プロローグ
■プロローグ■
サキュバスというものをご存知だろうか。
一般的には美女・美少女の姿で男の夢の中に現れ精気を奪う魔物って認識だと思う。
マンガやラノベだっだら、現実世界に顕現して主人公君にエッチなアプローチでひと波乱とかとか……思春期男子であれば一度は妄想するであろうアレだ。
今現在、俺は寝ている訳でもなければ件の主人公君でもない。
なんなら、長期間の便秘で用足しの真っ最中だ。お食事中の方には申し訳ないが、俺にとっては1ヵ月振りに押し寄せた貴重なビッグウェーブなので、この機を逃すわけにはいかないといった状況下にある。
場所はクラスメートに頼まれた用件先の事務所の個室トイレという、とてもアウェイなフィールドだ。
そんな場で情けなくも滑稽にふんばる俺の前にしゃがみ込む美少女がいるわけですよ。
ただし、目のやり場に困る水着にステレオタイプな角・羽・尻尾を付けた前途の、まさにサキュバス『然と』した美少女が。
俺がカギをかけ忘れたにしても、普通、使用していれば気まずい表情と共にそそくさと出て行くものだろう。
しかし眼前のサキュバス風美少女は清楚系の見た目からは想像できないほどアグレッシブで、臆する事なく洋式便座に座る俺の両腿を左右に押し開き、砂被り最前席から顔を寄せてくる予想外のインファイターなわけで。
芳香剤のフローラルな香りが漂っていた狭い個室は彼女の甘い香りで上書かれ、ゆっくりと、しなやかに距離を詰めてくる。
彼女の前髪が俺の下腹部をくすぐる頃、藤色掛かった銀髪が床に着かないようかき上げ、露になった耳の上で妖艶に撫でつけた。気を抜けば吸い込まれそうな深紅の瞳を光らせ上目遣いで俺を見て、
「太くて長いのね」
とか、俺の胸元を支えに小さく尖った顎先を肩へ置き、
「あぁ……この臭い、この硬さ……たまらない」
と、ことほどさようにシンプルワードながらも耳元で囁かれれば思春期男子にとっては高火力のパワーワードとなって股間を直撃されるのが一般的だと思われる。音声情報だけなら。
「黒光りしていて美味しそう」
重要なコトだからもう一度言おう『音声だけなら』だ。
残念ながらか幸いなのか、美少女の対象は俺の股間ではない。
彼女が恍惚の表情で見つめるモノ。
『ウンコ』である。
堂々と便器に浮かぶ、黒光りした『太くて長くて臭くて硬い』俺の排泄物だ。美味しいかどうかは考えたくもない。
出したてのソレをロックオンしたサキュバス風美少女……いや、もう痴女とか変態でいいよな? は、尖った薄ピンクのネイルに白磁のような細腕を、俺の両腿の隙間へ躊躇なく突っ込んで鷲づかみする。当然俺の股間をでなく、だ。
何が起こっているのかわからないって? 安心しろ、当事者の俺もさっぱりだ。
そして自慢できるほどのモノをぶら下げている訳じゃないが、ウンコに負ける俺って……
百歩譲ってウンコをナマズと間違えてのヌードリング漁法とか?
いや、冷静になれ俺。一歩も譲れねぇ、譲っちゃいけねぇ。でもなんかヌードリングってエッチな響きでこのコにピッタリーとか、現実逃避も限界に来た俺は。
「ゴメン、ほんとゴメン」
変態痴女上級者を刺激しないよう、尻を拭くのも忘れてゆっくり退室した。
「申し訳ないけど、流しといてもらえると助かります」
変態空間から脱出した安心感からか、わずかな良心でドア越しに声をかけ、一目散に自宅へ逃げ帰った。
「どうしてこうなった……」
まさかラノベの枕詞を現実で使う日がくるとは。
寝床に着いても尚、蘇るエキセントリックな体験を払拭するべく、トラウマ級の結果をもたらす発端となったクラスメートに怨嗟の念を送るとともに、今日の濃い一日振り返る。