受付所まで戻った。試験で負傷した私は一応安全のためふかふかのソファーに座りながら、アスケルさんに体の状態を見てもらっていた。
「『浄化混合』、『熱風』これでもう大丈夫」
「ありがとうございます」
さっきの戦い、魔力量的にはまだ余力はあった。それでも勝てなかったのは実戦による経験不足と知恵、雷路が放たれた時に避けるのではなく相殺するか『魔力障壁』で最初から固めておけばよかった。そうすれば少しは戦況が変わっていたはずだけど⋯⋯。
「お疲れ様、私も少し大人げなかった」
「いやいや、どの道私が負けてましたよ」
そう、ルルさんは奥の手をずっと隠していた、何が来ても状況を一変させれるように。
ルルさんは最初挨拶してくれた時、水と毒が得意と言っていた。いつかいつかと警戒していたら、毒の魔法を使うことはなくやられてしまった。
「そうかな? 『雷路』を相殺するか防ぎきったらまだ分からなかったかもよ」
「そうかなぁ⋯⋯?」
本当にまだ分からなかった。私に本気を出させた上、毒の魔法『毒兜』まで使わざるおえなかった。この魔法は生物以外の物体や物質に自分の意図した毒を付与できる私の奥の手⋯⋯。
雨雲に『毒兜』を使って麻痺毒を付与し、そこから降る雨に少量の麻痺毒が含まれる。雨に打たれ続けて体中麻痺毒まみれになったアングレーさんは痺れ、最後には転んでしまった。ま、当の本人は滑って転んだとでも思ってるんじゃない?
センスはあっても知恵は無い魔法使いか⋯⋯ちょっとあの人に話してみるか。