十五話. 肩車楽しそう
昼過ぎの第六大隊隊舎。
ライブル小隊のマルボル、ブラス、ラキ、キビヤの四人は訓練場に集められていた。
「なんでこの四人が集められたんですか?ハイトさんいないですし。」
キビヤは周りを見渡しながら言った。訓練場には四人の他、誰もいない。
「ピアーモ十位とルーク、メービスは任務だ。ライブル三位とラダイ、そしてマルアレス隊長はもうすぐ客人を連れて来る。」
マルボルの言葉にキビヤは驚いた。
「隊長も来るんですか?!…客人って誰ですか?」
「指南役だ。」
「指南役って何の指南です…か。」
「やぁ、集まってるかい?」
キビヤが聞こうとした瞬間、訓練場の入口の扉が開き、中年のスキンヘッドの男が入ってきた。
四人はその姿を見て、すぐに姿勢を正して敬礼をした。
「お疲れ様です、マルアレス大隊長。」
「お疲れさん。あれ?まだ来てないの?」
「もうすぐだと思われます。」
「そっかそっか。それにしても久しぶりだね、ブラス、ラキ、キビヤ。」
「お久しぶりっす!」
「お久しぶりでーす。」
「はい。」
三者三様の答え方に男は微笑んでいた。
男の名は、タナード・マルアレス。魔術士団第六大隊隊長である。
「マルボルはちょいちょい会うね。いつもありがとう。」
「いえ、当然であります。」
五人が話していると、突然、入口の扉が開いた。その扉から、ラダイとハイトが入ってきた。ラダイは筒を持っており、二人の後ろに着流しを着た三人、老人と青年、そして少女がいた。
「こちらです、あっ。」
ラダイとハイトが手で扉を押さえた瞬間、少女が楽しそうに走って通った。
「わー!広ーい!」
その少女を追いかけるように青年が入ってきた。老人はゆっくりと扉を通った。
青年が少女の腕を掴み、少女の動きを止めた。
「走り回らないで、メイラ。」
「えー。」
「えーじゃないよ。」
「むー。」
マルボルは急いで老人の前に行き、敬礼をした。ブラス、ラキ、キビヤの三人も急いでそれに倣う。マルボルは三人が横に並んだことを確認してから、口を開いた。
「本日はよろしくお願いします。」
「おー!シゲンさんだ!」
「久しぶりー!」
ブラスとラキは面識があるようで手を振り始めた。マルボルが二人の頭を叩く。
「あがっ!?」
「痛いっ!」
「失礼だろうが!」
そう言いながらマルボルは敬礼をした。三人もそれに倣って敬礼をする。
「ほほほ、元気だの。ん?」
老人はマルボルをじっと見つめた。
「ヌシはストーグ殿のところにおったはずでは?」
「以前も説明しましたが、今の自分はライブル小隊の一員であります。」
「そうだったか。すまんの。」
タナードはゆっくりと老人の前に立ち、頭を下げた。
「今日はよろしくお願いします。」
「タナードくん、久しぶりだねぇ。」
老人はタナードの頭を撫でた。その行動にキビヤは驚いた。
「部下の見てる前でやめてくださいよ。」
「そうかそうか。それは悪いことしたの。」
「いえいえ。本日は引き受けていただき、ありがとうございます。」
「弟子の頼みだからの。」
ハイトが老人と五人の間に立った。
「キビヤ以外は知ってると思うけど、この方はシゲン・クロヤマさん。普段はヴァルスタの奥地で道場の師範をしている。年に数回、軍の剣術指導に来ていただいている方だ。」
「よろしく。」
「「「よろしくお願いします。」」」
「で、そちらのお二方が…。」
ハイトが青年と少女に目を移すと、青年が少女を肩車し、走り回っていた。
青年はハイトたちの視線に気づき、立ち止まった。
「すみません。」
青年は少女を下ろした。
「えー、もっとー!」
「そろそろ始まるから。」
青年は少女を宥めるように言った。ハイトは少し笑っていた。
「師範代のシェルド・ルーデラさん。歳はブラスと同じ。」
青年は申し訳なさそうに頭を下げた。
「よろしくです。」
「で、女の子の方がメイラ・クロヤマさん。シゲンさんの養子。」
「メイラだよ!」
メイラは元気そうに手を振った。
タナードがハイトを見る。ハイトはすぐに視線に気づき、頷いた。
「では、こちらも。改めまして、ライブル小隊隊長のハイト・ライブルです。」
ハイトに続き、マルボル、ラダイ、ブラス、ラキ、キビヤの順で自己紹介した。
「ほう、ヌシがキビヤくんか。」
シゲンはキビヤを見た。急に呼ばれたキビヤは驚きつつも敬礼をし直した。
「はい。」
「ふむ…。身体は最低限出来てるようだの。手、見せてみ。」
キビヤは言われた通り、両の手のひらをシゲンに見せた。
「普段、左手で持っとるようだの。右利きか。」
「はい。」
魔術士団は魔術をメインで戦う。そのため、利き腕は自由にし、利き手とは逆の手で剣を握る。状況によっては利き手でも握るが、ほとんどの状況では逆の手で握る。
しかし、キビヤはシゲンと初対面であり、シゲンもキビヤが戦う姿を見たことは無い。キビヤはひと目で剣を握る手を見抜いたシゲンに驚いていた。
「しかし、あまり剣を振ってないようだの。よし。では、始めようか。ラダイ。」
「はい。」
