三話. 戦闘より研究
カブラーン王国魔術士団第六大隊隊舎内、ライブル小隊室には小隊長のハイトを含め、五人が集まっていた。
小隊長のハイト、補佐のアリア、ルーク、キビヤ、そして、同小隊所属のブラス・ダイパー中位魔術士である。
ハイトが椅子に座り、その横にアリアが立ち、ハイトの前の机を挟み、三人が並んでいた。
ハイトが三人を見て口を開く。
「さて、三人に任務だ。」
「任務スか!?今回は何を倒すんスか?!」
「落ち着いてブラス。今回は運ぶだけだよ。この封印書、と言ってもこの前ルークとキビヤも行った上位魔狼のやつだけど。魔術士団での調査は終わったから王立研究所に引き渡す。簡単な任務だけど、これが解除されたら場所によっちゃ大変なことになるから、重要任務だ。」
ハイトの言葉にブラスはさらに興奮していた。
「重要任務スか?!最高です!了解です!」
「今回の班長はルーク、頼んだよ。」
ハイトがルークを見ると、ルークは目を逸らした。
「頼んだよ?」
ルークは目を逸らしたままであった。
「いたっ!?」
アリアがルークを叩いた。
「返事は?」
「…はい。」
ルークの返事を聞き、ハイトは満足そうであった。
「二人も頼んだよ。」
「「はい!」」
「特にブラスはルークのカバーしてあげてね。」
「はいっス!」
「ソレガイチバン…。」
ボソッと何か言うルークの声にキビヤのみが気づいたが、あまり聞き取れなく、他三人は気にしてもないようなので、キビヤも気にしないようにした。
「よっしゃー!行くっスよー!」
ライラックの街の城門前でブラスは両手をかかげはしゃいでいた。
キビヤはブラスのあまりのテンションの高さに戸惑い、ルークは心底面倒臭いと言いたげな表情をしていた。
突然、ブラスがルークとキビヤの方を見た。キビヤはどうしたのかと思い、首を傾げた。
「で、研究所ってどこスか?」
「えっ…!?」
「はぁー。」
キビヤは驚き、ルークは大きな溜息をついた。
ルークが口を開く。
「まず行く前に、今回の約束を二人に聞いてもらいたい、です。」
「タメ口で良いっていつも言ってるじゃないっスか。俺より上なんスから!」
ブラスは笑顔で言った。
「いや歳上なので…、まあ、はい、善処します、いや、する。はい。」
「おっけーっス!じゃ行くっス!」
ブラスは振り返り、勢い良く歩き始めた。が二歩歩いて止まった。ブラスは首を二人に向き直した。
「あれ?研究所ってどこスか?」
「えー…。」
キビヤは驚きながらも少し呆れ、ルークは声すら出ていなかった。
ルークから出された約束事は、勝手な行動をしないこと、ルークの言うことをしっかり聞くこと、この二つであった。
キビヤは「当たり前のことでは?」と声に出そうになるのを抑えた。
その後、ルークが二人に約束事を唱えさせてから、二人を前に並ばせた。
「なにするんスか?」
「さあ?」
「いいから二人とも動かないでね。」
ルークは二人を囲むように術式を地面に描き、その中に入った。
「行くよ。」
突然、三人の体が浮かび上がり、三人の周りを囲むように風の球体ができた。
「うわっ、なんスかこれ?!」
ある程度まで上がったところで止まり、横に動き始めた。
「これは風の魔術。馬鹿正直に馬車乗り継いで行くと時間かかるんで、これで行きます。あまり動かないでくださいよ、外側の風に触れると骨ごと切れるんで。」
「ほう…?」
「分かりました。」
王立研究所は魔術士団のあるライラックから北東にある、中央都市ベゴニアにある。そのため、普通に行くには定期馬車を乗り継ぎ、数日はかかる。
「相変わらずすげぇっスね、ルークの魔術は。」
「まあ、他人ごと運ぶんで少しコツはいるかも。でも術式自体は風球の応用で…、だよ。」
「俺風球すらまともにつかえないけど。」
「風属性は制御が他より少しめんどくさいから。」
「だよなぁ。」
ルークとブラスが話す中、キビヤは風の壁を凝視していた。
「どしたんスか?キビヤは。」
「いやっ、その…、ルーク先輩に質問なんですけど…。さっき外側って言ったじゃないですか、それって内側にも風の壁があるってことすか?」
「そんなこと言ってたスか?」
キビヤとブラスがルークを見る。
「簡単に言うと、大きめの風球を二重にしてるって感じ。外側は方向転換とそれを遮るための風球で、外側の内側の風球相殺と、中に入ってる僕らの安定用の風球。」
ブラスが首を傾げる。
「それって四重じゃないスか?」
ブラスの言葉にルークが呆れた。キビヤが口を開く。
「それでいうと大体の術式は二重ですよ。制御と能力の組み合わせなんで。」
「そうなんスか?」
「術式もそう書いてるし、これは軍校で習うはずですけど。」
「へぇ。よく覚えてるっスね!」
「たぶんですけど、外側は普通の風球とほぼ同じで、内側は制御ではなく能力と能力の組み合わせってことですかね。」
キビヤはそう言いながら、少し不安そうにルークの方を見た。
「うん、そゆこと。キビヤちゃんは理解早くて助かるね。とゆーか、ブラス先輩のよく使う魔術こそ、二重にしてないと速攻で死にますよ?」
「そうなんスか?よくわかんないっスけど、俺は自分が使いやすいやつしか覚えてないっス!」
「あはは。」
ブラスの言葉に、ルークは呆れ、キビヤは笑うしかなかった。
しばらく三人で話していると、一際栄えている街が見えてきた。
「あれスか?」
「そうで…、そうだよ。あとは渡すだけ。」
「何も無くて良かったですね。」
「そうだね。」
