俺は今日も元気です
昔、母が教えてくれた。
「この世界には勇者様がいるのよ」
俺はその話が大好きだった。勇者が凄く好きだった。
「勇者様がね、下界から現れたモンスター達をバッタバッタとなぎ倒して、皆の笑顔を守ってくれるの」
もう名前から良かったよね。勇ましい者って。何、勇ましい人って。つまり勇者?って感じだよね。
「俺にもなれるかな?」
本当に純粋だったころの俺可愛い。眼が今の様に死んでないもん。澄んでるんだもん。
「ど、どうだろうね?」
けれど、そんな可愛いを具現化した様な夢見る俺に母は子供ではとてもあり得ない様な感情にさせた。
この時の母の引きつった顔は今でもよく覚えている。
ああ、と悟ったよ。
俺に現実を教えてくれたんだな、と。夢も希望もないんだな、と。
泣いちゃいそうだよ。いや実際涙は出ていたよ、ナイアガラの滝くらいには。
「貴方には貴方の合った仕事があるわよ。ほら、天界にいる天使さんが私達にくれたものがあるでしょう?」
「…………天命と、天望、て言う?」
「よく勉強してるじゃない!そ、天命という、私達の潜在能力、本質、才能、と言われる力を超能力と呼ばれる域までしてくださり、天望という、努力、相性次第で、誰しもが悪魔と呼ばれるモンスター達に対抗できる技を授けてくださったのよ」
言葉ですら、勇者は無理よと言ってくる。この母親はどれだけ、鬼畜なのだろうか。まったく、昨夜も……。
「でも……その力ってさ」
「言わなくても分かってるわ!天界に居た天使様の一つが『人の為が自分の為となる』ではなく、『自分の行いが人の為となる』になると、思いやりの欠片もくそもない自己中心的で傲慢な考えを持ってしまったの!その天使は落とされたわ!もう一度考え直せと、全てを学び、全てを考え、全ての成長を行えるこの地!そう!地上界で。しかし、傲慢は治らず、それどころか、人まで殺し、自分は間違っていないと主張した!更に時は進み、元天使も人としての寿命を終える時が来たの。彼はそのまま天界に戻れると思っていた様ね、しかし!愚かでした!ハイ!残念!悪行をした自分と向き合い、反省させる為に下界へ落されたぁ!ざまぁ!でも、彼に天使の力がある事を忘れちゃ駄目よ?しかもそれを人の為でなく自分の為に振う。それは、誰かに分配されることのない、自分だけの全力。その力を使って、無理矢理下界の扉をこじ開けたの。そうして、その扉から悪魔たちがいっぱい現れるようになったわ。何故天界に行かないのかだって!?それは、天界の下に地上界があって、地上界の下に下界があるからよ!普通、天界から地上界、下界には行けるけど、地上界と下界からはどこにも行けないの!閉ざされているのよ!扉が!でもあいつはこじ開けたのよ?それ、地上界の扉なんですけど!!凄まじい欲求不満じゃないかしら!私が解消させてあげてもいいわよ!そんな事どうでもいいわよ!大事なのはそこじゃなくて、扉をこじ開けたという事よ!修復しようにも悪魔は出入りしすぎて出来ないし!それどころか、地上界はもう一部侵略されているわ。それは全部天使たちが勝手にやって勝手に私達を危機に陥れた。詫びなら自分たちでどうにかしろよ、って話よね?なんで私達が窮屈な生活を送らなければならないの!…………という感じよね!?」
「お、おう……」
めっちゃ喋った。
「そんなに詳しいことは知らないけど…………」
俺は引いた。そのガチさに。
ただ言いたいことは正しくその通りだ。
「俺達はそんな天使の尻ぬぐい、ってところだよね」
「あら、難しい言葉を知っているのね」
「うん。昨日の夜。お父さんがお母さんの尻に敷かれているのを見て調べたんだ!」
「ん?」
「ん?」
「それは……喩えとして?」
「ううん!リアル!現実でお母さんの尻がお父さんを弄んでた」
「難しい言葉知ってるのね、って感心してる場合じゃないわね!今すぐ忘れなさい!」
「無理。凄い目に焼き付いた」
「とんでもないものを見せてしまったようね!」
まあ、こんな母だ。毎日の会話が言葉の勉強だ。おっと、母というよりこの場合は、ドS女王様スタイルと呼んだ方がいいかもしれない。
「マサ君?」
「は。はい」
マズい、と体が警戒している。
ドスの利いたその声とその笑顔を俺は昨夜見た。そう、ドS嬢様スタイルだ。
パシンパシンと父さんのナニかを叩く音と、愉悦に浸った父さんを同時に思い出す。
悪寒が走る。
「忘れましょうね?」
「はい!喜んで!」
俺は尻を母の太もも上に預けていた。
いきたここちはしなかった。
しかし残念ながら、今でも鮮明に覚えている。忘れられるわけがない。
トラウマだ。
日が昇る。俺は田んぼ道を歩く。
「よっ、朝早いな」
「おはよ。お兄ちゃんこそ、学校行く時いっつも寝坊するのに、珍しい」
俺の肩をポンっと叩いてから並んで歩くのは、モデルの様な体系、爽やかで均整な顔。さらっさらで奇麗な黒髪のいつも笑顔な何でも高基準でこなす自慢のお兄ちゃんだ。
「そりゃな。今日は天の使いの勇者様がこの村の勇者を選定しに来る日だからな」
「ああ、そうだった」
「なに変な演技してるんだよ。この日の為に一緒に修行頑張ったじゃないか。しかも今日は二人来る。って事は……可能性は大きいだろ?」
「うん……まあ……」
俺はそうは思わない。
昔母さんに言う通りだ。人には人の自分には自分の仕事がある。
あの時はまだ少しばかりの抵抗はしていたが、もう辞めた。俺の天命ではそれは叶わないと気付きがあったから。
ただ理由はそれ一つじゃなかったりもする。それだけだったらまだ努力で頑張ろうとすることだろう。俺はピュアだからな。
先程兄さんが『天の使いがこの村の勇者を選定』と言った。つまり、勇者という職業だけは、一パーセントの可能性を覗いて、自分でなろうとしてなれるものではないのだ。しかも選ぶのは天界直属の勇者様。誰がこんな可愛いだけのポンコツを選ぶか、オカマくらいだぞ喜ぶの。……別に今可愛い訳じゃなかった。悲しみ。
「でも、俺、お兄ちゃんは確定だと思うけどなぁ」
それに比べてお兄ちゃんには期待がかかる。村一番、いや、街へ出ても、市へ赴いても引けを取らない天命と努力の賜物『天命』を発揮できるだろうから。
「お前も俺の修行にしっかりついて来ただろ?自信持てよ」
今はその眩しい笑顔が少し心に来る。ダサい。
そんな兄から顔を背けてしまった俺は更にダサい。
「そうかなぁ?」
「そうだって!」
正直もう一人も決まっている様な物だと思うが。
いや、辞めよう。頭で思い浮かべるだけで体が重くなるし、溜息も出そうになるから、考えるのは辞めよう。
「正貴」
「何?」
「今から特訓は付き合ってくれないか?落ち着かなくってさ、俺」
「ああ、ごめん。三十分だけ時間欲しい!」
「あそこに行くのか」
「うん。それだけは外せないから」
「大好きだもんな。道中、気を付けろよー。俺は先特訓上行ってるからな」
「おっけー」
お兄ちゃんの声が遠ざかっていく。
俺は田んぼ道を更に歩き、その先にある目的地の洞穴へと到着した。
田んぼを超すと山がある。その山の中にある洞穴だ。
洞穴内は土壁ではなく、青と白を交互に嵌めた大理石を使用している。汚れ一つない、音一つないその場所。
その真ん中にはピッカピカに磨かれた翼の生えた美しい天使の像が飾られていた。
「うっわ!ここ汚れてんじゃん!!」
訂正。隅から隅まで見ないとどこか分からない程微塵の汚れが付いたフワフワロングの天使像だ。
言わずもがな、ここは俺が一から百まで手入れをしている。一つの穢れさえ許さない。
ここに居る天使様はどこにいる誰よりも美しく素晴らしい。つまり、好き!
見た目がドストライク過ぎて毎日眼福しに来ている。
「今日も美しいその姿をありがとうございます。今日も生きていけます」
俺の生きる活力の五割はこの天使様で出来ている。アイドルの様なもんだな。
あ、短歌が出来た。
天使様、可愛い天使、天使様。
「最高かっ!?」
「おー!正貴くぅん?今日も偶像崇拝ご苦労様ぁ」
最悪だぁあああ!
