六話. 痛いの嫌い
カブラーン王国魔術士団第六大隊隊舎内、ライブル小隊室にて、ブラス、ラキ、キビヤは書類整理を行っていた。
ブラスが書類の一枚をラキに見せる。
「ラキ、これは?」
「それはねー。」
ブラスはラキに教えた貰った通りに整理した。
「なんでブラス先輩がラキ先輩に聞くんですか…。ブラス先輩は中位では?」
「だってこういうの俺苦手っスもん。」
「私は天才だからねー。」
「それは否定できないですけど。意外とラキ先輩ってこーゆー作業も普通にこなしますよね。」
「意外とは酷いなー。」
「いやいや、ラキは凄いっスよ。再来年くらいには中位になれるんじゃないスかね。」
「えへへー。」
「そういえば中位になるのって筆記も必要ですよね?失礼ですけど、ブラス先輩どうやって突破したんですか?」
ブラスは完全な感覚派であり、術式でさえ自分が使いやすいもの以外はほぼ使わず、覚えてすらいないことも多々ある。キビヤの疑問は当然であった。
「あんときは頑張ったっスよー、寝る間も惜しんで。」
「ハイトさん大変そうだったよねー。」
「めちゃくちゃお世話になったス!」
「ハイトさんに教えてもらったんですか?」
「そっスよー、あとルークにも教えてもらったス。」
「ブラス先輩は記憶力が酷いからねー。飲み込みは早いんだけど。」
キビヤは少し考えて口を開いた。
「ラキ先輩もいたってことは、ブラス先輩が中位になったの去年ですか?」
「そうっスよ。ちょうど一年経ったぐらいじゃないスかね。」
「中位ってどういう基準でなるんですか?」
「それ私も知らないー。」
「試験はあるんすけど、それの前に直属の小隊の上位以上の人の推薦が必要っスね。俺の場合はハイトさんっスけど、うちの小隊マリアさんやルーク、マルボルさんでも平気っス。推薦するかの最終判断は小隊長なんでハイトさんっスけど、どの小隊長も上位が推薦したら大体試験受けさせるっスよ。」
ラキが納得するように頷いた。
「へぇ。上位は?」
「上位は…知らんス!」
「あれま。」
「推薦の基準て知ってるんですか?」
「それは中位として働けるかどうかが一番っスよ。うちは別っスけど、大体の小隊は上位が小隊長なんで、それの補佐、つまりは現場で上位が指示を出せない場合とか、現場にそもそも上位がいない場合に指示を正確に出せるかどうかっス。正確って言ってるっスけど、正直それでもダメな場合があるっスから…。」
ブラスは何かを言いたそうにしているが、その言葉が思い浮かばず、止まった。
「適切な指示ってことだねー。」
「そうっス!」
ラキの付け加えにブラスが元気よく頷いた。
「では上位は?」
「知らないっス!」
「ルーク先輩が上位になったときってブラス先輩もいたんじゃないですか?」
ブラスは二十六歳、ルークは二十五歳。階級的にはルークが上だが、年齢的にはブラスの方が先輩である。
「私が入った時にはルーク先輩は上位だったよー。」
ラキが言った。
ラキはキビヤの一つ上であり、キビヤは今年から新規入隊した。つまり、ルークはラキが入隊する以前に上位にあがったことになる。
「ルークが上位になったのは二年前っス。でもそん時は色々バタバタしてたっスから…。細かいことは覚えてないっスけど、皆でお祝いしたっスよ。」
三人が談笑しながら書類を整理いると、ハイトとマリア、そして、同小隊所属マルボル・ルーマ上位魔術士が部屋に入ってきた。
「おつかれーっス。」
「お疲れ様です。」
ブラスとキビヤは三人を見て急いで立ち上がり、敬礼をした。
「おつかれーでーす。」
ラキは書類に目をやったまま言った。
「おつかれさん。」
ハイトは片手を軽くあげて答えた。
「書類整理はアリアと私が引き継ぐよ。三人は」
「訓練だ。」
マルボルが一歩前に出て言った。
「わーい!」
「よっしゃ!」
ラキとブラスは露骨に喜んでいた。少し嫌な顔をしたキビヤの肩にアリアが手を置く。
「もちろん、キビヤくんもよ。」
「ですよね。」
「行くぞ。」
マルボルが部屋を出ていく。それを追って嬉しそうにブラスとラキも着いていき、キビヤは肩を落としながらも仕方なく着いていくしかなかった。
訓練場に着き、マルボルは首に黒い首輪を巻いた。
「お前らも魔力制御付けとけよ。」
「はいっス!」
「はーい!」
「はい。」
三人も懐から首輪を出し、巻いた。
「じゃあ、まずは組手だ。ブラスはラキと組め、キビヤは俺とだ。ブラスは力の緩急、ラキは先を見ることを注意しろ。先手はブラスだ。」
「はいっス!」
「はーい!」
ブラスとラキは組手を始めた。
マルボルがキビヤを見る。
「お前…、筋トレサボってんだろ。」
「…、気のせいです。」
キビヤは目を逸らしながら答えた。
「そうか…。手は抜いてやるが、気を抜くんじゃねぇぞ。」
「うぃっす!」
「来い。」
「はいっ!」
キビヤは姿勢を低くしつつ、マルボルの懐に飛び込んだ。
「遅いっ!」
「ぐべっ!?」
