一話. ピンチは焦る
カブラーン王国。ユラフカ大陸の西に位置し、中央のテセント、東のヴァルスタ、西のザパード、南のヤウグ、北のシィービル、五つの地方からなる王政国家。
テセント州の東の森では、魔術士団第六大隊ライブル小隊による任務が行われていた。
「助けてぇ〜!」
森の中で叫びながら駆け回る青年がいる。その姿は黒の軍服に腰に剣を携えていた。
青年の後ろからは緑色の狼たちが迫っていた。木々の中を駆け、低木を飛び越え、およそ軍人とは思えないほど必死に、目に涙を浮かべながら走っていた。
「ちょっ、誰か誰か…あっ。」
青年は木の根に足をかけ、転んだ。受身を取れず、何とか前に出した腕が地面につき、腹を打った。狼たちは容赦なく、青年に向かって牙を剥いた。
「ラキキィッークッ!」
突然狼たちの前に小さな竜巻が起こり、狼たちは吹き飛んだ。狼たちはすぐに体勢を整えようとしていた。
「逃がさないよー!ラキスラァーシュッ!」
竜巻の起きた場所から風の刃が飛び、狼のたちの首をはねた。
「ふんっ!…あっ、大丈夫?」
狼たちを倒したのは小さい少女であった。
「ありがとうございますラキ先輩、助かりました。」
彼女の名はラキ・スラート。ライブル小隊所属の下位魔術士である。
「キビくん、ちゃんと仕事しないとダメだよ?」
ラキに助けられたのは、彼女と同じ小隊所属の下位魔術士、キビヤ・ウィンスルである。
「すみません、二、三匹だと思ったら十匹もいるなんて。」
「三匹も十匹も変わらないと思うけど?」
「だいぶ違いますよ。」
「そう?それより大きいやつ見つかった?」
「いえ、まだです。」
「そっかー。おっきいからすぐ見つかると思うんだけどなー。普通のはすぐ見つかるのに。」
「普通のがすぐ見つかる時点でおかしいんですけどね。」
魔狼は狼の魔力持ちである。その種類は四元素に対応しており、緑色の狼は風狼と呼ばれている。
キビヤとラキは上位魔狼、魔狼の進化体を探していた。
「見つかんないしそろそろ帰る?」
「いやダメでしょ。アリアさんたちも探してるんですから。」
「冗談だよー、でもほんと見つかんないねー。」
ラキは周りを見渡しながらそう言った。
「僕はさっきの抜いて四匹やりましたけど、ラキ先輩は?」
「私は…二十?」
「知らないですよ。」
「どうやったら見つかる…二匹?」
ラキは突然木々の向こうを見つめ、首を傾げた。
「どうしたんすか?」
「向こうに二匹…いや?その後ろに人かな?走ってる。」
「なんでわかるんですか。」
「聞こえるじゃん。」
当然のように言うラキに、キビヤは首を傾げながらも耳をすました。しかし、キビヤの耳には、木々の枝や葉が風に軋む音とわずかな鳥たちの鳴き声ぐらいしか聞こえなかった。
「いや、聞こえないですけど。」
「耳掃除した方が良いよ?」
「そういう問題じゃないですよ絶対に。」
魔狼は魔獣に分類される。魔獣とは、その名の通り魔力を持った生き物の総称であり、魔物とも言われる。
突然変異で魔獣になった獣以外は、生まれて直ぐに、魔力を隠すことを覚える。それは、より強大な魔獣や人から身を隠すためであり、森や山の魔獣はそれが上手く、もちろん常時の動きも静かである。それ故、気配を察知して探すのは困難を極める。
「追いかけよー!」
そう言いながらラキは走り始めていた。キビヤはそれを見て急いで追いかけ始めたが、すぐに引き離された。ラキは森の中を軽やかに走っていった。
「はやっ…。まぁラキ先輩だから真っ直ぐ行けば会えるか。」
キビヤが一人でしばらく走ると、ラキがスピードを落として走っていった。その隣には痩せ型の男が走っていた。
ラキが後ろから追ってきたキビヤに気づき、振り向いた。
「あ、やっと来た。」
「速すぎですよ。あ、ルーク先輩どうも。」
キビヤは走りながら男の隣に付き、頭を下げた。
