四話. 好みは十人十色
王立研究所へ封印の書を届けたキビヤとルークは、街の観光を軽くし、小隊への土産を買いに来ていた。
「お土産って何が良いんですかね。」
「基本はお菓子かな。小隊室で完結できるし。あとは個人個人だけど…、ハイトさんとマルボルさんは楽なんだけど、他がなぁ。」
キビヤは首を傾げた。
「なんでですか?」
「二人は煙草あげれば喜ぶし。二人の好みを考える必要はあるけど、僕も二人ほどではないけど喫煙者だし、その辺は理解してるから。」
「あー、なるほど。でもここの土産屋置いてないですよ。その辺の雑貨屋とかの方が置いてるんじゃないですか?」
「煙草はいつもこれから行く喫茶店で買ってる、と言うより貰ってるから平気だよ。」
「そうなんですか。残りはアリアさんとラダイ先輩、メービス先輩、ラキ先輩ですね。」
「そうだね。ラダイ先輩は何あげても喜ぶからなぁ。」
ルークの言葉にキビヤは首を傾げた。先程ルークはラダイを楽の中に入れなかった。
「じゃあ何でも良いんじゃないんですか?」
「何をあげたら嫌がるかわかんないんだよね。」
「なんで嫌がらせする前提なんですか。」
「何あげても喜ぶ人の微妙な顔見たいじゃん。」
「いや、わかんないですけど。」
キビヤは数個入りのお菓子の袋を指さした。
「これだったら何処にでも売ってるから微妙な顔になるんじゃないですか?」
「いや、それは試した。」
「あ、そですか…。」
「キビヤちゃんはアリアさんとラキちゃんのやつ選んでよ。僕が選ぶと毎回文句言われるし。」
「えー、女性へのお土産なんてわかんないですよ。」
「平気だよ、ラキちゃんは子供用の玩具でもあげとけば。」
ルークの悪びれる様子のない言い方にキビヤは引いていた。
「だから文句言われるんですよ。女性用だとアクセサリーとかですかね。」
「好意を抱いていない男から貰うアクセサリーほど困るものはないらしいよ。」
「ですよねぇ。じゃあ無難に…無難てなんですか?」
「僕ならラキちゃんは子供用の玩具、アリアはパーティ用のカツラだね。」
「酷すぎないすかそれ。ハンドクリームとかかなぁ、そんなに外れはなさそうですし。ちょうど限定品もありますし。」
「えっ?!?」
キビヤの言葉にルークは心底驚いたような表情をしていた。
「ダメなんですか?」
「普通すぎてつまんない。」
「いや普通でいいでしょ。じゃあ二人とも同じやつでいいですかね。」
「…いいんじゃね。ツマンネ。」
「何か聞こえた気がしましたけど…?」
キビヤがルークの方を見ると、ルークはお香と白衣を持っていた。
「そのお香と白衣…なぜ白衣?」
「お香はメービスくん用。集めてるって言ってたから期間限定のやつ。白衣はラダイ先輩用。」
「なんで白衣が売ってるんすか。」
「ちゃんと刺繍してあるでしょ。」
ルークが白衣の背中を見せた。そこには「王立研究所」と大きく書かれていた。
「マジか…。そんなものも売ってるんですね。」
「お土産屋さんだからねぇ。じゃ会計しとくから店の前で待ってて。」
「はい。」
キビヤは先に店を出た。
「はー、人多い。」
キビヤは街の人々を眺めていた。仕事中、買い物中、遊び中、様々な人が行き交っていた。
「おっと!」
突然目の前を男が走っていった。
「万引きだぁ!!捕まえてくれ!」
突然怒号が飛ぶ。キビヤは前を通り過ぎた男を目で追った。
「まずい、追いか…?!」
追いかけようとしたキビヤの横を人影が通り過ぎた。
「盗みは…ダメですっ!」
「がっ?!」
男が人影に蹴り倒された。その人影は二つ結びの小柄な少女だった。
「くそっ!!」
「うわっ?!」
男が懐から突然ナイフを取り出して少女に振るう。
「危ないっ!」
