こいつら付き合ってないんだぜ。
「えっと、入部希望なんですか?」
「はい」
「本当に入部されるのですか?」
「はい」
大事なことなので、私は二回聞いたのですよ。
目の前には、人を数人殺したような顔の屈強な男が立っている。
そしてここは、手芸部で、私は高等部二年生の部長だ。
名前はアデル=ハイエット。
子爵家の次女で、婚約者もいない平凡な私ですが、この部ではかわいい妹たちにたよりにされているのだ。
結婚の予定もないので、家庭教師にでもなろうかな、と教師の資格を学校卒業までに取る予定だ。
「ちょっと手芸部って顔じゃないので……」
「……それはいささか失礼ではないでしょうか」
ギロリ、と目が光った。
……怖い。
これは刺激してはならない。
どうやってお帰り頂こう。
我が手芸部は女子どうしでキャッキャうふふしながらかわいいクマさんとか、うさぎさんとかを針で突く会である。
別に男女差別をするわけではないが、さすがに見た目の威力が強すぎる、この男。
部長として見極めなくてはならない。
「……失礼しました。素直に言い過ぎましたね。入部届を見せていただきますね。……中等部!?」
「押忍、自分、14歳。ジョニー=エドモンド。エドモンド伯爵家の長子です」
……は?
「じゅうよんさい?」
「押忍、14歳です」
……申し訳ないのだが、実は高校生ですらないかと思いました。
女子の花園を狙う悪漢かと思い、通報しようかと思っていたくらいだ。
「なぜうちの部に入ろうと思ったのですか? 失礼ですがあなたの体格なら、体育系のサークルが放っておかないと思うのですが」
「自分は騎士を志しておりました。ですが、先日、その志が折れる傷を負い、これからは細やかな作業により修練を積むことにしました」
なんと。
「それは、お気の毒に……。ちなみに聞いてもいいですか? どのようなお怪我を」
「……これです」
ただの、ササクレじゃねーか。
「……これは、ひどい、ササクレ、ですね。……えー。しかしですね、こんなササクレで音を上げるようでは、手芸部でもとてもやっていけるとは思えないのですよ。針で指とかプスってやりますし。プスって」
「これでも騎士科では防御の成績は優秀でした。刺されることへのは耐性には自信があります!」
「そう……ですか」
「試しに、刺してみますか? 耐えてみせます」
「……」
私は一体なんの面接をしているんだろう。
手芸部への入部の話なのに、論点がおかしくなってきた気がする。
「……帰って下さい」
「いやです。入部させてくれるまで帰りません」
「そこまで!?」
話にならない。
ああ、もう夕焼けだ。
「……そろそろ下校時間です。この話はまた次の機会に、ということで」
私は鞄を持って、帰ろうとしたところ、鞄をガッ!、と取り上げあられた。
「!?」
「先輩…まだ話は終わっちゃいない…です(ゴゴゴゴゴゴゴ)」
「えっと……門が閉まるくらいまでは、お話し、しますか?(ガタガタ)」
私は怯えた。
刺激するな、刺激するな私。
「いや、送ります。既に暗くなりはじめていますので」
「別にいいです……ササクレ程度で心が折れる人に送ってもらっても頼りにならないですし……」
「……!」
クワッと瞳が狂気を帯びたかのように輝く!
こわ!?
眉間に皺が寄ったかと思うと、今度は嘆くかのように、でっかい手で顔を覆って震えている……!
そのブルブルと震える手の指の隙間から、私を睨みつける。
ひぃ!!
「……仰るとおりです……先輩。自分は、敗北者です……。先輩をエスコートする権利など……!」
「いや、言い過ぎましたよね!? あなた伯爵家! ワタシ子爵家! あなた身分上! 私エスコートされる!! OK!?」
しーん…。
「……」
「……」
「……では、参りましょう」
何事も無かったかのように手をとられた!?
一度でもYESと答えたら取り憑かれる化け物の怪談話を私は思い出しながら、この伯爵家令息に連れられて帰宅した。
……あれ?
