十一話. 火は熱い
カブラーン王国テセント州南東、シワの森の西の洞窟、その南側。
ラダイとキビヤは盗賊のリーダーヴィスコとその部下の一人と対峙していた。
「キビヤくんはバックアップをお願いします。」
「はい…、えっ?」
ラダイは一歩前に出て、ヴィスコを見た。
ヴィスコの身長はラダイより少し大きく、体格はラダイよりも太く、筋肉質であった。
「死ねぇ!」
ヴィスコは片手を前に出した。すると、ヴィスコの手から火の球が放たれ、ラダイの方へと向かった。
「火ですか。」
ラダイはゆっくりと右腕を前に伸ばした。
突然、ヴィスコの出した火球が凍りついた。
「なっ…、氷の魔術使いだと?!でも、相性の悪さはお互い様ってことかよ…!?」
ヴィスコは動こうとした。が、ヴィスコの意思に反して、ヴィスコの下半身は動かなかった。
「これは…?」
ヴィスコは足元を見た。ヴィスコの足元の地面は凍りついており、下半身も凍りついていた。
「くっそ、!?」
ヴィスコは部下らしき男の方を見た。その男の下半身も凍りついていた。
「ヴィスコさん!?動けないっす!」
「舐めんなぁ!」
突然、ヴィスコの身体中から火が溢れ出た。火の熱によって、ヴィスコの動きを封じていた氷は溶けていった。
「氷は熱に弱いって知らなかったか?」
「知ってますよ。でもその魔術はあなたの身体への負担も大きいですよね。」
「知ってらぁぁぁ!」
ヴィスコは左腕を部下の男の方に伸ばした。ヴィスコの腕から火が伸び、部下の下半身を襲った。
「あっつっっ!?」
「てめぇはカタラスさんのところへ逃げろ!」
「うす!」
部下の男は氷が溶けだした瞬間に走り出した。
「行かせな…!?」
ラダイは咄嗟に部下の男の方に手を伸ばしかけたが、すぐに正面に手をやった。ラダイに向かって火が伸びてきており、ラダイはすぐにそれを凍らせ、砕いた。
「やりますね…!?」
「僕が行きます!」
キビヤはすぐに追いかけようとしたが、キビヤの目の前に火が伸びてきた。
「っ!?」
キビヤは咄嗟に止まり、火はキビヤの目の前を通り過ぎた。
部下の男はその隙に走って洞窟の出口の方へ消えていった。
「くそっ。」
「止まってください。」
すぐ追いかけようとしたキビヤをラダイが呼び止めた。
「でも!」
「今この男に背を向けるのは危険です。」
「…、はい。」
キビヤは大人しく従った。
「良い判断じゃねーか。二対一なら俺に勝てるってか?」
「一対一ですよ。ですが、私たちは二人で行動することを命令されてますから。改めて、あなたがヴィスコ、ということであってますか?」
「そうだよ。てか、俺に一人で勝てると思ってんのか?」
「あなたがヴィスコなら、私たちはあの部下よりあなたの捕縛を優先します。」
「おい、無視すんな!」
ヴィスコは燃えた状態のまま、ラダイに向かって突進した。ラダイは左手を前に出した。
「効かねぇ…?」
ヴィスコの下半身は再び凍りついていた。
「効くかよぉぉぉ!…?!」
ヴィスコの上半身のみが更に燃え上がり、ヴィスコの下半身は凍ったままであった。
「その氷は解けませんよ?」
「うるせぇ!くそっ、ただの氷が!何故だ?!」
ヴィスコは両腕を前に伸ばした。
「距離離れてても関係…な、?!」
いつの間にかラダイが距離を詰めており、ヴィスコの両手の前に左手を出していた。
「さて、どうします?」
ヴィスコの両腕が先から凍り始めた。
「強い…!」
キビヤはラダイの圧倒的な戦いに驚いていた。
「クソッタレがぁぁぁぁぁ!!」