キビヤは少女の前に急いで入り、男のナイフを持つ手を押さえた。
「罪重ねることになりますよ。」
「うるせぇっ!」
「くっ!?」
男はキビヤの手を振り解き、ナイフを振り回した。
「あぶなっ!?」
キビヤは軍人であるが、戦闘が主であり、その中でも魔術士団は、魔術使い同士の戦いを前提としていることが多い、相手を傷つけることが大前提である。なので、一般人を無傷で抑えるのは得意ではなかった。
「どうしよ…、剣は危ないし。」
「こんなところで刃物なんか振り回したら危ないわよ。」
いつの間にかナイフの男の後ろに金髪の小綺麗な女性が立っていた。
「なんだと!?」
「ふっ!」
「なっ?!」
女性は脚を振り上げ、男のナイフを持つ手を蹴り、ナイフを吹き飛ばした。
「くっ、このやろぉっ!!」
男は蹴られた手を一瞬おさえ、怒り狂いながら女性に襲いかかろうとした。
「よいっ!」
「ぐばっ!?」
突然ふくよかな男がナイフの男に体当たりをし、ナイフの男は吹き飛ばされた。
「ぐっ…くそ…。」
ナイフの男は建物の壁にぶつかり、その痛みと衝撃で意識を失った。
「大丈夫かい?マリちゃん。」
ふくよかな男が金髪の女性に話しかける。
「私は大丈夫よ。あなたは?」
金髪の女性がキビヤを見る。
「はい、僕も大丈夫です。」
「パスクー!」
先程ナイフの男を蹴り倒した少女がふくよかな男に抱きついた。
「おー、やっと見つけた。」
「私が最初に蹴ったんだよ!」
「そっかそっか。よくやったねぇ。」
ふくよかな男は穏やかな顔で少女を撫でていた。金髪の女性が二人に近づく。
「あんた蹴ったんならちゃんと最後までやりなさいよ。」
「えぇー。だって倒れたよ?」
「倒れただけで終わるはずないじゃない。」
「そなの?」
少女はふくよかな男の方を見た。
「そだねぇ。」
「そなのかー!」
キビヤは三人の会話をポカーンとしながら見ていた。
「何があったの?」
騒ぎを聞きつけたルークがキビヤのもとに走ってきた。
「泥棒?らしいです。あの方たちのおかげで制圧出来ました。」
「ほー、おつかれ。」
ルークは三人の方に歩いていった。
「御協力ありがとうございます。私は魔術士団第六隊所属のルーク・ミンティであります。」
「ってことはさっきの子も魔術士団?」
金髪の女性がキビヤを見る。
「はい。このあとの事情聴取に御協力いただけませんでしょうか?協力頂いたとなると、王国からの褒賞もありますので。」
「めんどくさいから遠慮するわ。全部あの子の手柄ってことにしといて。盗み程度の制圧ならそんなに大事にもならないでしょうし。」
「はあ…。」
金髪の女性がキビヤに近づく。
「あなた名前は?」
「キビヤ・ウィンスルです。」
「キビヤくんね、よろしく。また会うことあるかもしれないわね。行くわよ、パスク、アスカ。」
「はいはい、っていつの間におんぶの体勢に?」
ふくよかな男は少女をおんぶする形になっていた。少女はいつの間にかふくよかな男の背中に乗っており、男も自然と少女を背負っていた。
「進めー!」
「はいはい。じゃ、失礼しまーす。」
三人は街の城門の方へと歩いていった。
「じゃあ僕らはこの男を警備兵に渡そうか。」
「はい!」
ルークとキビヤがナイフの男を拘束していると、騒ぎを聞きつけて警備兵がやってきた。
ルークが軽く事情説明をしたあと、警備兵はナイフの男を連れていった。
ルークとキビヤは警備兵たちを見送ったあと、喫茶ケムリへと向かった。
店内へと入るとテーブル席に客が数組いた。店の奥のカウンターでは店主らしき老人がカップを拭いていた。
店主がルークたちに気づき口を開く。
「いらっしゃい…って、ルークくんか。久しぶりだね。」
「お久しぶりですタバクさん。」
