二十九話. 常に楽しそう
ロベリアの南端。
ホラート班は屋敷の前で戦闘を行っていた。
ビルラック、ルタオ、マエイル、ヴィルの四人は大人数と戦闘を行っており、スロイは幹部の一人、ディカテと対峙していた。
「大人しく投降してくれない?」
「…はい?」
面倒くさそうに言うスロイにディカテは驚きを隠せなかった。
「すると思います?」
「しないと思う。」
「ですよね。」
ディカテは混乱していた。
おそらく自分たちのことを調べているはずの軍人。そして、他の四人に指示を出していた様子と、感じ取れる魔力から察するに、軍の中でも有数の魔術使い。
軍人は規律に厳しく、全体的に強行的な思想が強い。
そう思っていたディカテにとって、目の前のスロイは異質に見えていた。
「さっきまでのやる気は?」
スロイはディカテと対峙した直後、「殺す」という言葉を使っていた。その言葉通りならば、スロイは最低でも戦う気があるということだとディカテは思っていた。
「よく考えたら君を拘束するのは任務だけど、殺すのは最終手段だし。一番楽に任務完了するって考えたら、君が大人しく投降してくれることじゃん?」
「なるほど…?」
ディカテは首を傾げながらも納得した。
「でも大人しく投降しないんだよね?」
「はい。」
「そっかー。でも僕は戦うの嫌いなんだよねー。痛がるの見たくないし。うーん…。どうしよっかー。」
ディカテはそこで気づいた。
スロイはディカテを格下と認識している。痛がるのを見たくない、裏を返せば、スロイ自身が痛がることはないと確信している。ディカテに勝てることを確信しているからこそ、何故か敵が痛がることを嫌がっている。
スロイは諦めたようにため息をついた。
「仕方ないか。はい、なるべく避けてね。」
「え?…え!?」
スロイは突然片手を上にあげた。スロイの周りの土が浮かび上がり、手の先に大きな丸い土の塊ができた。
「ほいっ!」
「うわー?!」
スロイが手を下ろすと同時に、土の塊はディカテの方に向かった。ディカテが慌てながらそれを避けると、土の塊は地面にぶつかって崩れた。
「いきなりですね。土の魔術ですか。僕もですよ。」
ディカテは膝をつき、両手を地面につけた。その瞬間、ディカテの前方の土が十箇所程度盛り上がり、盛り上がった土は人のような形になった。
「おー、すごーい。土人形かー。」
スロイは感心したように拍手をした。
「行けっ!」
ディカテがそう言うと、土人形たちはスロイに向かっていった。
「おー、自由自在じゃーん。すごいねー。」
土人形たちはその手や足でスロイを攻撃し始めた。スロイは楽しそうにそれを避けていた。
スロイは一切攻撃しようとせず、ただ土人形の攻撃を避けていた。
「足りないですか…。じゃあっ!」
再びディカテの前の土が盛り上がり、大量の土人形たちが現れた。
「すごいねー。まだ増えるの?」
依然としてスロイは楽しそうにしている。土人形の数は三十はいるが、スロイは舞うようにその攻撃を避けていた。
「これならどうですか。」
「ん?」
突然一体の土人形が手を前に出すと、その手から土の球が放たれた。
「おっと。」
スロイはそれも簡単に避けた。
「まだです!」
土人形の殴る、蹴る、土球の攻撃がスロイを襲う。しかしスロイは攻撃しようとせずに、楽しそうに避け続けていた。
「そろそろいいかな。」
スロイは突然膝をつき、片手を地面につけてそう言った。その瞬間、ディカテは自分の操っている土人形に違和感を持った。
「あれ?」
土人形は突然崩れてただの土となった。
「次は?」
スロイは興味津々な表情でディカテを見ていた。
「だったら!」
「おっと?」
ディカテが両手を地面につけると同時にスロイの足元が沈み始めた。
「蟻地獄?」
「みたいなものですね。」
「そっかー。」
「え!?」
何もしようとせずに沈んでいくスロイを見てディカテが驚いていた。
「どうしたの?」
驚くディカテを見てスロイは首を傾げていた。
「いや、沈んでますよ?」
「君が沈ませてるからね。」
「そりゃそうですけど…。」
「案外土の中って温かいんだねぇ。」
「そですか。」
抵抗しようとしないスロイにディカテは驚き何も言えなかった。
「あばばばば…。」
スロイは棒読みで苦しみながら沈んで行った。
「え…?」
ディカテは何が起きたか理解出来ずにいた。
ディカテの使った魔術は下崩土牢。名前の通り、相手の足元の地面を柔らかくし、地面に沈ませる魔術。
この魔術は弱い相手にはほぼ一撃必殺のようになるが、並以上の相手には戦術の中の一つにしかならない。
ディカテは最初にスロイを見たとき、自分よりも強いと確信した。だからこそ、それで大人くしく沈んで行ったスロイを理解出来なかったのである。
「動く気なさそうだな。なんで息続くんだろ。」
ディカテはスロイが埋まっていることを感知することは出来ていたが、スロイは沈んだ以降動く様子はなかった。
「まあ考えても仕方ないか。」
ディカテは自分の部下の方を見た。
ディカテの見る先では、ホラート小隊の四人が暴れていた。
