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ユウラのこと

 集落にはイムルタ村という名前があって、昔は鉱山町として栄えていた。鉱山からはたくさんの魔石が発掘されたけど今では何も採れない。

 段々と人が離れて行って、今じゃイムルタ村という名前すらほとんど誰も知らないとおじいさんが教えてくれた。

 今は人が減って村とは言えず、名もなき集落としていたらしい。おじいさんは元村長という立場だけど、ほとんど飾りだと笑っている。


「この小さな畑じゃ集落の食糧事情を賄えないなぁ」

「狩り」

「そればかりだと獲物がいなくなっちゃうからね」

「そっと狩り」


 言いたいことは何となくわかる。程々に狩ろうと言ってるんだと思う。

 ユウラが爪を見せつけて、腕をグッと見せつけてくる。やる気があって頼もしいけど資源には限りがあると本で読んだ。

 獲物を狩りすぎて食糧危機に陥った村の話が書いてあったから、この集落も関係あると思う。

 だから畑を広げて少しでも多くの作物を育てられるようにしないと。


「二人とも。今度は何をやらかそうとしているのかな?」

「おじいさん。畑を広げようと思うんですけど、どうですか?」

「いい案じゃが、人手が足りんかもしれん」

「農具は僕が作りましたし、ユウラが張り切ってくれるみたいです」


 鍬を構えたユウラが今か今かと作業に挑もうとしている。うん、頼もしい。この荒れた土地を耕してもらおう。


「じゃあ、ユウラ。お願い」


 僕が言うか言わないかのうちにユウラが駆けだした。鍬を高速に振って、とてつもない速度で土地が耕されていく。

 ユウラにだけ働かせておいて僕は何もしないというわけにはいかない。

 僕も農具を持って参戦した。鍬をもって耕そうとしたけど、これがなかなか難しい。

 力仕事なんてやったことがないからすぐに息が上がっちゃった。


「はぁ……はぁ……。つ、疲れた……」

「下手」

「えぇっ!」


 ユウラに直球でダメ出しされて少しショックだ。

 と思ったらユウラが僕の後ろに回って、腕や腰に手を当ててくる。な、なんだかドキドキするかも。


「ちょ、ちょっと」

「はい」

「あ……」


 腰や腕の位置が正されて、すごく楽になった。そうか。ただ力任せに振るえばいいというわけじゃなかったんだ。

 姿勢や力を入れるポイントが大事だとユウラは教えてくれた。


「サクサク耕せるよ! ユウラ、ありがとう!」

「下手」

「えぇー!」


 さっきよりよくなったよね!?

 いや、確かにユウラの高速耕しに比べたら全然だけどさ。少しくらいは褒めてくれてもいいよね。

 作業が進んで、気がつけば夕方。日が落ちる前にやめよう。


「ユウラ、そろそろ終わりにしよう」

「汗かいた」

「そうだね。食事の前にお風呂にしようか」

「メッ」

「メッてなに……。いや、一緒に入ろうなんて言ってないからね!?」


 ユウラが胸元を押さえて、ふくれっ面でたしなめられた。そんなつもりはなかったんだけどな。


                * * *


 水魔石と火魔石のおかげでいつでもお風呂に入ることができるのが嬉しい。

 お湯が張られている浴槽に体を沈めた。ユウラが両手でどうぞどうぞと僕に風呂を譲ってくれたから遠慮なく入らせてもらっている。

 改めて入ってみると自分が作ったという喜びもあって気持ちいい。

 石鹸は森に群生している野草から作れると集落の人達に教わって、いくつか分けてもらった。本当にいい人達だと思う。


「はぁー……心も洗われる気がする……」


 ロシュフォール家じゃお風呂なんて一週間に一回しか入れてもらえなかったな。

 しかも10分以上、入っていたら怒鳴られるから常にヒヤヒヤしていた。今は誰に気を使うこともなく、本当に身も心も楽だ。


「リオ」

「うわっ! ユウラ?」


 風呂の外からユウラに話しかけられた。

 ただでさえ物静かで気配がないから、死角から話しかけられると余計に驚く。


「なに?」

「リオはなんでここにきたの」

「え? なんでって……」

「私は追い出された」


 ユウラの予想しなかった発言に何も返せなかった。

 追い出された。それはつまり家族に捨てられたということ。まさか僕と似たような境遇?


「お、お父さんとお母さんが?」

「魔術適性がない欠陥品って言われた」

「魔術適性……。各属性への適性だよね。ユウラは強化魔術が使えるけど、それでも……?」

「いらないって言われた」


 なんだろう。少し声が震えてる気がする。

 考えてみたらユウラがここまで長いセリフを喋るのは初めてかもしれない。ましてや自分のことなんて普段は話さなかったのに。


「それでここに……」

「だから、少しでも、役に立とうと……して……」

「な、泣いてるの!? 僕もなんだよ! 僕も家族にいらないって言われたんだ!」

「え……」


 少し嘘だ。あの時、父さんと母さんの会話を聞いてなかったらずっとあそこにいたかもしれない。

 でも今はそんなこと話す必要はない気がした。今はユウラに少しでも安心してもらうほうが優先だ。


「ユウラ、悲しいだろうけど僕も同じだからさ」

「リオ……」


 見えないけど少し泣き止んだ気がした。顔が見えないからこそ、話してくれたんだと思う。

 無口でよくわからない子だけど、本当はたくさん話したかったのかもしれない。


「ユウラさえよかったら一緒に」

「キャアアアァーーーーーー!」

「え!」


 ユウラの突然の悲鳴と破壊音が聞こえた。慌てて風呂から出ると、ユウラが尻餅をついて怯えている。

 その先にいるのは縦横無尽に移動するあの黒光りする虫と、壊された床がある。まさかあれで?


「ユウラ!」

「リオ……いやッッ!」

「がふっ!」


 ユウラにぶっ叩かれて意識が薄れる中、僕は後悔した。

 今、服を着ていない。目が覚めると布が被せられていたけど、なんだか死体みたいな扱いだった。

 ユウラがあんなにあれが嫌いだったなんて。山にはたくさんの虫がいるはずなのにどうして。僕にはやっぱり女の子がまったく理解できない。

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