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3 邂逅

 スノードロップにて一夜を明かした一行は、首都ノーブルガーデンを目指して牧草地を進んでいた。


「もうしばらく行けば、首都ノーブルガーデンを囲う生け垣が見えてくるはずだ。内部にはマギノリア魔法学園を擁していて、王国でも二番目の大きさを誇る建物だ。王国最大の建造物である研究機関、通称『魔術師の殿堂』が地下に存在するので、観光客には実質最大の建物だろう」


「『魔術師の殿堂』……! 大陸最高の魔法研究機関ですよ、エマ様!」


「へえ、二十年経ってもトップのままなんだ」


「え、二十年……?」


 うっかり口を滑らせたエマにアイラが聞き返す。


「あっ、えっと、小さい頃に話を聞いたことがあったんだよ!」


 アイラや騎士団の面々には元プレイヤーであることは伏せている。今向かっているマギノリア城にいると思われる、女王リノアやかつての持ちキャラだったベアトリクスの中身がプレイヤーとは限らないからだ。


「そうなんですか。わたしもよく絵本でベアトリクス様の活躍を読み聞かせてもらってました。実戦を想定した魔法研究の第一人者で、発見、開発した魔法は数知れず。史上最高の魔術師は誰か? という問いには必ず名前の挙がる、伝説の魔術師ベアトリクス様のことを知らない人はいません」


「そ、そうなんだ。そこまで有名とは思わなかったなー……」


 確かに当時、最初から覚えていたもの以外に魔法を習得することはできないものかと研究はしていた。

 

 結果としていくつかの魔法の習得方法を発見し、それを共有したことによりプレイヤーの戦力上昇という面から言えば、貢献度は高いと断言できるとも思っている。

 しかし、それは別に自分がやりたかったからやったことであり、他のプレイヤーに共有したのも更なる新技術の発見を期待してのもので、大したことをしたつもりはまるでなかった。それを偉業として他人の口から語られるというのは、なんともむず痒い感じがする。


 内心で悶絶するエマに気付かず、いかにベアトリクスが素晴らしい魔術師かを力説するアイラ。そのまま牧草地を抜け、いよいよ首都が見えようかというその時、エマが索敵用に展開していた【マナ探知】に大きな反応があった。


 とっさに馬車を飛び出したエマは反応のした方向を見る。すると、巨大な火球が馬車目がけて飛来する様が視界に飛び込んできた。


「はあっ!」


 それを捉えるのとほぼ同時にエマは火球に向かって手をかざし、【掌破】の遠距離版、【闘技"掌波"】を放つ。手のひらから放たれた闘気が唸りを上げて火球と衝突し、爆散した。


「そこだ!」


 間髪入れずにエマはローゼスレイピアを抜き、飛ぶ【刺突】を何もない虚空に向けて放つ。

 無駄に思われたそれはしかし、途中で何かに命中して弾け、その周辺の風景がぐにゃりと歪んだ。


「っ!? 全員警戒! 敵襲だ!」


 少しの間を置き、クラウスの号令が飛ぶ。兵士達が慌てて馬車を中心に陣形を組み立てる中、歪んだ風景から漆黒を塗り固めたような存在が姿を現わした。


「悪魔か……デーモンロードではなさそうだけど、何者だい?」


 眼光鋭く構えをとるエマをぎろりと睨むと、悪魔は腹に響くような重低音で声を発した。


「キサマこそ何者だ。斥候に出した使い魔どもを蹴散らした腕前からして只者ではないとわかっていたが、この国の結界すら欺く最高位の隠蔽魔法をかけてもらったというのに、まさか見破られるとは思わなかったぞ」