「おっ、キビヤちゃんも来たんだ。」
男の名はルーク・ミンティ、キビヤ、ラキと同じ小隊の上位魔術士である。
「なんで追いつかずに追いかけてるんですか?」
ルークは魔狼が見えるギリギリの距離を保ち走っていた。ラキもそれに習う形で走っている。
「追いかければ大きいやつのところに行けるかなって。小さいのキリないし。」
「なるほど…。」
「あっ!」
ラキが突然声をあげ、止まった。キビヤも慌てて止まった。
「どうしたんですか?…あれ?ルーク先輩は?」
キビヤとラキの間を走っていたはずのルークの姿は消えていた。
「キビくん伏せて。」
「?…はい。」
キビヤは言われた通りにしゃがんで、魔狼の方を見た。魔狼は走るのをやめていた。
「あれ?…わお。」
魔狼たちの奥からその三倍ほどの大きさの魔狼が歩いてきた。
「でっか…。あれが上位魔狼。」
キビヤは思わず口をあんぐりと開けていた。大きさ以外は普通の魔狼と変わらないが、溢れる高い魔力を感じ取り、キビヤは少し身を震わした。
「行くよ、キビくん!」
「えっ?」
ラキは既に魔狼たちに走り始めていた。
キビヤが前に視線を移すと、上位魔狼が口を開けていた。ラキはそのまま真っ直ぐ魔狼たちに向かって行っていた。
「へ?」
上位魔狼の口から雷を帯びた旋風が放たれた。ラキはすぐにそれを避け、旋風はキビヤの方に向かっていた。
「うっそ!?水…はダメだから…えっ、ちょ、どう、わー!!?」
キビヤは横に走り、旋風が当たる直前で地面を蹴り、転がりながら避けた。
「いたた…、えー。」
旋風が通った場所の木々は粉々に砕け散り、地面はえぐれていた。
「よっし、邪魔なの終わりっ!」
ラキの声に気づき、キビヤがその方向を見ると、二匹の魔狼の首が落とされていた。
「流石!…じゃないっ!」
上位魔狼の目はキビヤを捉えていた。上位魔狼が再び雷を帯びた旋風をキビヤに放とうとしていた。
「ひいっ!?」
「ラキラキスラァーシュッ!」
ラキは上位魔狼の上に飛んでおり、腕を鞭のように振り、その腕から風の刃が放たれた。しかし、上位魔狼はすぐに口をラキの方に向け、雷を帯びた旋風を放った。
ラキの放った風の刃は旋風に消され、ラキに旋風が向かった。
「ラキ空中ぅ、ジャンピンッ!」
ラキは空中を蹴り、上位魔狼の攻撃を避けた。
「ラキラキスラッシュも簡単に消されちゃうとなると…、キビくん!」
「はい!」
「全力で囮になって!隙を見つけて叩き込むから!」
「えっ…わかりました。」
キビヤは両の手のひらを前に向けた。
「水球連弾!」
ラキの方を向く上位魔狼の顔に、大量の水の球がぶつかった。上位魔狼は目がキビヤに向き、その目はキビヤを睨みつけるように捉えていた。
「あは…よっしゃ!逃げろぉ!」
キビヤは上位魔狼の周りを走り回りながら、時々止まり、水球連弾を上位魔狼に撃ち続けた。上位魔狼にダメージは入っていないが、しつこく顔を狙い、動き回るキビヤにイラついていた。
「ラキラキスラァーシュッ!」
隙をついてラキが風の刃を放つ。
ラキの攻撃の方がキビヤより重いが、キビヤの攻撃の方が手数が多く、上位魔狼は翻弄されていた。
上位魔狼の動きは鈍くなってきたとき、ラキは上位魔狼の真上に飛んだ。
「とどめのぉぉぉ!ラキラキらばっ?!」
突然上位魔狼の姿が消え、ラキの身体が地面に叩きつけられた。
「ラキ先輩!?」
上位魔狼は上空に飛び上がっていた。
上位魔狼が着地すると同時に、上位魔狼の周りに、雷を帯びた竜巻が吹き荒れた。
キビヤは急いでラキと上位魔狼の間に入った。
「急いで立ち上がってください!」
「わかってるよー。あー、痛かった。」
キビヤの心配を他所に、ラキは平然と体を起こし、地面に座り込んだ。
「とゆーか、逃げても無駄だと思うよ?」
「余裕ならどうにかしてくださいよ!?」
