二話. 紅茶は嫌い
カブラーン王国、テセント州の東に位置する街、ライラック。魔術都市とも称されるこの街には、魔術士団の本部と各隊舎がある。
第六大隊隊舎ライブル小隊室では、アリアの指導のもと、キビヤが報告書を書いていた。
「アリアさん、ここって…。」
「ここはね…。」
「あー、納得です。ありがとうございます。」
アリアとキビヤが報告書を書いていると、一人の男が部屋に入ってきた。
「おつかれー、あれ?人数少ないない?」
彼の名はハイト・ライブル、ライブル小隊の隊長である。
「お疲れ様ですハイトさん。」
「おつかれ。おっ、キビヤは報告書書いてるのか。」
「お疲れ様です。アリアさんに教えて貰ってます。」
「そっかそっか。で、他は?メービスは仕事任してるけど。」
ハイトは椅子に座りながらアリアの方を見た。
「ルークはクルトくんと一緒に十二隊の隊舎に行ってるけど、他は知らないわね。」
突然キビヤが両手をあげた。
「終わったァ!あ、マルボルさんは訓練しに行くって言ってたんで、3人ともそれについていったんじゃないですか?」
「あらそうなの?」
「そっかー、熱心だなぁ。あ、報告書受け取るよキビヤ。」
「はい、お願いします。」
キビヤは報告書をハイトに渡した。ハイトはそれに目を通し始めた。
「昨日の魔狼退治か。そっか、ふむ…。」
ハイトは難しい顔をし始めた。
「何か不備が…?」
キビヤが恐る恐る聞くと、ハイトがキビヤの方を真面目な顔で見た。
「キビヤ、討伐数少なくね?」
「わかってますよ!すみませんでした!」
「ごめんごめん、冗談だよ。まあ相手は風狼だし、簡単には捕まらないもんね。ラキの攻撃通らないって、上位魔狼ってそんな硬かったけ?この時はキビヤが見てたのか。ラキは何使ってた?」
「えっと…ラキラキスラッシュ?っていう名前の風刃です。」
「あ、そゆこと。ラキラキか、それじゃ仕方ないか。」
「あの、ラキラキスラッシュって風刃ですよね?普通の風刃と何が違うんですか?」
キビヤの言葉にアリアが笑う。
「確かに名前だけじゃ分かりにくいわね。」
アリアの言葉にハイトが頷いた。
「そだね。ラキスラッシュが普通の風刃で、ラキラキスラッシュがそれの攻撃を高めたものかな。ラキは感覚で使ってるけど、ちゃんと術式も少し違うよ。」
「そうなんですか。知らなかったです。」
「知ってても大して意味ないしね。ま、多少強化した風刃程度じゃ上位魔狼には通じないだろうし、油断したんだろうね。うん、報告書の書き方は完璧だよ。」
「ありがとうございます。」
ハイトは報告書を引き出しにしまい立ち上がった。
「お茶にしようか。」
カップを取り出そうとするハイトを見てキビヤは急いで立ち上がった。
「僕がやりますよ!」
「いいよ、新人にやらせるとかいじめみたいじゃん。アリア、そっちの棚にこの前貰ったお菓子入ってるから出してくれる?」
「はーい。」
「それこそ僕が」
アリアより先に棚に行こうとしたキビヤの動きが止まる。キビヤの腕をアリアが掴んでいた。
「いいって言われたでしょ?座ってなさい。」
「いや、でも」
ハイトが笑う。
「あはは、真面目だなキビヤは。キビヤ、上官命令だ、大人しく座ってな。」
「…はい。」
キビヤが申し訳なさそうに座るのを確認してアリアは立ち上がった。
ハイトが紅茶を準備し、アリアはお菓子をテーブルに置き、談笑が始まった。
「そういえばキビヤは上位種の討伐初めてだったよね。どうだった?」
ハイトの質問に、キビヤはカップを置き、口を開く。
「そうですね…、何も出来なかったというか、自分の無力さを改めて思い知りました。」
「何言ってんのよ。キビヤくんの陽動のおかげでラキが攻撃出来てたのよ?上位種と初めての戦闘であの動きができれば上出来よ。」
「いえ。結局アリアさんとルーク先輩に助けられたので…。」
キビヤの言葉にハイトはニヤついた。
「だとしたらラキも何も出来なかったことになるねぇ。」
「いえっ、そんなことは…、ラキ先輩にはその前に助けられてますし。」
「そうなの?」
アリアは上位魔狼の戦闘以外はキビヤと別行動していたので知らなかった。
「討伐数は四匹、ラキは約二十匹だったと思うけど…、そういやなんでラキは約なの?」
「ラキちゃんが覚えてなかったからですよ。三十匹はいってただろうけど、虚偽報告にならないように少なめにしておきました。」
「あ、そゆことね。ルークは十七、アリアは二十五だったかな。」
キビヤはハイトがサラッと目を通しただけの報告書の討伐数を覚えていたことに驚いていた。
「なんで覚えてるんですか?」
「そりゃ部下の頑張りはなるべく覚えておいた方が良いでしょ。それに、いざと言う時の采配にも役立つしね。」
ハイトは優しい顔でそう言った。
「いやそう意味じゃ…。」
「ん?」
アリアが少し呆れながら口を開いた。
「どうやって覚えてるか聞きたいんじゃないですか?ハイトさんは物覚え良すぎるから。」
「そう?普通あのぐらい見たら覚えるでしょ。」
三人が話していると、突然部屋の扉が開いた。
「お疲れ様でーす。」
入ってきたのはルークであった。