ウキウキの俺に悲報舞い込む。
汚れをふき取り最強で最高な完璧美少女と化した天使像に感謝を何百回と伝えた後、洞窟を出るとそこには、人が三人。生意気なクソガキの様な顔、否、クソガキそのものが舐め腐った顔で俺を見ていた。
何が最悪って、この顔もそうだが、先程言っていたもう一人決まっている野郎がこいつというのがまた更にそれを増幅させる。
「何の用だよ」
「相変わらず気っ持ち悪いねぇ。人としてぇ。ぎゃははははははは」
「わざわざそれを言いに来たのか?暇なの?」
「お兄さんの金魚の糞のくせに偉い態度だなぁ。いや、だからそんな態度でいられるんだ。うっわ、ダッサぁ」
「早く要件言ったら?」
「お前。俺との実力差が分かって無い様だな?」
「分かってるよ」
「ならその態度はなんだ!いつもいつもスカしやがって俺をまるで尊敬していない!」
「尊敬はしてない。それは認めるよ。だって、尊敬する場所が見当たらない。でも、実力は認めてる。俺よりもずっと強くて、勇者候補だ。実際羨ましい」
「その澄まし顔が本当に俺を苛立たせるんだよ!お前の存在がウザいんだよ!」
理不尽。
「実力の差が理解出来てる、ね」
「そうだよ」
「だったらお前、今から俺の奴隷になれよ」
「なんで」
「俺の方が実力が上だからだよ」
「嫌だ。つまりお前は俺が反抗的だからウザいんだろ?思い通りに従わないから鬱陶しいんだろ?自分が納得する態度を俺が取らないから気に食わないんだ。そのプライドが、俺を慕って当然だっていうプライドが許さないんだ」
「何を言っている。俺がお前を気にする様な小さな人間だと?世迷言は止せよw」
「兄ちゃんと比べればお前は凄くちっぽけだよ。そのプライドにしがみつく仕様もない人間だ。じゃなきゃわざわざここに来て煽ったりしないだろ?ま、それでこの様だしな」
「お前、俺とやるか!?」
「良いよ」
「ハッ。ここでは天命も使えないお前が……ああ!強がりか?態度だけは大人の様に振る舞うって?それで俺にマウントでも取ってるの?あはは。仕様もないのはどっちだよ」
「俺の事大人って認めてくれるんだ。自分、分かってんじゃん。それで、やるの?やらないの?」
「お前の石像が木っ端みじんになっても良いならな!」
「構わないよ」
「……は?」
いや、分かる。しかし、そんな『頭おかしいのか貴様』みたいな顔でこっちを見るな。俺は本当に頭おかしい奴だから、ちゃんとそういう顔で見ろ。
「お前……何言ってるのか、分かってるのか?」
「分かってるよ、この神殿ごとお前を木っ端微塵にしてやるって言ってんだ。俺含めてなぁ!!」
しまった。興奮しすぎて俺の顔がデー〇ン閣下の様な悪魔的な相貌になった。
「こいつ……狂ってんのか?あの像はどうすんだよ!!」
「あんなもんただの石像だろうが!俺が作り直す!今度はもっと豊胸手術して、出すとこ出して妖艶にするんだ!顔と髪だけじゃなく体まで俺の理想通りにしてやる!勿論服装も俺好みの中々破廉恥な奴だぞ!水着でもいいな!どうだ参ったか!」
「やべぇ。こいつ、本気っすよ!さっさと引きましょ……」
「そ、そうでゲスよ……。この変態、女神を自分の所有物にでもする気でゲスよ。本当の下衆でゲス!」
突然、身の危険を感じた取り巻き二人が喋り始めた。体を両手で隠し、乙女の目で蔑むように俺を見る。……一つ言わせて欲しいんだが、男に興味はねえよ。
「天使を何だと思ってるんだこの変態は。度し難いな!」
「それでやるのか?この変態様と勝負するのか!?何でもやってやるぜ!?」
何だこのキャラは。そう思っているのはここに居る俺含め全員だ。
「そこまでよ!」
異様な雰囲気の中に一人の少女が割って入って来た。
前髪を二つのピンで止めた白銀のツインテールに、猫の様に大きく鋭い真っ赤なお目目。百五十センチほどの身長と華奢な体躯。胸はまな板と言っては過言ではない。それが良い。
「……勇者様がお見えになったわ。さっさと広場に集まって」
「あ、違うんだ!美々子!これはだな!こいつが突っかかって来ただけであって、調子に乗っているから「ここに用があるのは正貴の様な変態以外に居ないのよ。正貴が気に食わないからちょっかい出しに来た。ああ、って、今はそんな事度でもいいわ。そんなダサい言い訳している暇があるならさっさと集会場に向いなさいよ」
俺が変態なのは周知の事実なの?
「そ「早く!!」」
「は、はぃいい」
なるほど、こいつは美々子に惚れている訳か。
ツインテール、基、美々子に叱咤された三人は情けない声を発しながら集会場に向って云った。
「さ、正貴も行くわよ」
「……」
「な。何よ……」
「ありがとう。血が上ってたみたいだ。あのままだったらやられてたな、俺……」
「べ、別にアンタの為じゃないんだからねッ!ただ私は報告をしに!」
「そうかい…………」
「そ、そうよ!何よその顔!」
「いや、可愛いなって思って」
「にゃ!にゃに言ってるのよ!この変態」
「お前はそのままツンデレでいてくれよ。可愛いんだから」
「私はいっつも素直よ!さっさと行くわよ!」
ははは、と陽気に笑う俺とムキーッと顔を赤らめながら怒る美々子。俺達はそんな感じで集会場に向った。
ただ集会場に着いてからはそうもいかない。ピリピリとした空気がそこには流れている。真面目にならなければならないムードだ。
「これで全員か?」
集会場のレンガが敷かれた噴水前に見覚えのない二人を囲って村人たちが期待やら不安やらを募らせている。
「はい、全員でございます」
一歩前に出てこの村の代表として話すのは杖で体を支えるよぼよぼの爺さんだ。真っ白な髪と髭、眉毛はサンタ並みに伸びている。サンタよりも随分ストレート髪だけれども。
そしてそんな村長の隣で片膝を立てているのが、先程俺に突っかかって来たあいつ。鬼頭 竜斗だ。坊ちゃん刈りできっちりと制服を着こなす。外見だけ、否、外面だけは良い子ちゃんに見せている。
「よし。では、勇者の任命式をこれから行う!私は天界直属第十二聖団・第十勇者長の羽澄 茜だ。そして……こちらが」
剣を地面に突き刺し、甲冑を着た鋭い眼光をした凛々しい女性が真っ赤なポニーテールを揺らしながら声を張ってそう言った。
周りはざわついている。
「なんで……そんなレベルの人が…………」「天界直属!?最高レベルの勇者様じゃないか!!」
それは当然だ。俺だってその気持ちが十二分にある。
こんなちっぽけな村に来るようなレベルの存在ではないからな。けれど、俺には理解が出来る。それほどの逸材がここにいると。
中心に居る二人の内一もう一人は貴賓室にでも良そうな風貌だ。
真っ白なドレスに身を包み、黒髪ロングで真っ白な肌。うふふふふとお淑やかに笑っている。なんか不気味だ。
「はい、羽澄様からご紹介に預かりました。私、三級勇者、エレノールと申します。都市防衛迄のライセンスを保持しております。以後お見知りおきを…」
こちらもなかなかの凄い人。まさかこの村は凄いのか?ないない!おじいちゃんの割合が五割だぞ。こう言っちゃ悪いが、終わりに向ってるってこの村。
「私たち二人がこれから勇者の指導を一年行う。そして、一年後には立派な勇者として、一人は村。もう一人は都市レベルの防衛を果たしてもらう」
「え?いきなり都市レベル!?」「飛び級じゃん!」「や、やば。ワシかもしれんのう…………」
皆の期待と不安が高まっていく。
「名前を呼ばれた者はこちらへ!」
緊張の一瞬だ。ざわついていた皆が固唾をのみ、静まり返る。
「新波 優輝!」
まずはお兄ちゃんの名前。
「鬼頭 竜斗!」
次にあの野郎の名前。まあ、順当だ。順当なんだが……、少しばかり、な。
「なんだ、結局かよ」「まあ、当然よね」「ツートップだしのう…………」「期待損じゃわいッ!!」
爺共は何を期待してたんだ。
村の全員も自分かと期待をしながらも結果などとうに分かっていた。なのに、あれ程嬉々として目を輝かせてたのが一転、「つまんねぇー」と言わんばかりに、一気にどんより曇り空。太陽が隠れ気が落ちた様な雰囲気だ。
二人は俺を気にしながら前に出る。お兄ちゃんは少し悲しそうに、鬼頭の野郎は、ニタァと嬉しそうに。
「天使様の判断であるが、異論のあるものは居るか?」
二人が勇者様の前に並び村人全員に顔を向ける。そして、羽澄さんがそう聞いた時、羽澄さんの目の前ですっと手が上がり、俺の隣でバッと手が上がった。
「つまり、異論があると言うのか?勇者に選ばれた君に」
「あらあら、選出拒否でしょうか……」
手を挙げたのは、俺の兄とまさかの美々子。何してんだと言いたいのは村の全員だけだと思うな。
「異論はあります」
「……聞こう」
「勇者に選ばれるべきは私の弟、新波 正人であるべきだと考えます」
「君自身が辞退すると?」
「いえ、そうではありません」
「では…………」