上位魔狼の口が開くと同時に、その口から雷を帯びた風の大きな球が放たれた。
その球の力によって、周りの地面はえぐれていった。
「ふんっ!」
キビヤは地面に両手を付くと、キビヤとラキの前に土の壁ができた。
「小さい。」
「知ってますよぉぉぉ!?」
ラキの言葉通り、土壁の高さはキビヤの身長より低く、幅はキビヤとラキがギリギリ隠れるようなサイズだった。
球が壁に当たる直前、突然キビヤとラキの視界が暗くなった。
「大丈夫?二人とも。」
キビヤとラキの暗い上空が割れるとともに、女性の声が聞こえた。
キビヤとラキはその女性の魔術によって、二人のいた場所の地面が下がり、その上に土の蓋をされたことによって守られていた。
「アリアさん!?」
キビヤが女性を見て思わず声を上げた。
彼女の名はアリア・ピアーモ、キビヤたちと同じ小隊所属で、十位魔術士である。
「助かったー、ありがとー、アリアさん。」
ラキののんびりした声に、アリアは安堵の表情を浮かべていた。
「間に合って良かったわ。」
キビヤも安堵の表情を浮かべたが、すぐに上位魔狼の方を見た。
上位魔狼は黒い魔力の帯に捕まれ、身動きをとれずにいた。
「遅いわよ、ルーク。」
「いやぁ、申し訳ない。術式張るのに手間取っちゃって。」
上位魔狼の後ろからルークがヘラヘラしながら歩いてきた。
「ラキちゃんが頑張れば時間稼ぎぐらいは余裕かなって、思ってたんだけど。」
ラキは頬を膨らませた。
「私だって油断しなきゃ余裕だったもん!」
「そもそも油断しちゃダメよ。さて、ルーク。それ眠らせて。」
「はーい、ほいっ。」
ルークは上位魔狼の前に立った。上位魔狼は唸りを上げていたが、ルークは変わらずヘラヘラしていた。
ルークが左手を前に出し、パチンッと指を鳴らした。すると、上位魔狼の目は虚ろになり、目を閉じた。
それを確認し、アリアが一冊の本を取り出す。
アリアは上位魔狼の前に移動し、一ページ目を開き、そこに手のひらを置いた。アリアが手を離すと、本が光り、本は一ページごとめくれ始めた。上位魔狼は本の光に吸い込まれ、本は勝手に閉じた。
「はい、任務完了。」
キビヤは物珍しそうな顔でそれを見ていた。
「それが封印の書ですか。便利ですね。」
「そっか、キビヤくんは初めて見るのね。便利って言っても使い方と鍵を知らなきゃ封印も解除もできないわよ。」
「へぇ。鍵?」
キビヤは首を傾げた。アリアは本に手をかざしただけである。使い方は魔術全般に言えることだが、鍵は聞いたことがない。
「鍵と言うよりは暗号だよん。」
「「へぇー。」」
ルークの言葉に、キビヤとラキの声が被った。
「なんでラキちゃんも知らないの?私何回かラキちゃんの前でも使ってるんだけど。」
アリアは呆れたようにラキを見た。
「原理は教えてもらってないもん。」
「簡単に説明すると、術式を重ねるんだよ。その暗号は決まってないし、封印する度に設定できる。そうすることで、封印の術式を隠す仕様になる。封印の術式自体も一部を隠すように作るから、結果としては二重の鍵となり、魔術に詳しい人でも勝手に解除が難しくなる。」
ルークの説明にキビヤとラキは納得した。
アリアがキビヤの方を見る。
「にしても、キビヤくんよく咄嗟に土壁作れたね。普段作らないのに。」
「いやぁ。実はラキ先輩の前に入る前に術式構築させといたんですよ。」
「それであの大きさ?あはは、小さすぎない?!」
ラキが笑いながら言った。
「しょうがないでしょ、普段使わないんですもん!」
「はいはい、二人ともお疲れ様。」
「あれ?僕は?」
「はいはい、ルークもおつかれ。村に戻って報告したら帰ろっか。」
四人は帰路に着いた。
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