「二人一組で戦ってるっぽいな。どっちも戦力は大体同じか…。よく訓練されてるし、流石軍の魔術使いって感じかな。個人としてはスロイさんより大分落ちるけど…。確か高上中下の四段階だっけか。スロイさんが高だとすると、中…いや下かな?どちらにしろあんまり問題はないか。問題はこっちだ。」
ディカテは納得したように座り込み、スロイの埋まったところを再び見始めた。
「この人なんで息続いてんの?」
ディカテが埋めてから時間がある程度経っていた。ディカテは常に感知魔術を使っており、スロイが生きていることはわかっているが、スロイは動こうとする様子がない。それが不思議でならなかった。
「ひぃっ、たすげっ!」
「およっ?」
悲鳴が聞こえてふと視線を上げると、部下のほとんどが死んでいることに気づいた。
「意外と早かったなぁ。」
ディカテはため息をつきながらそう言った。
「だから君が後ろにいるんだね?」
ディカテの後ろにはビルラックが立っていた。ビルラックは剣先をディカテの首に向け、ディカテを睨んでいた。
「スロイさんはどこだ?」
ディカテは低く殺気の籠った声を発した。ディカテは面倒臭そうに自分の前の地面を指さした。
「そこに埋まってるよ。」
「!?…ふざけないで答えろ。スロイさんが殺られるわけがない。」
「うん、僕も同意見。というか殺れてないし。」
「何を?!動くな!」
ディカテが立ち上がり、ビルラックは突然のことに驚きながらも怒鳴った。
「うるさいなぁ。僕は確かにスロイさんを殺れるほどの実力はない。」
突然ビルラックの後ろに土人形が二体現れ、ビルラックを捕らえようとした。ビルラックは飛び上がり、土人形の後ろに距離をとって着地した。
「やっぱり反応良いね。」
「はいもらったぁ!」
「うるさい。」
「ぐぶぅっ?!」
ディカテの後ろからルタオが拳を振りかざしていたが、ディカテの右手が突如大きな土の手となり、ディカテはその手でルタオに裏拳をした。ルタオは反応しきれずにくらい、吹き飛ばされた。
「ルタオ!くっ?!」
すぐにルタオのフォローに行こうとしたビルラックだったが、土人形たちがその道を塞いだ。
突然、ディカテの真上にマエイルが現れた。
「風槍!」
マエイルは手から風の槍をディカテに向かって放った。
「ん、ん?」
ディカテはすぐにその場を離れようとしたが、足元が動かなかった。
ディカテが足元に目をやると、蔓のようなものが地面から生え、ディカテの両足に絡んでいた。
マエイルの放った風槍がディカテに当たり、土煙が起こった。
「ナイス!ヴィル!」
マエイルは土煙から少し離れた位置に着地しながらそう言った。そこには両手を地面につけたヴィルがいた。
「まだ拘束してます。追撃を。」
「おっけー!多連風針!」
マエイルが両手を広げると、多数の風の小さい針のようなものが発生し、土煙の方に向かった。
土煙越しにはディカテと思われる影が見えていた。が、叫び声や苦しむ声は聞こえなかった。
「あれ?」
「うそ…!?」
土煙が収まると、そこには人の形を模したような土の塊があった。
「はい、残念。」
突然マエイルとヴィルの後ろから声がし、二人は後ろを向いた。土の槍が二本、二人それぞれに向かって来ており、その奥にはディカテが立っていた。
その瞬間、二人の目の前に土の壁が現れ、土の槍はそれにあたり砕け、土の壁も同時に崩れた。
「何やってんのよ。敵を捉えられてないならまず隠れるか防御って教えたでしょ。」
地面からスロイが呆れながら出てきた。
「やっと出てきましたか。何やってたんですか?」
「見てただけだよ。」
ディカテの言葉にスロイは体についた土埃を払いながら答えた。
「見てた?僕をですか?」
その言葉にディカテは首を傾げた。
「君のこともだけど、僕の部下たちだよ。君とどのくらいやれるか見たかったけど、思ってたよりも酷いね。」
「見てたんなら助けて下さいよー!」
「性格悪くないですか?」
不満げに言うマエイルとヴィルを見て、スロイはため息をついた。
「何時でも僕が勝てると思わないでね。殺しにいかずに時間稼ぐだけなら出来たはずだよ。まあ、ルタオはのびてるし、ビルラックは土人形に足止めされてるからしょうがないっちゃしょうがないけど…。」
スロイは二人の前に立った。
「あとは僕がやるから二人はビルラックの手伝いに行って。」
「「了解。」」
二人はすぐにビルラックと土人形のもとへ走った。
「さてと。やろうか。」
スロイがディカテに視線を戻すと、ディカテは諦めたような表情をしていた。
「どうしたの?」
「時間切れですね。」
ディカテは土人形の方を指さした。スロイは思わず土人形を見た。その瞬間、土人形は崩れ、ただの土となった。
「どーゆーこと?」
スロイはすぐにディカテの方に視線を戻し首を傾げた。
「そのままの意味です。僕たちのリーダー、正確には元リーダーですが。カタラスさんはあの屋敷の最上階に転がってますから。」
ディカテは屋敷の方を指さした。スロイは再びディカテの指さした方向を見た。
「転がってる?」
「では、またいつか会えたら。」
「え?」
スロイが視線を戻すと、ディカテの姿はなかった。
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