もう一人。鬼頭の方をちらっと見る羽澄さんにお兄ちゃんはこくんと一つ頷く。いや、こくんじゃねえ。順当だろ。
爽やかとイケメンに隠れていたけど、うちのお兄ちゃんも中々やばい奴かもしれない。
「理由を聞こうか」
「俺が都市の勇者に選ばれたのであれば、それと拮抗した実力を持つ、弟を選ぶべきです。鬼頭君は確かに強い。天命の力だけの勝負であれば、弟は負けるでしょう。しかし、天望の力の扱いを加えれば弟の敵ではありません。それは私自身の力と拮抗すると言う形で証明しております。否、天望のレパートリー、手数の多さ、威力の強大さで言うと私ですら、太刀打ちが難しいかと思われます」
「なるほど。実力は申し分ない。しかし、申し訳ないが、これは私が決定した事ではない。天使様が直々に誰が相応しいかを決めている。それは既に決まっており、変わる事のない事実なのだよ」
「では、何故、異論はあるか?などと仰られたのですか?」
「それを踏まえたうえで、君たちが納得できる理由を私から説明する為だ」
「……それは一体」
「いいか?勇者という肩書がある時点で、人ではなくなる力を持つのだ。それは、人では敵わない天命の成長が一番の特徴。つまり、努力をし、悪魔を倒せば倒す程、天命の力が進化し、君たちは強くなる」
つまり、勇者という肩書を貰ったら天命の力がチート並みに成長していくって事だろう。これは初耳だった。
「しかし、天望は!!」
「勇者の天望は努力をせずとも一般人が使用する何十倍もの効果を発揮するだろう。つまりだ。勇者と成れば苦労せずに手に入る力という訳だ。今、君の弟君が持っている力は、勇者になれば没個性だという事。だから私達が重要視するのは、天命の力。君は今、鬼頭君の力が弟君より優れていると認めたな?そう言う事だ」
「……弟の天命では!駄目なんですか!」
「駄目だ!」
「何故……」
「勇者とは人を守り、英雄として生きなければならない。最強でなければならない。それはどういうことか分かるか?」
「…………分かりません」
「人を不安にさせる力など勇者に相応しくないんだよ。自己犠牲など尚更な。皆が求めているのは格好良い勇者の姿だ。泥臭い農民の姿ではない」
「つまり俺の弟は……泥臭い農民だって言うのですか!!」
「そうだろう?その力はどちらかと言うと悪魔的だ」
「そんな、外面だけの為に!!」
「それには私も賛同します」
喰って掛かるお兄ちゃんに便乗するはツンデレ少女、美々子。ハッキリとした通る声で羽澄さんに異論する。
「発言を許そう」
腕を組み目を閉じてしっかり聞く姿勢をとる羽澄さん。
今思ったがなんでこの二人は羽澄さんにここまで喰って掛かるんだ?天使様が決めた事であるからと最初に言っておいて、わざわざ天使様が溜めるはずのヘイトを自分に向けて。この人は別に悪人じゃないだろうに。
「彼には裏がある。誰かを傷つける裏がある。それこそ悪魔でしょう?そんな悪心があったとしても彼を勇者と呼べますか?」
「呼べるさ」
「何故そう言えますか?」
「この中に、彼が悪行をしたと知っている者はいるか?」
羽澄さんの問いかけに、キョトンとした顔で誰一人として手は上がらない。
顔を背ける人間も、いない。という事はその事実を全く知らないという事だ。
「いない。それが事実だ。つまり、彼は村人の前で善行なんだよ」
「そんな上っ面で!!」
「上っ面?村人の心にある彼は善良だと言う気持ちは嘘だと?」
「そんなの染められたものです!一人が傷ついてる事実などどうでもいいと!?」
「では証明したまえ。彼が悪であることを」
「そ、それは…………」
完全に言い負かされた美々子は餌のお預けを喰らった犬の様にシュンとする。
「では、当の本人。君はどうだ?何か証明できるものはあるか?」
「何かとちょっかいはかけられます。しかし、それは誰かに証明できるものではありません」
「つまり、無いという事だな?」
「そういう事です」
俺は羽澄さんから向けられた真剣な目に真剣な眼差しで返す。
「ちょっと、正人!!なんでよ!貴方はずっと頑張って来たじゃない!一番、否定しながらも…………なんで………」
それでも、俺がそう言っても美々子は納得できない様だ。俺の胸ぐら掴んで、あ、ちょ、喉閉まるんですけど。すっげぇ馬鹿力。どうやら本気で反抗している様だ。
「いいんだよ。この場で一番やばいのはお兄ちゃんの勇者としての将来が消える事なんだから」
「もういいか?」
「異論はありません。私。当の本人の弟自身がそう発言しています。つまり、私の発言権が一番有力だと思います」
「正人!」
「黙れイケメン!天使様が決めてんだ!とっとと人の為に頑張りやがれ!」
この兄の所為で俺がどんな目で見られてると思ってんだ。お兄ちゃんは悲しい目でこっちを見るな!
「正人…………お前が一番、大人だったみたいだな」
「賢い子だ。良き弟を持ったな」
「はい…………」
「彼が一番悔しいと思う。それを彼が認めている。それ以上に私達が何かをする必要はないんだよ」
「出すぎた真似をしてしまいました」
漸く反省したようで、羽澄さんに向って深々と頭を下げた。
「謝罪を受け取ろう。よし!ただ最後に言っておこう!勇者とは結果が全てだ。しかし、そこに何らかの不具合、裏がある場合、騙し通せるとは思わない事だ。勇者となるなら猶更だ。私達は君たちの全てを見ている。勇者には過ちのない真っ直ぐな道を期待している。以上だ」
これが一体誰に吐いた言葉なのか分からないけど、村の全員の耳にしっかりと入っただろう。
にしても凄い声量とプレッシャーだった。
「これにて任命式を終了とする。優輝君は正午、私と共に出発する為、別れの挨拶を済ませるなら今のうちにしておいてくれ。鬼頭君はエレノールさんと行動を共にし、勇者の称号を手に入れたまえ」
「「はい、わかりました」」
「あの兄やべえな」「弟が無理矢理言わせてんじゃね?」「あの女の子も懐柔されて、とか?」「うっわ、最低」「さっき、善人がどうのって言ってたけど、きっと、あの弟君が村長の息子を悪役に仕立て上げようとしたのよ!」「あんないい子なのにねぇ」「それに比べてまあ、酷い事…………」「見習ったほうが良いわね」「マジやばいのう」「激おこじゃわい」「マリトッツォ食べたいのぅ」「この間、生クリーム食べて血糖値十倍になッとたじゃろ」「あー。あの時は血糖値パワーが体から溢れて来とったわい」「尿の勢い半端なかったもんのぅ」「尿から生クリーム出てたじゃろ」「ああ、それをうまいって食べとったのぅ」「良いリサイクルじゃぁ」「環境保護と言う奴じゃのぅ」「良い世の中になったわい」「尿は世界を救うってスローガンなかったかえ?」「ねえわ」
ある事ない事、まあ。凄まじい想像力だなぁ。いや、まて、誰が聞きたいんだその尿話。本当に人間か?
パチパチパチパチと拍手が起こる中、俺は村人から目の敵にされた。そして、それを一番喜ぶだろう鬼頭は、何とも言い難い顔をした。
俺を見ても煽るどころか、顔を背け、なんだ?暗い顔をしている。
いの一番に喜ぶこの状況を喜ばない?なんだ、気持ち悪い。
そうして、皆、別れなど澄ますことなく、自分達の仕事に取り掛かる。
そりゃあそうだろう。村長の息子を勇者に相応しくないなんて言った男など、誰が悲しんでさようならと言ってくれるだろう。
とっととくたばれ、と言われたほうがしっくりくる。
「じゃあ、俺は行くな?母さんも父さんも元気で」
「ええ、当然よ」「ちゃんと元気な顔見せに帰って来いよ」
この場に残ったのは、家族。
「美々子ちゃん。正人をよろしくな」
それと、美々子と美々子の両親だ。
「だ、誰がこんな変態の面倒なんか」
「お似合いだと思うけど……素直じゃないなぁ」
「素直よ!私は。……まあ、気を付けてね」
「ありがと。正人も元気でな」
「ああ」
「何不貞腐れてんだよ」
「お兄ちゃんが余計なこと言うからだろー」
「ははは。悪かったよ。でも、諦めるなよ?ちゃんと特訓続けるんだぞ」
「…………どうだかな」
「一番期待してんだから」
「…………俺が一番期待してんのはお兄ちゃんだし。ま、頑張って」
照れる。兄に向ってこんな素直になる日が来るとは。美々子のツンデレを馬鹿に出来ないな。あ、美々子にツンデレの極意でも教えてもらおうか。
「じゃあな」
そうして兄は旅立っていった。その後、少しの物寂しさを感じたのは、特訓上に行った時と、家族で卓を囲ってご飯を食べている時だった。
ああ、もういないんだな、あの完璧超人は。
ただ、それが少しだけで済んだのは、彼女のおかげだった。
「な、なによ……」
「俺はお前を嫁にしたい」
「はぁ!?いきなり何言ってんのよ!からかうにも程があるわよ!」
こちらおおマジ。俺が寂しがっているだろうと察し、訓練場にも同じ食卓にも付いてくれる。ここまで気を遣える美々子は本当に人の心を掴んでいく。これが天使か?
