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28 そして夜明けに夢を見る

「ううーすっかり遅れた! ねえシルフィ、もっと速度出ない?」


 マギノリア王国首都、ノーブルガーデン。その上空を飛行する、五名の術士がいた。

 マギノリアが誇る術士集団『五色の賢者』。彼らが目指すのは現在マギノリア学園にいるだろう、一人の人物。


 ファンタジーステラ・オンラインにおける彼らの恩師でもあり、現実世界では年の離れた友人としても親交があった大事な人だ。本音を言えば、今日ばかりは警備の仕事を他の者に任せたかった。


「これが精一杯です。気持ちはわかりますが……」


 焦りを含んだジークの声に、申し訳なさそうにシルフィが答える。彼らは今、シルフィの風魔法によって空を飛んでマギノリア学園に向かっている最中だった。


「エマ姉の能力はベア姉から聞いてるけど、だからこそ不安だ……」


「【天致(てんち)(きざはし)】でしたっけ。すごい技みたいですけど、代わりに時間がかかるのが弱点だとか」


「それを凌ぐために数々の技を使えるようにしていると言っていたわね」


「リズっち、ウチらと前に試合した時は遊び半分だったけど、ベア先生には本気だったからね。最後にはベア先生お得意の魔法同時使用で作られた、すんごい密度の魔法弾幕を突破できなくて降参してたけど。エマ先生にはそこまではできないみたいだし」


「……心配」


 五人がベアトリクスから聞いたエマの戦い方は、他の八人の得意分野を織り交ぜた独自のもの。よく言えばどんな相手でも対応できる柔軟性を持つ一方、悪く言えば中途半端で強敵相手では地力で負ける分、不利を背負っている。


 ましてや今回の相手であるリズリーは接近戦主体だ。不安に駆られ、五人は学園へ急ぐ。


 人目につかないように認識阻害魔法をかけてからグラウンドに降り、演習場につながる階段を駆け下りた五人が目にしたのは、あちこちに亀裂の走った白い壁と、その中心で戦う二人の修羅の姿だった。


「あははははァ! 楽しいねエマああああ!」


 煌々と紅く輝く瞳を狂喜に染めて、リズリーが真紅の残光を残しながら縦横無尽に飛び回る。


「そうだねリズリー! もっと上げていこうか!」


 対するエマは【天眼】を解放し、最早目視不可能な速度で動き回るリズリーにかろうじて食い下がっていた。

 華奢な体の至る所に痛々しい傷を作りつつも、滲み出る気迫は相対する大悪魔にもまったく劣らず、その動きは衰えるどころかキレを増していく。


 二人の戦闘狂(バトルマニア)が生み出す凄絶な光景に五人が気圧されていると、ベアトリクスの場違いなほど暢気な声が響いた。


「やっと来たね君達。そろそろ一人でみんなと演習場を保護するのが厳しくなってきたところだったんだ。早く手伝ってくれ」


 その声に五人は慌ててベアトリクスの手伝いに入る。涼しげな顔で背後のアイラ達観戦組を守りつつ、壁に魔力を供給し続けて補強していた彼女だが、割とギリギリだったらしい。


「べ、ベア姉、あれ、大丈夫なのか……?」


「んー? ああ、二人ともいい感じに温まってるけど、なるべくこちらに攻撃が届かないように配慮するだけの冷静さは残っているから問題ないとも」


 ジークの質問にベアトリクスはにやりと笑うと、中央で戦う二人に意識を集中する。


「きっと面白いものが見れると思うよ。器用貧乏を極めた果てに得た、エマの切り札がね」



 刹那の攻防を繰り返しながら、リズリーはある確信を抱いていた。


(間違いない。エマ、だんだん強くなってる……!)


 力を解放した当初、エマは防戦一方だった。【天眼】を駆使してこちらの攻撃を捌くので精一杯だったのが、次第に反撃を始め、今や互角にやり合うところまできている。


(スロースターターなのかと思ったけど、()()で確信した。エマのこの状態は絶対に何か裏がある――!)


 注目したのはエマの傷。未だ傷だらけではあるものの、観察していると古いものから順にゆっくりと回復しているのが見て取れた。


 リズリーの読み通り、現在エマは特殊な状態にあった。

 というより、実は今までの戦闘でもそうだったのだが、ここまで効果が発揮されることがなかったのだ。


「それ一つで戦況を変えることができる大技、奥の手、切り札……ぼくのそれはとても地味だけど、相手がどれだけ強くても通用する可能性があるからぼくは好きだよ」


 そしてまた一つエマは壁を超える。

 突如、彼女の影からずるりと黒い人影が這い出すと、見る間にエマそっくりに変化し、彼女同様ローゼスレイピアを構えて並び立った。


「【影操術"影の付添い人(ドッペルゲンガー)"】。ぼくの姿を投影するから見た目で区別はできないよ。そして――」


 偽物のエマが【刺突】を放つ。当たり前のように飛んできたそれを反射的に弾いたリズリーだったが、感じた威力は本物と同等だった。


「分身の能力はぼくと同じ。ここからはニ対一だ」


そしてエマと分身による波状攻撃が始まる。純粋に手数が増えるだけでなく、的確に連携してくる二人のエマにリズリーは感心するが、直後、その顔が獰猛に歪む。


「確かに厄介だね……でも! 最初に出てくるところを見てるんだから、どっちが本体かは丸わかりだよね!」


 一瞬にして大きくカーブを描いて目の前の分身からその後ろのエマ本体の背後に回り込み、鬱憤を晴らすように思い切り殴りつける。だが、その拳は体をすり抜け、何の手応えも返ってこなかった。


「なっ――!」


 驚愕するリズリーに三発の【刺突】が突き刺さり、リズリーは小さく呻いて空へと退避する。


(今攻撃したのは間違いなく本物だったはず……。さらに幻術か何かで誤魔化した……?)


