31 誕生、黒猫リズリー
「何でぼくなの?」
執務室にエマの涼やかな声が響く。
「ぼくはまあ一応このマギノリア所属ってことになってるらしいけど、まだ世間での知名度は無いに等しい。宣伝のためなら、ベアトリクスや五色の賢者に声をかけた方がいいと思うんだけど?」
「もっともな意見だ。それはな――」
うんうんと頷いたレオンが説明しようと口を開きかけた時、ベアトリクスがアイラとリズリーを連れて現れ、会話に割り込んできた。
「それはね、エマ。レオンだけでなく、君の宣伝も兼ねているからだよ。君が『星の騎士』に選ばれたということは世間にはギリギリまで公表しないつもりだが、冒険者としてはなるべく目立ってほしいんだ。君以外の八人はいささか有名過ぎるからね」
「なるほど。いざ公表した時に他の八人に名前負けしないように、か」
「その方がマギノリアにとっても嬉しいし、どっちみち高難度のダンジョンに潜るにはランクを上げないとだから、いい機会かなって思ったの。エマへの依頼はギルドを通すつもりだから」
エマが「そういうことなら付き合ってあげるよ」と承諾すると、待ちきれないとばかりにリズリーが声を張り上げた。
「難しい話はもう終わり? ねえねえレオン、戦うの!?」
おもちゃを前にした子供のようなきらきらした目で聞いてくるリズリーに、レオンは苦笑する。
「あー、いや、たぶん荒事もあるかもしれないが、お前さんがいると周囲への被害がやばいからな。悪いが留守番ってことで……」
「だいじょーぶ! エマと召喚契約して、手加減できるようになったから!」
笑顔でピースサインをするリズリー。予想外の一言に、レオンは勢い良くエマを振り返った。
「えっ!? マジなのかエマ!?」
「ああうん。召喚契約はマジだけど、まだ試した事はないから、ホントにリズリーの言う通りかはわからないよ?」
「そうなのか? ……じゃあ、試してみるか! 訓練場借りるぞリノア!」
思い立ったが即行動が信条のレオン。彼の要望により急遽訓練場が貸し切られることとなったが、先に訓練を行っていた兵士達からの異論は一つもなかった。
「おっし! まずはエマ、リズリーを喚んでみてくれ!」
仁王立ちで爽やかにそう言うレオンに、エマはやれやれといった様子で召喚陣を展開する。
「りょーかい。『煉獄の底から出でし業火は、宙駆ける紅き星となりて地上を照らす。焦がれし者よ、ともに征こう』――【召喚術"デーモンロード"】」
上級の魔法は、行使するために詠唱を必要とするものが多い。それは召喚術も例外ではなく、より強大な存在を呼び出そうとすれば、より多くのマナと専用の詠唱が必要だった。
詠唱に呼応し、召喚陣が光を放つ。同時にごっそりとマナを抜かれる感覚がして、エマは軽い目眩を感じ額に手を当てる。
「くっ……予想はしてたけど、ここまで持ってかれるとは思わなかったな。魔眼使っとけばよかった……」
そして召喚陣から、漆黒を塗り固めたような門が出現する。姿見のような形のそれがぐにゃりと歪み、勢いよくリズリーが飛び出してきた。
「リズリー登場! どうレオン、手加減できてるでしょ?」
一見意味不明な発言をするリズリーだが、彼女を見ていたレオンは感心したように頷く。
「うん、確かに力は落ちてるな……よし、じゃあその状態で思いっきりこい!」
レオンは戦士が扱うスキル【解析"闘"】により、召喚されたリズリーの闘気が明らかに落ちていることを見抜いていた。ならば次は体で感じるべしと、レオンは大きく手を叩き、彼女を迎え入れるように腕を広げる。
「おっけー! よいしょー!」
