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20 才能発掘

 エマが差し出した五枚の金貨は少年から音という音を奪い去り、少年は呆然としたままたっぷり十秒近く金貨とエマの顔を交互に見てから、血の気の引いた顔で絞り出すように言った。


「こっ、こんなに貰えません! ただの石ですよ!? じゅっ、十個で百ゴールドなんです!」


 通貨としての価値は銅貨が一枚で百ゴールド、銀貨が一枚で千ゴールド、そして金貨が一枚で一万ゴールドである。より上位の通貨もあるにはあるが、一般的な支払いに用いられるものはこの三種類が主流だった。

 その金貨が五枚。つまり五万ゴールドを石ころ一つに支払おうなど、いかに裕福な者であっても他者から見れば正気の沙汰ではない。

 少年としてはどれほど綺麗でも石は石。市場価値などほぼ皆無なそれを、ある事情から必死に集めて場所を借り、売りに出しているのだ。


 その事情とは、病気の母のために薬代を稼ぐ必要がある、というものだった。彼の父は冒険者であり、現在は金を稼ぐため、寝る間も惜しんで依頼に出ている。少年は自分だけ何もしないわけにはいかず、わずかでも代金の足しになればと思い、これまで趣味で集めてきた宝物を売っていると、そういうわけである。


 このセントラルマーケットは商売にあたり、予め街が用意したスペースを料金を支払って借りるというルールがある。

 そして借用の際に何を売るか、どういう理由で売るかといった内容を申告することになっていたため、そこで少年の事情が周知されることになった。結果、事情を酌んだスタッフにより本来かかるはずの借用費は無料となり、さらにそれはマーケットの商売人達にも伝わったことで、彼らは密かに自分達の商売が終わった後で、それらしい理由をつけて少年から石を買おうなどと計画していたりもした。


 だがそれらの事情を一切知らないエマが考えられないほどの高額を示し、それに少年が大きな声で反応したため、ざわざわというどよめきとともに周囲の視線が集まる。

 エマが居心地の悪さを感じていると、背後からさっき買い物をした香辛料店の店主がやってきて助け舟を出した。


「どうした嬢ちゃん。聞いたところずいぶんといい値段でそいつを買うって話だったが、なんか理由があんのかい? 俺もそうだが、周りの連中もそこが気になってんのさ」


 その一言で得心がいったエマは「ああ、なるほど」と頷くと、手に持った石を掲げる。


「一見するとただの石ころに見えるかもしれないけど、実はこれ、石ころじゃないんだよね。簡潔に言うと、これは精霊結晶というもので、高位の術や魔道具の触媒になったりする、とても貴重なものなんだ」


「ほお、そうなのか。術ってえと、嬢ちゃんは術士なのかい?」


 感心したように店主が言う。エマの主武器は剣だがあながち間違いでもないので、エマは曖昧に頷いた。


「まあ、そんなところだね。精霊に対してそれなりの親和性がないと普通の石に見えるから気付かないのも無理はないけど、これ一つに五万ゴールドっていうのは、決して高いものではないんだよ」


 そう言ってエマはカードケースから冒険者ライセンスを取り出し、周囲に見えるように掲げる。

 この世界では冒険者ライセンスは一種の身分証としても働く。そのことをキャシーから説明を受けて知っていたからこその行動であったが、ライセンスに記されたCランクという記述は想像以上の説得力を発揮した。


 周囲の人々は若くして上級冒険者に名を連ねる少女に感心したような声を上げると、少年に対して口々に「よかったな!」などと笑顔で声をかけてから、それぞれの商売に戻っていった。

 最後に残った店主が「やったな坊主! 父ちゃんも喜ぶぞ!」とにかっと笑って去って行くと、エマはいまだに混乱から抜け出せずにいる少年に向き直り、優しく微笑む。


「そういうわけで、君さえよければ、これをぼくに売ってくれないかな?」


 少年の頭に手を置き、落ち着かせるような優しい声音でエマが言うと、少年はぽろぽろと涙を零しながら頷くのだった。




 少年が落ち着くのを待ってから支払いを済ませ、それから二人は少年を連れて近くのカフェを訪れた。

 この店の看板メニューはバターの乗ったシロップたっぷりのパンケーキで、それを目当てに女性客を中心に多数の客の姿が見える。

 

 エマは人数分のパンケーキを注文すると、対面で体を縮こませる少年に自己紹介する。


「ぼくはエマ。で、こっちがアイラ。よろしくね」


「アイラです」


「ユーリです。えっと、ぼくと話がしたいって事でしたけど、なんでしょうか」


「そう緊張しないで。話っていうのはほら、君がそうとは知らずに精霊結晶を売ってたことについてなんだけどさ。さっきも言った通りこれ、普通の人にはただの石にしか見えないんだよね」


 購入した精霊結晶を指先で抓んで弄ぶエマ。その傍らではティーポットとカップがふわりと浮かんで自ら茶を淹れており、少年はその光景に目を丸くする。


「【マナ操作】っていう技能さ。最近教わったんだけど、これがなかなか便利でね。あ、二人とも砂糖とミルクいる?」


「え? はい……」


「両方お願いします。お砂糖は一つで」


 目を白黒させる少年に対し、アイラはベアトリクスやセシアがやっているのを散々見ていたので慣れたものである。流れるように注文すると、机の隅に置かれた壺から角砂糖が二つ出てきてちゃぽんと水音を立ててそれぞれのカップに落ち、続いてミルク瓶がミルクを注ぎ、最後にティースプーンでぐるぐるとかき混ぜる。