ラダイは筒を下ろし、筒の中から木剣を取り出し、配り始めた。
「キビヤくんは儂が教えよう。シェルドはブラスくんとラキさんを。ラダイはマルボルくんを教えてあげなさい。」
「わかりました。ブラスくん、ラキさん、こちらへ。」
「うっす!」
「はーい。」
ブラスとラキはシェルドの方へ歩いていった。
「マルボルさん、よろしくお願いします。」
ラダイがマルボルに頭を下げた。
「何言ってんだ。教えてもらうのは俺の方だろ。」
ラダイとマルボルは少しぎこちなさそうに歩いていった。
「では、やろうかの。キビヤくん。とりあえずかかってきなさい。」
シゲンの言葉にキビヤは驚いた。キビヤの目の前に立つのは老人。押したら折れそうな細い身体、着流しの袖から見える細い腕。
隙だらけの老人を前にして、キビヤは木剣を構えつつも動けずにいた。
「来ないのか…?」
シゲンは首を傾げた。
「いえ、その、あの…。構えてくれませんか?」
シゲンは木剣を地面に立て、両手を木刀の上に置いている。構える様子は微塵もなかった。
「そうか。儂がこの状態から動けないと思うとるのか。なるほどの。」
「いえっ…、あの…。」
戸惑うキビヤと考え込むシゲンを見て、タナードは笑った。
「キビヤ、遠慮しなくて平気だよ。キビヤの剣がシゲンさんに当たることはないから。」
「そうなんですか…?では、行きます。」
キビヤは腹を括ったような表情を見せた直後、木剣を構え、一気にシゲンとの距離を詰めた。
「あれ?」
キビヤの視界は逆になっていた。頭の上に地面があり、下には空が広がっている。そこでキビヤは気づいた。自分は空中に身を投げた状態であることを。目の前には上下逆のシゲンが木剣を元に戻す姿が見えた。
「ぎゃぷ!?」
キビヤの身体が地面に落ちた。キビヤは投げられたことはわかったが、どうやって投げられたかはわからず、何が起きたかわからなかった。
「ふむ…。」
シゲンの体勢は変わっておらず、木剣に置いていたはずの左手は顎を触っていた。
「何が起きたんでしょうか…。」
キビヤは空の雲が流れるのを見ながらそう零した。
「すまんの。なんか見られる気がしての。」
「いや、見る隙もなかったんですけど。」
ゆっくりと立ち上がるキビヤを見てシゲンは感心していた。
「受け身は上手いようだの。」
「いつも訓練で吹き飛ばされてるもんで、慣れました。」
「ほう。握りもしっかりしとるようだの。」
「基本的なことは軍校でも習ったので。」
「そうかそうか。メイラ…は?」
シゲンはメイラの姿を探したが、見当たらなかった。シゲンとキビヤを見ていたタナードが指をさす。
「あちらに。」
二人がタナードの指の先を見ると、ハイトとメイラが木剣で打ち合いをしていた。
「メイラさん、呼ばれてるっぽいですよ?」
ハイトは三人の視線に気づき、メイラの攻撃をいなしながらシゲンの方を指さした。それを見てメイラの動きが止まる。
「メイラ、こちらへ。」
「はーい。楽しかった!ありがとう!」
「はい、お疲れ様。」
メイラはハイトにお辞儀をし、楽しそうにシゲンの方に走ってきた。
「どうしたのー?」
「メイラ、ヌシが相手をせい。」
「はーい。」
「よろしくお願いします。」
「よーし、行くぞー!」
「ちょい待ち。」
構え始めたメイラをシゲンが止めた。
「?」
「木剣貸して。」
「はーい。」
メイラが木剣をシゲン渡すと、シゲンは自分の持つ木剣を振り、受け取った木剣を切った。
木剣の剣身は持ち手と同じ長さになっていた。
「はい、これ使って。」
シゲンは短くなった木剣をメイラに渡した。メイラは嬉しそうに受け取る。
「おぉ、短くなったー!これでやればいいの?」
「うん。キビヤくんはさっきと同じで好きにやってくれの。」
「はい。え?!」
「どうした?」
流れで頷いたものの、キビヤはメイラの持つ木剣を見て驚いた。
「あの長さだと不公平すぎませんか?」
「もっと短くした方が良かったかの。」
「逆です!というか、木剣って切れないって習ったんですけど。」
「そうだの。キビヤくんに一つ助言すると、本気でやらんと怪我するからの。」
「どういうことですか??」
キビヤはシゲンの言葉で更に混乱した。
「早くやろーよー!」
待ちくたびれたと言いたげなメイラ。それを見て、キビヤは大人しく構えた。
ハイトは汗を拭きながらタナードの隣に立った。
「お疲れ様。どうだった?メイラさんは。」
「驚きましたよ。お互いに遊び感覚でしたけど、油断したら当てられる、というか殺られるって感じでした。」
「そうか、流石はシゲンさんの弟子だな。」
「ですね。」
「ぷぎゃふ!?」
二人は突然の変な声に反応して、キビヤとメイラの方を見た。
キビヤは腹を抑えて苦しそうにしていた。メイラは楽しそうに剣を振り回している。
キビヤは苦しそうに顔を上げてメイラを見た。
「なんで…?」
「あははー!」
メイラは楽しそうにキビヤを見ていた。
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