「お茶の時間すか。」
ルークを見てハイトが立ち上がる。
「座って座って、ルークも話そう。」
「いや、紅茶嫌いなんで。」
「えー、じゃあ何が良い?」
「水で。」
「冷たいの?」
「常温で。」
二人の会話を聞いてキビヤが立ち上がろうとすると、アリアが押さえた。
「いいって言われたでしょ?」
「えっ…、はい。」
ルークが座り少しすると、ハイトが水の入ったグラスをルークの前に置いた。
「ご苦労であった。」
何故か少し偉そうに言うルークにキビヤが驚く。
「はいはい、水入れただけだよ。」
ハイトは何も気にしていないようで、笑顔で答えた。
ルークが水を一口飲み、口を開く。
「で、何話してたんすか?」
「昨日の任務についてよ。」
アリアが答えた。
「昨日?あー、魔狼退治か。キビヤちゃんとラキちゃんが苦戦してたやつ。」
「苦戦というか、倒せませんでしたけど。魔狼の討伐数も少ないですし。」
キビヤは申し訳なさそうに言った。
「初めての魔狼退治で四匹もやれれば十分でしょ。それに、キビヤちゃんがいるから、時間稼ぎ任したし。」
「僕がいるから?」
キビヤは首を傾げた。
「ラキちゃんだけでも抑えられたかもしれないけど、それだとラキちゃんの魔力が切れる可能性あったし。二人いたから安心して術式書きに行けたし。」
ルークの言葉にアリアは納得した。
「だから無駄に丁寧に書いてたのね。丁寧に書いたわりには失敗してたけど。」
「失敗?」
キビヤは首を傾げた。ルークが笑う。
「あはは。僕も不思議だったんだけど、あれ失敗したわけじゃなかったんだよ。」
「は?」
アリアが驚く。キビヤは話についていけてなかった。
「失敗って、そもそもあの魔術って拘束系の魔術じゃないんですか?」
「拘束に催眠を加えた術式だよ。あの大きさを書くの久しぶりだったから、僕も失敗したと思ったんだけど。さっきクルトさんと確認したら失敗した訳じゃなさそうなんだよね。書き直しても間違いなかったし。」
「ほう。」
ハイトが驚きながらも興味を示していた。
「あの上位魔狼、自分の身体に電気流して催眠防いだんすよ。なんでそれが出来たかはまだわかってないっすけど、頭良いっすよね。」
「珍しいね。」
「だからもう少し調べても分からなかったから王立研究所の方に回すみたいっす。たぶん運ぶの僕らになりそうっすけど。」
「そういうことね、納得したわ。」
アリアが頷く。
「あのスピードで書いた術式をあんたが失敗するのおかしいと思ったわ。」
「さっきは失敗って言ってたくせにー。」
「あれ見たら誰でもそう思うでしょ。」
アリアとルークは仲良さそうに話していた。それを見ながらハイトは微笑んでおり、キビヤは首を傾げていた。ハイトが考え込むキビヤに気づいた。
「キビヤ、どうした?」
ハイトの声に気づき、アリアとルークもキビヤの方を見た。
「いや、僕の勉強不足と記憶違いかもしれないんですけど…。拘束系の魔術と封印系の魔術って別物みたいなイメージだったんですけど、今更ながらめちゃくちゃ似てないですか?封印系の魔術も結果的には拘束しますし。術式は確かに違うんですけど。」
アリアが頷く。
「そうね。確かに似てるかもしれないけど、別物よ。それの説明はルークが得意よ。私は拘束は使えても封印は苦手だし。」
アリアがルークを見る。ルークは嫌そうな顔をしていた。
「えー、ハイトさんも得意というか全般得意じゃないすか。」
「私は別に苦手じゃないだけだよ。ルークが適任だ。」
「そうすか?…納得はしないすけど、わかりました。ざっくりと説明すると、拘束は物理で封印は論理、力で抑えるのと、技で抑えるって違いだよ。」
キビヤは少し考え、首を傾げた。
「すみません、どういうことですか?」
「拘束は対象を物理的な力で抑える。だから昨日の魔狼みたいに自分の体内に電気流したり、魔狼自体が拘束より強い力だった場合は拘束はできない。逆に封印は対象に直接術式をかけることで、物理的な力での解放はできなくなる。」
「それって、封印が拘束の上位互換みたいなものってことですか?」
「まあ間違っちゃいないけど、封印術式の内部から解除すれば封印は解けるから、封印も万能では無い。封印は強いけど拘束よりも時間や手間がかかるから、アリ…アさんの使った封印書みたいに予め用意してたり、二人以上でかけることが多い。」
「ほえぇー。」
キビヤは感動したかのような反応をした。
「まあ学校じゃ大してその辺の違い説明しないから、一人で使えるものが限られるとか、使い勝手が悪いとかで説明が終わることが多いけど。教員がその辺理解できてないこともあるしね。」
「ありがとうございます!」
キビヤはメモを取り出し、聞いた内容を書き始めた。
アリアがニヤニヤしながらルークを見る。ルークはその視線に気づき嫌そうな顔をした。
「なに?」
「いや、ルーク説明上手いなぁって。」
「うるせぇ。」
ハイトが頷く。
「ルークは教師向いてるかもね。」
「やめてくださいよハイトさんまで。」
部屋に笑い声が広がった。
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