気の抜けたかけ声とは裏腹に、一瞬でレオンに肉薄したリズリーは容赦なく拳を叩き込む。レオンの胴体に突き刺さったその一撃は大きく訓練場を揺らし、彼の背後にあった訓練用のダミー人形を粉々に破壊した。
「なるほど、見た通りだな! その様子なら、よっぽど無茶しなければ街も大丈夫そうだ!」
平然と答えるレオンに、見ていた兵士達がざわつく。
「あ、あのレオン様。その、大丈夫なんですか……?」
今まで黙っていたアイラが遠慮がちに尋ねる。レオンは一瞬何の事かと呆けた顔を見せたが、すぐに気がつくと爽やかに笑った。
「ははは、大丈夫だ! 俺は体の丈夫さだけが取り柄だからな!」
十塚晴真の二番目のキャラクター、レオン・トゥーハンズ。彼のコンセプトは『どんな状況でも絶対に倒れないこと』。
ベアトリクスの次に生まれた彼はとにかく生存能力を高めることを追求し、その果てにいかなる攻撃にも膝を屈することなく、どんな状態異常も受け付けない最強の壁役となった。
彼の活躍を示す一つの逸話がある。
ゲーム時代に行われた『ホルン城塞攻防戦』という戦いにて、彼はたった一人で城門を守り抜いた。結果敵対するプレイヤー達は正面突破を諦め、最終的に敗北を認めて降伏したというもの。
当時、各地を放浪する傭兵という設定のもと武者修行を行っていたレオンはこの一件により、各国から熱烈なアプローチを受けることになったというのは有名な話だ。
余談だが、この戦いで彼が加勢した国が現在の彼の所属国であり、この国のプレイヤー達は敗北した側の国と戦いを通じて仲良くなり、この世界においても特に良好な関係で結ばれたニ国として知られていたりする。
「さすがレオンだね。いつ見ても感心するほど馬鹿げた頑丈さだ」
「おっとベアトリクス、その褒めてるのかいまいち微妙な口上も相変わらずだな!」
からからと笑うベアトリクスに、レオンは渋い顔で苦笑する。
「納得してるとこ悪いんだけど、ぼくの消耗が大きいからそんな気軽には喚べないよ。この一回だけでマナが六割くらい持ってかれちゃったもの」
魔法剣士であり、並の術士よりも桁外れのマナ保有量を誇るエマですらおいそれと喚ぶことはできないほど、リズリーの召喚にかかるコストは甚大だった。
召喚術によって召喚された召喚対象は怪我を負うことがない。召喚に際し術者が支払った魔力に応じて障壁が張られ、それがダメージを肩代わりするからである。
だが、召喚対象が強力になればなるほどコストは増え、不足している場合は能力低下などのペナルティがかかる。
今のエマが大半のマナを消費して喚びだしたリズリーは、その実普段の半分にも満たないほどに能力が落ちていた。それを指して彼女は「手加減だ」と言っているのである。
「魔眼使えば話は別だけど、あれだって気軽に使えるわけじゃないからね。正直キツいよ」
「ええーそんなあー!」
駄々をこねるリズリーにエマは困り顔で提案する。
「もっとこう、せめて戦闘時以外はなんとか燃費良くならない?」
「んー、やってみるね。……えいっ!」
ポンっという軽い音がしてリズリーが煙に包まれ、煙が晴れるとそこには可愛らしい黒猫の姿があった。
「どう、上手く変身できてる?」
「君、そんなことできたのか……」
黒猫からリズリーの声がして、エマは感心したように声を漏らす。
「リズリーも今初めてやったけど、案外上手くいったね。この姿で喚べたりしない?」
その姿は普通の猫そのものであり、喋りさえしなければ誰も気付くことはないだろう。解析スキルを使って調べても不審なところは見つけられなかった。
試しにエマがもう一度召喚すると、黒猫の姿のままリズリーが召喚される。その時、エマの脳裏に天啓の如く情報が浮かび上がった。