ヴィスコの叫び声とともに、ヴィスコの身体は先程よりも強く大きく燃え上がった。その熱により、氷は一瞬にして消えた。
「なっ…?!」
キビヤは驚いたが、ラダイは冷静に後ろに飛び、距離をとった。
ヴィスコの身体の火は一瞬にして消えた。
「はぁ、はぁ…。」
ヴィスコは、息を切らしながらラダイを見た。
「お前は強い…、俺よりもな…。」
「ありがとうございます。」
ラダイは笑顔で返した。その笑顔を見て、ヴィスコも少し笑みを浮かべていた。
「けど、俺はここで生き残るわけにはいかねぇ…。これは使いたくなかったんだけどな…。」
ヴィスコは、懐から小袋を取り出し、その中に手を突っ込んだ。
「すまねぇな、優男くんよ…。」
ヴィスコが小袋から手を取り出すと、小袋から金色の粒が溢れ出し、ヴィスコは握った分の粒を口に入れた。
ゴクッ
ヴィスコは粒を飲み込んだ。
「がぁぁぁぁぁ!?!?」
突然、ヴィスコの身体が再び燃え上がった。
ラダイとキビヤは反射的に一歩引いた。
ヴィスコの姿が目の前から消え、一瞬にしてラダイの後ろに移動していた。
「うらぁぁぁ!?」
「なっ?!」
ヴィスコは火を纏ったままラダイを殴った。ラダイはすぐに凍らせようとしたが、ラダイの手から出た氷は一瞬にして溶け消えた。
「ぐっ!?」
ラダイの身体が吹っ飛び、ラダイは壁に打ち付けられた。
「ラダイ先輩!このやろっ」
キビヤはすぐに剣をしまい、両手を前に出し、そこから水を放った。
「えっ…?!」
キビヤの放った水は、ヴィスコにたどり着く前に蒸発して消えた。
「あ?」
「ひっ、ぐぶぅ?!」
キビヤの視界から一瞬ヴィスコが消え、次の瞬間にはキビヤはヴィスコに殴られ吹き飛ばされていた。
「キビヤくん?!」
ラダイはすぐにキビヤのもとに走り、キビヤが壁に打ち付けられる寸前にキビヤの身体を止めた。
「ラダイ先輩…。」
「外傷は酷くなさそうですね…。」
ラダイは手のひらサイズの氷を作ってキビヤに渡した。
「火傷したところを冷やしておいてください。」
「ありがとうございます。」
ラダイはすぐに視線をヴィスコに戻した。ヴィスコの纏った火は更に強くなっていた。
「うるぁぁぁぁ!!」
ヴィスコが口を大きく開けると、そこから火の渦が放たれた。
「少し、待っててください。」
ラダイは立ち上がり、キビヤの前に出た。すると、ヴィスコの放った火が凍りついた。
「すぐ終わらせますから。」
ヴィスコはラダイに向かって走り出した。
「遅いですよ。」
ラダイは一瞬でヴィスコの横に移動し、燃え上がるヴィスコの身体を剣で斬った。
「がっ??!」
ラダイの切りつけた場所から氷が吹き出すように飛び出た。
「うがぁぁ!!」
「おっと!?」
ヴィスコは燃え上がる腕を振り回し、ラダイは剣を前に出しながらヴィスコから離れた。
「近距離は分が悪いですね…。」
ラダイの周りに何本もの氷の槍が浮き上がっていた。
「はっ!」
「ぐがぁぁぁぁ!?」
ラダイが剣を前に出すと同時に、氷の槍はヴィスコを襲った。
「終わりです。」
ラダイは剣を空中に投げ、両手を前に出した。
「ストップ!!」
突然、三人とは別の声が響いた。
その声に反応し、ラダイの動きは止まり、ヴィスコは気が抜けたように意識を失い倒れた。
ラダイは落ちてきた剣を捕り、声の方を見た。
「早いですね、ルークくん。」
声の主はルークであり、その後ろにはメービスとラキもいた。メービスとラキは、所々凍りつき、ボロボロで倒れているヴィスコを見て驚いていた。ルークは少し呆れながらラダイを見ていた。
