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2 底知れぬ実力

 街道を走る馬車の中で、エマは向かいに座るアイラから大まかな世界情勢を聞いていた。

 ここに至り、エマの中からこの世界が夢や単なる大規模アップデートの類いであるという可能性は、きれいさっぱり消え去っている。

 道中で目にした景色やアイラに勧められるまま口にした菓子から感じた現実のものとしか思えない五感の刺激。そして、自らの知るNPCの会話能力を遙かに超越したクラウスやアイラの受け答えにより、この世界が現実であると認めざるを得なかったのだ。


「そして、二十年前に当時の英雄達がほとんど同時期に突如失踪する事件がありました。原因は今もわかっていませんが、各国の戦力は激減。そこを狙い撃つように起きた魔物の大侵攻で、多くの国がなくなってしまいました……」


 今からおよそ二十年前。世界中で実力者たちが行方不明となり、時を同じくして魔物が何かに導かれるように侵攻を開始。大勢の英雄を欠いた人類は甚大な被害を受けたものの、なんとかこれを退け、現在は復興を終え再び発展の道を歩んでいる。


(なるほど。察するにその英雄たちっていうのは、たぶんプレイヤーのことだろうね……)


 聞くところによると、消失した英雄のうち何人かは戻ってきたらしい。だがその時期には個人差があり、早い者では一年以内、判明している中で最も遅い者は、実に消失から十五年が経ってからの帰還であった。

 そして、現在の目的地であるマギノリア王国の女王と、晴真の持ちキャラだったベアトリクスも帰還者であることが、本人たちによって公言されている。


 後者は言わずもがな、前者もプレイヤーであり、中の人は現実での付き合いもあった友人である。二人に会えば、謎だらけのこの世界についても何かわかるはず。そう信じて窓から流れる景色を眺めていると、エマが常時展開している【サーチエネミー】のスキルに引っかかるものがあった。


「ん……ごめんアイラ。ちょっと出てくるよ」


「えっ、あっ、はい!」


 馬車を出るエマを見送りながら、アイラはその後ろ姿に思いを馳せる。


 三日前、大国の神官が神託を受け、世界に星の意志を伝える巫女が現れるとの予言があった。そして、その『星の巫女』となったのが、ただの村娘に過ぎなかったアイラである。


 九人の男女が世界を救う夢。小さい頃に何度も読み聞かせてもらった物語のようなその夢に出てきた、男装の剣士が夢と同じ姿で目の前に現れ、しかも窮地を救ってもらい、アイラの脳内はいまだ夢心地だった。


(エマ様かっこいいなあ。とっても強いし、昔読んだ本の騎士様みたい。もっと仲良くなりたいけれど、会ったばかりで個人的なことを聞くのも失礼だし。……そうだ、ベアトリクス様はエマ様の知り合いだって言ってたから、王都に着いたら相談してみようかな)


決意を新たにするアイラのことなど露知らず、エマは先頭を行くクラウスに追いつくと、上空を指差し警告を述べる。


「【サーチエネミー】に反応があったよ。数は六。たぶんあれじゃないかな?」


 クラウスが空を見上げると、そこにはこちらを窺うように旋回を繰り返す、漆黒の羽根に身を包んだ大きな鳥の群れがいた。


「あれは……ナイトホークか。彼らは夜に獲物を求めて狩りを行うはずだが、この辺りではまず見かけない上に、今は夕暮れ。やはりベアトリクス様の言う通り、この馬車は何者かに狙われていると見て間違いないかもしれん」


 アイラを王都まで迎えるための今回の遠征だが、事前に王国の秘密の情報網を通じて、何者かが『星の巫女』を狙っているという情報が入ってきていた。なので、偶然手すきだったクラウスら騎士団が急いでやってきたわけだが。


「エマ殿、念のため聞くが、あれに届く攻撃手段を持っているだろうか?」


「うーん、いっぱいあるけど、ここは手っ取り早いやり方でいこうか」


 言うが早いか、エマは魔法を発動した。その両足を中心として魔方陣が展開され、その体が宙を舞う。

 【風魔法"エアロブラスト"】。圧縮した風の弾を飛ばす技だが、エマはこれを応用して空中を移動する技術を編み出していた。かつて仲間達の前でこれを披露した際、「それ、そういう技じゃないから」という突っ込みを受けたことはいい思い出である。


「ははは、風がちょっと冷たいけど、気持ちがいいね!」


 ゲーム時代とは違い、今は触覚が存在する。全身で感じる風のひやりとした心地良さに身を任せ、錐揉みしながらエマは剣を抜き放つ。突然同じ高さまで飛んできた人間に驚いたナイトホークたちは慌てて逃げようとしたが、瞬き数回の内に脳天に風穴を空け、墜落していった。