マルボルは飛び込んできたキビヤの身体に腕を振り下ろし、キビヤは地面に叩きつけられた。
「お前、初手は陽動だといつも言ってるだろ。」
「マルボルさんの反応が早すぎるんですよ…。というか、見えなかった…。」
「相手の動きを見てない証拠だ。基本的に先手を取れれば制圧は簡単だが、待つ方が有利なのは変わらん。だから次の手以降を主軸にしろ。もう一度!」
「はいっ!」
キビヤは起き上がり、距離を取り再び、マルボルの懐に飛び込んだ。
キビヤはマルボルの動きを見ながら、横に移動しようとした。
「バカかっ。」
「ぎぶすっ?!」
マルボルはキビヤの移動しようとした方向と逆の身体の横に蹴りを入れ、キビヤは勢いそのまま吹き飛ばされた。
「痛い…。」
「一手目も決める気で来ないと少し体術の心得があるやつには分かるぞ。」
「マルボルさんが二手目を主軸って言ったんじゃないすか!?」
「一手目が初手として決まるならそれでよし、それで決まりそうにない場合は二手目、三手目。基本一手目は待たれた場合には通用しない。しかし、一手目で決めに行く姿勢がないと、一手目は無駄打ちにしかならん。いつも教えてるだろ。フェイントはフェイントと認識されたらただの無駄の動きだ。次やるぞ。」
「…はい。」
キビヤが先に動き、マルボルがキビヤを叩き伏せる。キビヤは同じ動きをしないように気をつけていたが、全てにおいて、キビヤがマルボルに倒される構図は変わらなかった。
「いたっーい!」
キビヤはもう何度見たかわからないほど、至近距離で地面を見ていた。
「よし、だいぶマシになってきたな。次、キビヤはブラスと組め。ブラスが先手だ。ラキはこっち来い。」
「はいっス!キビヤ、かもーん!」
「もうやだ。帰りたい。」
キビヤはそう言いながらも起き上がり、ブラスの方に歩いていった。
「帰らせないっス!行くっスよ!」
「ふぎゃっ?!」
ブラスは唐突にキビヤに飛び蹴りをした。キビヤは喰らいながらも咄嗟に受身を取ったが、普通に吹き飛ばされていた。
「痛いっす。突然過ぎません?!」
「敵は待ってくれないっスよ?タイミングは先手次第っスから!次行くっス!」
ブラスはキビヤが起き上がるのを確認し、キビヤへ突っ込んで行った。
キビヤは先程のマルボルの動きを思い出し、避けつつ、ブラスの死角から攻撃を加えようとした。
「へるぶっ?!」
しかし、キビヤの視界の外からブラスの足が飛んできた。キビヤはもろにそれを喰らい、吹き飛ばされた。
「相手の次の手を考えないとダメっスよ?自分の思い通りに行くことなんて少ないっスから!」
「わかりました…。」
キビヤは起き上がりながら今のブラスの動きを頭の中で回顧した。
「次、お願いします。」
「行くっスよ!」
「ばむっ?!?」
キビヤは反応が遅れ!ブラスの一手目の攻撃を普通に受けた。
「ダメっスよ?一手目も殺りにいってるんスから!避けが甘かったら一手目であろうと二手目以降であろうと、隙突かれて終わりっス。」
「痛い…。すんません、忘れてました。」
「次行くっス!」
ブラスが先に動き、キビヤはその一手目を喰らうか、一手目のカウンターを狙うのに失敗して二手目を喰らう、その繰り返しであった。キビヤの動きはブラスに尽く読まれていた。
「次、ラキとキビヤ!ラキが先手だ!ブラス、来い。」
「はいっス!」
マルボルの声でブラスの動きは止まり、ブラスはマルボルの方にかけて行った。
キビヤは起き上がりながらブラスを見送った。
「やっと終わった…っ!?」
突然脚が伸びてくるのが見え、キビヤは仰け反りながらそれを受け流し、拳を向けた。
「よっとい!」
「うわっちょ…!?」
キビヤに蹴りを入れようとしたのはラキであった。
ラキはキビヤの腕を掴み、投げ飛ばした。ラキはそのままキビヤに向かう。キビヤは急いで体勢を整え、上体を起こした。
「んるっ、とい!」
「きゃっ?!」
キビヤは殴りかかってきたラキの拳をしゃがんで避け、足を伸ばし、ラキの足に引っ掛け転ばした。
「やるねぇ、キビくん。」
「嫌という程二人に吹き飛ばされたので。」
ラキはすぐに起き上がり、距離をとった。
「じゃあ、次やろうっ!」
「はぐばらっ!?」
ラキは言い終わらないうちにキビヤの懐に入り、キビヤの腹に拳を入れた。キビヤは反応しきれずに喰らい、思わず膝をついた。
「お…おぅ…。」
「油断大敵〜。」
ラキは嬉しそうにキビヤを見下ろしていた。キビヤは悔しそうで少し楽しそうに、少し飛び出た涎を拭きながら立ち上がった。
「次、やりましょう。」
「ホイきたぁー!」
ラキとキビヤは一進一退のようにも見えたが、ラキの身軽さがキビヤを上回っていた。マルボルやブラスの時のように一方的ではなく、キビヤの攻撃が、少なくはあるが決まることもあった。
「よし、一度休憩。次は先手後手を入れ替えてやるぞ。」
「はいっス!」
「はーい!」
「えっ…?!」
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