「ありがとう」
「……じゃねっ」
美々子を家まで送り届け、玄関先で手を振ってさようならをする。夜道、ここから家に帰る時間が一番寂しいかもしれない。
二人が居なくなった後、俺に誰が何を望むんだろうか。
同時刻、エレノールさんの指導を終え、勇者としての力を授かった鬼頭は外に居た。
いつもの三人で愚痴の大会だ。
しかし、いつもの様にいかないのは鬼頭の表情だった。どこか悔しそうな、でも、決意を決めたそんな顔。
「どうしたんでゲス?」
いつも顔色を窺っている取り巻きの二人はそれに即気づいていた。
顔を覗き込み恐る恐るそう聞く。
「俺は強いよなぁ」
「そうっすね」
「俺は勇者に相応しいよなぁ」
「間違いないでゲス。村の皆からも認められてたゲスね」
「じゃあ、なんで最強のあの人と、彼女は俺を認めてくれないんだろうなぁああああああ!!!」
「そ、それは……」
その声には殺意が籠っていた。眼は血走り、血管は浮き出る。
それを勇者と呼ぶにはあまりにも狂人的だ。
「意味が分からない!俺の方が絶対的に勇者だ。なのに何故あの二人はあんな奴に構うんだ!!」
「それはただ弟だからでゲスよ」
「じゃあ、なんで美々子は!」
「…………」
「ふっ、まあいい。これで認めてもらうさ」
「な、何をするんすか…………」
鬼頭は自分の懐から楕円形にモニターが付いた認証キーを取り出した。
「そ、それは……」
独特な形状。取り巻き二人はそれに見覚えがあった。
少し前、村長の家にお邪魔した時、村長が厳重に保管していた鍵。
村長曰く、悪魔どもから村を守る結界の一部を開錠するもの。勇者様の出入り、資材運搬以外の使用は許されていない。使用時は村長からの許可も必要。
そう聞いていたそれ。
「本当に何をする気でゲスか!!」
当然二人は慌てる。しかし、鬼頭はニタァっと不快に笑う。
「悪魔を呼び寄せる……」
動機は単純。正人への嫉妬心。
彼女たちを認めさせるために悪魔を呼び寄せ全てぶっ潰す。自分の方が凄いと自分自身の自信を取り戻す為だ。
二人は止めようにも鬼頭の事が恐ろしすぎて、手が出せないでいる。
「二人は帰れ」
「え……?」
「危険が伴う」
「「はいっす」」
自分で危険を誘発しといて何を格好つけてるんだ、そういう事だぞ、と二人は思うが、打ちのめされる結果が目に見えてるから、何も言わず大人しく帰る。
鬼頭は誰もいなくなったことを確認してからキーを結界に翳し、一般家庭の扉程の大きさの穴をあけた。
そして、天望を使用するために必要となる、全人々の体の中にある流気をそのまま目の前に広がる森に向って放出する。
下界の悪魔は流気をサーチし人を殺しにやってくる。それを応用し、鬼頭は悪魔をおびき寄せているのだ。
暫くして、森全体には鬼頭の流気は広がっただろう。
並大抵の流気の放出量ではない。元々の流気のみであれば、自分から半径三メートルが関の山だっただろう。けれど、勇者と成った今、流気に加え、天から授かるエネルギー、天気が体を共に流れる。
それだけのパワーアップを瞬時にしてしまう勇者という役職は本当に恐ろしい。
そして、悪魔どもはわらわらと鬼頭目指してやってくる。
赤い鬼の様なやつ、緑色の棍棒を持った悪魔、羽の生えた鼻の長い赤褐色の敵etc...。
異様な野郎どもが視界では捉えられないくらいには集まった。
鬼頭は笑う。
この程度かと。
――――――――――――――――――。
それから数分の出来事だ。
立っている悪魔は一匹もいなかった。
「やはり、俺は……俺は強いんだ!正人ぉおおお!!!!!!」
もう一種の愛に見える。
「おっと、いけない」
最後に結界を閉じて、鬼頭の自己満足は全て終わった。
………………しかし、悪魔の進軍は終わっていなかった。
気付けるはずの鬼頭は気付かなかったのだ。取りこぼしたのだ。
地中を這う一匹の悪魔の侵入を。
「おはようございます」
「おはよう……ございます……」
朝起きて外に出ると、エレノールさんが満面の笑みで門前に立っていた。
「どうか、されました……?」
その何かを含んだ笑みが怖い。俺はびくびくしながらそう聞いてみる。
「昨夜なんですけどねぇ。村長さんの家にある結界を開く鍵を取った人間がいるみたいでして」
「え?誰かが夜中に鍵を開けたって事ですか?って、え?俺疑ってます?」
「いいえ。私は微塵も疑っておりませんよ。村の人が、です。全く節穴ですよねぇ?どこ見て歩いてるのかさっぱりです。目玉をくりぬいた方が正常な判断が出来るのではないかと思う程、愚かですよ」
ニコニコしながら物騒過ぎないかこの人。
「一応村の人が聞いて欲しいとの事だったので、聞かせていただきました。すみません、余計な手間を取らせてしまって」
「いえ、全然」
「それともう一つお聞きしたいのですが?」
「どうぞ、どうぞ」
「昨日の鬼頭さんに何か異変は見受けられましたか?些細な事でも大丈夫です。元気が無いように見えた、程度の事で」
鬼頭を疑っているのか。
「昨日の任命式の時ですかね。勇者に選ばれた筈の彼の顔が曇っているのは気になりました。彼らしい行動を考えるなら、まず初めに俺を卑下するか、煽った上で喜ぶしょう。実際に最初の方はそうだったと思います。ただ、陰りが見えたのは二人が手を挙げた後。惚れた彼女と、村で最強な私の兄に反論されたのが余程効いたのでしょう。因みに彼を疑っていますか?」
「勿論です」
「彼は天命の才が人よりも秀でているお陰で高層ビル並みにプライドが高いです。しかし、一番認めて欲しい二人に否定された事によって、その自尊心を打ち砕かれそうになっています。彼は自分の何が足りないかを知りません。つまり、認められない理由は分かっていません。彼の地盤は揺らいでいたのでしょう。自分は強いのか、弱いのか。彼は自分が強いと思っているので、自分が強いと言う確証が欲しいと考えます。頭では分かっている。けれど、二人に言われて自信を持てない、じゃあどうするのか?考えたんでしょう。そしてその結論は、実践でしょうね。じゃあ相手は誰か?勇者として認められる為に実践すべきは誰か、考えた。考えた末に出てきたのが」
「結界外の悪魔、という訳ですか……」
「ただの心理状況からの推察なので証拠は全くありませんし、彼はどちらかと言うと感情的なタイプなのでそこまで考えた結果の事ではないと思いますが。ってか、考えるタイプならその後どうなるかまで考えられると思いますけどね。まあ、あの二人が俺を指名しなければ良い話だったとも私は思います」
「なるほど。……それと、私はあの二人の行動は当然で正常であった、と思いますよ?」
「え?」
「私も正人さんを推していましたから」
「自分の事は事前に……?」
「ええ、それはもう隅々まで。うふふ……」
純粋に怖いっ!