「そっちの子は後輩?」
「ルーク先輩と同じ小隊に所属してます、キビヤ・ウィンスルです。」
「ほー、新人くんかな。よろしく。俺はここの店主のタバクだ。」
「よろしくお願いします。」
ルークはカウンターの端が空いているのを確認し、その席に着いた。キビヤもその隣に座った。
老人がカウンターを挟んで二人の前に立った。
「僕はブレンドで。キビヤちゃんは?」
「…、僕も同じものを。」
「はいよ。」
老人はカウンターの奥の棚から缶を取り出し、そこからコーヒー豆を取り出し、コーヒーの準備を始めた。
キビヤは店内を見渡していた。
「綺麗なところですね。」
「四年前に出来たところだからね。コーヒーの味も良いし、タバクさんも良い人だから、ここが出来てからはベゴニアに来たら必ず来てるよ。」
「へぇ。」
ルークとキビヤが話していると、タバクがコーヒーの入ったカップを二人の前に置いた。
「いただきます。」
キビヤは礼を言い、ルークは何も言わずにコーヒーを口にした。
「飲みやすい…!?」
キビヤは驚いた。キビヤは普段コーヒーを飲まず、むしろ苦手としていた。
「そりゃ良かったな。」
タバクはキビヤの言葉に嬉しそうだった。
「今回も仕事か?」
「はい。上位魔狼の封印の書を研究所に引渡しに。」
「そりゃご苦労だったな。」
「タバクさん、珍しい煙草入ってます?」
「ハイトとマルボルの分か。ちょっと待ってろ。」
タバクは店の奥に入っていった。キビヤがルークに耳打ちをする。
「封印の書のこと言っても良かったんですか?」
「平気だよ、タバクさんは口堅いし。」
「そうですか。」
タバクは店の奥から煙草の箱を持って出てきた。
「こっちはハイト用、こっちはマルボル用だ。」
「いつもありがとうございます。」
「こっちに来る度毎回寄ってくれてるんだからお互い様だよ。今日は二人か?」
「いえ、あと一人。」
突然、店の扉が勢いよく開いた。
「お久しぶりーっス!タバクさん!」
「ブラスか、元気そうだな。でも扉はゆっくり開けてくれ。」
「すんませんっス!」
ブラスは頭を下げ、開けた扉を丁寧にゆっくりと閉めた。
ブラスはキビヤの隣に座った。
「おまかせジュースで!」
「相変わらずだな。ちょっと待ってろ。」
「はいっス!」
ブラスは楽しそうに待っていた。
「ブラス先輩はどこ行ってたんですか?」
「色々っスよ!」
キビヤの質問にブラスはざっくりと答えた。キビヤはもう少し聞こうと思ったが、ブラスの視線はずっとカウンターの奥にあったのでやめた。
カウンターの奥からタバクが何色かもわからない汁の入ったグラスを持ってきた。
「はいよ、残りもん汁だけど。」
「あざーっス!」
ブラスは美味しそうにそれを飲んでいたが、キビヤは驚きを隠せなかった。キビヤがルークの方を見るとルークはブラスを見ずにコーヒーを飲んでいた。
「ルーク先輩、あれって美味しいんですか?」
「聞いてみ。」
ルークは目を合わせずに答えた。
「ブラス先輩。」
「どうしたっスか?」
「美味しいんですか?」
「飲んでみるっス!」
「ぐぶっ?!」
ブラスは残り少なくなっていた汁をグラスを振り、キビヤの口に流し込んだ。
全体的にドロドロとしており、その中には小骨のような口の中にささるような感触、砂のようなジャリジャリとした舌触り、ゼリーのようなプルプルとした喉越し。味は魚の干物の中に苺のような甘みがあり、柑橘系の爽やかな香りのあとに、焦げ肉のような炭の香りが口から鼻へとジワジワと広がった。
キビヤはあまりの衝撃にしばらく動けなかった。
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