「なんで家まで付いてきている!?」
「エスコート」
「中まではいってくるんだ!? 家の前とかまでじゃないの!?」
「お茶を出してもらえるかと思いました。そして話の続きを」
「あつかましい!?」
「そうだ! だいたい、手芸部であなたは何がしたいの? ヌイグルミとかつくりたいの!? それとも刺繍!?」
「……入ってから考えます」
「だめだ!? こいつ!!」
「身分」
「(はっ)」
「……別に美術部とかでもいいんじゃないですか? 調理部とかその他の文化サークル沢山あるじゃないですか」
「手芸部じゃないとだめなんです」
「いや、絶対に騎士向いてますって!! 顔的に! ちゃんと騎士になってから趣味でやればいいんじゃないですか!」
「……騎士になれば手芸部に入れてくれるのですか?」
「なぜそうなる!? だいたい、あなたが騎士になるような頃、私は学校卒業してると思うので、その時の部長とでも相談してください! はい、おかえりはあちら!!」
私は指差した。玄関を。
「やっぱり今入りたいです」
「NOOOO!!! ……どうしたら帰ってくれるんですか……。私にだって宿題したり家事したりと生活あるんですよ……色々……」
私は疲れて壁に手をついた。
「宿題一緒にしましょう。家事手伝います」
「入部の話どこいった!? もう!! とにかく帰ってください!!!」
私はなんとか殺人未遂(脳内あだ名)を家から追い出した。
次の日の放課後もその次の放課後も……殺人未遂はずっとやってきた。
部活のない日もずっと放課後つきまとわれた。
「先輩、もう入れてあげたら?」
後輩たちがキャワイイ顔で、優しい事をいう。
あなた達みたいなキャワイイ後輩を守るのが部長の仕事よ。
こうなったらテコでも入れんわい!!
そしてなぜか今日は街の喫茶店で、お茶をしながら入部の話をしている。
「へえ、けっこう読書家なんですね」
入部の話を……ん? いつの間にかちがう話になってる。
「ええ、勉強も好きな方です。……先輩は教師の資格をとられるのでしたよね。良ければ僕で練習しませんか」
「ん?」
「もとい、僕に勉強を教えませんか?」
「伯爵家なら優秀な先生いるでしょ?」
「断るなら、その代わりに入部させてください」
「まだ諦めるつもりないの!?」
その日、いらないって言ってるのに、また殺人未遂は無理矢理自宅まで送ると言ってきた。
ん? なんだかこのところ、毎日一緒に帰ってない?
最近では母が当然のように家でお茶菓子用意している……家に上がり込んで当然の顔している魔物がいる! 実在したのか!
「そろそろ参りましょうか。手をどうぞ先輩」
「はいはい……ん?」
殺人未遂の手の指が、私の指に絡む。
……。
これは恋人つなぎというやつでは?
「さつじんみ…じゃなかった、ジョニー君。これはエスコートする手ではないのでは?」
「手を放したら、入部しますよ」
「それもう脅しだよ!?」
結局その手を繫いだまま、自宅まで送られた。
よく考えたら何故手を繋ぐ必要が……? そもそもエスコートいらなくない?
なんだろう、胸がドキドキした。
いや、まさか。そんな。そんな事が。
その後も、殺人未遂は私の所へやってくる。
――ある日。
「今日屋上で一緒に昼飯食いませんか。良い天気です」
「あ、たしかに。行く」
ん?
――ある日。
「今日、委員会で遅くなりますが、待っててもらえますか?」
「いいよ」
あれ?
――ある日。
「玄関の蝶番、ちょっとおかしいですね。直しましょうか」
「え、いいの?ありがとう」
「あらあら、たすかります」(母)
……親切だな。
――ある日。
「他に相手が頼める相手がいないので、パーティのパートナーになってくれませんか」
「しょうがないな」
仕方あるまい。
――ある日。
「僕の家でティーパーティがあるのですが。来ませんか? お菓子おいしいですよ」
「いいの? 行こうかな」
そして何故か親御さんしかいない。
「まあ、あなたがアデルさん? これからも仲良くしてやってね?」(未遂母)
「ははは、教師の資格をとるんだって? 頭が良いんだね。良い子じゃないか」(未遂父)
「はい、いつもお世話になってます……」
あ、あれ? ……まあいいか、お菓子おいしい。
――ある日。
「次の休みに公園のボートにでも」
「わかった」
しまった。思わずOKしてしまった。
――その日。
「……髪に虫が」
「いやああ! 取って! 取って!」
「ちょっと、じっとしてて下さい」
抱き寄せられて殺人未遂の腕の中で固定される。
殺人未遂に密着してしまった。
彼の胸から優しくて少し早い鼓動が聞こえた。
「先輩の髪、綺麗ですね」
「そ、それより虫は!」
「すみません、見間違えでした」
おい!!
