第1話
第1話
高校に入学して約一年。
何のアクションも起こさなければ当然だが、二年生に進級したところで彼女もできずに毎日を勉学と部活で時間を潰す、それがこの俺『大森頼崇』の日常だ。
広く浅くのライトなオタクであり、友人は少ないがギリギリぼっちではないと思いたい。成績は平均前後を行ったり来たり、部活は帰宅部だったが、進級を機に『少しでも女子に好印象を』とゲスな考えから料理部に籍を置いている。
「アンタが大森……よね?」
昼休み。少ない友人は各自教室へと戻り、ひとりとなった俺。窓際最後部という主人公席にもかかわらず、話し相手もなくボーっと頬杖をついていた背に、高圧的な女子の声で名を呼ばれた。
突然の事に体がフリーズし、ワンテンポ遅れて振り返った時には、
「なにキョドってんのよ」
声の主は逆サイドから俺の机の上に図々しく腰掛けていた。
向きなおした先には健康的かつ魅力的な張りのある白い太ももが目に飛び込む。見上げれば、美脚の持ち主は俺が一生係わることのない苦手なタイプ、おおきな括りで『ギャル』ってヤツだ。
「家白……七夕」
画像や印刷物でしか接点がない俺は、現実味がない状況についフルネームを呟いてしまった。
「ほぉーう。ナユのこと知ってんだぁ。当然だと思うけどねー。キモ」
最後、横を向き小さく言ったつもりだろうが聞こえてるぞ。否定はしないが、そっちから声かけてきたのに失礼な。
去年、クラスは違うものの彼女の噂は聞き及んでいた。
あざとく一人称が名前呼びのギャル。
男性攻略に特化したルックスと、恵まれたメリハリボディを武器にグラビアなどの芸能活動をしていて、名は『家白七夕』と書いて『ヤシロナユ』と読む。本名だそうだ。
「な、何の用?」
係わりたくないと頭で思っていても、パステルオレンジの縞パンを隠すことなく脚を組み直す仕草を目で追ってしまう思春期まっさかりの俺。
そんなパンツ同様、ヨコシマな視線に気を悪くした家白が前の席の椅子へと跨り、俺から見えない角度で大股を開いて不機嫌にドカッと座り直す。
「アンタにワンチャン持って来た」
背もたれで押し上げられた双丘が着崩した制服の胸元からこぼれそうだ。わざとか? わざとなのか?
視線が釘付けになった俺の鼻先へズイとスマホをつきつけられ、サービスタイムは終了。スマホ画面へと焦点を合わせた横から、悪い笑顔で小首を傾げるギャル様が覗いていた。顔小せぇなぁ。
「はぁ」とため息をつき、あらためて家白のかざすスマホに目を向ける。
「どうよ? ねぇ、どうよ? どう?」
どうと言われましても。画面には目の前のグイグイくる高圧ギャルとは対照的に、クールな印象の銀髪美少女が写っている。
「なんのゲームキャラだよ」
「ゲームキャラて! ちげーよ、さすがオタクの発想キメェわ!」
いったいなんなんだ、話がみえない。こんな美少女、パッと見CGだろ。
「ふっふ~ん。このコ、紹介してやんよ」
「なんだ? 芸能界の闇的なヤツか? 俺へのイジメか?」
「バカか。アンタ達みたいのはどうしてそんな頭ハッピーセットかなぁー」
家白の説明が足りないからだろうが。ハッピーセットにあやまれ。
「接点のない奴にいきなり怪しげな話を振られたら色々と勘ぐるのが普通じゃないか」
「まぁーそうかぁ。わかった、このコ紹介してやる」
解ってねぇじゃん! お前こそ頭アレだろ。ゆるふわツインみょんみょんさせやがって。
「なぜ俺? さっきも言ったけど家白さんとは接点……いや会話したのもこれが初めてだよな」
「接点接点うるさいわねぇ。アンタごときにナユが話かけてんのよ? どうせナユのグラビアには毎晩お世話になってんでしょ、接点大アリじゃんか」
「なってねーよ!」
一応、俺にだって絶賛片思い中の女性がいる。
下心ありきの不純な動機を知っても俺を料理部へ誘ってくれた先輩だ。お前とは違って女子からも慕われている、料理の腕以外はパーフェクトお姉さんだぞ。料理部部長なのにな!
「まーたまたぁ。見栄を張らずにぃー、イイのよ? ナユを使っても。妄想の中なら存分に」
カールしたハチミツ色のツインテを弾ませ席を立った家白は、これみよがしにポーズをつけて俺の反応を楽しんでいる。
「もうからかわないでくれよ」
気を抜いたら鷲掴んでしまいそうになるたわわな誘惑に耐え、教室を出ようと俺も席を立つ。
「ゴメンゴメン、まぁ座りー」
「話進まないな。結局、俺になんの用だ」
家白は暴れ馬でもなだめるかのように「どうどう」と激しいスキンシップで俺を席に座らせ、さっきと同じように俺の対面へと腰をおろす。
「ぶっちゃけ、この写真のコをアンタに説得して欲しいのよ」
ウインクして、いちいち絵になるところがイラッとくる。
「その経緯も本心もぶっちゃけてくれると助かる」
「んー……そうなぁー」
口元で細い指をしならせ、ゆるふわツインを左右に揺らし逡巡する家白。やがて心が決まったのか、気持ち真剣な表情で身を乗り出す。
「ナイショだけどぉ、ナユぅ、アイドルデビューする予定でさ」
ミントとラムネが混ざった感じの甘爽やかな吐息が確認できる距離まで詰めてくると、周囲に聞かれないよう小声で話す家白。パーソナルスペースという概念はないらしい。さすが勝ち組美少女、グラビアモデルの次はアイドルですか。そうですか。
「その条件がさ、ユニット相手になるこのコの説得なんだよねぇー」
「その説得役がなぜ俺」
「このコさぁー、キャラ作り? かなんか知んないけど、自分は『サキュバス』とか言ってんのー」
眉間にシワを寄せ、語尾も若干力が入っている。そんな表情ファンには絶対見せちゃだめだぞ。
「アンタ、さきゅばす? とか中ニ臭い設定に免疫ありそうじゃないですかぁー、このコと話合わせられるってナユ思うんだぁ」
引き気味の俺に気づいたのか、極上スマイルに切り替えてきやがった。
「話が合うってコトはぁー、非モテのキミにもワンチャンあるってことだゾっ」
うっわ、ウソくせぇ今日イチの笑顔!
「アイドルの恋愛なんて普通ご法度だろ。で、本心は?」
「ねー。 ワンチャン掴めると思っちゃうヨリタカ様さすが! アンタのビジュアルなら仮に説得成功してもサキュバスちゃんの方は靡かないと確信してっから」
してっからって、お前……
「ぶっちゃけ過ぎたな。別にいいけど」
「えっ、イイの!? やっぱ振られるの確定でもワンチャン気になっちゃうんだ?」
「引き受けるって意味の『いい』じゃねーよ! ホント自由だなお前」
「だってナユだよ?」
自分で言っちゃうんだ。
「ねぇ~ん、ヨリタカぁ。いいじゃんかぁ~! 学校イチの美少女からのお願い~」
馴れ馴れしく押しが強い。絡まれた二の腕に当たる圧しが柔い。そしていきなりの名前呼びかよ、悪い気はしないけども。そして自分で言うのか、学校イチ。
結局家白に押し切られる形で放課後に彼女が所属する芸能事務所へと、件の自称サキュバスちゃん説得に足を向ける事になってしまった。