 本来手作業のはずのそれらが魔力という力によって行われる様はまさしくファンタジーであり、エマは何かやり遂げたような満足感とともにカップを全員の前に置いた。


「で、ユーリはこれを自力で見つけたみたいだけど、はっきり言ってそれはすごい才能なんだ。だからもし、君が将来のことをまだ決めてないのなら、知ってる学校に推薦しようかなと思って」


 茶を一口飲み、エマは本題を切り出す。一言で言えばそれは、スカウトであった。

 精霊結晶とは精霊の力が込められたもの。精霊とは自然の力が意思を持った存在であり、それを感じ取れるものは高位の術士になれる可能姓を秘めているのだ。


「ぼ、ぼくがですか? えっと、嬉しいですけど、すぐには答えられなくて」


 才能があると言われたユーリは嬉しそうにはにかんだが、申し訳なさそうにぺこりと頭を下げる。


「もちろん親御さんに相談とかあるだろうから、今すぐじゃなくて大丈夫だよ。手紙は送れるかい?」


 ユーリが頷くのを確認すると、エマはメモを取り出してさらさらと連絡先をしたため、「見学もオッケーだから、もし受ける気になったらここに連絡してね」と前置きしてユーリに手渡す。そこに記されている宛先はマギノリア城であり、後でそれを知ったユーリは仰天することになるのだが、ちょうどその時店員が注文したパンケーキを運んできたため、彼は宛先を確認しないまま、それをポケットにしまい込んだ。


 甘い香りを振りまきながら運ばれてきたパンケーキ。これでもかとかけられたシロップが全体を包み、頂からはバターがとろりと溶けて流れ落ちる。その威容はまさしく看板メニューにふさわしい風格と言えた。


「堅苦しい話はこれくらいにして、食べよっか。いただきまーす!」


「いただきまーす!」


 わくわくした顔でパンケーキにぱくつく二人。それを見てきゅるりと腹を鳴らしたユーリも続き、三人はバターのように顔をとろけさせてパンケーキを目一杯堪能するのだった。



 幸せに顔を緩ませながら喫茶店を出た三人。それからしばらく歩いたところで、ユーリは深々と何度も何度も頭を下げ、エマが支払った金貨五枚をぎゅっと握りしめて走り去って行った。きっと家で待つ母の元に向かったのだろう。


「素直な良い子でしたね」


「そうだね。親戚の子を思い出したよ」


 二人がほのぼのと会話しながら歩いていると、背後から聞き覚えのある声がした。


「あれ、エマさんにアイラさん? 奇遇ですね!」


 振り返ると、猫耳を揺らしながら駆けてくる獣人の少女が見えた。双子姉妹の大人しい方こと、ミーナだ。


「やあミーナ。君も商業区に来てたんだね。ミーアは一緒じゃないのかい?」


「お姉ちゃんはリゼルさんと二人でレジャー区です。なんでも気になるスポーツがあるとか。私は魔法の本を探しに来たんです」


 エマとの特訓で自分の弱点を痛感し、新たな魔法を修得するべく魔法の入門書を求めて来たのだとミーナは語る。この世界の本屋に興味を持ったエマが同行を申し出ると彼女は快く承諾し、三人は商業区にある書店『ウォルマーズブックス』を訪れた。


 店内は落ち着いた内装で掃除が行き届いており、棚には歴史書や観光ガイド、子供向けの絵本などの多種多様な本がジャンル別に並べられ、客達が目当ての本やまだ見ぬ名著を探して棚に手を伸ばしては本を手に取っている。学生時代はバイトとして書店で働いていた経験があるエマには懐かしい光景だ。


「じゃあエマさん、私はあっちの学術書コーナーを見ているので、自由にしていてくださいね」


「うん、わかった。アイラは何か気になるものはある?」


「わたし、セシア様が書いたというエマ様の小説が気になります!」


「え、ちょ、それは勘弁してー!」


 小声でそんなやりとりをしながら店内を見て回る二人。目当ての本はすぐに見つかり、『夢幻のセシアが描く、少女が英雄となるまでの一大冒険物語!』とでかでかと書かれた手書きのポップとともに一番大きな棚の最前列に鎮座していた。幸いというべきか漫画の方はすべて売れていたようで、エマは周囲の客に顔を見られぬよう必死に気配を消して足早にその場を去った。一目散に棚に突撃していったアイラを置いて。


(待てよ、漫画があったという事は漫画コーナーも……)


 一人になったエマはふと思う。あの恥ずかしい小説が漫画になっているのなら、それ専門のコーナーもあるのではないかと。その読みは当たり、店の中ほどで漫画本コーナーを見つけたエマは、一つとして元の世界で見た事がない数々のタイトルを前に胸を高鳴らせつつ、アイラとミーナが呼びに来るまで黙々と漫画を選び続けるのだった。

 山を走ったりハローワークに行ったりして遅れました。すみません。

 自分物忘れがあって食事の内容とかすぐに忘れてしまうのですが、先週ファミリーマートさんのいちごクッキーシューを家族が買ってきてくれて、これがとっても美味しかったです。

 コンビニスイーツもレベルが高いですよね。

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