「冗談ではありませんよ」
「そこは冗談ですよ、って言う所じゃあ」
「貴方の頭のキレ、天望のレパートリー、発想力や想像力、天命との組み合わせ、貴方の試行錯誤と努力が垣間見えました。戦闘スキルでは兄をも圧倒し、天命天望なしの戦闘では全戦全勝」
どっから引っ張って来たんだ、その情報。ソースを下さい。
「私は貴方が選ばれるだろうと思っていたし、望んでいました。それは、柔軟な頭の使い方や戦闘スキルだけでなく、人を守る姿勢も勇者らしく。足りない部分を努力と発想で補う、自分をよく知る姿、弱い自分を認める強さ、純粋に強さを求める欲、それは自分の為でなく、人の為。全てが私の尊敬し目指すべき勇者の像であったからです」
そんな心中の吐露に俺は正直引いてしまった。ガチじゃん、と。
けれど、その本心は恥ずかしくも、途轍もなく嬉しかった。勇者が俺を勇者として認めてくれたのだから。
実際残念な結果にはなったけれど、そう思ってくれている人が居るだけで十二分に今までやってきてよかったと思えた。涙が出そうになった。
「けれど、現実選ばれたのは鬼頭さん。天使様のいう事も分かります。彼は表面上はとても素敵な方です。しかし納得する訳ではありません。あの方には人を思いやる心も仕草もない。あるのは人に認めてもらいたい自己欲求と優越感のみ。才能に溺れ努力もしない。正人さんとは真逆。とても残念です。上が決めた事なので仕方のない事だとは割り切って仕事はしますが、自分の心までは裏切れませんので言わせていただきました。……いけませんね。愚痴の様になってしまいました」
「いえ、全然、聞けて良かったです」
「それと」
「?」
「羽澄さんの事は悪く思わないでくださいね」
「言いませんよ。言うわけありません。二人の意見をしっかり汲み取り、私を私として見てくれていたと思いますから」
「うふふ、本当にあなたは賢い人ですね。……貴方が良かったです。あ、もう一つだけ……最後に……」
そう言いかけたエレノールさんの腕からピピピと音が鳴った。
「あら、いけない。すみません。後一点だけお話があったのですが、急ぎの用でして……」
右腕に付けていた腕時計が音を鳴らしていた。
「お話出来て嬉しかったです。また、改めて伺いますね」
「こちらこそ。お気をつけて」
アラームを止めて、余裕の会釈。そうして少し駆け足で去って行った。
なんか、特訓の気分じゃなくなっちゃったな。
心が躍っているのか、ざわついているのか、つまりどうなのかが全く分からない。
そんな時に目指すは一択。
天使像の所だ。
脇目も振らず来てしまった。
昨日の掃除からそこまで時間は経っていないが気になる埃が少しばかり溜まっている。
そう言えば俺、昨日ここぶっ壊そうとしたっけ。
「それも良いよなぁ」
ガタッ。
ガタッ?何かが動いたような音がしたが気のせいだろう。
「ま、作るの面倒だし、上手くできるの何十年後だよって話だからやんないけど」
ガタッ。
まただ。なんだ?
石像が動いている。
ガタガタガガタガタガガタガタッ!!
「うぉっ!」
否だ。地面毎揺れている。
「地震っ!?」
結界の中での地震なんてありえない筈だけれど……。
「止まった」
それは余波もなくピタッと消えた。
「なん、だったんだ?」
そして数十秒、突拍子もない出来事に放心状態の俺の耳に「キャーー-ッ!」と女性の悲鳴が届いた。
「美々子!?」
俺の美々子センサーは特別性だ。一センチ髪を切っただけだろうが、ヘアピンの色が変わっただけだろうが、身長が一ミリ伸びただけだろうが気づく。
そんな俺が彼女の悲鳴を聞き分けられない訳が無かろう。ってそんな説明してる場合じゃねえ。
聞こえたのは村の畑の方からだ。
俺は急いで畑に向った。けれど、一足遅かったようだ。
畑は巨大生物に踏まれたのかという程の広範囲で押しつぶされ、真ん中には巨大な穴が空いている。
そこには村の全員が集まる。
「正人!!」
俺を見つけて名前を呼ぶのは鬼頭の取り巻きの二人だ。
「どうしたんだ?」
「美々子が!美々子が悪魔に連れていかれたでゲス!」
「悪魔?何で結界内に悪魔が居るんだよ」
「……それは」
俯いて顔を背けて、何か知っていそうな感じだ。
「まあいいや。鬼頭は?」
「やられた」
「は!?」
「一撃でやられたんす!後の頼りはお前しかいないんすよ!」
「時間がないでゲス!」
「エレノールさんは?」
「今出てるっす」
急用ってこの村の外でかよ!タイミング悪いな。
それもやばいが、勇者になった鬼頭が一撃?鬼頭が弱すぎたのか?いやそれは無い。勇者の力は平等に分け与えられる。並みの悪魔なら余裕だろう。
つまり並みの悪魔以上だったと言うわけだ。戦闘センスは俺よりも図抜けた筈だが?
「そうか」
「この村を助けてくれっす。虫がいいのは分かってるっすが!!」
「事情なら後でいくらでも言うでヤンス!いくらでも殴って言いでヤンスから!」
「んな事どうでも良いんだよ!さっさと場所を教えろ。美々子を助けるのが最優先事項だ!」
美々子が攫われて俺が動かないわけがないだろ。鬼頭が負けた?勇者が負けた?知ったこっちゃねぇ。身を滅ぼしてでも救い出してやる。
「そ、それが……」
そう言って二人はその穴を覗き込んだ。
地響きが発生した時だ。
地中から畑へ途轍もない勢いで全身水色の全長五メートルはある、言葉を選ばず言うならば全身脂肪が垂れ下がったデブが地中から現れたそうだ。
その畑に居たのは美々子とその両親、そしてそこを『偶然』通りかかっただけの鬼頭。
悪魔は地上へよいしょと昇り、そこにいる美々子達を確認する。そして―――
「お前……可愛いなぁ。俺しゃまと結婚決定な!ゲフフフフ!」
「えッ、普通に嫌。わっ!きゃっ!!」
美々子の胴体を人形の様にグッと握り、悪魔の顔前で求婚する。
「拒否権はにゃいよぉ?結婚のチューしようねぇ」
チューと言うかそれは舐めまわす感じだ。ベロがじゅるりと動き、出たり入ったりする。
「照れちゃってぇ」
美々子は『いやいや』と全力で抜け出そうとするがビクともしない。
そんな姿を楽しむ悪魔はどこからどう見ても立派なキモい悪魔だ。
もう眼前までベロが迫る。ただ、そんなのを黙って見ている村人は一人としていないのだ。
「ムスメヲカエセー!!」
悪魔を倒せるかは別として。
「お父さんッ!!」
桑を全力で振い突進する美々子父を「うるさいなぁ」と少し足を振っただけで遠くまで吹っ飛ばし、母の天望、手から吹き荒れる風、自称『自動自然生成扇風機バスター(風量最大)』を無傷で耐えた。
しかし、まだ諦めてはいけない。ここには昨夜悪魔どもを一網打尽にした勇者が居る事をお忘れなきよう。
「悪魔がッ!」
今朝、エレノールさんから授かった腰にぶら下げた帯刀を力強く抜き、悪魔の死角からベロに向って垂直に飛んだ。
刹那、悪魔のベロが両断される。
早すぎて常人の目には見えなかったが、鬼頭は飛びながらに剣を振い、下から上へと悪魔のベロを切り落としたのだ。
死角だったのもあり、悪魔は全く対応が出来なかった。
「ぎゃぁぁぁぁぁッぁぁぁぁぁあッ!!」
悪魔は頭を振り、腕を振り痛みを全身で表現する。しかし、美々子は是が非でも落とさない。
「勇者の前に現れるからそうなるんだ」
「ああぁぁぁぁぁああああああ゛あ゛!」
「煩い悪魔だな。この村に入った以上、お前は許されない。美々子さんを奪おうとした以上、お前は許さない。次はそうだな。喋れない様にしてやるよ」
「たかが人間風情が調子に乗るなよぉ!!!!」
「ッ!?」
地面に降りた時、その巨体からノーモーションで繰り出されるパンチ。何とか、右に逸れて回避は出来た。しかし、鬼頭が驚いたのはそれ以上に先程切り落とした筈の舌が元通りになっているからだ。
「再生の能力か……面倒くさい」
「お前!煽っといてそれかよぉ。弱いじゃぁん?」
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あれ?