 その様子を地上で見ていたクラウスは、本日何度目かの疑問を抱く。


「隊長、その……エマ様は、何者なんですか?」


 それは部下達も同じだったようで、躊躇いがちに質問が飛んでくる。


「そうだな……私もよくわからんが、冒険者で言えば最低でもAランクは下らないだろうな。ひょっとすると、ベアトリクス様のようなSランク――『伝説の英雄』クラスに匹敵するのかもしれん」


「な、国家級戦力と同等ですか!? それはいくらなんでも……」


「確かに大げさかもしれん。だが、エマ殿は間違いなくまだ底を見せていないだろう。現にゴブリンの群れも、あのナイトホークらもまるで相手にはならなかった。……『星の騎士』か。まったく、世界は広い」


 かつてまだ新兵だった頃に目にした、『万魔』の異名を持つ自国の英雄の戦い。

 押し寄せた魔物の大群の大半をたった一人で撃滅したその姿と、頭上で楽しそうに宙を舞う少女の姿が不思議と重なる。


 何か自分が大きな出来事の立会人になったような気がして、クラウスは久しくなかった高揚が湧き上がるのを感じるのだった。




 太陽が地平線の彼方に沈みかける頃、一行はついにマギノリア王国の領内へと足を踏み入れた。


「諸君、今日はここで一拍していこう。街中だからって油断せず、模範的な態度を忘れずにな」


 威勢の良い返事を返し、兵士達が解散していく。

 マギノリア王国北端の街、スノードロップ。主に商人や冒険者相手の宿商売で栄えた宿街にたどり着いたエマ達は、街一番の宿を借りて一夜を過ごすことにした。


「わあ、広ーい! エマ様、わたしこんなに広いお部屋に泊まるのは初めてです!」


「そ、そう。よかったね……」


 広い室内を見回してはしゃぐアイラに、エマは歯切れの悪い返事を返す。

 その理由は、部屋割りがアイラと同じだからだ。外見から判断すれば二人が同じ部屋なのは至極当然でだが、エマの精神は二十台半ばの男。しかも異性との付き合いはみな友人止まりで、交際経験もゼロ。遠回しに別部屋を提案するも、同性でしかも腕の立つエマにぜひアイラの警備をという騎士団の説得と、やたらと悲しそうなアイラの顔を見てしまえば、断ることなど不可能だった。


「じゃあ、ちょっと早いかもしれませんが、食堂に行きましょうか!」


 荷物を置いた二人は、食堂へと足を運ぶ。といってもエマの方はコートを脱いだくらいなのだが。


「ここはおいしい牛乳を使ったクリームシチューが名物だって、騎士団のみなさんが教えてくれました。街の近くに大きな牧草地があって、上質なお肉や乳製品がとれるそうですよ」


「へえ、そうなんだ。ぼく、肉とかチーズとかソフトクリームとか大好きだから、それは楽しみだね!」


 エマこと晴真は現実では痩せ形だったが、見た目に反して健啖家という一面を持っていた。

 好物は数多く、さらに大の甘党でもあったため、特に女子の友人ら複数人にSNSへの投稿目的でグルメ旅に連れ出されることがしばしばあった。中でもとあるスイーツ食べ放題の店にて起こった、三十種類以上のスイーツを周りの女子を差し置いてほくほく顔で完食した出来事は、その時同行していた動画配信者の女子によって動画としてネットに投稿され、かなりの再生数を記録したこともあって、仲間内では鉄板のからかいネタだったりする。


 ともかく、ちょうど腹が減っていたこともあり、ベアトリクスの正体やその他諸々の考え事を一時的に頭の片隅へと追いやり、思わず満面の笑みで答えたエマ。普段の貴公子然とした佇まいと相反する、あどけなさすら感じる可憐な笑みから生み出されたギャップは、見事にアイラと、偶然それを目撃してしまった宿の人々の胸を貫いた。


「はううっ!」


「ど、どうしたの!?」


 胸を押さえて倒れるアイラ他数名。余談だが、この時のエマの笑みが原因で、その日宿は売り上げの最高記録を更新することになるのだった。




 食後、空腹が満たされた満足感と心地良い眠気に微睡むのもそこそこに、エマが恐れていた時間がやってきた。


「エマ様、一緒にお風呂に入りましょう!」


「えーっと、ぼくまだお腹いっぱいだから、先にアイラだけ入ってもらっても」


「そうですか……エマ様と一緒に入りたかったですけど、仕方ないですね……」


 概ねこのようなやりとりが行われた後、覚悟を決めたエマは脱衣所で服を脱ぐ。

 エマのキャラクターデザインは、とにかくギャップを意識したものとなっている。それはその体にも反映されており、つまりどういうことかと言うと、エマは着痩せするタイプだった。


 透き通るような白い肌。腕にそっと触れれば、柔らかくも弾力のある感触が優しく指を押し返す。そこから視線を下げれば、張りのある豊かな双丘がたゆんと自己主張する様が目に入る。


(ぐうう、変なことを考えるなぼく! 自分の体だぞ!)