 不快そうに顔を歪める悪魔に、エマは口の端を吊り上げ、笑う。


「この国の結界とやらが何かはわからないけど、なるほど、あのナイトホークは君の使い魔だったか。狙いはアイラだろうけど、やらせないよ」


「ふん、我の魔法を打ち消した程度で、人間風情が調子に乗るな。そのでかい的を守りながら戦うつもりなら、やってみるがいい」


 悪魔が指を鳴らすと、周囲に魔方陣が展開され、魔物の大群が召喚される。ゲーム時代でもあったことなのでエマは動じなかったが、兵士たちの間に緊張が走った。


「レッサーデーモン三体に、デビルハウンドとデビルバットが合わせてざっと二十体ぐらいか……厳しそう?」


 エマの問いに、クラウスは額に冷や汗を浮かべながら答える。


「あれだけなら守りに注力すれば時間はかかるが、対処はできる。が、あの悪魔は無理だ。我々では相手にならないだろう」


「なるほどね。じゃあ、時間稼ぎを頼むよ。あの悪魔はぼくが相手をするから」


 言いながらエマは【刺突】を乱れ撃ち、馬車へ迫ろうとする魔物達を屠っていく。それを見た悪魔は舌打ちをし、追加の魔物を召喚しようとしたが、稲妻の如き速度で迫ったエマから放たれた一閃が、展開された魔方陣を破壊した。


「なんだと!?」


「【解呪の一刺し(ディスペルピアシング)】さ。もう術式展開タイプの魔法は許さないよ」


 驚愕を滲ませる悪魔にエマは猛烈な攻撃を浴びせる。しかしそれらはすべて悪魔の強固な皮膚に阻まれ、かすり傷しか与えられなかった。


「ああもう、かったいなあ!」


「おのれちょこざいな!」


 業を煮やした悪魔は至近距離で炎弾を撃ち出す。対してエマは空いた左手に水の盾を生み出し、炎弾を受け止める。


「なっ、魔法までだと!? キサマ、剣士では――!?」


 再び驚愕した悪魔の眼球に針が直撃した。他の部位に比べればはるかに脆いが、人間のそれとは比較にならないため潰れはしなかったものの、鋭い痛みに悪魔は苦悶の声を上げる。


「ぐああっ!」


 外套の内ポケットに仕込んだ針を飛ばしたエマは、間髪入れずにがら空きとなった悪魔の胴に【掌破】を打ち込む。たまらず吹き飛んだ悪魔だがすぐに立ち上がり、憤怒の形相で相対する少女を睨み付けた。


「おのれ……おのれおのれおのれえええっ! 効かぬ攻撃をいくつもいくつも、人間の小娘がどこまで愚弄するかあっ!」


 激昂する悪魔だが、エマはどこまでも冷静に剣を納めた。


「確かに、エマ(ぼく)は他の持ちキャラと違って、剣も、魔法も、闘技だって使えるのは中級レベルの技までが限界だ。言ってしまえば、器用貧乏を極めたのがぼくなのさ」


「何をわけのわからないことを……!」


「だからこそ、手札だけは誰よりも多いつもりだよ――起動」


 その一言を引き金に、エマの瞳と悪魔の体中に薔薇の紋章が浮かび上がった。紋章は怪しく脈動し、悪魔は強い虚脱感に襲われ、抗えずに膝をつく。


「なっ、なんだ、これは……」


 これこそがローゼスレイピアの特殊能力。傷をつけた相手に複数のデバフを付与し、弱体化させる。その強度は傷の大小に関わらず、回数毎に強化されるため、速度重視のエマの戦い方と相性が良かった。


「で、察するに君がゴブリンやナイトホークを使って、さらにマギノリア王国の首都に近いにも関わらず、隠蔽魔術まで使ってアイラを狙ったのは、一度保護されてしまえばもうチャンスがないと思ったからでしょ?」


 そしてエマは、悪魔の背後を指差す。錆び付いたように動かない首を必死に回し、振り返った悪魔が最期に目にしたのは、艶のある紫の髪を靡かせた、ローブ姿の女魔術師だった。


「『万魔の』――」


 その言葉を言い終える前に、悪魔の体が炎に包まれる。数秒後、炎が消えると、そこには何も残ってはいなかった。


「いやあ、流石だね。私がとっくにあの悪魔を補足していることを見抜いて、時間稼ぎに徹するとは。別に倒してくれてもよかったんだけどね」


 ぱちぱちと拍手を送る美女。ゲーム時代のロールプレイと変わらないその態度は、まさしく当時の晴真が目指した「凄腕の女魔法使い」っぽい姿そのままだ。


 悪魔を塵一つ残さず消滅せしめたその美女こそ、生ける伝説として世界にその名を轟かせる、『万魔のベアトリクス』その人だった。




 悪魔の襲撃を退けたエマは、ベアトリクスに連れられてマギノリア城内を歩いていた。クラウス達は無事に魔物を討伐した後に報告のため別れ、本物のベアトリクスを目にしたアイラは興奮で倒れて、一足先に部屋へと運び込まれている。


