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『たそかれ』よ、さようなら

作者: 蘭薇

 この作品は、ホラー冒頭博覧会に参加した作品です。

 

 また、とある作品にインスパイアされた作品です



 近くの小学校からだろうか。夕方のチャイムが流れているのが、耳に入ってきた。

はたと気付けば、何故か自宅近くの公園のベンチの端に一人ぽつんと座っていて、両手には小さな針金のようなものを一本ずつ持っていた。これは……、『知恵の輪』だろうか。なぜこんなオモチャ、持っていたんだ?とりあえず、それを胸ポケットにしまい、帰路へと戻る。

 

 まだ明るい時間にこうやってこの町を歩くのはいつぶりだろうか。

田舎から出てきてから5年。閑静な郊外の住宅街とはいえ、周辺畑だらけの地元に比べたらコンビニが徒歩圏内にあって感動したあの日。あれから少しずつ社会の闇を知って……、気付けばすっかり従順なを社畜と化して働いていたが、まさか、経営者が変わり、真っ黒からホワイティな会社になるとは青天の霹靂、そんなドラマのような華やかな転機が訪れることとなるとは……。直近1ヶ月くらいは前経営者が残していった後処理に追われていたわけだが、今日はある程度仕事も落ち着いたということで、こんな早い時間にここまで帰ってきたわけだが……、ふと違和感に気付いてしまった。こんな明るいというのに公園からここまで誰ともすれ違っていない。いくら閑静な住宅地とはいえ、こんなにも人気がないものなのだろうか。


 きょろきょろと周りを見渡していたら、麦わら帽子をかぶった色白の女の子が真顔で近づいてきて、ぴたりと、真正面に立ってブツブツと何か言ってきた。


「ねだんねんざ。いなれどもはにともはみきうも。にうそいわかにうそいわか。ねだかろおはとたっとをわのちのい、のいめんうらかずみ、あ。ねだんたっましてきにちっこ。 」

 

 ……は?なんて?


 ニチャリと少女は笑みを浮かべるとタタタッと走って何処かへ行ってしまった。今のは何だったのだろうか。背中にスーッと気持ちの悪い汗が流れるのを感じた。急に不安に駆られる。ここは本当に5年前から住んでいる町だろうか。あれ、こんなところに自動販売機あったっけ?ここの玄関の前にダルメシアンの置物なんて飾られていただろうか。あそこの壁、あんなひび割れていただろうか。いつも歩いていた見慣れた景色が一気に知らない町に思えてきた。ただ、明るい時間だからか?本当に?


 ポストのある十字路を右に曲がって、赤い屋根のアパートを目の前にして、ほっとする。ちゃんと自宅のあるアパートがそこにあった。どうやら杞憂だったようだ。カバンから鍵を取り出し、カンカンと階段を上る。2階の階段すぐの205号室の扉の前に立つと、いつも通り、家に入ろうとした。そう、いつも通り、鍵を開けて家の中に入るだけのはずだった。鍵穴に鍵が入らない。

おかしいと思い、鍵が曲がっていないか確認をする。まぁ、当然、曲がってはいない。まさかと部屋番号を確認しても、ちゃんと205号室の表記がされており、自宅で間違えなさそうだった。では、ごく稀にあるという鍵穴にゴミが入ってしまったのだろうか。

 鍵穴を覗いてみようと、少ししゃがもうとした瞬間、内側からガチャリと鍵の開く音がした。同棲している家族どころか恋人もいない、もっと言えば合鍵を田舎に住む親にすら渡していない。誰かが家にいるはずがないのだ。おもわず、後ずさる。ドアノブが動き、ドアが動く。


『誰だ、あんた。 』


 扉を開いたのは人ではなかった。どっからどう見ても、全裸のマネキンだった。


『おい、なんか言ったらどうだ? 』

 

 男性とも女性とも受け取れる声はそのマネキンから発せられているようだが、口らしきところは一切動いていない。


『あんた、なめてんのか?警察呼ぶぞ? 』

「あ、いや、あの、間違えたようです。 」

『間違えただぁ? 』


 いますぐにもこの場から走って離れたいが、何も言わずここから立ち去ってコレに追いかけられたり拘束される方がヤバいと本能的に感じた。


「そ、そうです。この鍵を使って友人宅に荷物取りに来るように言われていたんですが、初めて来たから、その、間違えちゃったなぁ……。 」 


 かなり苦しい言い訳だろう。でも、とりあえず、コレに敵意や過度な警戒心を与えてはいけないと思った。


『……わかったよ。ほんとに間違えたんだな。 』

「そうです。友人に電話かけて確認します。ほんとに申し訳ないです。 」


 頭を深く下げ、謝罪の意を見せる。すると、フンと鼻を鳴らすのが聞こえたかと思うと、バンッと強く扉の閉め、ガチャンと鍵がされた音がした。その場で、腰が砕け、へたり座り込んでしまった。


