先輩の言うこと
三題噺の企画で書いたものになります。
お題は「火星・教室・テレビ」でした。
無音の教室で僕たちは喋っていた。
周りのクラスメイト達はそれぞれの机に思い思いに集まって楽し気にお弁当など昼食を摂っている。
そんな環境の中、僕と先輩は同じコンビニの同じ弁当を机の上に置き、同じ順番でおかずと米を口に運びながら、喋っていた。
「私とあなたが付き合っているということを、まだ誰にも知らせていない訳だけれど」
先輩が切り出した話題はあまりにも唐突であった。
そもそも、一学年先輩である彼女がわざわざ僕の教室までやってきてご飯を食べているこの状況を見て僕たちが交際をしていないと判断する人間を、探し出すほうが難解なことだと思うが、確かにこのことを周囲に伝えてはいない。
「そろそろ私も交際宣言をはっきり出した方がいいんじゃないかと思案しているのよ」
「一体どうして?」
先輩は僕にとって初めての交際相手であり、そういったことに対する習慣に疎い僕は素直に質問してみた。
とはいえ、恐らくはそういったことを周囲に知らせておくことで二人の予定を立てやすかったり、浮気的な問題を牽制したりできるということだろう、と予測は立てていた。
それが良くなかったのかもしれない。人間は予測を立ててしまうと、その範囲の外の出来事に対応するのが難しくなってしまう。
「もうすぐ火星が落ちてくるのよ。テレビで言ってた」
先輩が一体どういった情報番組を観ているのかはこの際置いておくとして、その話を僕は最初、生真面目な先輩のたまの冗句、茶目っ気なのだろうと判断した。
「アハハ、先輩もジョークを仰ることがあるんですね。」
これが僕の対応の失敗だった。
先輩が嘘を言ったことなどなかったのだ。ならば、その言葉も冗談ではなく本気のものとして受け止めるべきだった。
「あら、あなたが告白の時に言ってくれた言葉は嘘だったということかしら。私が嘘を決して言わない女であること、それが信用されていないこと、それを知っているあなたは、私の言葉をすべて無条件に信じる言ってくれたあの言葉は」
そう、この人の言葉は一単語一単語が重い。
それを信じ続けるというこの一点のみが僕を先輩の交際相手たらしめていたのである。
完全に地雷を踏んでしまった。
「いや、ごめんなさい、先輩。ただその、あまりにも、一瞬で信じることができるような事態ではなかったので……」
「あなたは、私の放つ言葉を信じるか否か考える時間があるということなのかしら。それを無条件とは言わないのでは」
「その通りです。申し訳ありませんでした」
「いや、まあいいわよ。そんなことを言い争っている時間は、本当になくなってしまったようだから」
その言葉を聞き終えるかどうかといったところで突然、地面全体が揺れだした。
「じ、地震だ!」
誰かが叫んだ。僕だったかもしれないし、同級生だったかもしれないし、複数だったかもしれない。
先輩ではないということだけが確実だった。
先輩は嘘をつかない。
「これは地震ではないわ。火星が落ちたのよ。ちょうど太平洋の真ん中あたりかしら」
「そ、そんな、僕たちはどうなるんですか」
「どうにもならない。地球が粉々になるというのにこの教室だけ生き残るなんてことはあり得ないわ」
「そんな、僕はまだ先輩に伝えていないことがたくさんあるんですよ」
「それは諦めなさい。さようなら、あなたと付き合い始めてから、そこそこ、いえ、かなり楽しかったわ。好きよ」
「僕も――――――