三人は城壁の外で地上に降り、城壁の中へと入っていった。
城壁の中は活気に溢れていた。人が多く、人の話す音で満たされいるようであった。
ブラスは興味津々で周りを見ており、キビヤも興味を隠せずにチラチラと見ていた。
「さて、僕は封印書を届けてくるから、二人は観光してて。集合はそこの通り真っ直ぐ行ったところにケムリっていう喫茶店があるからそこで。遅くとも昼過ぎにはそこに来て。」
「はいっス!」
ブラスは大声で返事をし、走ってどこかへ行ってしまった。
「あの、一人で平気なんですか?」
キビヤは申し訳なさそうに言った。
「平気だよ。封印書と一緒に報告書や引継書も渡すから。ここについた時点で任務のほとんどは終了してるし。好きに街見てて良いよ。」
「とは言っても、僕ほとんどこの街知らないんですけど。」
「そっか。じゃあ一緒に行こうか。提出するだけだからすぐ終わるし。」
「はい!」
ルークとキビヤは王立研究所に向かって歩き出した。
「にしても人多いですね。いつも多いんですか?」
「まあ外れの方には軍校もあるし、軍本部もあるしね。来たことないんだっけ?」
「はい。軍校は南でしたし、それまでは村の外に出たことなかったですし。ルーク先輩は何回もあるんですか?」
「まあ仕事でだけど。学園も王都だったけど、学園の外に出ることあんまなかったし。それまではザパードの北の海岸沿いの街に住んでたし。南ってことは、キビヤちゃんはヤウグ出身?」
「いえ、ヴァルスタです。南の方が近かったんで。」
「へぇ。ヴァルスタは魔術科置いてないから仕方ないか。南か。あそこは厳しいってよく聞くけど、実際はどうなん?」
「厳しかったのかなぁ?わかんないです。教官は怖かったですけど、軍校ならどこも教官は厳しくないですか?ちょっと学園はわかんないですけど。」
「学園はねぇ…良くも悪くも頭おかしい人の集まりかなぁ。」
「どゆことですか。」
「はは、変人が多いってことだよ。さて、着いたよ。」
ルークとキビヤの前には大きな壁に連なる門の前にいた。
「なんですかこれ…??」
「研究所だよ。」
「サイズおかしくないですか?長いと思ってたこの壁、研究所の壁だったんですか。」
「まあ色んな研究してるし、魔獣も飼ってたりするから。」
「はあ…。」
キビヤが驚いている間に、ルークは門の下で受付を済ましていた。
「さて、少し待とうか。」
「中入らないんですか?」
「中入る手続きはめんどくさいし、今回は届けるだけだから中に用事はないしね。もう少ししたら係の人が来るから、少し待ってようか。」
「はい。」
キビヤは研究所の外壁を見ていた。
「なんで見張り台みたいなのあるんですか?」
「さあ?今の所長の趣味じゃない?」
「趣味?!」
「ほんと、一個中隊ぐらいだったら余裕で戦えそうな見た目だよね。実際魔術についてのスペシャリストが揃ってるから強いだろうし。」
「そんなに強くないよ。」
二人が話していると、突然別の声が割り込んだ。二人は声に驚きつつ、声の主を見た。
背が高く、それでいて線の細く、青い長髪を後ろに一本で纏めた男が立っていた。
「セード副所長、お久しぶりです。」
ルークは男を見た瞬間に敬礼をした。キビヤも急いで敬礼する。
「堅苦しい挨拶は良いよ、俺は軍人じゃないし。君は初めましてかな?」
男がキビヤを見る。
「キビヤ・ウィンスル、下位魔術士であります。」
「御丁寧にどうも。俺はセード・カミラー、ここの副所長をやらせてもらってる。よろしく。」
セードは手をキビヤに差し出した。キビヤもそれに倣って手を出すと、セードはその手を握った。
「よろしくお願いします。」
キビヤは握手だと思い、頭を下げると、セードはその手を離さずに見ていた。キビヤは首を傾げた。
「えっと…?」
戸惑うキビヤを見てセードは急いで手を離した。
「あっ、ごめん。綺麗な手をしているね。」
「いえ、ありがとうございます。」
ルークはバッグから封印書や報告書の入った袋を取り出した。
「セード副所長、これを。」
「これは?受け取りに来ただけだから知らないんだけど、中身は?」
「上位魔狼の封印書です。先日私たちの小隊が捕獲したので、研究所に引渡しに来ました。中に封印書と引継書、報告書も入ってます。」
「あー、例のやつか。ありがとう。よく上位魔狼捕獲できたね、やっぱり魔術士団は凄いな。」
「いえ、そんなことは…。」
「謙遜は良いよ、凄いことは確かだし。えっと、これ受け取るだけで良いんだよね。俺は仕事あるけど、この街でゆっくりして行ってよ。って言っても君らも忙しいか。」
セードは受け取った袋を持って研究所の中へと戻って行った。ルークとキビヤは頭を下げて見送った。
「あの人副所長ってことは二番目に偉い人ですか?若そうでしたけど。」
「そう。二十代後半で副所長になった天才だよ。学園出身で、魔術士団からも誘いを受けたけど、戦うの嫌いだからって理由で研究所に入ったらしい。」
「魔術士団に誘われるって、学園だと試験受けないとじゃないんですか?…あれ?ルーク先輩も誘われたんですか?」
「誘われたけど、戦闘試験は受けたよ。戦闘試験も免除って話だったはずだけど、あの人は断ったらしいよ。」
「はあ…、凄いんですね。」
驚くキビヤを他所にルークは歩き出した。
「さて、昼ぐらいまで少し観光しようか。」
「はい!」
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