「なにが……起きた……?」
ふとした瞬間、面倒だと頭で考え我に返った瞬間だ。
鬼頭は空に放り出されていた。
別に鬼頭は油断していたわけではない。直感、センス、第六感と言う、彼の天命もしっかりと働かせていたのだ。
その力は、体が勝手に緊急回避、敵の弱点、体の使い方を全てオートで行ってくれると言うもの。つまり、体自身が直感し、最適解へ動く力。
それは確実に躱せるはずの、過去一度として、否に三度あるがそれ以外は全ての物を交わした。しかも今は、勇者の力だってあるはずだ。
なのにも、関わらず、だ。
悪魔が蹴り上げた左足に一切反応する事が出来なかった。
ボンッと人から出るはずのない音が鬼頭の体から鳴った。
何が何だか分からなかった。
一瞬、オート照準が悪魔に向いて、最適であろう、足に剣を突き刺した。けれど、剣は悪魔の脂肪に呑まれ、折れた。呆気なく折れた。
「え?」などと、考える暇すらなかった。その直後のカウンター。体は対応していた。しかし、それ以上に悪魔のスピードが勝っていた。
左足で鬼頭は蹴り上げられ、謎の異音を発しながら空を舞ったのだ。
鬼頭には欠点があった。それは才能に甘んじた傲慢さ。天望の基礎能力を底上げする努力を軽んじ、体本来のステータス、つまり地力を馬鹿にして来た。つまり、何の努力も頑張りもしてこなかった。
勇者になれば、そんなもの必要ないと知っていた。補えると考えていた。昨夜、それを証明したはずだ。
けれど、この様はなんだ。
何故、鬼頭が這いつくばっているのだ。
これが結果だった。
脆弱な体を鍛えもせず、何もしてこなかった男が勇者と言う力に頼りきった結果。
半死状態となり、地面に転がった。
「けっ。ざぁこが。あーあ。人が集まってきちゃったなぁ。ここでチューするのは恥じゅかしいし、外でハーレムしようねぇ。あーエッチしてぇ!でもこのぶっとい俺の息子を入れたら死んじゃうよなぁ!つれぇ!」
そして、美々子を連れ、もう一度穴の中に戻っていった。
「それで今は穴から出てこないでヤンス」
違う、出てこないんじゃなくて出られないんだ。結界は完全な球体で出来ている。土の中で彷徨ってるんだろうな。
ん?
だったら、簡単じゃん?
「なあ」
「は、はひ」
「俺がこの村助けてやるから、一つ言う事聞いてくれ」
「……なんすか」
「村長から鍵を借りて来い」
「………そ、そんな無理っすよ」
「じゃあ、この村が崩壊しちゃうなぁー。俺が行っても良いけど村長に嫌われてるしなぁ。お前らも死んじゃうかもなぁー」
「わ、分かったでゲスよ!!」
「なるほど、扱いやすい舎弟だな。こいつらは」
一分後。
ボッコボコになりながらも村長から鍵を取ってきた様だ。
村長の逆鱗に触れるとすぐ喧嘩になるからな。顔面が膨れ上がったあの二人がいい例だ。
「サンキュ。行ってくる」
「ど、どこへ行くっすか」
「決まってんだろ。最強のツンデレヒロインを攫った悪魔にお灸をすえに、だよ」
そうして俺が向かった先は恐らく昨日勇者に認定された男が開いただろう、向こう側にはずっと土と森が続く村の端。日差しに反射しピンク色が結界が光る。
その一部分に鍵を当て、高さから大きさを設定する。
恐らく、鬼頭はそれをせずに結界の扉を開けたのだろう。デフォルト設定では、地面の少し先まで結界は開いてしまっている。
地中から村へと悪魔が入ったと考えられる。
キーについているディスプレイを触り、地中に結界を張り、地面ギリギリの所から先程見た穴の直径ほどの大きさで結界を解除する。
俺はでっかくあけた穴をでけえなぁと思いながら、ゆっくり外へ出て、出た先の地面にちょっとした細工を仕掛けておく。
そして直ぐだった――――。
「ハネムーンだぁああああああああアアアアアアアアアア!!でれたぁあああああああああああああああああ!」
との声。
ドォオォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!
と轟音が一気に鳴り響き、爆発した。それにより悪魔の両足が吹っ飛んだ。
「うぉ、すっげぇ」
自分で全て計画しておいて他人事みたいな言葉がぽつりと出た。
爆発させる量ミスったみたいで予想以上の火力になってしまった。
「キャッ!!」
っと、やばい!!
悪魔は予想外の出来事により、手をあたふたさせ、美々子をパッと離してしまった。
しかしそうして放り出された美々子の下には俺が居る。
いつも俺は美々子を見てんだぜ?
「大丈夫か?」
お姫様抱っこでキャッチする。因みに少し強めに抱きしめていたのは美々子には内緒。
「ちょっと苦しいわよ……」
一瞬でばれたぜ。
「ああ、ごめん」
即刻、下ろす。
「でも、ありがとう」
久しぶりの泣き虫美々子だ。本当に怖かったのだろう。その後、ギュッと抱きしめられた時は本当に息子がやばかった。
「そいつは俺の嫁だぁああああああ!!!」
もう再生したの!?いや、そんな事より。
「それは違う!美々子は世界の嫁だッ!!!!」
「…………違うわよ?」
両足共に数秒で再生し、右腕から力強く繰り出される背後を狙ったパンチが飛んでくる。
もう少しハグを堪能していたかったが、そんな余裕は無い。パッと体から美々子を剥がし、彼女を先に結界内へ。
パンチは俺が結界内に入る前に届きそう。だから、俺は結界に鍵を翳し、結界が閉じる前に鍵を中に放り投げる。
つまり結界は完全に閉じられ、俺は結界の外に取り残されてしまった。
そしてパンチは俺に届く。前に、「なんでだろうな?」そこには何もない筈なのに悪魔の右腕は何かに触れた。そして、びりびりと電撃を浴びたように震動し、右腕が爆発した。
「何をしたぁ!?」
「知らなくて結構。こけっこっこーっつって」
「おもんなお前」
「ええ?冷静過ぎる。俺は不意打ちしか得意じゃないからな。そういう事よ」
俺が出来る事と言えば、天望のそれなりにトリッキーな使い方と、『天命』小石を二個自由自在に操ることくらいだ。ああ、後。自分の流気を繊細に動かす事、か。
先程の悪魔両足消し飛び事件で言えば、俺は結界の外に出た時、地面を触っていたと思うが、厳密に言うとそこにあった二つの石に触れていたんだ。
そして、その石に俺の流気を流し、それに何かが触れれば流気が暴走し爆発するという仕組みを作ったのだ。
因みに言うとこれは、天命の力である石、流気の操作と、発想力でどんな攻撃も可能となる天望を組み合わせた技。
悪魔が感電し、爆発したのもそれの応用だ。天望の力で透明な稲妻を生成、背後に待機させ、そこに操作可能な流気を流す。そして、それを暴走させれば爆発だ。
技名はそうだな、ウツシアラワシと、でもつけておこう。
「返せぇ!俺しゃまのぉ!」
「お前のじゃねえよ!!!!!!世界のだよ!!!!!」
「…………だから違うわよ」
いやしかし、気になる事がある。
先程あのパシリ二人組から聞いた話によれば、再生速度は数十秒との事。でも先程、数秒で立ち上がって来たんだが。
あいつらが嘘を吐いたか、こいつがまだ本気を出していないだけ、か。
前者はない。あいつらは鬼頭がやられた途端、泣きそうな顔で俺に縋りついてきたからな。
じゃあ、後者。それはマズいんじゃない?
至って心は冷静だ。冷静か?
血が上った悪魔は腕と、焦げた体を三秒で直しやがった。
まだ、いくつもウツシアラワシは張り巡らされている。でも、俺は冷や汗をかく。
もう一度、腕を引き、腕を飛ばす悪魔。それはウツシアラワシに捉えられ、爆発する。
けれど刹那。右腕は既に再生されていた。
弱音も吐かず、悲鳴も上げず、次は左肘を引く。
その空いた一瞬だ。ウツシアラワシが発動し、何もなくなったその空間の隙間。そこを狙い、パンチを繰り出す。
完全に俺、直進コース。
「ッブねえ」
冷や汗。俺の死にたくないセンサーが高くて本当に良かったと思うよ。
俺は左腕が引いた瞬間に、少し右へ回避した。回避したと言っても、その尋常ならざるスピードと大きさから発せられるパンチだ。風圧だけで肩を持っていかれた。
俺は奴の再生速度の異常な発展を見て感づいた。もう一段階早くなる可能性を。
再生能力の向上により奴は攻撃を受けてもすぐさま再生する。つまり痛みを感覚する前に既に再生を終わらしてくる。それによりダメージを受けたとしてもノーダメージ扱いになり、連続攻撃は可能となる。
だから、俺は悪魔の体の動きを見て、打つ軌道を確認。事前に回避を行ったという訳だ。
お兄ちゃんに勝つ為に編み出した体の動きから攻撃を読む方法が役に立って胸躍るこの俺。
それは間違いなく調子に乗っているという事。そして、間違いだという事。
「死ねぇえええええ!ライバル!」
少し気が緩んだと言うか、別世界に飛んでいたというか、回避出来たという事で俺の中で悪魔との戦闘が一瞬完結していた。
悪魔の右腕が既に眼前に迫っていると言うのに。説明している時間絶対要らなかったよね?
「やべっ」
「気ぃ抜いちゃだーめだぉ?」
「その通り」
俺はすんでの所で自分と拳の間にウツシアラワシを発動。そして、拳がそこに触れた瞬間、爆発する。ただ爆発するのは拳ではなく俺の背中。
「マジかこんなの受けて悲鳴上げない訳ないじゃん!?」
それは自己犠牲の回避術だ。
爆発を自らくらい、爆発による爆風で敵の攻撃を避け、距離を取ると言う諸刃の剣。
悪魔の即死より爆発の軽傷だろ。
それを見て悪魔はくけけけと笑う。
「お前、イカれてんなぁ。気持ちいいぃっ!」
「ははは!こんなの序の口だ!」
お兄ちゃんと兄弟喧嘩をした時に比べればな!
