第5話
第5話
「頭、大丈夫?」
「ゼロ距離でブーメラン投げちゃうんだな」
双方、意図するところは全く別だろうけど。
「私は正常」
「ウンコ好きが世界標準だと思うなよ? 待て、だからなんでそんな『意外』って顔すんだよ!」
なんだこの鉄のハート。
「サキュバスなんだから当然」
「ぶれないな……レイカちゃんに質問でーす。まず、サキュバスがなんだか知ってるかなー?」
さすがの俺も、かわいそうな子に接する口調になっていた。
「サキュバス。男の精に興味深々のエロい魔物」
身も蓋もないが最低限の基本は知っているようだ。
「で、レイカちゃんはどうなのかなー?」
「サキュバス」
えー……。まぁ高度な痴女はサキュバスと変わらないって言うしな。言うのか?
「勘違いしない。ウンコに特化したエキスパート」
「勘違いしてねぇよ! 今すぐウンコ特化やめろ。そのビジュアル帳消しちゃってるから! なんで最大の武器捨てちゃうかな」
「ヨリ太のエッチ」
あれ? よく考えたら俺スゴイこと言ってる? 暗に糞から精へシフトしろって解釈されちゃったか。
「いや、そういう意味じゃなくて! 一般的なサキュバス像の事を言ってるんだ」
「大丈夫。思春期の男子なら普通」
「もうさぁ、サキュバスって設定やめない? どんな事情があるのか知らないけど」
「設定?」
彼女なら今からでも軌道修正は全然可能だ。
「キミは今日から普通の超美少女として生活した方が絶対いいってこと。エッジのきいたキャラ作りなんかしなくても大丈夫だよ。そもそもなんでサキュバス選んだかなぁ」
「ヨリ太がわかってないの、わかった」
スッと立ち上がったレイカが目を閉じる。胸元で手を重ねて何かに集中しているようだ。
「****-****-****」
聞き取れない言葉を呟くと、眩い光がレイカを包む。
「な、なんだ!?」
眩しさでかざした腕の隙間から覗くこと数秒。光の粒子が散った跡には、昨日トイレで遭遇したサキュバスコスのレイカが佇んでいた。
「私、本物」
「で……でしょうね……」
アニメで見慣れたヒロイン変身シークエンス同様、瞬時に姿を変える彼女を見れば、オタク脳のサポートもあって人間技でないことは理解できる。
「わかってくれた?」
きわどい水着に「の」を逆さにしたような小さい角。そして角同様、コンパクトな羽と揺れる尻尾。瞳の色はクールな印象のサファイアから情熱的なルビーに変色していた。サキュバスイメージの最小公約数って感じだろう。
「いや、ひとつわからない。ウンコ好きどっからきた? 夢にまで見る、ってか夢でしか逢えない全男子憧れのサキュバス様だぞ」
「それは私の嗜好」
「残念サキュバス……」
「残念言わない」
その嗜好、返す返すも残念でならない。俺がエロイベントに巻き込まれなくてという意味ではなく、無自覚で宝の持ち腐れしている目の前のサキュバスに、だ。
「なんだろうな、この微塵もワクワクしない気持ち」
本物のサキュバスを前に実感がわかない。
「遠まわしなおねだり? 私に精を搾り取られたかった?」
変な気はまわるのか。
「そんな意は含まれてないよ。正直、俺にとってその姿の第一印象は『恐怖』だったからな」
「わかった。じゃぁ当初の目的通り、ウンコを頂く」
「頂く。じゃねぇ! 当初の目的通りってなんだ、させねーよ?」
「ここへ来た理由。あなたのウンコ」
耳を疑う理由だわ!
「変態サキュバス」
「変態違う」
落ち着け俺。ここは発想の転換でいこう。
「最悪、ウンコ渡したら帰ってくれるのか?」
「ダメ。死ぬまで搾り取る」
コイツ帰る気ねぇ!
「今、さらっと死ぬまでとか怖いこと言ったよな」
「大丈夫。私、がまんできる子。他のサキュバスみたいに一晩でカラカラにはしない。スイーツは一日一食」
コレ、精の方がマシな気がする! そしてスイーツに謝れ。
「残念だったな。俺は便秘だから次に出るのは一ヶ月後だ」
ウソは言っていない。部長に腕を振るってもらえば、更なるロングスパンも可能だろう。
「私、お上品サキュバスだからがっつかない。待つ。有名店なら一ヶ月待ちなんて普通」
有名店に謝れ。何と一緒にしてやがる。
「まずお上品な奴に食糞の発想はないと思うぞ。あと、何度も言うが『意外』って顔やめろな? この国で食糞文化は根付いてないから」
「ヨリ太、ごねる。やっぱり精を搾り取って欲しかった?」
糞or精! どう言やいいんだ……
「はっきり言おう。お前にウンコを提供し続ける気もなければ大人の階段(マイルド表現)を昇る気もない。おとなしく帰ってくれ」
「人間ごときが。私はヨリ太から離れる気はない」
ウンコ主食の奴に抑揚なく「人間ごとき」とか凄まれてもなぁ。なんかカワイイし。
「私もはっきり言う。ヨリ太が私を受け入れないなら、不本意ながら精の方を搾りきって私も死ぬ」
糞or搾精&死! 新手のヤンデレがいる。なんだその『精で我慢しといてやる』みたいなスタンスは……そこはウンコじゃねぇのかよ、おっかねぇ。