 今のは何だったのか。自宅のハズだが、動くマネキンが住んでいた。そもそも、マネキンが動くなんてありえない。なんとか壁を使い、立ち上がる。ふと、自身の手を見る。


「は? 」


 声が出てしまった。指の関節が、可動式人形のような球体関節となっていた。触って確認するが、関節部分だけ無機質な感触をしていており、他の部分はあたたかい、普通の人の肌、肉の感触がしていた。思考が追い付かない。いつから?とりあえず、ここにいて、またマネキンに何か言われたら困るのでアパートから力なくトボトボと立ち去った。


 じりじりと太陽の光が自身の身を焼く。暑い。本当だったら、自宅に帰ってのんびりしているはずだった。なのに、なんか変だ。そもそも、なんで帰宅途中、公園のベンチで座っていたのだろうか。思い出せない。真っ直ぐ家に帰ればよかったのに、わざわざあんなところに寄った理由が分からない。


『見つけたよ、リョウ。こんなところにいたのか。 』


 振り向くと、真っ黒な何かが優しい声でそう言った。真っ黒な何かは人型をしているが、ぐちゃぐちゃと粘着質な音をたてており、嫌悪感しか感じなかった。


「人違いではないでしょうか。 」

『人違いなわけがない。完治していないのに病院から抜け出して、全く困った患者だ。 』


 病院から抜け出した?何を言っているんだ?


「私は、私は……、わたし?おれ?ボク……? 」


 自分は、誰だ?名前が思い出せない。自立して仕事していたわけだし、上京して5年経っているわけだから、成人していたはずなのに、年も思い出せない。家族の顔も、同僚の顔も思い出せない。自分の顔すら、分からない……。


『何か思い出したのかもしれないけど、とても外出してもいい状態じゃないんだよ、君は。それなのに、何も言わず一人で出て行っちゃうなんて。 』


「でも、上京してここに5年住んでいたんだ。なのに、なのに!! 」

『まだ正常な状態じゃないんだよ、君は。さぁ、病院に帰ろう。 』


 優しい声を発する黒い何かはズルリと生やした触手のようなもので手を引こうとする。直感的にコレについていってはいけないと身体が拒絶反応を出し、じりじりと距離を取ろうとした。


『リョウ、君の目に私がどう映っているのか分からないが、すぐにも病院に戻った方がいいんだ。さぁ、病院に戻ろう。 』


 首を左右に振り、その場から走って逃げだす。アレにつかまってはいけない。無我夢中で走っていると、あの時の麦わら帽子をかぶった少女が前に現れた。ふいにガッシリと手をつかまれ、路地裏へと連れていかれた。


「れかわ!だるひはんかじのまい。ろみをうよいた。 」


 少女は上を指し、そう言う。まただ。この子が何を言いたいのか分からない。


「どけいなはでりおどともはんしじみき。るれどもはにいかせのとも、ばれすうそ。いさなりどもにきどれがそた!けづきにんかわいのいかせ! 」


 必死に何かを訴えているのはわかるのだが、ほんとに分からない。何語だ?


『みーつけた。』


 路地裏に真っ黒なアレが来てしまった。


『リョウ、かくれんぼはおわりだよ。さぁ、病院に戻るんだ。 』


 その一言を合図に、たくさんの触手が路地裏に入り込んできた。その触手の先に猫のような目が付いていた。すべての瞳が、自分を見ていた。その瞳に映る自分の姿は……。


「なるみ!! 」


 そう叫ぶ少女が自分の前に飛び出し、麦わら帽子で目隠しされた。そして、小さな手に強く引っ張られる。


『まただ!!なんでこうも何かに邪魔をされてしまうんだ!! 』


 先ほど触れられたときはあまり気になってなかったが、彼女の手はひんやりと氷のように冷たかった。でも、嫌な感じはなく、そのまま、彼女に引かれたまま行先も分からぬまま一緒に走った。