「あの勇者に比べてもかなりクレイジーでつぉい。なんでお前が勇者じゃないのかあいつらの目は節穴か?いや、俺はそれで良かったと思てるけどねぇー」
「待って?どこ見て喋ってる?」
「??」
俺は今悪魔の足元にいると言うのに、悪魔は爆風に飛ばされた俺のダミーに話しかけている。
「お前が二人?」
悪魔は足元にいる俺と吹っ飛ばされた半透明の俺を見比べる。
「残像だッ!……一回言ってみたかったんだよね、これ。つーか、喋ってる暇なんてないんじゃないの?悪魔ちゃん?」
今度は俺の番。何度も何度も悪魔から頂いた右腕パンチをお返しする為、右腕を引く。流気を拳に流し、お返しに強いお礼を加えてやった。
ドンッ!!!
「…………あれ?」
しっかり悪魔に当たったはずだ。
あれれ?
なのに?
放った拳で付けた傷はなんとゼロ。
先程の雷などと同じくらいの医療である筈なのだが、無傷。再生でもなく無傷。
防御力が数段高くなっている。何故?
「何をしている?」
「あ、挨拶?」
ドォオオオオオンッ!
序に流気を暴発させ、その場が煙幕で包まれたタイミングで俺は距離を取る。
やばさを感じたのだ。
次第に煙は空に昇り消えていく。
鬼頭の様な直感ではなく目に見えるやばさ。堅さ。
巨大な悪魔はいなくなっている。
どこにいる?
普通にそこにいる。
巨大だったその悪魔が人型になってそこにいる。
俺は見ている。先程悪魔が居た場所に。間違いはない。
「なるほど、やっと俺様に適合したってわけか」
イケボ過ぎ。
野太く響いていた声は、低く落ち着いた声に変わる。体系もスリムになり、脂肪の様な弛んだ皮で出来ていた顔もシュッとし、キレ長の目をしたイケメンとなった。
その青髪はどっから生えたんだ。
突っ込み所は一杯だけれど、突っ込まれるの(物理的に)は俺の方だと思うから、あんまり深くは言わないよ。
「?」
「どこを見ている?残像だ!!」
「それ俺がさっき言ったカッコいいセリフだ!」
つーか、これは残像ではない。だって残像はそこに無いんだもの。
俺が見ていた悪魔は、もうそこにはいない。いるのは俺の真横だ。
気付いた頃にはもう遅かった。
「ぐ……あっ……!」
やはり右拳で鳩尾をドンピシャに殴打され、胃液が飛び出した。
俺がその後の攻撃に備え、爆風でもう一度距離をとってもまだ遅い。
「ッ!!」
悪魔は先回りで吹っ飛んだ俺の背中を蹴っ飛ばす。
突然強くなりすぎじゃない?対応の使用が無いんだけれども。
何が起きたのか?
俺の中に一つだけ仮定がある。いやほぼ、断定だけれども。
昨夜、鬼頭が結界を開き、通過できるようになった地面。その地面の深さ、範囲は巨大だった頃の大きさよりもかなり小さい。
つまり、最初はそこまでの大きさではなかったのだ。じゃあ、どうしてここまでブクブクと巨大に醜く育ったのか。
次に出て来たのは朝だった。この数時間の間、恐らく奴は地面、花、草、と言った地面からの気を吸い取った。
あの大きな図体は周りの気を吸収した事によるもの。何故そう言えるのかと言うと、その後の鬼頭との戦闘だ。
その戦闘時と、先程の図体。聞いてた話よりも幾分もでかかった。
しかも、戦闘して数分後の事だ。
そして今、俺に適合したと言った。その後のあの速さ。あれ程の戦闘能力の向上。
俺らも一瞬にして強くなれるだろ?先日鬼頭がしたように。
そう、あれは勇者の力。
悪魔は恐らく勇者と言う名を吸収したんだ。そしてそれをものにした姿。それが今。
自我が強く流気が強大である悪魔には天命の力と似た力がある。
それは天使ではなく、堕天使から授かった力。
下道だ。
彼らの欲望が生み出した下劣なそれ。
今回で言う『吸収』という力。
本当に悪魔って野郎は何時まで経っても自分勝手。
だから今何、って話なんだけれども。
俺は蹴飛ばされ空を舞う。そしてそれを追いかける悪魔。
悪魔の猛追により、その距離はどんどん縮まる。そして、一メートル程の間になった。
だから俺はそこにウツシアラワシを仕掛けた。
のだが。確かに発動はした。
しかし避けられた。しかも発動した落雷を一瞬肌で感じてから反射神経で避けられたのだ。
心が折れた。
どーするの?ねえ、手立てないよ?
ウツシアラワシを幾つも用意するのはやめだ。ただの無駄うちになってしまう。
ここまで一瞬で追いつめられるとは思っていなかった。そんな中の唯一の救いは二つある。
一つは、先程の蹴りで実感したが、こいつの攻撃力とスピードは勇者になる以前のお兄ちゃんよりも弱いという事。それを聞くとお兄ちゃんは化け物だと言う人は居るが、あれは完全にバケモンだよ。弟が保証しよう。
それを考えれば、先程は油断しただけで、落ち着けばいつものお兄ちゃんとの戦闘と何ら変わない。いつも見て来た速度。対応出来ないはずが無いのだ。
つまり、この距離で四肢の少しの動き。
右手が(また右手かよ)引いた、少し下向きに。
顔狙い。
俺は動きを見逃さない。
そして、撃たれる前に顔を右にずらせば、丁度悪魔のパンチが顔に届くゼロ距離、それを避けられる。
タイミングを間違えれば一発k.o.だが、そんなミスはしない。何年と兄と戦ってきたからな。
掠ったとしても最小限に抑えればいい話だ。
そしてもう一つは―――
こいつ自体堅すぎて歯が立たない。爆発しても再生する。
攻撃の手立てがないのだ。
「ぐっ!」
「馬鹿め!」
「やべっ」
見誤った!ミスった!
先程の俺の兄との話は何だったのか。ごめんよ、お兄ちゃん。特訓は無駄だったみたいだ。
というか悪魔の狙いが予想外過ぎたのが悪い。
「この速度と力でも当たらないのは予想外だが……その機動力を削ぐか、捕まえてしまえばそんなのは簡単に対応可能だよな。ぐへへへへへ。お前には俺様への攻撃手段もないようだしな!!」
笑い方はキモいままなのになんで声カッコいいんだよ。新種過ぎる。
拳を固め、直進的に顔をぶん殴る軌道で俺を襲った右腕は、俺の首元で拳を開き、そのまま首を掴んだ。
ただ、俺は時間稼ぎでいいのだ。
避け続ければ、最後の希望は現れる。
「あらら、私が留守の間に村の方を襲うなどいけない悪魔さんですねぇ」
勇者、エレノールさん。
そう、もう一つはエレノールさんにバトンを繋ぐことだ。
俺がその場で死んでも結界は壊れない。しかし、それは現状の奴の力ではと言ったところ。
悪魔に時間を掛け吸収された場合、結界は破られる。エレノールさんでさえやられるかもしれない。
叩くなら今なんだ。逃がす訳にはいかないんだよ。
だから、俺は時間稼ぎ。
「メテオバースト」
エレノールさんはニコニコしながらそう言って、悪魔に向って持っている木杖の先端を刺す。
(え?俺もいるんだけど?)