 必死に煩悩を振り払い、主人公なら色んな属性てんこ盛りの方が読者も気に入ってくれるでしょ、などと考えて設定を付け加えた当時の自分が恨めしい。そんなことを考えながら意を決して戸を開けると、さらなる試練が待っていた。


「あっ、エマ様! とってもいいお湯加減ですよ――って、なんで目をつむってるんですか?」


「ああ、ちょっと特訓してて……」


 年頃の娘の裸体など直視できるはずもない。結果目を閉じたままそろそろと浴室に入ってきたエマに、アイラは当然の疑問を投げかける。

 かなり無理のある言い訳になってしまったが、無垢な少女には通じたようで、アイラは落ち着かない様子のエマに対しにこやかに、そして無意識に追い打ちをかけた。


「それなら、わたしがお背中流しますよ。一人っ子だったので、こういうの憧れてたんです!」


「え、ちょ、ちょっと待っ――」


 止める間もなく、狼狽えるエマを椅子に座らせようとして、その背中にアイラが手を触れる。


 視覚を閉ざした分より鋭敏となった感覚が、至近距離まで近づいた少女の花に似た甘い香り、柔らかな手とそれ以上に柔らかな二つの感触、そして人肌のぬくもりをはっきりと伝え――それら全てを心の準備もなく叩きつけられたエマは、白い肌を茹でダコのように真っ赤に染め上げて卒倒した。

 



 マギノリア王国首都、ノーブルガーデン。四方を色とりどりの花で彩られた生け垣で囲まれた、華やかな街の中心に位置する巨大な城に、女王リノアはいた。


 その日の公務を終え、大きく伸びをしてからくたびれた様子でソファに身体を預けると、柔らかい感触が全身を優しく包み込む。

 リノアがしばらくその感触に甘えていると、ノックもなしにガチャリとドアが開き、ローブを纏った妖艶な美女が、遠慮など微塵も感じさせない様子で入ってきた。


「お疲れ様、リノア。おやおや、またずいぶんと散らかしたじゃないか」


 机の上に目を通し、一国の王を相手にしているとは思えないような気楽さで言うと、その美女は軽く指を一振りする。すると、散らばった書類がひとりでに宙へと舞い上がり、大きな書類の束となって机に着地した。


「……いつも言ってるけど、貴女の方が女王に向いてるんじゃないかしら? ベア」


「まさか、私は君のような重荷はとうてい背負えないよ。ささやかな手伝いだけで勘弁してくれたまえ」


 ふてくされたように口を尖らせるリノアの追求を笑って躱すと、美女は楽しそうに目を細める。


「では、頑張った君に良いニュースを聞かせてあげよう。さっき伝令官に聞いてね、私が引き継いだんだ。アイラ嬢だが、クラウス君の護衛の元、無事にこちらへ向かっているとのことだ。道中、どこからか現れたゴブリンの大群に囲まれてピンチに陥ったそうだが、居合わせた少女の助力で事無きを得たそうだよ」


「え、襲われたの!? でも無事だったのね。その少女……少女? 冒険者かしら?」


 王国が誇る精鋭であるクラウスたちが危なかったというのだから、それを助けた少女というのはただの少女ではないのだろう。そこに気付いたリノアが不思議そうな顔をすると、美女は笑みを深め、話を続けた。


「クラウス君によれば、その少女はエマと名乗ったそうだよ。見目麗しい男装の少女で、凄まじい実力でゴブリンたちをほぼ一人で掃討してしまったらしい。冒険者登録については本人曰く、故郷から出てきたばかりでまだなんだそうだ」


「エマ……そう、確かに良いニュースね。で、ベアはどう思う?」


「十中八九、間違いないだろうね。容姿も一致するし、戦いでも剣術に闘術、果ては魔術や暗器まで使ったというのだから。まさしく、あの子のコンセプトそのままだよ」


 名前、容姿、そして戦い方。どこをとっても報告にあるエマという人物は二人が長い間待ち望んだ人物

と同じ特徴を持ち合わせていた。リノアはそれまでの疲労もどこへやら、喜色を浮かべて微笑む。


「なるほど。じゃあ間違いないでしょうね。到着したら、アイラちゃんと一緒にここまで来るように伝えてもらっていいかしら? あ、くれぐれも丁重にもてなすように、ね?」


「もちろんだとも。積もる話はいくらでもあるんだ。食事でも交えながら、ゆっくり話し合おうじゃないか」


 女王の頼みに、窓から差し込む夕焼けに目を細めながら、マギノリア王国筆頭魔術師ベアトリクスは鷹揚に頷くのだった。

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