ファンタジーステラ・オンラインでは、新しい技能を獲得した際にはメッセージウィンドウが出て技能の説明を読むことができるが、この世界ではどうやら頭に直接情報が流れ込んでくるらしい。
不思議極まりない現象だが、今考察している時間はない。
エマが気を取り直してその情報を確かめると、黒猫状態のリズリーを召喚するのはほぼ負担なく可能であるということと、追加でマナを消費すれば任意で元の姿に戻れるということがわかった。
「うん、必要な時以外は猫の姿でいてくれるなら大丈夫かな」
「やったー!」
黒猫リズリーははしゃいだような声を上げ、ぴょんとエマの肩に飛び乗る。
「よかったなリズリー! じゃ、計画の詳細を話すから戻ろうぜ!」
その後執務室に戻って改めてレオンの用件をマギノリアの重鎮達に伝え、それから歓迎会が開かれることになった。アポなしの急な来訪ということでレオンは遠慮したが、『星の騎士』絡みの話もしておきたいというベアトリクスの説得により首を縦に振らせたのだ。
そして晩餐まで空いた時間をどうするかということで、エマとレオンは再度訓練場へと舞い戻っていた。兵士達の訓練を見学したいというレオンの希望によるものだったが、当の兵士達は憧れの人物が直に見学するとあって気が気でないようで、そわそわとした雰囲気が遠目からも伝わってきた。
「うーむ、俺は邪魔だったかな?」
「まあ君、でかいし存在感抜群だからね。気になるのも無理はないと思うよ。しかも絵本とかにまでなってるんでしょ? 有名人は困るね」
「ああ、もう知ってたか。そうなんだよ。憧れてくれるのは嬉しいんだが、おかげで変装なしじゃ街を出歩けないし、それでもけっこうな割合でばれちゃって、そしたらもうサインだ何だとてんやわんやでな。エマが羨ましいぜ」
「いやいや、ぼくもセシアが書いた小説のせいでこの姿はそれなりに有名らしいからね。今のところは声をかけられたことはないけど、街を歩く時は冷や冷やしてるよ」
「おお、それはまた、なんだ……辛いな。元気出せよ」
兵達の訓練を眺めつつ、お互いの悩みを吐き出す二人。そんな中、ふと思い出したようにレオンが呟いた。
「そういえばエマ、みんなの状況は聞いてるか?」
「うん。五人が行方不明だってね。全員探し出すのは骨が折れるだろうな……」
憂鬱そうにため息をつくエマを一瞥すると、レオンは「ちょっと小耳に挟んだんだけどさ」と前置きしてから語り出す。
「最近、北の方の山岳地帯に、大規模な盗賊団が出たらしいんだよ。なんでも、あの辺りに住む獣人達を捕まえて売り捌こうとしたって話でさ」
普通の人間よりも身体能力に優れる獣人は労働力として重宝されるらしく、違法な人身売買の被害に遭うことが少なくないのだという。それを聞いたエマは眉尻を下げる。
「それはまた、嫌な話だね」
「そうだな。でもその盗賊団は、なんと一晩のうちに壊滅したそうだ。しかも、相手はたった一匹だったらしい」
「一匹? 一人じゃなくて?」
「ああ、捕まった盗賊団の親分が言ってたことだが、寝込みを襲おうと思って集落の周囲でこっそり野営してたら、夜に突然一匹の狼が現れて、百人近い盗賊があっという間に一人残らず叩きのめされたらしい。かなり気が動転してるみたいで、周りは信じてないようだが」
「へえ、もし本当ならすごい強さだね。魔物なんじゃないの?」
風でずれた前髪をちょいちょいと直すエマに、レオンは本題を切り出す。
「俺もそうだと思うんだが、もう一つ、その親分が妙なことを言ったというんだ」
「妙なこと?」
「ああ、その狼は二足歩行で動き回り、しかも拳法らしき技を使ったそうだ。で、それを聞いた俺は思った。ひょっとしたらそれは、ハルトが関わってるんじゃないかってな」