 思案するリズリーだが、答えはエマ本人の口からもたらされた。


「ぼくと分身(ドッペル)は位置の入れ替えが可能なんだよ。見た目で区別はできないって言ったでしょ」


 流石に自由自在にとはいかないけどね、と嘆息するエマに対するリズリーの反応は、称賛だった。


「すごいねエマ! いくつ技を持ってるのかな!? きっといっぱい訓練したんだね……リズリー尊敬しちゃう!」


 それを見ていたベアトリクスが突然「あ、マズい」と言い、演習場の補強に注力していた五色の賢者達に呼びかける。


「諸君、出力を上げたまえ! 今のままでは演習場が破壊されてしまうぞ!」


 まだまだ余裕を感じる声色ではあったが、ベアトリクスが声を荒げるところを初めて聞いた五色の賢者達は、警戒を最大に引き上げ演習場を構成するセーレマイト鉱石に魔力を注ぎ込む。直後、リズリーの体が真紅の光に包まれた。


「技術じゃエマには絶対に勝てないから、リズリーはリズリーの得意分野で勝負するね! 【闇雲な恋(ウル・レイン)】!」


 大悪魔、リズリー・ベルモットの得意分野とは、ずばり力技である。

 持って生まれた馬鹿げた魔力量と圧倒的なパワーでもってねじ伏せる。彼女の戦いはシンプルで、それ故に極まっていた。


 光に包まれたリズリーから真紅の光線が演習場全体に雨あられと降り注ぐ。狙いも何もない無差別な攻撃だが、それは的確にエマの弱点を突いていた。


(【天眼】は相手の狙いを見抜くけど、狙いをつけない広範囲の無差別攻撃には対応できない! みんなみたいにコレを防ぎ切るだけの結界はぼくには――!)


 エマの防御は回避や受け流しに重きを置いている。自身が攻撃を真正面から受け止める、盾役(タンク)のような頑強さは持ち合わせていないことは百も承知だったからだ。

 三番目(セシア)で培った対人戦における読み合いの(うま)さはリズリーにも十分通用したが、相手の土俵で戦うことを止め、自分の強みを強引に押しつけるリズリーの一手は致命的だった。


 分身が光線に射貫かれ、空中に溶けるようにかき消える。ベアトリクス達のように防御結界を張っても、純粋な術士でない自分のものではおそらく破られる。そう判断したエマは瞬時に回避を選択したが、移動先で足下を光線が掠め、思わず足を止めてしまう。


「しまっ――!」


 気付いた時には視界を真紅の光が埋め尽くしていた。最早回避は不可能。そう悟ったエマは静かに目を閉じる。そして彼女を、無慈悲な弾幕が飲み込んだ。



「――あ」


 ベアトリクスの後ろから必死に戦闘を見守っていたアイラは、気付けば乾いた声を漏らしていた。


 エマが、自分の慕う人が負けた。いや、そんなことよりも、あんなものを食らっては死――。

 そこまで考えたアイラの体がかたかたと震え始める。他の者達も一言も発することができず、固唾を呑んで事の次第を見守っていた。


 やがて煙が晴れ、そこに立つエマの姿を確認したアイラは安堵しかけるが、その状態を見た彼女の息が止まる。


 目を閉じたエマは全身からおびただしい量の血を流し、誰が見ても瀕死の重傷だった。ぴくりとも動かず、静謐を伴って死人のようにただそこに佇んでいる。


「エマ様ーーーっ!」


 悲痛な叫びがアイラから上がり、彼女は両目から涙を溢れさせながらベアトリクスに詰め寄る。


「ベアトリクス様、すぐに止めてください! エマ様が、エマ様が……!」


 だが、その言葉は途中で途切れる。アイラ以外の全員が食い入るようにエマを見ていたからだ。その意味を、すぐに彼女は知ることになる。


「……思い出したよ。強敵と戦う時の感覚。肌がひりつくような緊張感。ありがとう」


 エマが目を開け、微笑を浮かべてリズリーを見上げている。その瞳は片方が【天眼】。そしてもう片方は、透明な緑を宿していた。


「だからこそリズリー――ぼくは『絶対に』君に負けたくない」


 はっきりと告げたエマが眩い光に包まれる。光が晴れた時、そこには誰も見たことがない彼女が立っていた。

 傷はきれいさっぱり消え失せ、煌めく金髪は透き通るようなスカイブルーへと変わり、神秘的な輝きを放つオッドアイは儚げに細められている。

 どこか儚げで、それでいて周囲を呑み込むような存在感を放つエマ。その口から、澄んだ鈴のような声が紡がれる。


「【天致の階】限界突破第一形態、【黎明(れいめい)夢見人(ゆめみびと)】。さあ、決着をつけようか」


 ふわりと宙に浮かんだエマ。同時にローゼスレイピアが彼女の手を離れ、切っ先をリズリーに向けたまま空中でぴたりと静止する。


 そしてエマの背後に巨大な術式が現れたかと思うと、そこから十二本のローゼスレイピアが出現し、その全てがリズリーへと向けられた。

 仕事が全然決まらない……。

 落ちたならその時点で連絡してほしいものです……動き辛いし気が休まらないので……。

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