「やり過ぎですよラダイ先輩。」
「少し頭に血が登りまして…、すみません。ルークくん、キビヤくんを。」
「はい。メービス、一応睡眠の術式かけといて。」
「はい。」
ラキは楽しそうにラダイに駆け寄った。
「ラダイさんやっぱり強いねー!あれがヴィスコって人だよね?」
「そうみたいですね。キビヤくんは大丈夫ですか?」
キビヤはルークに治癒魔術をかけられながらも立ち上がった。
「大丈夫ですよ、一回攻撃くらっただけなんで…。」
「一回…?」
ルークは驚いていた。一回くらっただけにしては、キビヤの身体中は火傷だらけであった。
「すみません。キビヤくんを傷つける予定はなかったのですが…。」
「ラダイさんのせいじゃないですよ。それに、一回くらってノックアウトしかけるほど弱い僕が悪いですし…。」
「にしても、派手にやりましたねぇ。」
ルークは周りを見渡した。洞窟の地面や壁のあらゆる所が凍りついていたり、焦げついていたりしていた。
「これ何?」
ラキは地面に落ちていた金色の粒を不思議そうに拾った。
「それ飲んだ直後にヴィスコの火の威力があがったように見えましたけど…。」
キビヤの言葉にラダイが頷いた。
「そうですね…。それはたぶん花狂薬です。」
「本当に出回ってたんですね。」
ルークは驚きつつも冷静であった。
「花狂薬?」
ラキは聞き覚えがなく、首を傾げた。
「僕も聞いたことないです。」
キビヤも聞いたことがなかった。
「花狂薬は最近出回っている魔薬です。ルーク、キビヤくんは私が引き継ぎますので、ヴィスコの治癒をお願いします。」
「はい。」
「僕は大丈夫ですよ、ラダイ先輩こそ。」
「いいですから、これぐらいさせて下さい。」
申し訳なさそうに言うラダイにキビヤは黙って頷くしか無かった。ルークは何か思うところかあるようにそれを見ていたが、すぐに表情を切り替えた。
「メービスちゃんは外にいる部隊に連絡しに行って。ラキは周りの警戒をお願い。」
「はい。」
「はーい。」
メービスは洞窟の外へと走っていった。ルークはそれを確認してからヴィスコの身体を見た。
ヴィスコの身体は焦げつき、皮膚が熱によって溶けている部分もあり、その反面、凍傷のような部分もあった。
「アリアも連れてくれば良かったなぁ。」
「アリアさん?」
ルークの言葉にラキが首を傾げた。
「そう。あの人の方が治癒魔術の知識多いし、それに魔力コントールもあの人の方が上手いし。これ難しすぎる。」
「そもそも治癒魔術できる人少なくないですか?私もできないし。」
「治癒魔術は魔力コントールが大事だからね。術式覚えてるだけでもそこそこはできるけど、失敗する確率は高くなる。そもそも人体を弄る魔術士だし、他の魔術みたいに発動して終わりじゃない。、だから少ないんだよ。失敗したら人殺しだからね。」
「へぇ。そのヴィスコって人死ぬの?」
「ま、できるだけ頑張るけど。ハイトさん来たらハイトさんに頼むかな。」
「呼んだ?」
「うわっ!?」
ルークの後ろにはハイトが立っていた。突然真後ろから声がしてルークは声を出し驚いた。
「お疲れ様。じゃあ変わるよ。苦戦したみたいだねぇ、ラダイ。」
ハイトはヴィスコの傷を見ながらラダイとキビヤの方に一瞬視線をやった。
「すみません。」
「なんで謝るの。苦戦はしたけど、こいつ抑えられたんだから合格点だよ。」
「そうです…ね。」
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