「この女、正気か!?いや、そのお淑やかな見た目でドSっぽい感じ!溜まりませんなぁ!!」
そう言えばこいつキモオタだったわ。てか、変態?てか、同感。
すると、杖の先端に隆起が集中し溜まっていく。
そして、それは俺らに向って一気に発射された。
キラキラと輝く星の様な模様をしたビーム砲。それは、元の巨大悪魔程の大きさを覆う程の広範囲攻撃と一瞬で消し炭にするほどの高圧力に威力。
「悪魔避けてッ!」
「任せろ!!」
初めて俺が悪魔に懇願した記念すべき瞬間だった。だから勇者に選ばれないんだろうな、俺。
しかし、その悪魔とて完璧には避けきれなかった。
防御に特化したはずのあの悪魔が一瞬で左半身を失った。そして俺を庇ってくれた。(庇ったわけではない)
ただ、すぐ再生を施す。先程よりも時間を要してはいるが。
傷の治りが遅いのは気になるな。それに――――。
いや、にしても俺毎吹き飛ばす気だったよ、あの勇者と言う名のサイコパスさん。
そして意外や意外、あの清楚な感じだと、補助系や、防御系に特化した勇者だと思っていたけれど、まさか、攻撃全特化だとは。人は外面じゃないんですねぇ。
因みにそれで言うと、この悪魔の勇者スタイルは防御と補助に特化した型だな。
「堪りませんな、悪魔さん」
「分かるか、同士よ」
「ああ、あのギャップ!燃える!」
「お前が悪魔ならいい友達になれたんだがな」
俺の首を締めながら言うセリフじゃねえだろ。
「こっちのセリフだ。お前が悪魔じゃなければ。……お前はなんで悪魔に……」
「過度なセクシュアルハラスメントだ」
過度なセクハラはもう性犯罪。
「……立派な犯罪だな」
「言いたいことは分かっている。手を出したらお終いと言いたいんだろ」
「ああ」
「でも止められなかったんだ!今もそうだ!あの嫌がる、不幸になる顔が見てぇ!俺は……俺は…………何十人の女を同時に犯してやりてえ!」
「歯止めが利かないんだぁ。何十人相手はレベルが違ぇや」
「……だが、それはまた今度の楽しみにしといてやるぜ。あの勇者は今の俺じゃあちょっと手に負えそうにないからな。同士。いや、元同士よ。命拾いしたな。せいぜい次までに女を蹂躙して、良い悪魔になるこったな」
「ならねえよ。つーか………。誰が逃がすって言った?さっきから右手で俺の流気をちゅーちゅーと。吸血鬼なの?」
「…………へ?」
俺は、首を掴む右腕を掴む。
「へ?じゃねえよ」
首を絞められた俺には分かる。何故ずっと奴は右手で攻撃していたのか。それは奴が右腕からしか吸収が出来ないからである。
流気の流れを操作できるという事は流れが分かるという事だ。それを吸収されればその違和感には流石に気づく。
「全く、このままエレノールさんに任せられるから、大人しくしてたのに。結局か?結局俺のあれが欲しいのか?」
「え?あれって何……お前の息子の子種的な奴?」
「何時まで頭ピンク色にしてんだ。もー。首掴まれる寸前、覚悟して、その後エレノールさん来て安心してたのに。また覚悟かよ」
先程、エレノールさんをサイコパス呼ばわりしたが、実は最初から俺をあの技の範囲に収めていない事はあの杖の向きから分かっていた。
エレノールさんは優しいからな。鬼頭が俺の位置で俺がエレノールさんの位置だったら容赦なくぶっぱなしてたと思うわ。
俺は覚悟している。
仕留めようとした技でエレノールさんが仕留めそこなったところを見ると、技の速度より悪魔の逃亡スピードが勝るだろう。
実際、エレノールさんの実力は知らないし、これからは策はあるかもしれない。でも、念には念を。当然のことながら、倒せるときには倒しておいたほうが良い。
先ほど言ったようにこいつはこのまま逃がしていい奴ではない。ここで仕留めなけりゃならんのだよ、諸君。
「お前……わざと首を……」
「俺の天命は操作。さっきの爆発の様に流気を操作して暴走をさせる事も出来ますね。そして、それの流気はどこから流れているかというと私の体なんですね?つまり、俺の体内の流気はいくらでも操作し放題なんですね」
「それは辞めてっ!」
突然、美々子が悲しそうな顔でそう叫ぶからびっくりした。でも辞められない止まらない。
先程の『それに―――』の続きを話そう。
奴は先程から避けている。直ぐ再生出来るのなら避ける必要はない。俺のウツシアラワシだって回避する事なく突っ込んで来ればいい筈だろう。
ただ、今のを見て確信した。広範囲のあの威力の攻撃によって受けた損傷は左側半分だ。そして、その再生にはそれなりに時間がかかっている。つまり、広範囲のダメージ、深手を負えば追う程再生速度は低下する。
回復の際、首から右腕へと流れる流気を伝って見ると、再生に必要とするエネルギーが流気だと知った。それはその怪我の度合いに応じてだ。
流気が底を尽きれば再生は不可能となるんだ。
それを恐れて、怪我を回避している。底が近いんじゃないか?いや、別にそこはどうでもいいんだが。
大事なのは流気を遣って再生してるって所。
簡単な方法があるじゃないの。再生をさせずにぶっ倒す楽なやつがさぁ。
「まさか!」
悪魔は分かったようだな。
首から手を離し、俺の手を振っても残念ながらもう遅い。
「お察しの通り。体内の流気を暴走させることが出来るんだぜ」
「や、辞めろ!!」
「俺の流気の量は人よりも何十倍も多い。さっきの比じゃないよ?努力もしてきたからね。今丁度君の中にも俺の流気は流れてるし。流気同士ぶつかり合えば、流気は消えてなくなるよね?あ、いや、それどころか、体も木っ端微塵だね、あははははは!」
「やっぱお前……一番狂ってる!」
「ぐっばい。我欲に負けた元同士と俺。流気暴走。
はい、自爆ッ!!!」
バンッ!!
俺の体内から流気は暴走し、体を吹っ飛ばしながら外へ弾けた。
それにより、悪魔は木っ端みじん、跡形もない。
俺の肉塊の欠片がそこら中に散らばる。
それを目の当たりにした皆が口をそろえてこう言うんだ。
臭いし、掃除が面倒なのよね。
「いや……グロいわよ」
美々子、その引いた顔辞めて。
流石にこれは初めての様で初めて笑っていないエレノールさんを見た。
え?なんで俺はまだ喋っているかって?
俺はまだ生きているからだよ。
爆発後、体はそこら中にある流気から生成されるのだ。
べ、別に望んでいる訳じゃ、ないんだからねッ!
いや本当にこれは何故かは分からない。
今まで幾度とした自爆ライフ。全て蘇っている。肉塊は散らばったままだから、再生しているという訳じゃないんだ。
「大丈夫……ですか?」
「ええ、この通りぴんぴんです」
「美々子、結界に入れてくれ」
「うん」
美々子は鍵を翳し結界を開けた。
「ふ、うう、疲れた」
二人が村に入り、しっかり結界を閉じたのを目視してから話を続ける。
「……何事か聞いてもよろしいですか?」
「ええ」
美々子にフォローしてもらいながら俺は今あったことを詳らかに説明した。
「あらあら。では鬼頭さんは私情で悪魔を結界内に侵入させ、勇者として敗北を期すどころか、勇者の力さえ奪われれ、と」
「俺が思うにそんな感じです」
「美々子さんは大丈夫ですか?」
「あ、はい。私には正人が付いてくれてますから」
「あれ?いつもより素直じゃん?そこも可愛いよ」
「私は何時も素直なの!……いや、別に可愛くなんてないんだからね!」
「そのツンデレはなんなん?可愛いなぁ」
「もう!口を閉じて!」
「うふふふ。貴方の行動はやはり勇者向きですね」
「ありがとうございます。勇者に離れませんでしたけどね……」
「先程、お話がもう一つあると話したのは覚えていますか?」
「ええ、はい」
「正人さん」
「え。はい!」
エレノールさんが真剣に俺を見るもんだから俺も真面目な顔で受け応えてしまう。
「私は貴方を勇者候補の一人に推薦します」
「え?は、はい!!」
「これは強制参加ではなく正人さんの任意で決めて貰って構いません。私は天使ではないので勇者に任命することは出来ません。ですが、貴方を勇者にする可能性を上昇させるのは可能です」
「それって……」
「はい。国立勇者育成学校 ユウレンエ への入学の推薦です」
「入学試験……は?」
「勇者からの推薦なので入学は決まっています。どうします」
そんな眼中にも無かった可能性だ。入試から勇者になれる確率は一パーセント。学園へ入っても一年間の研鑽の末、上位十名のみが勇者となれる。
自らの志願で勇者になれる唯一の門。
そんな無謀な事はしない、そう思っていた。絶対に無理だと思っているから。
選ばれなかった夜もそんなこと考えてはいない。
けれど、勇者にはなりたい。しかも入試をパスできるなんて……。
悩む。
そんな俺の背中をポンと押す誰かの小さな手。
「行きなさいよ。……私の勇者様」
「美々子……」
素っ気ない様に。顔を背けて真っ赤にしながら言う美々子の言葉。
今まで一番傍で見守ってくれていた美々子。
自信と勇気が湧いてくる。
今の一瞬で迷いは消えた。
「お願いします」
「いい返事ですね。ではその様に手続きをさせて頂きます」
鬼頭の処遇はまたおいおい説明するとして。
今回の事件はエレノールさんのおかげという事で片付いた。というか俺がそうしてと頼んだ。
村人は俺の事が嫌いだ。俺が英雄だ!見たいになったら何とも言い難い顔をするだろう。
ただ、鬼頭の取り巻き二人はしっかり謝罪とお礼をしてくれた。それは普通に嬉しかったな。
「さて……頑張るか」
勇者育成学校へ通うのは今日から一か月後。
それまでに出来る事はすべてやろう。
勿論、天使像に愛を伝える事もな。