第11話
第11話
翌朝。
「ねぇ、なんでいんの?」
大森家の食卓では制服姿のレイカが、早々に出勤した父の席に座って家族と普通に馴染んでいた。
「お兄ちゃんサイテー! そんなの迎えに来たに決まってんじゃん」
レイカの隣へ陣取っている妹が、俺の立場も知らずに文句を言う。
「直接ヨリ太の部屋に忍び込むのはがまんした」
「ほら頼崇。レイカちゃんが熱烈なアプローチしてるのになんで引いてるのぉー」
母上、そりゃ忍び込まれた後になにされるかわかったもんじゃないからですよ。仮に寝ているふとんの足元の方でモゾモゾされるラノベでありそうな展開があっても、ヒロインの目的はウンコなんですよ。それは引きもするわ。
「レイカさんの国では朝は彼氏のベッドにこっそり潜りこんで起こすか、馬乗りになって起こすんだって」
レイカのやつ引き篭もり中にセンシティブなゲームでもプレイしていたか? いや、一般的なサキュバス像ってことなのか。
なんにせよ、レイカが変な事を言い出す前に素早く身支度を済ませ、朝食抜きで登校することにした。
「わざわざ俺の家経由したら遠回りだろ? サーキュラーカーストから登校しろよ」
「遠回りしてでも有名店のスイーツは入手するもの」
柔らかに吹き抜けた春風に揺れる銀髪が朝陽を受けてキラキラと光る。
乱れる前髪をおさえ、若干はにかんだ笑顔を向ける。
この瞬間だけを切り抜けば、フィクションならドキッとする百点の場面なのだろうが、切り抜いたその先が俺には重要なわけで。
「言ってる事は女子力高めな内容なのに、『つまる』ところ俺の宿便目当てなんだよな?」
「便だけに」
今日もブレねぇな。
「便秘だから一ヶ月後って言っただろ。お前からも『がまんできる子』って聞いた気がするぞ」
「キャンセル待ちがあるかもしれない」
「ねぇよ、そんなの。頑ななスイーツ設定なんなの?」
「ヨリ太がオブラートに包めって言ったから」
あぁ。コイツなりにTPOを考えたってことか……
「なぁ、もう家こないでくれよ」
「だめ。ヨリ太が責任持って出すもの出すまでお邪魔する」
上目遣いで可愛く片頬を膨らまし、右腕にギュッとしがみつくレイカ。
「見て奥さん、大森さんとこの息子さんよ。カワイイ彼女さんと登校なんてイイわねぇー」
「でも揉めてるみたいよ? 出すとか責任とか」
「「若っかいわねぇ~」」
校内は仕方ないとして、ご町内にまで変な噂が広まるのは困る。
「わかった、わかったから行くぞ!」
レイカの手を振りほどき、昭和コメディドラマなら『塩沢とき』や『木内みどり』の配役が似合いそうなご近所のゴシップ好き奥様達から逃げるように学校を目指した。
「オハロ~。今日は早いじゃん」
教室に入ると、カースト上位の女子グループと談笑する家白が俺をみつけて控えめに手を振ってくる。
「こいつ止めてくれるんじゃなかったのかよ。今朝、押しかけられたぞ」
周囲を気にする余裕のなかった俺は、文句を言うため家白に詰め寄った。
「美少女に押しかけられるなんて、憧れのシチュじゃんかぁ。登校そうそうノロケかぁ~?」
俺はいっぱいいっぱいで気が回らなかったが、棒読み家白に目で自分の席に行けと訴えられ、冷静になれた。
「気軽に話しかけてくんなし」
友達と一区切りつけた家白がすっかり定位置となった俺の机に腰掛ける。
「気遣えるほど余裕がねぇんだよ。今朝も押しかけられたぞ」
腕に絡むレイカを解き席に着く。
「あー。止めたいのもやまやまなんだけどねー……」
「なんだよ? 歯切れ悪いな」
離れたレイカを見ながら何か言いたそうな煮え切らない態度の家白。
「ちょっとレイカの髪の色見てみてみー」
「みてみてみー? って……」
言われて隣に立つレイカの頭へ顔を上げる。
「あれ? なんか色がついてる?」
光の加減とかではなく、銀髪だったはずの髪色に薄っすら紫色が混じり、頭頂部の方はアメジストのような輝きを発していた。
「レイカ。あんたヨリタカにお預けされて相当ストレス溜まってるわね」
「ストレスの意味知ってるか? 今の俺にこそ相応しい単語だと思うぞ」
「それくらいナユ知ってっしぃ~……まぁ本人は気づいてなさそうだけどねぇ。髪が本来の色に染まったら一気に不満炸裂するかも」
カラータイマー的な解釈でいいんだろうか。
「不満炸裂したらどうなるんだ?」
「アンタ、本気のレイカから存分にされるわよ? 歪んだ性的な意味で」
グロスリップで艶やかに光る唇を耳元に寄せ、忠告まじりで囁く家白。存分ってなんだよ……
「何か対策とか知ってたらプリーズ」
「そぉね~、もう諦めてウンコ渡しちゃいなさいな。それが一番手っ取り早いわよ」
「他人事だな! お前がストーカー男に脱ぎたてパンツくれとねだられたら素直に渡すのかってハナシだ」
「まぁヨリタカならギリOK」
ふざけた笑顔でごまかすな。
「自分の身は自分で守れってか。で、さらっと俺をストーカーにすんなよ」
「ヨリ太、私のパンツと交換なら……出してくれる?」
「待て待て、中腰でスカートに手ぇ突っ込んでっけどやめろな?」
即断が過ぎる! なにこの子、こわい。
「パンツは引き換え券じゃねーから。そんなシステムないから」
「ちょっと、ヨリタカぁ。そーゆートコだゾっ」
「なんのこと……」
家白がヤレヤレと指差す先を見ると。
「だ!?」
「だ」
あちゃーと目を覆う家白の指先は。
「…………」
絹糸を彷彿させるサラサラロングの九割を一気に薄紫へと変色させたレイカが、少し涙目で俺を睨んでいた。
「俺のせいかよ!」
「自ら逃げ道塞ぐ回答すんなし」
嘘でも可能性を残させて問題を先送りにしろってか。
「とは言ってもなぁ」
危険度ゲージが跳ね上がるのを目の当たりにした俺。授業も上の空で頭をフル回転させるも解決策を見出せず、俺限定の指向性爆弾を抱えたまま放課後を迎えた。