 たどり着いた場所は近所の、自分があのベンチに座っていた公園だった。少女はパッと手を離し、そこらへんに落ちていた木の枝で何かを書き始めた。


【これはよめますか?】


 それはつたないひらがなだった。でも、読める。


「あぁ、分かるよ。 」

【きみはまだ もとのせかいにもどれる。ここでゆうがたになるまでまてば もとのせかいには もどれる。】

「なぁ、君の名前は何なんだい?ここは何処で、さっきのは何なんだ? 」 


 少女は首を横に振る。


【なにもしらなくていい。なにもしらないほうがいい。どちらにしても もとどおりにはならない。だったら なにもしらないほうがいい。】

「その感じだと、何か知ってるんだな。なんでもいいんだ。教えてくれ。何かわかれば、自分の記憶が戻せるかもしれない。 」

【きおくがないなら ないほうがいい。つらいだけ。】


 記憶がない方がいいって、私はそんな酷い人間だったのか?俺はろくでもない人生を歩んでいたのか?でも、それでも。


「自分が何者だったのか分からないのはこわいんだ。君の言う通り、知らない方がいい事なのかもしれないけど、知らないままの方が後悔しそうだから。 」


 彼女は少し考えこむ。そして、再び木の枝を使い、決して上手とは言えないひらがなを使い、それを伝えてくれた。


【ここは ゆめのせかい。しんだひとがみる ゆめのせかい。でも きみはまだ いきてる。だから たそがれときに ここからもどればいい。たそがれときだけ ここのせかいから でられる。】


 夢の世界。いや、死者の世界だ。ボクは生死を彷徨っている?でも、何故知らない方がいいんだ?


【あと、オモチャ。もとに もどしたほうがいい。これが きみのきおく。】


 あたしは胸ポケットにしまっていた知恵の輪を取り出した。


【きみは じぶんでそれをはずしちゃったから きおくがなくなった。】


 こんなオモチャが自分の記憶を維持するものだなんて思いもよらないじゃないか。あのとき、ちゃんと手元に残しておいてよかった。


【たそがれときまでに もとにもどしたほうがいい。ここは ふつうにじかんがすすむから。】


 はたと時計をみれば昼前だった。今まで時間が逆に動いていたのか。全く気付いていなかった。すると、少女はパタリと木の枝を地面に置いた。


「えっと、色々教えてくれてありがとう。君は、その、ずっとここにいるのか? 」


 彼女はコクリと頷いた。おそらく、彼女は死んでから長い時間ここにいるのだろう。


「えっと、さっきみたいのに襲われることは多いのか? 」

【おそわれるのは いきてるひとだけ。しんでるひとには むしする。】


 アレは生者をここに留まらせるための何かだったのだろうか。襲われることはないとしても、あんなのがいるこの世界に居続けるのは嘸かし大変だっただろう。それにしても、あの黒いアレは俺に対して『リョウ』と呼んだ。自分には今一部記憶がないが、『リョウ』という名前ではなかったと潜在的に思っている。何故、アレは僕に対して『リョウ』と呼んだのだろうか。


【きみは きみを なくしちゃダメだよ。】


少女はそう書くと泣きそうな顔でわたしを見た。なんで、なんでそんな顔で自分を見るのだろうか。


【ほら はやく おもちゃ もとどおりにして。】


 知恵の輪とかあまり遊んだ記憶がない気がするので、僕は慌ててくっつけられるようにガチャガチャといじり始めた。



 ガチャリ



 知恵の輪がハマる。記憶が自身に流れ込んでいく。


 『俺』はあの日、仕事が早く終わり、新しい社長に飲みに誘われて、そう、あの日はそのまま家に帰らずにバーに寄ったことを思い出した。そう、そこまでは思い出せたのに、そこから先の記憶がない。






 真っ白な天井、真っ白な壁。身体はひどく重たく、頭痛がひどい。吐き気がする。

無理やり身体を起こそうとするが、無理だ。指一本も動かせる気がしない。瞼が重い、喉が痛い。


「おはよう。 」


 白衣を着た中年男性が俺に声をかけてきた。俺はその声を()()()()()


「リョウ、やっと目を覚ましたんだね。 」


 あの、黒いアレと同じ声だ。


「もうパパが死なせないからね。脳を入れ替えてでも、死なせないからね。 」


 俺はあの世界で会った麦わら帽子の少女と、この白衣の男の顔がなんとなく似ていることに気付いてしまった。

 



































「社長業やめたの? 」

「だって、在庫()()売り切ったし。最後のは、なかなか納品先見つからなかったんだけど、でも、あのイカれた医者、残さず使ってくれるって言ってたからさ!! 」

「あぁ、脳死した娘を生き返させるために他人の脳を入れるって言ってた?それってもう娘じゃなくない? 」

「姿が一緒なら、娘だそうだよ。あぁ、でも、売れ残りからちゃんと記憶消去できてればいいけど………。まぁ、返品不可ってしたし、あの狂人なら強引にでも記憶を消しちゃいそうだわ!!さて、次の仕事何しようかな??? 」


 


 




 

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