「……ところで、あの、いつまでこのまま?」
離れようとしたけど、ヤツの腕が解けない。
もう、用は済んだはずだ。
「僕少し寒いんで。しばらく体温ください」
体温を奪ってくる魔物!!
……そういえば、もう秋だな。落ち葉が舞ってる。
殺人未遂の腕の中は温かかった。
そういえば私も少し寒い。しばらくこのままでも、いいか。
――ある日。
「郊外ではしゃぎすぎましたね。大丈夫ですか」
「(ゲホゲホ)大丈夫……。風邪うつるよ」
「……かまいません」
そう言いながら私の部屋でうさぎリンゴを剥く殺人未遂。
意外。上手だね。
……え? でもなんで?
何故、殺人未遂が私の部屋に来て私の看病をしている?
――ある日。
「お誕生日おめでとうございます。ささやかですが」
「おお、ありがとう」
サファイヤのピアスを頂いた。
そういえば殺人未遂の目って綺麗な青色だな。
……あれ、どうして私の誕生日を知っている?
……ん? ……ん?
なんだか……おかしくない!?
ずっと一緒にいる気がする!
そして入部の話しをしていない!?
そんなこんなで、一年以上が過ぎていった。
その間、私はなんとか教師の資格を取得でき、就職先も見つかった。
今日は卒業パーティだ。
そうか、卒業か。
殺人未遂と下校することももうないのか。
……そうか。
「で、先輩はいつ結婚するんですか?」
きゃわいい手芸部の後輩が聞いてきた。
「はい? 結婚相手いないの知ってるでしょ。私は生涯独身よ」
「えっ」
「?」
「まさか、付き合ってなかったんですか!? ジョニー君と!」
「はい!!??」
「え、まじで」
「おまえら、付き合ってなかったの!?」
「じゃあなんで毎日イチャイチャしながら帰ってたの!?」
「てっきり婚約しているかと……!」
後輩や同級生の憶測がとんでもない方向へ行っている!
イチャイチャってなんだ。あれは入部の話をしていただけだ!
誤解、だ。……ち、ちがう…ちが…。
そ、そんな風に周りに思われていたのか……? ……え? え?
「先輩、一曲踊りましょう」
私が顔を赤くして固まっているところに、殺人未遂が厚顔無恥にもそう言ってきた。
我々、誤解されているというのによくもそんな!
「断る」
「入部しますよ」
「もう部長じゃないから好きにするといい」
私は手をプラプラして追い払うようにした。
……胸が痛む。
今日でお別れなのに。
別にいいけど。
いい、けど…。
「じゃあ、そうします」
「おう……って、うあああ!?」
周りから、わーっと歓声があがった。
私は殺人未遂に抱き上げられ、外へ連れ出された。
「好きにしろとはいったけど入部の事だよ!? 何やってんの!?」
「入部のことで話があります」
「だから私はもう部長じゃないって」
「入部は諦めてもいいです」
「まじで!?」
あれだけ入部のために私の所へ通い続けた殺人未遂が!
「そのかわり、僕と婚約してください」
「は?」
「好きです」
「」
「好きです」
「いや、その!」
殺人未遂は私を抱き上げたまま言う。
「ずっと好きでした」
「……」
とても、真摯な瞳で、私を見る。今日私がしているピアスと同じ色の瞳。
……怖くない。
いや、とっくにそれはわかっていたんだけれど。
私は頬が熱くなるのを感じた。
「実は、最初に入部届けを持っていった時は、それが口実でした。ホントは初日に告白したかったんですが、年下なこともあり、勇気が出ず、今日までずっと。……でも不思議と断られる予感がしないんですが、僕の勘は当たってますか?」
「そ、それは……」
「今日は無口ですね」
柔和な笑顔。
実は、最近ではもう、人を殺してきた顔にはまったく見えてなかった。
「今度は泣いてるんですか?」
「……さ、ササクレが痛くて」
「確かに、ササクレは痛いですね。……では、痛み止めにキスをしても?」
私の返事を待たずして、唇は重なった。
うまれて初めてキスをしたので、ちょっと戸惑った。
「好きです、先輩」
あなたもまだ戸惑ってるのかしら?
そこは名前を呼んでちょうだい。
その後、彼は私の指に、どこで調べたのかサイズがピッタリの婚約指輪をはめたのだった。
おわり
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