「ゲーム時代は大きなお城とか憧れたけど、現実だと移動は疲れるし時間がかかるしで、不便だね」


 多少の探りを入れつつエマが愚痴ると、横を歩くベアトリクスが愉快そうに笑った。


「ははは、私もそう思うし、リノアも時々同じ愚痴を零すよ。庶民派の自分に城暮らしは合わないってさ。二十年経っても以前の感覚が抜けてないんだ」


「じゃあ、君とリノアは……」


「ああ、私はちょっと稀有な存在だが、どちらも元プレイヤーさ。君と同じくね。さあ着いたぞ」


 ある部屋で足を止めたベアトリクスは、無遠慮にドアを開けて入室する。後に続いてエマが入室すると、そこには机に積まれた書類と格闘する美少女の姿があった。


「ああ、ベア? ちょっと待ってて、今やってるので最後だから――はい終わり! んん、今日も働いたー!」


 大きく伸びをし、背もたれに寄りかかる少女。気の抜けた顔がベアトリクスを捉え、次にエマの顔を捉えたところで、少女は驚いて目を見開く。


「きゃー! 本当に小説のエマ嬢そっくりじゃない! どれだけ気合い入れてキャラメイクしたのよ先生ったらもー!」


「ちょお、リノア!? 君のスキンシップ癖はこっちでも変わらないのかい!?」


 女王リノア。マギノリア王国の建国者にして、その中身は現実でも晴真と親交のあった現役女子高生である。気の強い性格だが身内には男女関係なくやたらとスキンシップをとろうとする癖があり、いきなり抱きついてきた少女にエマは目を白黒させる。


 リノアはエマを先生と呼んだ。それは仲間内での晴真に対する愛称であり、すなわちその中身がエマの知る人物と同一であるという証拠でもあった。


「リノア、君もぼくと同じ元プレイヤーなのか。この世界はいったいどうなってるんだい?」


 苦労してリノアを引きはがしたエマが尋ねると、リノアは瞳に真剣な色を宿し、答える。


「それはわからないわ。わかっているのはここが『ファンタジーステラ・オンライン』とよく似た、またはそのものの世界であるということだけ。私たちプレイヤーがやってきたことはそのまま引き継がれているし、ゲーム時代にはただのNPCとして接してきた人たちも、ここでは私たちと同じ、感情を持った生き物よ」


 その言葉を聞いて、エマはアイラやクラウス、これまで会ってきた人々のことを思い出す。確かに彼らはれっきとした一人の人間として、たくましくこの世界を生きていた。感情もなく、ただパターンに沿って会話を行うNPCなどでは断じてない。


「私たちはどういうわけかこの世界へと転移して、そのまま二十年を過ごしてきたのさ。待っていたよ、エマ」


 微笑むベアトリクスを、エマは困惑した表情で見つめる。リノアと同じなら、その中身は十塚晴真であるはずだ。しかし、ならば自分はなんなのだろうか。


「これ以上君が混乱する前に、早いところ真実を伝えてしまおうか。エマ、私のフルネームを言ってごらん?」


 まるで生徒を導く教師のように、優しく言葉をかけるベアトリクス。それを聞いたエマは、この世界にやってくる直前、キャラクタークリエイト時に行ったある事を思い出す。そう、思いつきで行った、九人のキャラクター全員に付け加えた名前の存在を。


「ベアトリクス。いや……ベアトリクス・ワンズオーダー。それが君のフルネームだ」


「正解だよ、エマ・ナインズ・ディストーション。九番目の『私』よ。私たちはね、十塚晴真という人格が九つに分裂した結果生まれた、まさに神のいたずらとでも言うべき存在なのさ」


 驚きのあまり言葉が出ないエマに対し、ベアトリクスは笑みを深める。窓の外では日が沈み、ぽつぽつと人工の明かりが増え始めた花の街を、月が淡く照らしていた。

 一日がもっと長ければいいのに……。

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― 新着の感想 ―
[一言] まさかこんなに早く謎が明かされるとは 人格分裂してタイムラグを置いてバラバラにバラまかれたんですね
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